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銀河魔導機戦記 〜断罪された悪役令嬢とともに、最強魔導機で銀河を統一する物語〜  作者: 蒼井 halu
第一章 金狼と魔導機アリエス

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007.秘密

レイディアントは、アルゴス研究都市に帰港する。

アルゴス研究都市の戦火は、完全には収まっていなかった。外壁の裂け目から流出した大気は緊急遮断隔壁によって辛うじて食い止められ、都市内部では消火隊と工兵隊が瓦礫の中を走り回っている。研究棟の一部は崩落し、焼け焦げた魔導機の残骸が転がり、負傷兵を運ぶ担架が絶え間なく行き交っていた。


共和国軍は一時後退したものの、撤退したわけではない。アルゴス宙域の外縁には、なお共和国軍艦隊の影があり、王国軍は勝利ではなく猶予を得ただけに過ぎなかった。


レイディアントは、研究区画にアリエスを着地させた。アリエスの初戦闘は、共和国軍魔導機を撃破し、共和国軍巡洋艦を撃沈したのである。未完成で、正式武装すらなく、操縦者も初搭乗だったにもかかわらず、その戦果は王国軍上層部を震撼させるに十分だった。


レイディアントは、操縦席から降りた直後、しばらくアリエスを見つめた。

レイディアントは兵士として訓練を受けている。座学も、実技も、すべて優秀な成績で修めている。だが、訓練に使用した魔導機とは、全く違う魔導機だった。この魔導機が量産さえできれば、戦局を大きく変えられるのは間違いないのだが、直感的に、量産は不可能だろうと分かっていた。魔導核が規格外だからこそ、あれだけの芸当できたのである。さらに、レイディアントだからこそ、あれだけ操縦できたのだ。並みの魔導操縦士では、アリエスの性能を活かせないのは明らかだった。


「新型魔導機アリエスはどうだった?って、最高ね。」


声をかけたのは、エリシア・ヴァイス博士だった。白衣は煤で汚れ、髪は乱れ、片頬には小さな擦り傷がある。それでも彼女の目だけは異様に輝いていた。戦場の恐怖よりも、実験結果への興奮が勝っている。そういう種類の人間である。


だが、別の側面もある。レイディアントの金色の髪が頬に落ち、エメラルドグリーンの瞳には疲労の色が濃い。軍服は乱れている。その姿を見たエリシアは、なぜか感動したように口元を押さえている。


「まさに新型に相応しいと思いましたね。見た目の羊とは似つかわしくない性能を感じました。」

「そりゃ、羊の皮を被った何かだもの。」


エリシアの言い方に、何かレイディアントは違和感を感じた。エリシアは、また何かを隠している気がしたのだ。


「アリエスのスペック表を見させていただけないですか?」

「残念。研究室は、燃えてしまってないわ。」

「その答えで納得すると思いますか?」

「しないでしょうね。私の頭の中にはあるからね。」

「開示を。」

「面倒くさいから嫌よ。」


レイディアントは、疲れているため、エリシアを説得する気力も権限もない。何より、目の前の博士に常識を求めても無駄だということを、わずかな付き合いで理解し始めていた。


エリシアは周囲を見回した。

格納庫には王国軍の整備兵や技術者が慌ただしく動いている。アリエスの外装確認、魔力炉の残留反応測定、損傷箇所の記録。誰もが黄金の機体へ釘付けになっていた。だが、エリシアはその視線を嫌ったように眉をひそめる。


