008.
レイディアントが生まれた日、屋敷は歓喜に包まれた。
王国貴族社会において、男子の誕生は家の継承を意味する。レイディアントの生家、シリウス男爵家は、古い家柄であったが、当時は後継者問題を抱えていた。親族からも、社交界から無言の圧力を受けていた。次代の当主はまだか。男爵家の血を絶やすつもりか。そうした貴族たちの笑顔に包まれた毒を、両親は耐えていた。そして、授かった赤子は膨大な魔力を持っていた。
王国の古い迷信では、極端に強い魔力を持つ子は男子であると信じられていた。魔力量は家を守る力、剣を握る力、戦場へ立つ力と結びつけられていたからだ。その魔力量は、性別判定のエコーですら見えなくしてしまうほどの膨大な魔力量であった。
そして、レイディアントが誕生するり
産室にいた医師たちは、その魔力量に圧倒された。生まれたばかりの赤子でありながら、魔力計測器が振り切れ、部屋の魔導灯が共鳴し、窓ガラスが震えた。医師たちは混乱し、侍女たちは動揺し、父は最初に告げられた言葉だけを聞いた。
「強大な魔力を持つ御子です。」
それは、父にとって男子誕生と同義だった。
父は即座に社交界へ知らせた。シリウス男爵家に男子誕生。次期当主誕生。貴族たちは祝いの手紙を送り、王都の社交場ではその話題が広がった。
母は、すぐに男子ではなく女子であると気付いた。そのため、母は訂正しようとした。女子であったことに、父は酷く狼狽えた。それゆえに、正確な判断ができなかったのである。父は、女子であることを公表しなかった。今さら訂正すれば、男爵家は笑いものになる。男子誕生と発表した後に女児だったと告げれば、政敵は必ず利用する。父の判断は、家を守るためのものだったのだろう。だが、その判断は一人の子供の人生を狂わした。
レイディアントは、男子として育てられた。
幼少期から与えられたのは、男子貴族としての教育だった。剣術、馬術、軍学、領地経営、政治学、王国法、貴族儀礼。家庭教師たちはレイディアントを「若君」と呼び、使用人たちは「坊ちゃま」と呼んだ。服は男子用。遊び道具も男子用。髪は短く整えられ、声の出し方も低くするよう教えられた。
レイディアントは、同世代の男の子達と自分は違うことに違和感をもってはいた。だが、レイディアントが文武両道であったからか、大人びていたからなのか、判断できていなかった。ただ、漠然と違和感だけを持ち続けていたのである。
両親は、レイディアントのことを愛していなかったわけではない。むしろ、レイディアントのことを大切にしていた。けれど父親の愛情は、常に「息子」へ向けられており、母親も同調していた。母親は、父親と違った意味で、息子として育てることにしたように見えるが、今となっては事情は分からない。ただ、母親と二人でいる時だけは、時折、女性として扱っていたような気もしていた。
レイディアントは、シリウス男爵家の後継者、誇り高き男子として、両親が望んだ姿に応えようと努力した。剣を学び、礼儀を覚え、貴族の少年らしく振る舞った。
その両親は、レイディアントが七歳の時に死んだ。
事故だったようだ。領地視察からの帰途、魔導車が崖下へ転落した。原因は整備不良とも、魔獣の襲撃とも、政敵の陰謀とも噂された。真相は分からない。レイディアントは、屋敷で待っていた身であり、レイディアントの元に父と母は帰ってこなかった。屋敷に戻ったのは、棺だけだった。七歳のレイディアントは、泣く時間すら与えられなかった。
男爵家当主。
その肩書きが、レイディアントに落ちてきた。
家臣たちは膝をつき、領地の役人たちは判断を求め、親族たちは後見の名目で権力を狙った。貴族社会は悲劇に同情するが、同情だけで権利を守ってはくれない。レイディアントは幼いながらに理解した。自分が弱みを見せれば、シリウス男爵家は食い荒らされる。だから泣かなかった。泣けなかった。男として、当主として、家を守るために立つしかなかった。
唯一残った近しい肉親は、祖父マイナンだった。マイナンは既に軍政の第一線を退いていたが、かつては王国軍でも名を知られた厳格な貴族である。彼は孫を深く愛していた。だが、その愛もまた「孫息子」へ向けられていた。
「レイディアント、お前はシリウス男爵家の男だ。背筋を伸ばせ。悲しみは胸の奥へ置け。民は当主の涙ではなく、決断を見る。」
幼いレイディアントは、ただ頷いた。
立派な男子として、生きていくと決意したのである。
十二歳になる。そんな最中、レイディアントはこの世のものとは思えない腹部に激痛を覚えた。当初、レイディアントは自身が何かの病気になっていると本気で思っていたのである。
「父上、母上、お祖父様。誠に申し訳ありません。どうやら、私は何か病に侵されているようです。」
