006.
レイディアントは、計器を見る。
アリエスは、あり余るほどに、機体内部に吸収された魔力が満ちていた。アリエスの操縦席には、警告音が鳴り響いていた。
致命的な損傷を示すものではない。
むしろ逆である。機体内魔力蓄積量が急激に増大し、制御系が処理に困っているという警告だった。レイディアントは正面に浮かぶ表示を見つめる。吸収魔力量は許容範囲内。外部攻撃魔力へ変換中。再利用方法、未設定。
「未設定って…。そうか武器がないのか…。」
レイディアントは思わず呻いた。
アリエスは魔導砲を吸収した。その結果、敵の攻撃は無効化され、アリエスの内部には大量の魔力が蓄積された。問題は、その先である。吸収した魔力をどう使えばいいのか分からないのである。
エリシアからの通信が割り込む。
『見た!?見たわよね!?今の!』
「見ました。説明をお願いしてもいいですか?」
『コットンアーマーよ!アリエスの特殊防御機構!外部魔導攻撃を綿状魔力層で包み込んで吸収、内部魔力へ変換するの!理論上は魔導砲撃に対してほぼ無敵!まあ、物理質量弾とか実体剣には普通に注意が必要だけど!』
「先に説明してください。」
『起動するまで、本当に動くか分からなかったのよ!あやふやな情報ほど、危険なものはないでしょ?』
それはそうだった。
レイディアントは反論を諦めた。搭乗する時に、装甲が柔らかいと感じたのだが、コットン・アーマーの性質なのだろう。エリシアに対して、その時に確認しなかったレイディアントが悪いのだ。エリシアという人物は、説明を求めても不安材料を増やしてくるタイプの科学者である。
「吸収した魔力はどうすればいいのですか?」
『本来なら専用武装へ流して撃つ予定なの。だから困るわよね。どうすればいいと思う?』
「あなたが分からないのに、俺が分かるわけないでしょう。」
アリエスの内部魔力は増え続けている。
先ほど受けた魔導砲のエネルギーは、通常の魔導機なら数機分の出力に相当する。それが機体を巡っている。レイディアント自身の膨大な魔力と混ざり、黄金の機体はさらに輝きを増していた。だが、出口がない。魔力とは水に似ている。蓄えすぎれば圧力になる。流す先がなければ、いずれ制御を乱す。
共和国軍側でも混乱が広がっていた。
『魔導砲、効果なし!』
『直撃したはずだぞ!』
『敵装甲、未知の魔力防御を展開!』
『接近戦に切り替えるべきです!』
共和国軍の兵士は、即座に戦術を変えようとした。魔導砲が効かないなら、実体剣や質量兵器で攻撃する。それは正しい判断だった。だが、アレクシスはそれを制した。
「待て。もう一度撃て。」
『大佐!しかし!』
「性能確認だ。射撃角度を変えろ。出力も段階的に上げる。正面、側面、背部。どこまで吸収できるか見る。性能を確認したい。」
『了解!』
副官は震える声で復唱した。
彼らはアリエスを倒すためではなく、アリエスの性能実験のために砲撃を行う。あまりにも奇妙な戦闘だった。だがアレクシスの判断は冷静だった。今この場で鹵獲できないなら、情報を持ち帰るしかない。アリエスの能力を一つでも多く暴くことが、共和国軍にとって最大の戦果となる。
再び魔導砲が放たれた。今度は出力を抑えた連射。正面から三発、側面から二発、さらに上方から一発。レイディアントは避けようとしたが、まだ魔力蓄積量には余力がある。砲撃がアリエスへ命中するが、白い綿毛のような魔力層が広がる。魔導砲の光が、そこで鈍る。
包まれる。消えていく。いや、吸い込まれていく。アリエスの装甲表面に傷はない。代わりに内部魔力蓄積量がさらに上がる。
「凄まじい性能だな。」
レイディアントは困惑した。
敵の攻撃を受けるほど機体が満ちていく。理屈としては強力だ。だが、今のレイディアントには、それを扱う術がない。満腹なのに食べ物を口へ詰め込まれているような、妙な苦しさすらあった。アレクシスは解析数値を見ながら、薄く笑った。
「全方位では、ないかもしれないな。」
副官が尋ねる。
『どういうことですか?』
「吸収層の展開に遅延がある。搭乗者が認識した方向への反応が速い。逆に完全な死角からの攻撃には、少し遅れる。」
『では背後からなら?』
「吸収されないかもしれないな。ただし、あの機体の魔力感知範囲が広すぎる。背後を取るのは至難かもしれん。」
アレクシスは楽しそうだった。
未知の敵を分析することに喜びを感じている。しかも、その敵は単に硬いだけではない。搭乗者の感知能力と機体の防御機構が連動している。機体性能だけを見ても不十分。中にいる人物を理解しなければ、本当の攻略法は見えない。
「面白いな。」
