040.(挿絵あり)
試造星帆戦艦の艦橋では、アリエスのデータが送られてしており 、刻一刻と損耗率が上昇していた。
「アリエス、外装損耗率七十二パーセントまてわ上昇。コットンアーマーの一部が剥離。左肩部、魔力吸収層破壊。」
通信士からもたらされるアリエスの状況報告は、報告するごとに悪い状態になっていく。セレスティアは、祈るよう映像を見守るしかない。
「レイディアント様……」
セレスティアは、隣りに立つマイナンが、共和国軍を的確に叩いている姿を見る。マイナンから焦りを感じており、レイディアントを救うために、王国軍を優勢にしようとしている。
気づけば、王国軍は、ブラッドリー准将が指揮するのではなく、実質上、マイナンが指揮していた。
「ギルベルトめ、相変わらず嫌な動きをしてくる男じゃ!」
マイナンの呟きを見ると、共和国軍はギルベルトが艦隊の指揮をとっている。共和国軍の総司令官はギルベルトであると事前情報で分かっていたが、ギルベルトが艦隊戦の現場でマイナンと闘っているようだった。
艦隊戦は、わずかに王国軍が有利であるが、ここに新型魔導機三機が雪崩込んでしまえば、王国軍が押されるのは明らかであり、セレスティアとしても、レイディアントにすぐに逃げて欲しいなどと通信はできない。
セレスティアは、レイディアントの判断は正しいと、理屈では分かっているものの、感情としてはすぐさまレイディアントに逃げ出してほしかった。だが、感情を抑え込む王妃教育が、セレスティアを感情的な行動をとらせない。アリエスの損傷率があがっていくのを聞きながら、セレスティアは、祈るように見るしかなかった。
そんなセレスティアがいる艦橋に、変態科学者であるエリシアが入ってくる。
「入るわよ〜。」
「エリシアさん?」
「アリエスの状態を大画面で見たいから、画面借りるわよ〜。」
エリシアは、端末操作をすると、艦橋の画面にボロボロのアリエスの状況が、映し出された。
「この映像は、とうやって?」
「セレスティアちゃんは、細かいことを気にしないでいいのよ。それにしても、レイディアントは追い詰められてるわね。」
「レイディアント様!」
画面に映るアリエスは、数字以上にボロボロの様相を示していた。
「わぁお。」
歓喜の声をあげたのは、エリシアである。エリシアは、アリエスが追い詰められているというのに、隠そうともせずに、笑っていた。その表情は、隠していたとっておきの玩具を、今から取り出そうとしているかのような子供の表情である。
「エリシアさん。何が面白いのですか?」
「面白いに決まっているじゃない。ついに、臨界点を超えるんだから。」
「臨界点?」
「そうよ。アリエスはコットンアーマーを削られるほど、損傷率、魔力損耗率、精神消耗率が上限に近づいているわ。レイディアントは、全てを出しつくそうとしている。控えめにいっても、レイディアントは最高ね。」
「最高ではありません。レイディアント様は、今、死地にいます。」
セレスティアの声には、怒りが混じっていた。だが、エリシアの目線は、アリエスとレイディアントに釘付けである。
「私はね、美女が一番輝く瞬間はなんだろうって思っていたのよ。男に愛された時?子供も愛する時?違うわ。美女は、追い詰められた時に牙を剥く美女こそ、最も一番輝くのよ。」
「エリシアさん、何を言っているのですか?」
エリシアが、科学者ではなく、変態科学者と呼ばれる所以。はっきり言って、その感性は常人には理解できるものではない。だが、セレスティアは理解した。レイディアントは、追い詰められている。だが、エリシアが言った牙を剥く瞬間は訪れていない。アリエスには、まだ牙があるのだ。
