041.六翼
新型魔導機アリエス。
第一形態は羊形態であり、第二形態は金狼形態となることはレイディアントにも理解できた。
だが、レイディアントには全く理解できない現象が自身に起きていた。魔力を知覚でき、魔力を操作できるようになってから、今まで一度も感じたことのない程、自身の魔力が飛躍的に上がっており、レイディアントの全身に全能感を感じさせていたのである。さらに、肩までの長さだった黄金の髪は、背中まで流れる長さとなり、黄金の魔力の光を受けて淡く輝いている。
謎の現象は、レイディアント自身だけでなく、服装にまで影響を与えていた。レイディアントは、王国軍の伝統的な服を着ていたはずである。王国軍の服は、常時魔導障壁が展開されており、旧時代のように全身をパイロットスーツで覆う必要のない服である。
王国軍の服は光の粒子となり、レイディアント自身が身につけていた胸を隠すサラシすらも、光こ粒子となった。代わりに現れたのは、純白と金糸を織り込んだようなドレスのような戦場に相応しくない美しい衣装である。
レイディアントは、金狼形態よりも自身の変化が大きすぎて、無言になってしまったのである。操縦槽の反射面に映るレイディアントは、どこからどう見ても、どこの誰が見たとしても、百人いれば百人が同じ言葉を言うに違いないほど、ドレスをまとった完全な美女であった。
「エリシア…。」
レイディアントは、思わず試造星帆戦艦にいる変態科学者に連絡をとった。瞬間、マズいと思ったが、もう遅い。レイディアントは、男性として王国軍に周知されており、この映像通信を見られれば、もう男装しても男性と思われることはないのは明らかだったのである。
だが、試造星帆戦艦と繋がったのは、映像は映されず、音声のみの通信だった。レイディアントは、魔導機アリエスは、変態科学者エリシアが、魔導操縦士の姿を写真に収めていることを知っており、エリシアがこの状態に気付き、映像は映し出されないようプログラムが変更されたことに気付く。
レイディアントにしては、珍しくも変態科学者エリシアに感謝した瞬間である。レイディアントの人生において、数少ない変態科学者エリシアに感謝した瞬間である。
「こちら、エリシアよ。先に言っておくわ。私にも分からない現象が起きてる。」
「作成者であるエリシアが分からない事象なんて、起こり得るのか?」
「新型魔導機アリエス金狼形態は、私が王国軍にすら隠していいたとっておきなのは認めるわ。でも、何もかも想定を超えているのよ。気づいてる?レイディアントの溢れる魔力が戦場を支配し始めてるわよ?」
レイディアントは、戦場全体を魔力探知する。
たしかに、アレクシス、ロジャー、リュカだけでたく、王国軍艦隊も共和国軍艦隊すらも、動きを止めていた。
「分からないことがあるのは理解した。なら、分かる情報だけでも教えてくれ。」
「いいわよ。」
レイディアントの目の前にある画面に、アリエスの内部表示が一斉に更新される。
封印外装コットン・アーマーの完全剥離により、アリエス第二形態へ移行。
通称金狼形態。
パワー出力、第一形態比二・七倍。機動推力、第一形態比三・一倍。瞬間加速、第一形態比五・四倍。メイン装備、魔導翼六枚。独立制御可能、可変可能。
レイディアントは、さすがに唖然としてしまった。第一形態ですら、従来の魔導機を大幅に性能を上回っていたのである。新型魔導機との戦いにおいて、第一形態でも互角だった。その第一形態を大幅に上回る性能の数値は、もはや現実味などなく、どちらかといえば妄想に近い数値であった。
だが、レイディアントは数値が事実であることを、確信していた。アリエスの魔導石である神核から溢れる膨大な魔力は、レイディアントの身体から流れ出る膨大な魔力と合わさるどころが増大され、アリエス全体へと流れていたのである。
魔導操縦士は、魔導石から溢れる魔力を変換装置の役割を担っていた。だが、レイディアントは変換+増幅器の役割を担っていたのである。第一形態は、既存の魔導機とは、魔導石の質が違っていたに過ぎない。第二形態は、魔導操縦士の役割が変更され、全ての魔導機と文字通り一線を画した新型の中の新型魔導機なのである。
