005.銀獅子アレクシス・アークライト
アルゴス研究都市の外壁が崩壊し、白金の魔導機アリエスが宇宙空間へ放り出された瞬間、宇宙空間にいた兵士たちは、その光景を理解できなかった。
衛星都市の裂け目から流れ出す白い大気、瓦礫、炎、そしてその中から現れた白金の巨人。王国軍の極秘機体であることは明らかだったが、その姿は兵器という言葉だけでは説明しきれないものを持っていた。神話の獣。あるいは、戦場に迷い込んだ白金の偶像のような魔導機であった。
宇宙空間の中に、一機の蒼銀色の魔導機が浮かんでいた。共和国軍偵察用魔導機。量産型を基礎に、探知装置と通信機能を強化した特殊機体である。戦闘能力は高くない。少なくとも、共和国軍最強の男が本来は乗るべき魔導機ではなかった。
操縦席の中で、アレクシス・アークライトは白金の機体を見つめていた。銀獅子と呼ばれた共和国軍のエースオブエースである彼は、戦場に相応しくない感想を述べた。
「……美しいな。」
ようやく漏れた言葉は、敵機への評価というより美術品への感想に近かった。通信越しに副官の声が響く。
『アレクシス大佐、目標は王国軍新型機と思われます。司令部は、可能であれば鹵獲を希望しています』
「鹵獲か。」
アレクシスは目を細めた。
確かに、軍人としての理性はそう判断する。未知の新型機。王国軍が秘匿していた戦略級魔導機。ここで鹵獲できれば、共和国軍の圧倒的有利になるかもしれない。鹵獲できずとも、動力系や装甲片だけでも手に入れば技術分析に使える。共和国軍の利益は計り知れない。だが、アレクシスはすぐに首を振った。
「無理だ。」
『無理、ですか?』
「この魔導機ではな。」
彼が搭乗している《シグルド》は偵察用機体である。
高性能ではあるが、あくまで情報収集が主目的だ。武装は標準的な魔導砲と魔導剣。機動性も悪くはないが、専用機とは比べ物にならない。目の前にいるアリエスを拘束し、無傷で鹵獲するには、機体性能が足りなすぎた。
副官は沈黙した。
アレクシスが「無理」と言うことは極めて珍しい。だが彼は臆病になったわけではない。単に、勝算と目的を冷静に切り分けているだけだった。
「鹵獲は断念する。目的を性能確認へ変更。司令部へ通達しろ。」
『了解しました。ですが、交戦は危険では?』
「若さゆえかな。危険だからこそ、価値があると思ってしまうのだよ。」
副官は返答に詰まった。
共和国軍最強の男は、いつもこうだった。命を粗末にしているわけではない。無謀でもない。ただ、戦場における危険を、彼は恐怖ではなく興味として受け入れてしまう。敵が強ければ強いほど、そこから得られるものは多い。彼にとって戦闘とは、殺し合いであると同時に、観測でもあるのだろう。
アレクシスはアリエスを観察する。
白金の機体と魔導操縦士には、若干の不安定さをあった。どうやら、魔導操縦士は、宇宙空間での機動に慣れていないように見える。少なくとも熟練兵ではないことだけは確実だった。
「どうやら、慣れない魔導機に乗っているようだな。動きがぎこちない。」
彼は呟いた。
しかし、その言葉には侮りがなかった。むしろ興味が濃くなっている。慣れない魔導機に乗りながら、あの混乱の中で研究都市から出てきた。武器もなく、共和国軍の魔導機を倒したという報告も入っている。機体性能だけでは説明できない部分がある。
アリエスの操縦席で、レイディアントも蒼銀の機体を見つめていた。金色の髪が汗で頬に張りつき、エメラルドグリーンの瞳には緊張が宿っている。レイディアントは、目の前の敵が銀獅子アレクシスだと知らない。だが、目の前の敵がただ者ではないことだけは分かった。魔力量が巨大なわけではない。機体が特別なわけでもない。にもかかわらず、そこにいるだけで戦場の中心になる存在感を感じていたのである。