「黄道十二宮機計画。アリエスの魔導石、通称神核は、古代文明が戦艦用として準備したのを、王国軍の馬鹿が魔導機に転用しようとしたところから始まった計画なの。神核は、羊のような動じない人間を要求したわ。でも、私は神核に言い聞かせたの。羊のよう女性が、牙を剥く瞬間こそ、尊いということを。神核は、最後に私に賛同してくれたわ。」
「エリシアさん、本当に何を言ってるんですか?」
エリシアの変態性の暴露なのだか、科学者として大事なことを言っているのか、混ざりすぎていて、もはやよく分からない。エリシアも、また科学者として天才であり、説明できる能力が欠けていた。
「レイディアントは、まさに死地。だからこそ、条件は整っている。コットン・アーマーという封印は、もうまもなく解けるわ。」
「ちょっと、待って下さい!コットン・アーマーは、封印って、どういうことですか?」
「羊毛の中身が羊だなんて、誰が決めた?ということよ。王国軍?黄道十二宮機計画羊型魔導機アリエス?ちゃんちゃら、可笑しいわ。」
艦橋の画面で、アリエスの装甲がどんどん剥がれていく光景が見える。装甲が剥がれれば剥がれるほど、アリエスの魔導力のゲージがあがっていくのが分かり、何かが起こる予兆だった。
「いったい何の話しをしておるのじゃ?」
「っさい、ぼけ老人。」
「ほっ?」
マイナンのひと言に対して、エリシアの言葉は酷かった。いいところを邪魔されただけでなく、孫のレイディアントが男装した女性であることを見抜けない老人に対しての言葉である。マイナンが何か言おうとした時、通信士が叫び、セレスティアも叫ぶ。
「アリエス、損傷率99%っ!!」
「レイディアント様っ!」
レイデアントは、操縦槽の中で異変を感じていた。今にも何かが飛び出しそうな感覚であり、アリエスだけでなく、自身も何かが変わりそうになっていた。その違和感が、レイディアントに僅かな隙を作る。
「隙ありっ!」
「くっ!」
アリエスは、被弾する。
「そこっ!」
「まだだっ!」
リュカの一撃を何とか躱すも、姿勢制御に失敗した。その瞬間をアレクシスは見逃さない。
「ようやく訪れた好機っ!終わりだっ!レオ・ハウリング!」
新型魔導機レオは、ずっと最強の一撃を放つために魔力を溜めていたのである。正真正銘、必殺の一撃をアリエスに放った。
「終わりだな!」
「勝った!」
レオから放たれたレオ・ハウリングをレイディアントはスローモーションで見た。
(負けるっ?私は、男に負けるのか?)
レイディアントは、強力なエネルギー砲が、ゆっくりとアリエスに着弾する瞬間を見る。
(ふざけるなっ!)
瞬間、アリエスのゲージは上限を振り切る。そして、新たなゲージが現れる。
レオの一撃が、アリエスに直撃し、大爆発が巻き起こった。
「ちっ。美味しいところを、てめぇに取られちまったか。」
「さすが、アレクシス様です!」
「よしっ。王国軍に突撃する。」
アレクシスも、リュカも、ロジャーも、アリエスを墜ちたと思い込んだ。
「アリエス撃沈っ!」
「アレクシス准将が、新型魔導機アリエスを墜としたぞ!」
「そんな!?嘘ですよね?レイディアント様っ!」
共和国軍の通信を傍受したレイディアントの副官であるリーチェは動揺する。共和国軍に一斉に歓喜の声が広がっていき、王国軍の重要人物が討たれたのだと王国軍に伝わっていった。
試造星帆戦艦にいるセレスティアも、「そんな…」と言って崩れ落ちた。そんな中、エリシアは大胆不敵や笑みを浮かべ、叫ぶ。
「きた!きたきたきた、きたー!!さぁ、轟きなさい!!!全てを薙ぎ倒しなさいっ!!!!金狼っ!!!!!」
アレクシスとロジャーは、墜ちたはずのアリエスの爆発地点から、威圧感を感じ、寒気を覚えた。レイディアントではない。レイディアント以上の何かの存在が、アレクシス、リュカ、ロジャーを襲う。
「この感覚…。レイディアントなのか?いや、違う!何者なんだ!!」
「な、なんなんだ、こいつは!?」
「このプレッシャー…。そんなバカな!アレクシス様以上!?」
