第18話 無二の金色
アドヴェンがもうずっと口を開いていないので、何事かと荷台を見ると、アドヴェンの腿を枕に眠ってしまったマシュがいた。諦めが緊張の糸を切ったのかもしれない。もうすぐヨッダ村に着くというタイミングであった。
「意外だった」
「何が?」
「お前が。……マシュのこと、見逃そうって言い出すと思った」
「なぜ?」
「なぜ、って」
お前が優しい奴だから。と伝えるのが癪で、「なんとなく」だなんてありきたりな言葉で答えを濁した。アドヴェンから追及されることはなかった。
どうやらこの男の中にも寝ている人の近くでは静かにしようという規範があるらしい。他人の睡眠がこんなにもありがたく感じるとはな。
……マシュが気絶していた時は頭痛に響くほど喧しかったけれど、もしかして“気絶は睡眠とは違う”と俺が教えたせいだろうか? 気絶している人間の隣でも静かにしてやれよ。
まぁ、とにかく、マシュが寝ているのは大変助かることだった。これからの行動を思えば。
「ヨッダ村に着いたらまずこの荷馬車の持ち主を探す。やりとりは全部俺がするから、お前はマシュのことを見ててくれ」
「ああ、わかった」
「それと、荷物から水をとってほしい。……酔いを醒ます」
いいのか? と疑問を呈しながらも、アドヴェンは荷台から革製の水筒を投げ寄越した。気乗りはしないが仕方ないだろ。これからするのは、交渉なんだからさ。
■ □ ■
早朝にも関わらずヨッダ村は騒がしかった。村のはずれだというのに男たちが幾人も田畑の周りをうろついており、手に長物を持っている者もいる。……まぁそういうことなんだろう。想像通り、荷馬車で彼らに近づくや否や、俺は首元に二本の石槍を突きつけられた。
「止まれ。この荷馬車、ヘイゼル氏の物ではないか?」
「はい。恐らくですが、ヘイゼル氏の物だと思います。返却に参りました。ヘイゼル氏とお話ししたいのですが、構いませんか」
「よくもいけしゃあしゃあと言えたものだな、盗人が」
短いやりとりの間に、何人もの村民が荷馬車の周りを囲んでいた。幸運なことに、その中に見知った顔があった。向こうも俺に気づいたようで、
「……その顔、首飾りは、もしや勇者様でございましょうか」
「お久しぶりです、アルバス村長。この荷馬車について、俺に説明の機会をください」
白い口髭を蓄えた男が数歩だけ前に歩み出た。ヨッダ村の村長、アルバスだ。
彼には三年前に世話になったことがある。ヨッダ村滞在中の宿場を計らってもらったのだ。といっても俺は山にばかり足が向いていて村に顔を出すのは稀であったが、それでもやはり顔を覚えられていたらしい。
昔の自分の顔を思い出しながら笑顔を作った。うまくできているかは知らない。
「旅の途中で盗難品らしきこの荷馬車に行き会いまして、こうして一時的に俺が預かった次第です。持ち主と話がしたいのですが、取り持っていただけないでしょうか」
「あぁ、あぁ、左様で。お前ら、今すぐ槍を下ろしてヘイゼル氏を呼んでこい」
「しかし、村長。いいのですか」
「いい。この方は荷馬車を盗るなぞしなかろうよ」
いつの間にか四本になっていた石槍は、アルバスの一言であっさりと下ろされた。集まっていた者たちの大半も解散し、残ったのはアルバス含む三人の村民と俺達だけであった。
「ハイドは信頼されているなぁ」
荷台から聞こえた呑気な声は無視した。こっちは気を張って昔の自分を再現してるんだからな。
手近な柵に馬を繋ぎ、アルバスらといくつか会話を交わしていると、村の方から二人の男がやってきた。うちの一人、刺繍のあるダブレットを身に着けた恰幅の良い男は、荷馬車を認めるや否な馬が驚き前脚を上げるほどの大声を上げた。
「おお、私の荷馬車ではないか! まさか戻ってくるとは」
彼が見つけたとのことで、と隣の農民が荷馬車の主――ヘイゼルに言った。農民の指差す先に立つ俺に気づいたヘイゼルは、俺の頭の先から爪先までを疑わしげに眺めた。一往復した視線は胸元――首飾りの辺りで止まり、
「これはこれは。勇者様でありましたか! 私はなんて運が良い! 貴方様が荷馬車を取り戻して下さった、ということですかな?」
「ええ。こちらこそ、偶然でしたが、貴方のお力になれたことは幸運でした」
「積荷は無事でしょうか」
「恐らくは。ご確認されますか?」
「貴方様がそういうのであれば、後でもよいでしょう。事と次第をお尋ねしても?」
笑顔で両手を差し出してくるヘイゼルに応えながら、これまでの経緯を説明した。旅の途中、ヨッダ村付近で不審な荷馬車を見つけたこと。それが盗品であると気付き、持ち主に返却すべく俺自身で荷馬車を引いてここまでやってきたこと。
……マシュの話は、意図的に省いた。話の大きな欠落に、ヘイゼルはごく僅かに眉を顰めた。
「勇者様。馬車とは一人でに動き出すものではありますまい。私の荷馬車を盗み出した者については、いかがされましたか」
ヘイゼルはちらりと荷台に視線をやった。幌がかかっており、ここからでは中の様子は分からない。荷台の中身を心配しているのかもしれない。中に残したままのアドヴェン、そしてマシュに気がついたわけではないだろう。
「……そのことで、提案がございます」
「提案?」
「盗人に関しては、不問にしていただけませんか」
異なことを、とヘイゼルは豪快に笑った。
「不問にする必要がどこにあるのです。この荷馬車は私の物で、その盗人は私の物に手を出した。であれば、私が盗人に償いを求めるのは当然のことだ」
「そうですね。荷馬車の主が盗人の罪を問うのは当然です」
「であれば、」
「ですから、」
声が重なった。ヘイゼルが反射で口をつむぐ。この一瞬は首元の金属に指をかけるのに十分な時間だった。……勇者の証を繋ぎ止める、金のチェーンに。
「俺をこの荷馬車の主にしてくださいませんか」
さりさりと微かな金属音。ヘイゼルの目は、俺が差し出した唯一無二の金色に釘付けだ。




