009.情報
アルゴス研究都市攻防戦。
共和国軍による奇襲。研究施設の炎上。新型魔導機アリエスの出現。
銀獅子アレクシス・アークライトは、血を滾らせていた。共和国軍最強の魔導操縦士であり、撃墜王である。銀河で最も多くの魔導機を撃墜した男だった。
共和国軍では英雄。王国軍では災厄。帝国軍では悪夢。その名は国家を超え、生きる災害として恐れられていた。そして今、その男はアルゴス宙域で、旗艦の通路から宇宙を眺めていた。
アレクシスの年齢は、二十代半ばである。銀色の髪、鋭い蒼い瞳、容姿が売りの俳優のような青年だった。しかし、歴戦の猛獣、あるいは狩人のような狙ったら逃さないもの特有の威圧感を放っていた。
「状況は?」
アレクシスの静かな声に対して、部下が即座に答える。
「研究都市外壁は修復中です。王国側の援軍は遅れているようです。」
「新型機は?」
「居場所特定済みです。もう隠す気がないのか、どうどうと広場にいます。」
スクリーンに映像が表示される。
白金色の魔導機アリエス。整備班が、アリエスに群がっており、一人だけ女性が頬にアリエスを擦りつけている奇妙な光景ではあったものの、その佇まいは堂々としていた。
アレクシスは、新型魔導機奪取を目的とした作戦に参加する予定はなかった。しかし、直感的に作戦に参加するべきと判断した。その直感に従うと、アレクシスにとって面白いことになったと笑っていた。
アレクシスには、敵がいない。
どの戦場でも、多くの魔導機を撃破しており、自身よりも優れた魔導操縦士と出会ったことがない。同レベルの技量を持つ者もいるが、少なくとも片手程しかいないのだろうと知っていた。同レベル帯の者と戦う機会など、滅多にないのである。
そんなアレクシスだからこそ、初陣から十年の間に、史上最速でのエースオブエースとなった撃墜王なのである。
魔導機五十機を撃破すれば、エース。百機を撃破すれば、エース・オブ・エース。アレクシスは、公式記録だけでも、数年でエース・オブ・エースになった男であった。
そんなアレクシスは、生涯の好敵手と呼ばれる相手を探していた。アレクシスは、どこかロマンチストであるのかもしれない。もしくは、戦場に酔ってしまっていたのかもしれない。戦場で、多くの策を練り、多くの魔導機を撃破してきた男は、戦場が退屈だったのである。
アレクシスは、魔導操縦士だけでなく、戦術の天才でもあった。アルゴス研究都市に侵入した共和国軍の情報から、アリエスのみを宇宙空間に出させるという離れ業をやってのけたのは、アレクシスの指示であった。
宇宙空間から、民間人に被害を出さないよう研究都市の一部を砲撃し、アリエスのみを宇宙空間へ誘導すると常識外れな戦術を考え、実行したのも、アレクシスであった。
アレクシスは、アリエスのカタログスペックを事前に知っていた。だが、カタログスペックには表示されない何かを感じとっていた。そのため、アリエスを宇宙空間に出し、その性能を実際に見たかったのである。地上戦ではなく、宇宙戦でこそ、魔導機の性能というものは分かる。魔導機の性能さえ分かれば、あとは魔導操縦士の操縦技能の問題である。
アレクシスは、新型魔導機の性能が、戦局を変えることができるなどと信じていなかった。何故なら、魔導機は、開発されてから数百年が経つものの、劇的な進歩がなかったのである。現行の新型は、1%でも出力があがれば、大絶賛されるほど、亀の歩みでしか進歩していなかった。
アレクシスは、魔導機が開発された経過を知っているため、性能向上が遅れる理由は分かってはいたものの、もどかしい想いをしていた。開発については、さらなる進化を期待しても、期待を裏切られ続けたのである。だからこそ、王国軍の魔導機の性能が上がったとしても、僅かな性能が上がるとしか思っていなかった。
カタログスペックにないコットンアーマーのことを思い出すと、アレクシスは笑いが込み上げて仕方ない。装甲といえば硬いものである。なのに、綿のように柔らかい装甲なのだ。
解析に回すと、魔導線で出来た装甲であり、蓄電のように蓄えることができる性能なのだろうということが判明した。簡単に言えば、頭のネジがぶっ飛んだ科学者が作った魔導機なのだ。徐々に、王国軍の頭のネジがぶっ飛んだ計画が明るみになっていく。
アレクシスの手元には、1冊の資料があった。
