第14話 問
アルルテートは土地と気候に恵まれた町である。
平野と海岸に囲まれており、農業も漁業も盛んに行われている。もっとも魔王の影響で漁業は衰退気味だったようだが、近年はハルガラ同様急激な発展、いや再興を遂げた。
大きな町だ。だから三年前に訪れた時は空き家ばかりが目についた。今は違うようだ。
「アルルテートはすごいな! たくさんの人間が働いている」
「……ああ、うん」
ハルガラでも似たようなことを聞いた気がする。アドヴェンのテンプレート感想を聞き流しながら、俺はようやく動かない地面を踏みしめた。……のに視界が揺れているのは、俺自身に問題があるんだろう。
叶うなら二度と船には乗りたくない。十日かかっても構わないから陸路がいい。
正直一歩も歩きたくなかったが、周囲は忙しなく荷降ろしする船員ばかり。邪魔になる訳にはいかず、俺達は礼もそこそこにすぐにふ頭を後にした。
時刻は昼下がり。貨物室の暗さに慣れた目に燦々と照る西日が差している。俺達は行先もなく歩き出した訳だが、中心街には程遠いのに、少しの時間で幾人もの人間とすれ違った。
「賑やかな町だ。村にいた頃はこんなに人間がいるだなんて思わなかった。ここは何か有名なものはあるのか?」
「さぁ。悪いけど、アルルテートに長居はしないぞ」
目的地はルデウカだろ。そう言うと、アドヴェンはさも悲し気に眉を下げ、しかしあっさりと相槌を打った。
「ではこれからどうするんだ?」
「……適当にその辺の馬車でも捕まえる。王都行きの商人とかいくらでもいるだろ、たぶん。用心棒なり雑用なり請け負って乗せてもらおう」
「つまり無計画なんだな!」
「臨機応変って言え。……アルルテートはでかい町だし、なんとかなるだろ」
□ ■ □
「ならなかったな」
ならなかった。
馬車の待機所をいくつかまわってはみたものの、丁度今から王都に向けて出発するような馬車は一輛もなかった。じきに夜を迎える。暗闇の中の移動は皆が皆避けたいと思うものらしい。
「魔物が出るというんだから、仕方ないさ」
「平和な世界にしたつもりだったのに」
「平和ではあるんじゃないか。魔物は自然現象のようなものだし、それにほら、この町には沢山人間がいる」
「人間が多いから平和、ってのはどうかな」
兎にも角にも、無いものは無い。残る手段は、
「徒歩だな」
「俺は急いでいないから、朝になるのを待ったって構わないんだが」
「俺は急いでる。泊まる金も無い」
「それなら歩こうか。俺は体力にも自信があるんだ」
アドヴェンはごく簡単に了承した。短い道程じゃあないんだが、コイツにとっては何の障害にもならないのだろう。
正直気乗りはしないけれど、やってやれないことはない。俺にとっては三年前に歩んだ道のりだ。
「三年前もこんな風に、……臨機応変に旅をしたのか?」
「馬鹿言え。三年前はもっと計画的だった」
「……やっぱり酒はよくないんじゃないか? いや、うーん」
アドヴェンの抗議ともつかない微妙な唸りを完全に無視し、俺はアルルテートで簡単な旅の準備を済ませた。酒、水、食料、短剣、酒、火付け道具、替えの靴底、酒、など。荷物持ちがいるってのはいい。
町の外に出ると、水平線ぎりぎりの太陽が見渡すばかりの草原を赤く染めていた。この先も平坦な土地が広がっていることを俺は知っている。睡眠を度外視すれば馬車よりずっと早く進めるだろう。
「王都まではどれくらいかかるんだ?」
「問題が起きなければ三、四日くらいかな。途中に村があったはずだから、今日はひとまずそこを目指す」
「ハイドは詳しいな。やっぱりハイドにお願いして良かった」
さぁ行こう、とアドヴェンは高々とカンテラを掲げた。まだ太陽の方が明るいのに、気が早い男だ。でも下げさせるほどのことじゃない。すぐに唯一の光源となる。
□ ■ □
「この先にあるのはヨッダという名前の村で、」
カンテラの灯が夜風に揺れる草花を照らした。旅は順調だ。半欠けの月を遮る雲もないし、危険な魔物だって現れない。ほとんど散歩のような気分だった。
道だって、街道と言えるほど整備されているわけではないが、先導をアドヴェンに丸投げしても不安じゃない程度には刻まれている。先人が踏みしめた草の上を進みながら、酒を飲む。悪くない。良い感じだ。
「ヨッダ村は山を背にした少し小高い場所にあるんだ。その山にたくさん魔物が棲みついていたから、当時の俺はあまり村には滞在しないでひたすら山にばかり籠もってた。……なぁ、なんで魔物は山だの森だの海だの、面倒な場所に多いんだ?」
「自然が豊かな場所には瘴気が集まりやすいんだ。あまり動かないもの……植物とか、水底とか、そういうところに瘴気が溜まって魔物が生じる」
さしたる考えもなく適当に発した質問だったが、意外にもアドヴェンはこれに応えた。てっきり「わからないなぁ」で終わるものだとばかり思ったのに。
「お前もそうやって生まれたのか」
「たぶん、そうだ。生じたときのことは覚えていないが、そんなに昔ではないだろうなぁ」
「ふぅん。植物生まれか? 水底か?」
「水底ではないと思う。気がついたら深い森の中にいたから」
冗談が言えるような男でもないと思うが、信じるには荒唐無稽な話だった。魔物がどうやって生まれるのかだなんて、考えたこともない。
歩みに合わせて規則正しく揺れるアドヴェンの背を見た。カンテラの光が逆光となっていて、およそ影のようであった。
「森の中をずっとうろうろしていたら、村の人に拾われたんだ。本当にありがたいことだ。おかげで人間みたいな生活ができたし、ハイドにも会えた」
「そうか」
我ながら気のない相槌が口から出ていった。一つの疑問が頭に浮かんで、そればかりを気にしていたせいだ。
俺の胸元には二つのものが吊り下がっている。一つは勇者の証明。チェーンからペンダントトップまでが特殊な金属で作られている、俺を証明する唯一のもの。
もう一つはアドヴェンの核。陶器のように滑らかな質感の黒い球体。……アドヴェンが魔物である、確固とした証明だ。
「なぁ、お前さ」
「なんだ?」
アドヴェンは足を止めて振り向いた。俺の声の質が変わったことに感づいたからかもしれない。
手元の灯がアドヴェンの顔を照らし上げた。誠実さを人のかたちに変えたならば、きっとこのような姿になる。
「人間を殺したことはあるか」
「ないな」
覚えている限りでは、とアドヴェンは笑う。この男は嘘を言わない。俺はまだ、この男を信じていてもいいらしい。
知らず知らず止めていた息を大きく吐き出した。立ち止まってないで早く歩け、とアドヴェンを急かす語気が強くなってしまったのは、緊張していたことを悟られたくないからだ。
「そうだなぁ」とだけ呑気に言って、アドヴェンは背を向けて歩き出した。からんとカンテラの金具が鳴った。
「ハイドは人を殺したことはあるか?」
「ない」
「だろうな」
今はまだ。
歩む道のりに角度がつき始めていた。暗い夜空には切り抜いたみたいな山のシルエットが見えている。もうすぐ平野を抜け、山の裾野に入るだろう。
夜明け前にはヨッダ村に辿り着く。
旅は順調だ。恐ろしいほどに。