彼は呟いた。
一方、レイディアントはまったく面白くなかった。内部魔力は膨れ上がり、操縦席の紋様が眩しく輝いている。アリエスは沈黙したまま、ただ力を蓄えている。放出口がない。専用武装がない。魔導剣もない。敵から奪おうにも、宇宙空間では距離がある。
その時、レイディアントの視界に一機の共和国軍魔導機が映った。
アレクシスの銀色の魔導機ではない。前線部隊の一機である。両腕で大型魔導砲を抱え、アリエスへ照準を合わせていた。艦載用を魔導機用に改造した重火器。威力は高いが、取り回しは悪い。レイディアントはその砲を見つめた。
「……あれなら。」
エリシアが即座に反応する。
『何を考えているの?』
「吸収した魔力を撃つ武器がないなら、敵から奪います。戦艦用の魔導砲に、無理矢理流し込んだら、いけませんかね?」
『素敵だけど無茶よ。あれ、共和国軍の重魔導砲よ。接続規格が違うし、アリエスの出力を流したら壊れるかもしれない。』
「壊れる前に撃てばいい。」
『少尉も無茶が好きね。』
エリシアは感動したように呟いた。
レイディアントは背部推進器へ魔力を流し込む。黄金の巨体が急加速し、共和国軍重魔導砲装備機へ向かう。
敵兵が慌てて砲撃する。
直撃する。しかし、コットンアーマーが魔力を吸収する。さらにアリエスが加速する。
「借ります……いえ、もらいます。」
黄金の手が、重魔導砲を掴んだ。
共和国軍機の腕部が抵抗する。だが、アリエスの出力は桁違いだった。関節が砕け、固定具が引き千切れ、重魔導砲が奪い取られる。共和国軍機は慌てて後退した。レイディアントは奪った魔導砲を構える。
内部に溜まりすぎた魔力を、流し込む。
すぐに、重魔導砲が悲鳴を上げた。砲身が膨張し、魔法陣が過剰発光する。制御できていない証拠である。
『やっぱ無茶よ!爆発するわ!って、安定してきた?』
「魔力の精密操作は、得意な方なんですよ。」
『って、やっぱり無茶よ!爆発するわ!』
安定してきたといえども、やはり無茶がある。爆発する前に、無理矢理放つ。照準は甘く、狙ったのは敵魔導機部隊だったはずなのに、砲口はその背後にいた共和国軍戦艦へ向いていた。
「これは…!」
レイディアントが考える以上に危ない状態であった。アレクシスも、すぐに危険性に気付く。
『全艦、最大魔力障壁を展開!最大だぞ!使い果たしてもかまうな!』
アレクシスは慌てて、叫ぶ。アレクシスの叫びに共和国軍は反応するが、一手遅れてしまった。アリエスから、魔導砲が放たれ、黄金の光が宇宙を裂いた。
それは砲撃というより、巨大な光の奔流だった。共和国軍製の重魔導砲は本来、そのような出力に耐えるための兵器ではない。魔導機が携行する重火器としては強力だが、戦艦主砲には遠く及ばない。だがアリエスの内部に蓄積されていた魔力、コットンアーマーが吸収した複数の魔導砲撃、そしてレイディアント自身が持つ規格外の魔力が一気に流し込まれた結果、その砲は設計思想を踏み越えた何かへ変貌した。
黄金の奔流は、共和国軍魔導機部隊の脇を掠め、その背後にいた巡洋艦へ直撃した。共和国軍巡洋艦の艦橋では、誰もが一瞬だけ反応を失った。彼らはアリエスを包囲する魔導機部隊の後方支援を担当していた。距離は十分にあり、敵新型機の直接攻撃圏外だと判断されていた。そもそもアリエスには正式武装が確認されていない。危険ではあるが、即座に艦艇を沈める能力があるとは考えられていなかった。
その判断は、一秒後に過去のものとなった。黄金の光が艦首装甲を貫く。アレクシスの声に反応して、魔力障壁が中途半端に展開されるが、意味をなさない。艦首から艦中央まで、光が一直線に貫通する。内部の魔導炉が連鎖反応を起こし、艦体が内側から膨れ上がった。
「被弾!」
「障壁貫通!」
「魔導炉、制御不能!」
叫びは最後まで続かなかった。
巡洋艦は、爆発したのである。宇宙空間に巨大な火球が広がり、艦体の破片が周囲へ散った。共和国軍艦隊の通信網に、数秒間の空白が生まれる。
誰もが理解できなかった。魔導機が、携行火器で戦艦を沈めた。しかも、その火器は共和国軍のものだった。アリエスの操縦席で、レイディアントも同じように固まっていた。
「なんて、威力なんだ…。」
自分が放った。確かに放ったのだが、こんな威力になるとは思っていなかった。敵魔導機を牽制できれば程度のつもりだった。あるいは部隊を散らす程度のつもりだった。それが、戦艦を一撃で沈めたのである。
レイディアントの手が震えた。
先ほどの魔導機撃破とは違う。戦艦には数十人、場合によっては数百人近い乗員がいる。その全てを、今の一撃で殺したかもしれない。戦争だから仕方ない。敵だから当然。そう割り切れるほど、レイディアントはまだ戦場に慣れていなかった。