『黄道十二宮魔導機プロジェクト』
情報部が急遽作成した資料である。
概要しか分からないのだが、そのプロジェクトでは、古代遺跡から特大の魔導石を発掘、常識的ではないマッドサイエンティスト系の科学者にそれぞれを渡して作るという魔導機プロジェクトである。王国特有の貴族達の政争のすえ、本来の王道ルートである王国直轄機関に開発させるのではなく、マッドサイエンティストに渡してしまうとなった結果、新型魔導機は、それぞれおかしな性能を有してしまったのだ。
何より資料の中で面白いのは、魔導石に魔導操縦士の制約を刻み込むことで、魔導機の性能を引き上げる可能性である。資料を作成した者も、ぶっ飛んだ考え方であるのか、聞いたことも考えたこともない発想であった。共和国軍の開発部が、試しに何か制約をかけてみたが、魔導石が割れてしまったらしい。制約方法が違うのか、そもそも論で魔導石の大きさが理由なのか、まだ答えは分からない。そのため、自身の愛機フェンリルにも、魔導石に制約をかけて性能を引き上げたいのだが、試行結果を踏まえると、断念せざるを得ない。
アレクシスは、発想を転換し、アリエスを鹵獲して自分の機体にしてはどうかと本気で考える。もしくは、他の魔導機を奪取し、自分のものとするのだ。アレクシスなら、どちらも出来ると確信していた。だが、アレクシスは、アリエスの魔導操縦士に執着していた。アリエスの魔導操縦士こそ、アレクシスが思い描いた生涯の好敵手だと思ったのである。
「アリエスの魔導操縦士か…。」
アレクシスは、別の資料を見る。その資料には、アリエスの魔導操縦士の名が記載されていた。レイディアント・シリウス、男爵家当主、少尉、性別は男性まで描かれている。
アレクシスは、何度も王国軍と戦っており、レイディアントが珍しいタイプであると分かっていた。王国軍には、貴族出身と平民出身に分かれ、貴族出身の大部分はたいしたことのない魔導操縦士なのである。だが、レイディアントは違った。
写真では、やはり貴族らしい容姿をしているのに、明らかに獰猛な心を宿している。アリエスは羊型の魔導機であるため、羊よりも、狼によほど似ているという感想をもった。狼なら、獅子と戦えるというという感覚に、アレクシスの血が滾って仕方なかった。
「共和国からフェンリルの輸送を。」
「大佐、それはさすがに目立つかと。」
「忍ばせるのが得意な連中がいるだろう。雇っているんだ。遠慮なく使えばいい。」
部下は、仕方なしといって離れて行く。
共和国軍は、正規軍だけではない。傭兵団を雇い
、王国軍と帝国軍と渡りってきた。傭兵団の中には、残忍なものもおり、アレクシスとしては内心でいい気はしないものの、実力があることだけは分かっている。
その時、緊急警報がなる。どうやら、索敵に出ていた王国軍に捕捉されてしまったようである。アルゴス研究都市から、不審な電波が送られているのに気づけば、捕捉されて当然だった。
「大佐、王国軍に捕捉されたようです。」
「仕方ない。魔導機で出る。」
アレクシスは、魔導機で出陣する。
「散開!」
「はっ!」
部下達が散開していく。自分の傍にいては、技量差があり、邪魔になるだけなのである。アレクシスは、部下に三位一体を徹底させていた。しかし、アレクシスのみは単機である。
『まさか、そのカラーリング。銀獅子なのか!』
『く、くるなー!』
王国軍の魔導機は遅い。
見るところがない魔導操縦士達である。アレクシスは、近づいては切り裂き、魔導機を破壊していく。
『フェンリルではないんだぞ!?』
『新型か!?』
アレクシスは、笑わずにいられない。
新型どころか、ただの量産型なのである。それほど、アレクシスと王国軍のパイロットの力量差は拡大していたのだ。
「全機、撃破を確認。」
「王国軍は、やはり脆いな。」
アレクシスは、確信していた。
レイディアント・シリウスに、またすぐに会えるだろうと。そして、アレクシスが本気で戦えることになるだろうと。
「レイディアント・シリウス。君の名は忘れない。」
アレクシスは、共和国からフェンリルの輸送が終わり次第、再び、アリエスを狙うのだった。
「破壊…。いや、やはり鹵獲を前提とした作戦を組むか。」
銀獅子の牙が、アルゴス研究都市を睨み続けるのだった。
だった。




