045.終結
ガルガンチュア要塞の消滅。
それは、この宙域に戦略的価値のなくなったことを意味する。
王国軍と共和国軍は、それぞれ撤退を始めるまでは警戒し合っていたため、魔導機が宙域で警戒に当たりながらも救助活動を行なっていた。宙域には、要塞の破片と、救命艇の微かな信号だけが漂っている。
王国軍も共和国軍も、勝利を叫ぶ者はいない。王国軍が誇る難攻不落のガルガンチュア要塞は失われ、共和国軍による奪取も、王国軍による奪還も、どちらも成功しなかった。王国軍は象徴を失い、共和国軍は戦果を失った。王国軍と共和国軍に残されたのものは、救える命を救うために探すという、戦争の後始末だけであった。
警戒するレイディアントの元へ、ファルコン傭兵団と戦っていたリーチェがやってくる。
「レイディアント大尉、ご無事でいらっしゃいますか?」
「あぁ、無事だよ。リーチェ少尉も無事なようで何よりだ。」
「あと少しでファルコン傭兵団を倒せそうだったのに、残念で仕方ありません。ところで、通信障害ですか?」
「あぁ、このモードになると映像通信はできなくなるようだ。」
「奇妙な設定ですね?」
レイディアントは、リーチェとの会話で、改めて大きな問題に向き合わなければならなかった。レイディアントは、男装した女性である。婚約者であるセレスティアと変態科学者であるエリシア以外には、男性として通している。
祖父であるマイナンでさえ、この事実は知らないため、このまま試造星帆戦艦に帰投すれば、祖父のマイナンは、顎が外れてしまうのは確実である。
レイディアントは、自身の金色の長い髪、ドレスのような衣服を見て、これで男は無理があると諦めるしかなかった。このまま試造星帆戦艦に帰投し、整備士に見られ、リーチェに見られるまでは仕方ないと諦めていた。
「ん?これは…。」
「コットン・アーマーですね。」
新型魔導機アリエスに、白い光が集まってくる。
霧散してしまったコットン・アーマーであった。レイディアントは、変態科学者エリシアがコットン・アーマーは自動修復する説明をしていたのを思い出し、まさにコットン・アーマーが修復されていっているのを理解した。金色の装甲を覆うように、柔らかな白い光の粒子は、綿毛のような膜となり、やがて装甲全体を包み込む白い外装へ変わっていく。
コットン・アーマーは、封印装甲である。
新型魔導機アリエスの過剰な魔力放出は収まり、レイディアントの姿も元の姿へと戻っていく。男装姿のレイディアントに戻り、アリエスが羊型形態となると、映像通信が回復した。
「映像通信、回復されたようですね。どうやら、その金狼形態は映像を遮断するのかもしれませんね。」
「あぁ、そうかもしれないな。」
レイディアントは、男装姿に戻ると、安堵よりも自身の魔力量も下がったことを感じ、不満に思った。レイディアント自身が最も最大魔力を発揮できるのは、先程までの女性の姿であったことを知り、今の男装姿のままで、どこまで魔力を高められるかを考えてしまう。
(久々に師匠に魔導訓練でもしてもらうかな。)
レイディアントは、銀河一の魔力量を誇る。
だが、魔力量を誇るからといって、魔力を使いこなしているかといえば別である。魔力量で劣るアレクシスと競ってしまったのは、技量だけでなく、魔力操作がアレクシスに劣っていたからである。いわゆる、魔力量によるゴリ押しでアレクシスと渡り合っただけである。レイディアントが反省するのも当然であった。
試造星帆戦艦へ帰艦すると、格納庫には大勢の人達が賑わっていた。ガルガンチュア要塞には民間人も多くおり、脱出した民間人が試造星帆戦艦に搭乗していたのである。
レイディアントは、新型魔導機アリエスのハッチを開けて、格納庫に立つ。
「あの方が、レイディアント・シリウス様だ!」
「きゃぁぁぁぁ!」
「なんて、素敵なんでしょう!」
「あ、あの!レイディアント様のおかげで生きながらえることができました。よろしければ、お礼をさせて下さい!」
