第16話 人として
「若いのに商人をしているなんて、立派だ。御者もできるなんてすごいな」
「別に、褒められるようなことじゃないし」
「そういうのを謙遜というんだろう。この荷台もしっかりした良いものじゃないか。舵と鹿の角の意匠には何か意味があるのか?」
「ただの飾りだよ、それ」
「この積荷はなんだ? 王都にはよく行くのか? ヨッダ村でも商いを?」
「あぁ! もう! そんなにたくさん聞いてくるなよ!」
マシュと名乗ったこの少年が声を荒げるのも当然であった。むしろ彼はよく耐えた方だ。なにしろ広大なライ麦畑がすっかり見えなくなるまでのおよそ半刻、ずっとアドヴェンの好奇心に付き合わされていたのだから。
馬車は山の裾野を過ぎて今は平原を歩んでいた。山を迂回するルートで王都へ向かうつもりなのだろう。俺が代わり映えのない草原を熱心に眺めているのはひとえに喧しい同行者のターゲットにされたくないがためである。
「連れのお前も、コイツのおしゃべりをどうにかしてくれよ。ずっと喋ってるぞ」
やなこった。ようやくアドヴェンに邪魔されず酒が飲めるって言うのに。
俺はマシュの声が聞こえなかったフリをしてアルルテートで買い足した果実酒を呷った。華やかだが酒精が弱く物足りない品である。
おい、と不機嫌そうな声と共に御者台のマシュが肩越しにこちらを見た。
「信じられない。酒を飲んでやがる。お前、なんだって助けてやるって言ってたじゃないか。酔っぱらってていいのかよ」
「あぁ、そういうのはこっちのでかいのがやるから」
「やっていいのなら、任せてくれ! 全力を尽くそう」
「……やっぱり俺がやる。うん、酔っててもできるから、大丈夫だ」
信じられない、とマシュは繰り返した。限界まで呆れの感情を詰め込んだ声であった。
がたんと大きな音がして、農産物の詰まった木箱が揺れた。積載量のわりに早く馬を歩かせているせいで積荷がずっと喧しい。
「こんな夜中に出発するなんてマシュは働き者だ。ところで、どうして明かりをつかわないんだ? 夜なのに」
「壊れてるんだよ。なんだっていいだろ、月明りもあるんだから」
「確かにそうだな。このくらいなら不便はないか」
ないわけないだろ。人間の目には三馬身先の地形の凹凸も見えないんだぞ。
年端もいかない少年が一人で荷馬車を出すには随分な悪条件だ。慣れた道で自信があるのか、はたまたのっぴきならない事情のためか。おおよその検討はついている。丁度一瓶空いたので、そろそろ確定しようと思う。
「ところで少年。俺達は王都に行きたいわけだが」
「何度も言わなくたって、覚えてるよ」
「あぁ、だから南西には用事がないんだ」
返事はなかった。どうもうっかり行先を間違えてしまったわけではないようだ。
王都は北。馬車は南西。ほとんど反対方向に向けて、車輪は淀みなく回り続けている。
「舵と鹿の角の意匠。これは商家ガルドーの紋章だ。この荷馬車の持ち主が、意匠の意味を知らないはずがないな」
「…………」
「この荷馬車、盗品だろ」
背後に髪を引っ張られ、首元を強く圧迫された。御者台から無理に荷台に乗り出したマシュが、細腕を俺の首に巻き付けていた。一拍遅れてひやりと冷たい感触が首筋に触れる。嫌な感じだ。
「動くな。そこのでかいのもだ。妙な真似したらこの酒臭い首を搔っ切るからな」
「マシュ? 何をやっているんだ? どうしてハイドの首に鉈を当てている?」
「うるさい。お前の質問にはもううんざりだ。もっと村から離れてからやるつもりだったけど、もういい。今すぐ金目の物を全部置いて荷台から飛び降りろ。この酔っぱらいを殺されたくはないだろ」
「うーん、確かに殺されたくはないな」
アドヴェンは迷うように俺とマシュとを交互に見て、しかしすぐに持たせていた革鞄に手をかけた。こんな時でも真面目で律儀なこの男は、金目の物を探してか鞄の中身を一つずつ引っ張り出していく。もうさっさと全部置いて飛び降りろよ、と人質ながらに眺めていると、俺を羽交い絞めにしているマシュが一字一句同じ言葉を叫んだ。
「普通に考えたらわかるだろ!? さっさとしろってば!」
「悪い、コイツ、イレギュラーに弱いんだ。あんまり急かさないでやってくれ。それに本当に飛び降りられると回収が面倒だし」
「お前は黙ってろ! 次に喋ったら首を斬るからな」
「ところで少年、自分の丈夫さに自信はあるか?」
返事はなかった。鼻先に叩き込んだ裏拳が一撃でマシュの意識を奪ったようだ。
俺は常識人だから酒瓶で人を殴ることはしない。人として当然の行いだな。