「これを隠していたのか。コットンアーマーとは、羊の皮だったわけであり、羊の皮を被った狼だったわけだ。」
「そうよ。新型魔導機アリエス。魔導機の新型よ。けど、私の想定を超えている。何が起こるか分からないから、制御に気をつけて。」
「了解した。」
レイディアントとエリシアの会話が終わるのを見計らって、近くにいたセレスティアがレイディアントに声をかける。
「レイディアント様…。」
「セレスティア様?」
セレスティアは、今すぐにでも、新型魔導機で戦場を離脱して欲しかった。だが、セレスティアは、言葉を飲み込み、レイディアントにひと言だけ伝える。
「ご武運を。」
レイディアントは、不思議とセレスティアの言葉に力が湧く。言葉だけでなく、わずかながら魔力が増えたのだ。ただの言葉であるのに、力を与えるのは不思議な現象であった。祈りの力は、アリエスを通じて、レイディアントの力を引き上げることになるのをこの時点ではレイディアントは気付けない。多くの人の祈りが、アリエスを強くするのだが、今のレイディアントはセレスティアの祈りの力だけでも充分だった。
レイディアントは、目の前にいた魔導機レオ、キャンサー、ジェミニからは、闘っていた時に感じていた圧迫感が消え去っていると感じていた。レイディアントは、アレクシスやロジャー達が変わったのではなく、レイディアントが変わったことを自覚しているの。レイディアントの見える世界は、一変しており、広大な戦場が狭く感じるほど、レイディアントの手の届く範囲も広がっていた。
さらには、敵の感情が読めるようになっていた。
特にロジャーの感情は分かりやすく、レイディアントの心が読めなくなってしまったことに怒りを感じていた。魔導機ジェミニが、レイディアントの思考を読もうと魔力を伸ばしてきているが、アリエスとレイディアントの魔力が完全に阻止しており、魔導機ジェミニの能力は通じない。
魔導機ジェミニは、敵の思考を読む能力を持っており、銀河で五本の指に入る程の腕前を持つロジャーに圧倒的な優位性をもたらしていた魔導機である。だが、アリエスとレイディアントの圧倒的な魔力によって、もはや思考を読むことはできない。もともと、レイディアントの魔力で思考を読みづらくさせていたが、完全に読めなくさせていた。ここに、ジェミニの優位性は、完全になくなったのである。
リュカは、レイディアントの圧倒的な魔力にのまれ、動揺が凄まじく、平常心でなかった。何が起きているか分からず、戦っている相手が人なのかすら判断できない状態である。リュカにとって、敬愛すべきアレクシスを圧倒的に超える相手がいるなど、あり得ない事態であった。だからこそ、目の前にいるアリエスが、アレクシスを超えているなどと認めたくなかったのである。だが、本能が理解してしまっており、リュカは軽くパニックになってしまっていた。
アレクシスは、目の前にいる存在が自身を超えていることを理解しており、歓喜を感じていた。アレクシスは、人がその領域にたどり着けることを知ったのである。自分以外の誰かが、その領域にいけるのであれば、アレクシス自身も行けるはずだった。だからこそ、自身が更に上のステージに行けることに歓喜したのである。
ロジャーは怒り、リュカは動揺し、アレクシスは歓喜する。 レイディアントは、ロジャーとリュカに同情しつつも、アレクシスの感情に呆れた。3者の中で、最も馬鹿なのはアレクシスであり、最も厄介な敵はアレクシスであると再認識する。
レイディアントは、現状を正しく理解すると、ついに動き出す。歴史に残る金狼レイディアント・シリウスの初陣である。
「さぁ、いこうか。」
「「「っ!?」」」
新型魔導機アリエスの背中に展開する六枚の魔導翼のうち、二枚が本体から離れ、黄金の鳥のように飛翔した。
魔導翼は、魔導機キャンサーの分離腕に向かう。リュカは、慌てて腕をキャンサー本体に戻そうとするが、キャンサーの分離腕よりも圧倒的な速度で魔導翼は動き、分離腕を掴んだ。
「そんな!?」