「わ、私もお礼させて欲しいです。」
レイディアントは、固まってしまった。
大勢の民間人が、大挙してレイディアントを囲んでしまったのである。
リーチェや整備士が慌てて、レイディアントを守るため、人による生垣を作る。
「王国民の皆様、無事に生き延びることができ僥倖であります。私は、軍務がございますので、ここで失礼いたしますが、王都星まで安全な航海となるよう皆様のご協力をお願いいたします。」
レイディアントの演説に酔いしれる民間人。要約すると、軍務の邪魔をするなであるが、レイディアントの想いが伝わることなどない。
レイディアントは、リーチェや整備士の者達に申し訳なさを感じつつ、艦橋へと向かった。途中で、マイナンの部屋に医療班がおり、レイディアントは何事かと医療班に声をかける。
「お祖父様に何かあったのですか?」
「レイディアント大尉。それが…。」
「まさか…。」
レイディアントは、悪い予想をしてしまって、慌ててマイナンの部屋へと入る。そこには、腰に湿布を貼って唸るマイナンがいた。ぎっくり腰とやらは、何年経っても、治療が見当たらない永久の症状のようである。
ぎっくり腰に効く薬を開発できれば、間違いなくノーベル賞を受賞するのだろうが、何年経っても、解明することのできない人類特有の症状であった。
「驚かせないで下さい。お祖父様、ぎっくり腰になるとは情けない。」
「うぅ、無念じゃ。レイディアントよ、共和国軍との戦いは、無事に終わったと聞いておる。よくやったの。いたたっ。」
レイディアントは、祖父であるマイナンに溜息をつきながら、去ろうとした。
「まずは、早く治して下さい。それでは、失礼します。」
「すまぬの。レイディアントよ、事の顛末は聞いておる。さすが、シリウス家の男子じゃ!」
マイナンは、本当に色々なことによく気付くのに、レイディアントが女性であることだけは気付けない。
レイディアントは、やれやれと溜息をつきながら、マイナンの部屋を出た。
「お祖父様のことをよろしく頼む。」
「かしこまりました。」
医療班の女性は、レイディアントの表情を見て、顔を赤らめてしまった。マイナンに褒められたレイディアントは、どこか嬉しそうな表情を浮かべ、照れ笑いしていたのである。レイディアントは、何やかんや言って、祖父であるマイナンから認められることが嬉しいのだった。
艦橋室に入ると、そこには婚約者であり艦長であるセレスティアと変態科学者エリシアがいた。セレスティアは、レイディアントの顔を見ると、すぐに駆け寄って嬉しそうに話す。
「レイディアント様、ご無事で何よりです。」
「セレスティア様、ご心配おかけしました。この通り、無事です。」
「心配をかけすぎですよ。」
「返す言葉もありませんね。ですが、セレスティア様も、だいぶ無茶をなさる。」
「レイディアント様が命をかけられたのです。ならば、婚約者である私も、少しぐらい無茶をすべきでしょう。」
「これで少しですか。」
レイディアントとセレスティアは笑った。
レイディアントは魔導機に命をかけたのはもちろんだが、セレスティアもまた無茶をしていた。セレスティアは、自身がヴァレンタイン公爵の娘であり、人質の価値があることを自ら名乗り出てしまったのだ。さらには、セレスティアが乗艦している試造星帆戦艦が突出して前に出てしまっていたのである。一歩間違えば、共和国軍に囲まれ、人質となっていた可能性もあった。
セレスティアは、王国軍と共和国軍を動かすために、ヴァレンタイン公爵の娘であることを伝えるしかなかった。公爵家は、少し前に遡れば、王家から降嫁した王族がいる。ヴァレンタイン公爵は、王族に準じる貴族であり、その言葉は貴族政治の軍人にとって重たいのである。
結局のところ、レイディアントもセレスティアも、どちらも無茶をしたのである。戦場においては仕方のないこととはいえ、お互いが無茶をしたことを理解しているため、互いに次は気をつけるといいつつ、苦笑するしかない。