重魔導砲は砲身が焼け爛れ、内部から火花を散らしていた。数秒遅れて爆散し、アリエスの手から残骸が離れる。黄金の機体は無傷だったが、操縦者の心はそうではない。
エリシアも沈黙していた。
地下施設のモニターには、戦艦が撃沈される映像が繰り返し表示されている。普段なら彼女は歓声を上げていただろう。自分の開発した機体が、理論を超えた性能を発揮したのだ。科学者としては歓喜すべき瞬間である。だが、その威力は彼女の想定すら超えていた。
「……これは、想定外の威力すぎるわね。」
珍しく、エリシアの声に冗談がなかった。
コットンアーマーは魔導攻撃を吸収する。吸収した魔力は本来、専用武装によって制御され放出される予定だった。だが未装備の状態で外部火器へ流した場合、どうなるか。今、その答えが出た。敵の兵器を媒介にして、戦艦級を一撃で撃沈する過剰火力が発生する。
それは強い。あまりにも強い。そして、あまりにも危険だった。
共和国軍旗艦でも混乱が広がっていた。
「ベルガ轟沈!」
「敵新型機、戦艦撃沈能力あり!」
「違います! 使用火器は我が軍の重魔導砲です!」
「どういうことだ!」
「敵機が奪取後、異常出力で使用した模様!」
艦長は沈黙していた。冷徹な男である彼ですら、戦術スクリーンに表示された結果をすぐには受け入れられなかった。魔導機が艦艇を沈めることはある。接近して装甲を裂く、魔導炉を破壊する、艦橋を潰す。そうした戦法ならば理解できる。だが、携行火器の一射で巡洋艦を撃沈したとなれば、話が違う。
アレクシスは、蒼銀の偵察機の中で静かにその光景を見ていた。驚きはあった。彼ほどの男でも、今の威力は予想外だった。だが、彼の驚きは恐怖ではない。分析と興味が、その内側で急速に膨らんでいた。
「なるほどな。吸収した魔力を、そのまま外部火器へ流し込む。それだけじゃない。あの魔導操縦士が、それだけの魔力を有しているということか。」
機体性能は異常。コットンアーマーは魔導砲を無効化するだけでなく、エネルギーを蓄積する。そして、あの機体に乗った魔導操縦士によっては、蓄積した魔力を放出すれば、艦艇すら沈める火力となるのを理解したのだ。魔導機と魔導操縦士の双方が規格外だからこそ、可能にした一撃である。
「私なら同じことができるか?いや、さすがにムリだな。魔導操縦士の顔を見てみたいものだ。」
アレクシスの口元に笑みが浮かんだ。同じ魔導操縦士として、興味がつきないのである。見たところ、まだ新型魔導機に乗って間もないことも分かる。専用装備もない。だからこそ、これから先、今よりも脅威になるのは明白だった。
「面白い。」
副官の通信が入る。
『大佐、これ以上の接近は危険です。撤退命令が出ています!』
「撤退だと?何をばかな。だが、万全を期すのも大事か。」
搭乗者は今の一撃に動揺しているのか、戦場では致命的な隙を晒している。もし、アレクシスが専用機に乗っていれば、そこへ踏み込んだかもしれない。だが、今は偵察用機体。鹵獲も撃破も目的ではない。十分すぎる情報を得た。
「全機、後退する。」
『了解!』
共和国軍魔導機部隊が後退を始める。艦隊も距離を取り始めた。アリエス一機によって戦局が覆されたわけではない。アルゴス研究都市はまだ燃えている。王国軍守備隊も壊滅寸前である。だが、共和国軍はこれ以上の深追いを避けた。未知の怪物を前に、冷静な撤退は、敗北ではなく次の戦いに備えるための判断だった。レイディアントは遠ざかる敵影を見つめていた。
その中で、蒼銀の機体だけがしばらく残った。通信はない。名乗りもない。ただ、視線だけが合っているような気がした。
レイディアントはその機体を見つめ返す。敵だ。恐ろしい相手だ。あの蒼銀の機体には、自分を見ている何かがある。機体ではなく、アリエスでもなく、操縦者であるレイディアント自身を。そして、気付いた。魔導機フェンリルに乗っていないから分からなかったが、目の前にいる敵こそが、共和国軍エースオブエース『銀獅子アレクシス』であると。
「銀獅子…。名に負けぬプレッシャーを放つ男だな。」
アレクシスもまた、同じことを感じていた。
「新型魔導機に乗るだけのパイロットではあるな。良いプレッシャーを放ってくる。」
共和国軍が、完全に撤退したのを確認すると、蒼銀の機体が反転する。アレクシスは撤退していった。だが、それは逃走ではない。次に戦うための撤退である。
レイディアントもアレクシス。宿敵となる二人の戦いは、ここから火蓋を切った