アレクシス、ロジャー、リュカを筆頭に、アリエスを完全撃破したと思い込んでいた。王国軍でも、セレスティアを筆頭にアリエスが墜とされたと思っていた。
爆炎の中から、一体の魔導機が現れる。
アリエスの風貌ではない。アリエスは、羊型の魔導機であるが、全く別の魔導機である。アリエスよりも一回り小さいにも関わらず、プレッシャーはアリエス以上に放っていた。
その魔導機は爆炎を振り払う。すると、爆炎がその魔導機に従うように一瞬で静まった。爆炎の光を斬り裂いて現れたのは、金色の装甲を持つ魔導機である。魔導機の背には、六枚の光の翼が展開され、翼の一枚一枚に異常な魔力が凝縮されていた。
その獰猛な出で立ちは、まるで金色の狼である。コットンアーマーに隠されていた新型魔導機アリエスの真の姿は、羊ではなく金色の狼であった。
共和国側では、全通信が一瞬途切れたように静まり返った。それほど、戦場に凶悪とでも言えるべき魔力によるプレッシャーを感じたのである。
ロジャーは、自身が震えていることに気付き、驚愕した。
「この俺様が恐れているだと?ばかな…。」
ロジャーは、心の底から金色の魔導機が怖いと感じてしまったのである。その感情は初めての感情であり、ロジャーは自身がそんな感情を抱いたことを信じたくない。だが、手が震えてしまったのである。
「ふざけんな、くそったれ!」
ロジャーは、自身に対して悪態をついてしまった。
アレクシスは、別の感情を抱いていた。
そのあまりにも美しい出で立ちに、感動してしまったのである。アレクシスは、ロジャーもリュカも、あまりの威圧感に動けなくなっていることを感じ、冷静に目の前の魔導機を分析する。
アレクシスは、すぐにレイディアントであり、アリエスの真の姿であることを察する。レイディアントのプレッシャーの延長線に、目の前の魔導機から感じるプレッシャーがあると察したのである。だが、アレクシスは不思議だった。アリエスがコットン・アーマーが完全に破壊され、第二形態として復活したのは分かるが、何故、レイディアントも殻を破り第二形態のようになったのかが理解できなかったのである。
アレクシスは、王国軍に強襲をかけようと通信回線を全共和国軍に開いていた。だからこそ、アレクシスの呟きが、全共和国軍に流れてしまった。
「金狼……」
金狼レイディアント・シリウス。その名が、戦場に静かに広がった瞬間である。
反対に、試造星帆戦艦にいるエリシアは、これでもかと騒いでいた。
「成功よ!見た?見た、これ?ゲージの上限が開放されて、全開になっているとごろか全てにおいて、金狼形態は、羊型形態を上回っているわ!」
エリシアは、今にも踊りだしそうなぐらい、くるくると周りながら喜びを爆発させていた。
「すごいわ。基礎出力が、どんどんあがっていくわ!凄いっ!本当に私って凄いわ!」
喜ぶエリシアが急に止まる。セレスティアは、エリシアの様子に不安を覚えた。
「どうしましたか?」
「私の理論上を超えているのよ。」
「それは、暴走しているということですか?」
「むしろ、理論上以上に安定してるわ。基礎能力が、二倍、三倍……、って、まだ上がっていく。何が起きているの?まさか、レイディアントなの?」
「レイディアント様、どうこご無事で。」
金狼形態は、もはや、魔導機アリエスを製作した変態科学者にすら分からない領域へと入っていた。エリシアは、手元の端末を操作しながら、あることに気付き、慌ててアリエスの映像通信はできないよう設定を弄る。正確には、アリエスの機体自身でエリシアのプログラムを確認し、必要性を理解して設定を変える。
アリエスは、データの上では安定をすると、背にある六枚の魔導翼が開き始めた。全ての翼が拡がると、宇宙空間に黄金の軌跡が走る。
羊の時間は、終わりである。
金狼の戦いが、いよいよ始まるのだった。




