第12話 彼の手を引く
頭痛で目が覚めた。ああいつものかと流して寝返りを打った。妙だななんか痛みが強くなったぞと疑問を抱いたとき、全てを思い出した。
アドヴェン、あの男、俺のことを酒瓶でぶちやがった!
痛みに構わず飛び起きると、体の上から厚手の布が滑り落ちていった。ついた手の先は柔らかく、どうやら俺は質の良いベッドの上にいるらしい。正面の壁には高そうな絵画が一枚飾られていた。宿場にしては使用感の薄い部屋だった。
「おはよう、ハイド! よく休めたか?」
おはよう、の辺りで壁際に立てかけられていた直剣を投擲した。憎たらしいことに、アドヴェンは呑気に挨拶を続けたまま自身の左手で受け止めて見せた。
「お前、なんで俺を殴った」
「人間は睡眠が一番の休息だろう。一刻も早く寝てもらおうと思って」
「お前に言いたいことが五つある。他人を酒瓶で殴るな。鈍器は寝具じゃない。気絶は睡眠とは違う。左手に剣が刺さった状態で喋るな。……手を出すなって、言ったよな」
「多いなぁ」
ずるりと左手から剣を引き抜くアドヴェンの背後の窓に、陽の光に照らされたハルガラの街並みが広がっていた。ここはリズベットの屋敷か。
「今は何時だ。あれからどうなった」
「今は朝の八時くらいかな。森の魔物はしっかり退治しておいたぞ」
アドヴェンのかなり大雑把な話を纏めると、こうだ。
俺を背負ったまま森の魔物を全滅させて、明け方頃ハルガラに帰還。そのままリズベットに完了報告をしに行ったところ、まずゲストルームで休むよう提案され、今に至る、と。
「大丈夫だ、ハイドが心配するようなことは何一つとして起きてない」
これほど信用できない言葉があるかよ。
ただ、アドヴェンの主観がイカれてる可能性は全くもって排除できないが、コイツは嘘をつくような男ではない。北東の森の安全確認が済んだということは事実なのだろう。
「……中身を人間に見られるような真似、していないだろうな」
「誰にも見られていないとも。ハイドにすら」
誠実そうな、穏やかな、誰の信用だって勝ち得てしまいそうな笑顔を見つめた。アドヴェンの言葉を鵜呑みにはできない。でも見てもいないことを糾弾するのは、もっとできない。
「……わかった。信じる」
「ありがとう。やっぱりハイドは良い人だ」
「よく言われる。いや、言われてた」
だろうな、とアドヴェンは笑った。
結果として、この男は俺を助けた。俺の意にも一般常識にも反した行動ではあったが、疲弊した俺を慮ったが故の行動だった。
「怒った俺がお前の核を壊すとは考えなかったのか」
「考えなかったな! でも、考えていたとしても俺は同じ行動をとると思う。辛そうなハイドをただ隣で見てるだけというのは、思いの外嫌だった」
「あぁそうかよ。二度目はないからな。それから、」
俺はほんの少しだけ人より頑丈にできているから、他人に心配されたことは殆どない。
慣れていないんだ。だから、聞き苦しかったとしても、許してほしい。
「……ありがとう、アドヴェン」
「どういたしまして、ハイド」
もっと恩返しするからな! というアドヴェンの意気込みを雑に固辞してベッドから降りた。アルルテート行きの船は正午。リズベットへの報告と食事、それから出発準備を思えばいつまでも寝ているわけにはいかない。
使用人を呼ぶためのベルに手を伸ばすと、よく磨かれた金色に反射した自分と目が合った。たぶん一分と経たずに使用人が来る。それまでに勇者の顔を作らなくてはならない、のだが。
困ったことに、気恥ずかしさに赤らんだ顔を冷ます方法を、俺は知らない。
■ □ ■
リズベットへの報告は迅速に終わった。俺の目覚めを知るや否や、彼女自らゲストルームまで足を運んできてくれたのだ。
「貴方のおかげで北東の森の開拓を勧められるわ。本当にありがとう」
そう言ってリズベットは安心を滲ませた笑顔を見せた。誰かに感謝されるのは嬉しい。その気持ちは今もなお変わっていない。
「貴方達の船旅に幸多からんことを」
彼女に指定された港に行くと、既に一隻のキャラック船が停まっていた。渡し板の上を行き来する船員によっていくつもの貨物が積み込まれていく。俺達もまた貨物の一つだ。
「船に乗るのは初めてだ」
「俺もだよ」
船員の邪魔にならぬようにと、アドヴェンはふ頭の隅で熱心に船を眺めていた。太陽は、俺の目にはもう真上に昇りきったように見えた。
強い潮風が吹いている。陽光がギラギラとアドヴェンを照らしている。昨夜の森とは正反対のロケーションで、それでもアドヴェンは同じ笑顔を浮かべている。
「楽しみだな」
「……そうだな」
甲高い笛の音がふ頭に響いた。もうハルガラを経つ時間だ。
目指すは禁足地ルデウカ。
"勇者"が他者の願いを叶えるのは当たり前のことだった。だからこそ彼の願いを叶えたいと思った。だから彼をここまで導いた。
今は違う。
彼の願いに報いたい。この気持ちが俺自身のものであればと、俺は強く願っている。