「少尉、少し来なさい。」

「報告が先では?」

「その報告のためよ。あなたにだけ先に知らせるべきことがあるのよ。」


その声には、珍しく軽薄さがなかった。

レイディアントは訝しみながらも頷き、エリシアに連れられて物陰に入る。まるで逢引している二人のようであるが、二人の表情はほど遠い。


「さてと…。」


エリシアは端末を操作し、空中表示を展開した。

そこには、アリエスの認証記録が表示されていた。


搭乗者名、レイディアント・シリウス。

適合率、九十九・九九パーセント。

神核同期、成功。

搭乗者固定登録、完了。

以後、他搭乗者による起動不可。


レイディアントはその文字を見て眉をひそめた。


「搭乗者固定登録?」

「そう。アリエスは、あなたを正式な唯一搭乗者として自動登録したわ。」

「自動で?」

「ええ。私が操作したわけじゃない。アリエス側の選択よ。これで、あなた以外が乗ろうとしても起動しない。無理に接続すれば魔力を吸われて気絶、運が悪ければ衰弱死。つまり、王国軍がどれほど偉そうな命令を出しても、アリエスはあなた以外には動かせない。」


レイディアントは息を呑んだ。

それは戦略兵器としては致命的な制約であり、同時にレイディアント個人にとっては重すぎる鎖だった。アリエスが王国軍の切り札であるなら、その切り札の鍵はレイディアント自身である。今後、レイディアントはただの士官ではいられない。命令も、立場も、価値も、すべてが変わる。