「……強い」
言葉が漏れた。
アリエスは喋らない。ただ、機体各部の魔力回路が淡く明滅している。レイディアントの緊張に反応しているのか、敵を警戒しているのか、それすら分からない。レイディアントは操縦桿を握り直した。
アレクシスの後ろから、他の共和国軍が集まってくる。レイディアントは、距離を取るべきなのだが、アレクシスの前では隙を見せることになりかねないため、動くことはできない。共和国軍の通信が飛び交う。
『新型機を包囲しろ!』
『大佐の指示を待て!』
『鹵獲部隊、前進準備!』
アレクシスは短く命じた。
「不用意に近づくな!鹵獲など考えなくてよい。まずは射撃で反応を見る!」
『了解!』
数機の共和国軍魔導機がアリエスへ照準を合わせた。アレクシスは、偵察用機体であるため、最初に突っ込む意味はないことから、動かない。新型魔導機の装甲、回避性能、反応速度を観測する。その全てを見極めるつもりなのだ。
「撃て!」
共和国軍魔導機の魔導砲が一斉に火を噴いた。
青白い閃光が宇宙を走り、黄金の機体へ殺到する。レイディアントは回避しようとした。だが宇宙空間での機動にはまだ慣れていない。推進器の反応が遅れ、機体の姿勢が崩れる。それでもレイディアントは、完璧に避けきった。
『性能が、魔導操縦士の技能を補っているな。いや、技能ではないな。宇宙空間での魔導操縦に慣れていないだけか。』
アレクシスには、レイディアントのことが手に取るように分かる。だからこそ、回避し続けるレイディアントに対して、どう対応すればいいか分かった。
『魔導障壁の性能を確認したいな。』
アレクシスは、動く。魔導砲の射線をレイディアントの逃げる方向へと向けた。それだけで、レイディアントの動きが大幅に制限される。
「くっ!」
レイディアントの動きが制限されれば、当然ながら共和国の魔導砲を避けきれない。レイディアントは、最小のダメージにしようと反応し、歯を食いしばった。魔導砲がアリエスへ直撃した。
魔導砲の直撃。
共和国軍の将兵たちは、誰もが損傷を期待した。王国軍の新型機とはいえ、直撃を受ければ無傷では済まない。少なくとも装甲表面は削れ、姿勢は崩れるはずだった。だが、黄金の機体は、謎の白金の光を帯び、無傷だった。
装甲は傷一つない。関節も損傷していない。
レイディアントも不思議に思う。だが、同じように魔導砲を受け観察すると、黄金の装甲表面に、戦場には不釣り合いなほど穏やかな白金の光を帯びている。その光は、魔導砲の残留魔力を包み込み、まるで吸い上げるようにアリエスの内部へ取り込んでいったのが分かった。
「……吸収しただと?」
共和国軍旗艦の解析士が叫ぶ。
『命中確認!ですが損傷なし!敵機表面に未知の魔力層を確認!』
『魔導砲のエネルギーが消失しています!』
『消失ではありません、吸収されています!』
アレクシスは息を呑んだ。
魔導障壁による防御ではない。文字通り、吸収したのだ。それは、兵器としてあまりにも非常識だった。
「可能なのか?」
アレクシスは、解析画面に表示された解析を読み上げた。白い綿のように攻撃を包み、魔力を吸い込む柔らかな装甲。魔導機なのに、硬い装甲ではないのだ。
魔導兵器が主流であるこの時代において、魔導砲を吸収する装甲など、戦術体系そのものを崩壊させかねない悪夢の魔導機だった。
銀獅子アレクシスは、ようやくアリエスをただの新型魔導機としてではなく、戦略そのものを変える存在として認識した。そして操縦席の中で、レイディアントも特性を理解し始めていた。
「吸収したのか?なるほどな。」
アルゴス研究都市で魔導砲を受けた際も、無傷であった。その時も、魔導砲の魔力を吸収したのだろうと理解不能な装備であることをアレクシスは理解したのだった。