レイディアントは、一人で部屋で泣いていた。
そのレイディアントの姿を見て、レイディアントの世話をしている専属侍女が、内密の話しがあると言った。
「どうしたんだい?」
「レイディアント様、驚かないで下さいね。」
「父上と母上が他界した時以上に、驚くような出来事などそうそうない。遠慮せず言ってくれ。」
「それでは…。」
侍女がレイディアントの耳元で真実を話す。
「ごにょごにょごにょ。」
「何を馬鹿な。」
「ごにょごにょごにょ。」
「生える?何を?」
「ごにょごにょごにょ。」
レイディアントは、真顔から真っ青な顔になる。
本気の本気で、言われるまで男性と信じていたのだ。自身の特徴が、女性と一致していることを知り、驚天動地だったのである。
「しばらく一人になりたい…。」
レイディアントは、軽く引きこもった。
自分が信じていた常識が、まさに非常識だったのである。この強烈な体験があったからこそ、レイディアントは柔軟な対応ができるようになったのかもしれない。
レイディアントが女性であることを知る者は、ほとんどいなかった。何より、祖父であるマイナンは純粋に気づかずにレイディアントを男子として絶賛していたのである。
レイディアントは、祖父に会うたびに、本当は真実を言いたかったのかもしれない。
(お祖父様、本当は私は女性です。)
マイナンに、真実を話す機会は何度もあった。だが、そのたびに言葉は喉で止まった。マイナンは両親の死後、孫であるレイディアントの成長を楽しみに過ごしていた。
両親が守ろうとした男爵家の名誉、そして、貴族社会で周知されているシリウス家の当主は男子であるという事実。今さら、レイディアントかわ実は女性だと言えば、何が壊れるのか分からなかった。結局、訂正する機会は来なかった。いや、来なかったのではない。レイディアントは、訂正する道を選ばなかった。
十五歳になると、王国貴族男子としての義務が待っていた。王国軍への入隊である。王国貴族社会において、男子当主または後継者は、一定期間軍務に就くことが慣例とされている。それは忠誠の証であり、貴族としての資格でもあった。レイディアントには拒む理由がなかった。
マイナンは誇らしげに言った。
「立派になった。お前の父も喜んでいるだろう。」
「ありがとうございます、お祖父様。」
レイディアントは、笑顔の裏で自身の感情を押し込めていた。貴族なら誰でも行なっている本音を笑顔で隠したのである。
子供の頃のレイディアントは、どうすればよいか分からなかったため、女性と名乗れなかった。王国軍に入ったレイディアントは、自身の意思で男性と名乗った。王国軍では、女性は男性よりも地位が低かったのである。王国軍に入り、レイディアントは理解した。王国軍には、とてつもない阿呆な貴族が多いと。愚かな戦略、愚かな戦術、愚かな魔導操縦。出世をするためには、男であることが重要だったのである。
それでも、レイディアントは時々、母親のことを思い出す。母親だけが、時折、女性のように扱ってくれていたからだ。母親は、決まって子守唄を唄っていた。
「女王、星冠の杖を持ち、人々を安寧の地へ導く。過去の鎖を時破り、新たな歴史を紡ぐ…」
母親が唄っていた子守唄は、誰も聞いたことがない。ただ、レイディアントには、ずっとその声が耳に残っている。思い出すたびに、暖かな感情に包まれる。暖かな思い出があったからこそ、レイディアントは男性として過ごすことがでしたのかもしれない。
時に男らしく、時に紳士に、時に豪快に、時に熱血に過ごすレイディアントは、もはや誰も女性であることを疑うことはない。
そんなレイディアントのアリエスは暴いたのである。それも、変態科学者エリシアの趣味によって暴かれたという呆れた理由によってだ。
机の上に置かれた通信端末が小さく震えた。エリシアからの文面が届いている。
『明朝より第一回アリエス武装実験のため集合。来なかったら、私の好きなポーズで美女の写真を一枚撮らせて。あっ、来てほしいような来てほしくないような草』
レイディアントは無言で端末を伏せた。
「清々しいほど、変態科学者だ。」
変態科学者に秘密を握られた。
逃げ出したくなったとしても、新型魔導機の魔導操縦士となったため、もう逃げられない。それでも、レイディアントは不思議と不快感を感じていなかった。どうやら、レイディアントは高揚しているようだ。まるで少年のように、思いのほか、新型魔導機に乗れたことが嬉しいようである。
レイディアントは、美しき青年士官として男装を続ける。
レイディアントは、いまさら女性の格好をしたいとは思わない。だが、変態科学者が作った魔導機に乗っているのである。これから先、アリエスに隠された機能に翻弄されながらも、レイディアントは歴史に名を刻むのだった