魔導翼の一枚は、分離腕に掴む瞬間に形を変形させ、魔力拘束具となって左右の分離腕を連続して捕えたのである。リュカは、拘束が抜け出そうと操縦桿を動かすも、アリエスの魔導翼の圧倒的なパワーにより、全く動かすことはできない。残る魔導翼の一枚は、鋭利な刃物のように変形し、キャンサー本体へと迫る。
「リュカ、避けろっ!」
「だ、ダメです!」
キャンサーの速度よりも、アリエスの魔導翼が速く、キャンサーは避けることも逃げることもできない。
「うわぁぁぁぁぁあ!」
刃となった魔導翼は、まるで宇宙空間を切り裂くかのように、光を纏いながら進む。もはや、人が作り出した武器とは思えない様相で、キャンサーへと迫り、キャンサーを上半身と下半身を二つに分けるかのごとく、斬り裂いた。
「リュカ、脱出しろっ!」
「アレクシス准将、申し訳ありません!!」
キャンサーは、二つに分かれても爆発しない。レイディアントは、すぐさま分離腕を捕らえていた魔導翼を翼モードへ戻し、羽のよう魔導砲を放つ。キャンサーの下半身部分に魔導砲が直撃し、爆発した。
開放された分離腕は、すぐさまキャンサーの上半身を掴み、戦場を離脱する。キャンサーに搭乗するリュカは無事であったものの、もはやアリエスとの戦闘には足手まといでしかなく、リュカは歯を食いしばりながら離脱した。
「まずは、一機!」
爆炎の中から、魔導機ジェミニが飛び出してくる。キャンサーの爆発を目眩ましにしてアリエスに向けて突撃してきたのだ。
「俺様は、蟹とは違うんだよ、蟹とはなっ!」
レイディアントは、ロジャーの動きを読んでいた。レイディアントの感覚は、ジェミニの一挙手一投足まで把握している。ロジャーは、アリエスがジェミニに反応していることを察し、すぐさま突撃を止める。
ロジャーは、ファルコン傭兵団の団長として数々の戦場を渡り歩いてきた。圧勝する場面もあれば、死地に陥る場面もあり、ロジャーは生き抜くために危機察知能力が高くならざるを得なかった。だからこそ、ロジャーは自身が死地に立っていると気付き、思わず戦場から離脱しようと止まってしまった。
「前に進まぬ者に、勝利の女神が微笑むことなどないっ!」
「うっせぇ!」
アリエスの背中にある魔導翼の二枚が、細長い魔導剣へと変形する。双剣を構えたアリエスは、止まっているジェミニに左手の剣を振りかぶる。ジェミニは、躱すこともできず、魔導剣で受け止めようとするが、アリエスの一撃はジェミニの魔導剣を破壊した。
「んだと!?」
さらにレイディアントは、右手の剣で追撃する。
ジェミニは、何とか避けようと動くが、レイディアントの卓越した技能により、その動きは無意味となる。
「終わりだっ。」
「てめぇーー!」
アリエスの右手の魔導剣は、ジェミニを斜めに切り裂く。ロジャーは、全開で魔導障壁を張るが、アリエスの一撃は、魔導障壁ごと斬り裂いた。ロジャーは、寸前でジェミニの身をひねり、完全なる真っ二つは避けられたものの、操縦席があらわになるほど、ジェミニは大きく破壊された。
レイディアントは、あらわになった操縦席から、ロジャーの顔を見る。ロジャーの顔は、怒りに満ちており、手負いの獣の目をしていた。レイディアントは、追撃をしてジェミニを完全破壊しようとしたが、アレクシスが操縦するレオがアリエスに攻撃する素振りを見せたため、断念する。
「今のうちに退け。」
「くっ、覚えてろっ!レイディアント・シリウス!てめぇは、てめぇだけは、必ず俺が倒す!」
「残念だか、人間との約束しか覚えられんな。獣のような貴様のことなど、すぐに忘れるだろう。」
「てめぇ、絶対に許さねぇからな!」
レイディアントは、この場でジェミニを堕としたかったが、アレクシスの絶妙な位置取りに追撃を諦める。もはや、レイディアントには撤退していくロジャーのことに意識を向けない。
ロジャーとしては、そのことが悔しくもあり、撤退が確実できる状況に安堵もしており、複雑な気持ちであった。心の中で、俺様を無視するなと、俺様を無視しろという二面性の感情が発露している。双子型魔導機ジェミニは、撤退した。