「解除は?」

「できないわね。」

「博士でも?」

「少なくとも今は無理。無理に解除すれば神核とまで評された魔導核が壊れる可能性があるし、最悪の場合、アルゴス研究都市が二度目の爆心地になるわ。」


レイディアントは、念のため、エリシア博士に確認する。


「冗談ですか?」

「半分くらいわね。」

「残り半分は?」

「もちろん、本気よ。神核が壊れる可能性は、かなり低いぐらい以外は、全部本気ね。」


レイディアントは額に手を当てた。

頭痛がした。共和国軍との戦闘よりも、この博士との会話の方が精神を削る気がする。だが、問題はそれだけではなかった。


エリシアは端末をさらに操作した。次の表示が開かれた瞬間、レイディアントの表情が凍りついた。


性別認証、女性。

容姿評価、最高値。

画像記録、自動保存済。

画像保存先、エリシアプライベートフォルダ


レイディアントは反射的に一歩下がった。


「……エリシア博士、これは何ですか?」

「アリエスの搭乗者認証記録よ。」

「なぜ性別認証があるのですか」

「私の美学のために、必要だったからよ。」


沈黙が落ちた。

レイディアントは目の前の女性科学者を見つめた。エリシアは堂々としている。悪びれる様子はまったくない。それどころか、研究成果を誇る学者の顔をしていた。


「アリエスはね、ただ強大な魔力を持つだけでは駄目なの。神核との適合には、魔力の質、精神波形、身体情報、そして美しき美女が必要なのよ。」

「最後だけ明らかにおかしいのでは?」

「おかしくないわ。美は宇宙の法則よ。」

「本音は?」

「私の可愛い娘に、むさ苦しい男なんて乗せたくないだけ。どうせなら、美女がいいに決まってるじゃない。」


レイディアントは深呼吸した。

怒るべきか、呆れるべきか、判断に迷った。だが今、最も重要なのはそこではない。


「この記録を見たのは?」

「私だけよ。」


エリシアは即答した。


「消去します」

「困るわ。私のモチベーションが下がるとアリエスの整備が遅れるわよ?」


エリシアのその言葉は腹立たしいほど有効だった。


「安心しなさい。あなたが女性であることは誰にも言わないわ。王国軍上層部にも、守備隊にも、あなたの艦長にも、もちろん貴族連中にもね。」


レイディアントの喉がわずかに動いた。


「なぜです?」

「理由は三つ。一つ、あなたの秘密をばらすと軍が面倒なことを言い出す。二つ、あなたが協力的でなくなるとアリエスの実験に支障が出る。三つ」


エリシアはにっこり笑った。


「最高の秘密は独占する方が楽しいからよ。」

「最低ですね。」

「よく言われるわ。」


エリシアは椅子に腰かけ、足を組んだ。

そして表情を変えた。先ほどまでの変人めいた笑みではなく、科学者としての鋭さを帯びた顔だった。


「取引しましょう、レイディアント少尉。私はあなたの秘密を守る。その代わり、あなたは、アリエスの実験に協力する。」

「実験とは?」

「専用武装の開発。美女魔導操縦士のアカウントフォロー数を…。」

「最後のは却下です。」

「交渉の余地は?」

「ゼロパーセントです。」

「あら、残念。やっぱり、私だけ独占する方向ね。」


エリシアは本当に残念そうだった。

レイディアントはしばらく黙った。秘密を握られた。しかも相手は、善人とは言い難い変人科学者である。だが、この人物は少なくとも秘密を守る理由を持っている。倫理ではなく、欲望と研究のために。それは皮肉にも、口先の善意より信用できる場合がある。


「協力しなければ?」

「あなたの秘密をばらす、とは言わないわ。そんなことをすればアリエスの運用に支障が出るもの。ただ、王国軍上層部はあなたを逃がさないでしょうね。どちらにせよあなたはアリエスに乗ることになる。なら、私と組んだ方がまだ自由がある」

「自由ですか?」

「少なくとも、あなたを部品扱いする連中からは守ってあげられるわ。女性の人権なんて、あいつらにとったら、低すぎるんだもの。」


その言葉だけは、軽くなかった。

レイディアントはエリシアを見た。狂気じみた天才。変態的な仕様を兵器へ組み込む危険人物。だが、彼女はアリエスを誰より理解している。そしてレイディアントが女性であることを知る、現時点で唯一の人間でもある。


「分かりました。」


レイディアントは静かに言った。


「協力します。ただし、私の秘密を守ること。実験内容は事前に説明すること。私の許可なく身体情報や画像を保存しないこと。」

「三つ目が痛いわね」

「博士…。」

「分かったわ。努力する。」

「努力ではなく約束してください。」

「えぇ?仕方ないわね。……たぶん、約束するわ。」


エリシアは少しだけ口を尖らせた。

レイディアントはそれを信用しきれなかったが、今はそれ以上踏み込む余裕がなかった。


アリエスの整備は、続いている。白金の機体は沈黙したまま、格納庫中央に立っていた。まさか、新型魔導機に乗って、レイディアント自身の秘密が露見するとは夢にも思わなかったのである。


その魔導機は、もうレイディアント専用機となった。これだけの戦果をあげているのである。


「アリエス…。」


戦乱の時代に、頼れる相棒を手に入れたのは、レイディアントにとって僥倖だったのである。


その夜、レイディアントは研究都市内に用意された臨時宿舎で一人になった。窓の外には修復中のアルゴス研究都市が見える。外壁の裂け目は緊急隔壁によって塞がれていたが、都市のあちこちにはまだ火災の名残があり、工兵隊の作業灯が夜空のような人工天蓋に白い線を描いている。


戦闘は一時的に止んだのだが、戦争は終わっていない。共和国軍は、すくわに戻ってくるだろう。そしてその時、王国軍はアリエスを出す。つまり、レイディアントは再び戦場に立つのである。


レイディアントは軍服の上着を脱ぎ、椅子に腰を下ろした。鏡が壁に掛かっている。映っているのは、金色の髪とエメラルドグリーンの瞳を持つ若い士官だった。整った顔立ち。細い顎。白い肌。サラシからでも分かる豊かな胸。男として振る舞うには、あまりに美しすぎる容貌。だが王国軍の誰も、正面から疑問を口にしなかった。


貴族には中性的な美貌を持つ者も多い。

魔力量が高い者は、身体の成長や声質に影響を受けることもある。そうした理由が、周囲に都合の良い納得を与えていた。そして何より、レイディアント自身が男らしかったのである。女性にはない男らしさが、周囲にレイディアントを女性と思わせなかった。


レイディアントが男らしい理由は、単純である。ずっと、男だと思い込んで生きていたのだ。第二次性徴期がくるで、レイディアント自身が男性としか思っていなかったのである。レイディアントは目を閉じ、遠い記憶を浮かべた。

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