036.
レイディアントに対して、作戦案が通達されると、思わず天を仰いだ。
「王国軍とは、ここまで愚かだったのか。」
作戦案は、同時にセレスティアとマイナンも見ており、二人も険しい表情であった。
「これでは、レイディアント様に玉砕せよと言っているようなものです。」
「ふぅむ。ブラッドリー准将とやらは、極めて狭い範囲でしか物事を見れないようじゃの。」
レイディアントもマイナンも、戦略的には、撤退が正しいと判断している。
ここで、ガルガンチュア要塞へ突撃など、全くもって理解できない戦術である。
「何やら、貴族の理論とかが働いたのでしょうか?」
「それは、ありえます。敵対派閥からすれば、攻撃材料にはもってこいですから。」
「ブラッドリー准将の派閥は、どういった派閥かご存知ですか?」
「王太子派です。王太子にすりより、王太子から欲しい言葉をもらい腐敗を繰り返す私の嫌いな一派です。」
レイディアントは、セレスティアの物言いに、心底、王太子派が嫌いなことが分かる。王太子派も、清廉潔白なセレスティアが苦手だったろうなと思いつつも口には出さない。レイディアントも嫌いな派閥であることは、理解しただけで充分であった。
「まぁ、撤退など論外だとか、撤退は王国軍の恥だとか、共和国軍に笑われるぞ、みたいなことを発言して決まったんですかね?」
「そこまで気概があるようには見えませんが。どちらかといえば、このままでは責任を取らされるので、軽い戦闘で勝利を収めて、すぐに撤退したいけど、なんだか変な作戦案に決まってしまって、どうしようぐらいの考えを持っていそうですが。」
「さすがに、そこまでの小者でしょうか?」
セレスティアは、会議に出てもいなく、新型魔導機ジェミニのように心を読めるわけでもないのに、正確にブラッドリー准将の心を読んでいた。
レイディアントには考えられない思考も、セレスティアならば読んでしまう。王妃教育は伊達ではなく、貴族女性同士の言葉による舌戦で培われたスキルが発揮された。レイディアントにはない能力である。
マイナンもセレスティアの言葉に納得し、苦笑する。
「恐らく、セレスティア殿の言うとおりであろう。王国軍の悪い癖が出ておる。」
「お祖父様が現役の頃もあったのですか?」
「失敗は部下に帰属し、成功は自身に帰属させようとする者が多かった。儂も、何度も敗戦の将として責任を取らされたが、分かっている者は分かっているからこそ、現場からの叩き上げで出世したものよ。」
マイナンは苦労したのだろうとレイディアントは察したが、今はその話しを聞くと長くなりそうになるため、話しを現実に戻した。
「ガルガンチュア要塞奪還は可能でしょうか?」
「無理じゃろ。正面から奪還するなら、少なく見積もっても、三倍の損害は覚悟かの。」
マイナンは即答で答えた。
レイディアントもマイナンと同意見であり、今の戦力では、ガルガンチュア要塞奪還など不可能であるのを再確認した。共和国軍には、戦略の天才ギルベルト、戦術の天才アレクシス、ファルコン傭兵団のロジャーがいる。難攻不落の要塞が活用し、王国軍以上に難攻不落にさせることは自明の理である。
ブラッドリー准将が、一斉通信で要塞駐留艦隊に指示する。
「ガルガンチュア要塞奪還作戦を開始する。先陣は、シリウス大尉っ!進めっ!」
レイディアントは、やむを得ず、セレスティアに指示する。
「試造星帆戦艦、発進を。」
「かしこまりました。試造星帆戦艦、発進します。」
試造星帆戦艦が動き出し、追従するように要塞駐留艦隊がガルガンチュア要塞に向けて進軍を開始する。
レイディアントは、階級が大尉であり、将官でもない。もし、レイディアントが作戦に口を出せる階級であれば、もっと違う作戦を提示したであろう。少なくとも、無謀とも言える作戦を承認することなどない。軍組織とは、実績ある英雄よりも、階級ある愚将の発言が採用されるものである。それをレイディアントは痛感したのだった。
レイディアントは、拳を強く握りながら、何も言えない自身に苛立ちつつも、ガルガンチュア要塞奪還作戦の落としどころを考え始める。
気づけば、レイディアントは思考の海に埋没し、自身の立ち位置で何ができるかを考え始めていた。
この時代、共和国軍には戦略の天才ギルベルトと、戦術の天才アレクシスがいた。帝国には、戦闘の天才ジークフリートがいた。その時代の中で、王国対帝国で戦闘的不利も、戦術的不利も、戦略的不利も、全てを覆すことになる戦争の天才と呼ばれたレイディアントに、天啓が舞い降りる。
レイディアントの脳裏には、ガルガンチュア要塞で見てきた職務怠慢、整備不良、点検記録改竄などを思い出す。そして、一カ所だけ、針の穴を通るような、か細い道筋をレイディアントは見つけた。
「これなら…。」
レイディアントは、セレスティアとマイナンにだけ伝えるための作戦案を提示する。レイディアントは、自身で見ても、作戦というよりも無謀や蛮勇と思えてしまう内容である。
王国軍が整備を怠ったからこそ、起死回生の攻撃を仕掛けることができる場所を見つけたのだ。その場所が共和国軍に気づかれる前に、強襲することで、銀の銃弾のように致命的な一撃を要塞に与えることができるのである。
ブラッドリー准将の突撃という愚策は、一周まわって、まさに今しか不可能とでも言えるべきタイミングで攻撃できる妙手になっていた。
マイナンは、レイディアントの意図を理解し、複雑な表情となった。共和国軍への致命的な急所が、王国軍の怠惰から生まれているのである。
「なんてことじゃ。なんと嘆かわしいことじゃ。だが、今はありがたいと思える自分が情けなくなるのぅ。だが、共和国軍が気付くのも時間の問題じゃろう。」
「おそらく、短時間では気づけないかと。まさに、好機です。」
ガルガンチュア要塞には、数千もの設備があり、短時間の間に、全設備を見て回ることは不可能どある。短時間では、王国軍のデータに残された整備記録でしか判断できないのは自明の理である。
王国軍が手を抜き、共和国軍が気付くことのできない設備。要塞砲バニッシャーのすぐ傍の防衛設備は、王国軍が怠けていたことにより整備されておらず機能しない。
その結果として、要塞砲バニッシャーを破壊できる可能性があった。だが、一方で共和国軍が気付いていれば、要塞砲バニッシャーの餌食であり、最悪の事態となりかねない。だが、レイディアントは共和国軍が気付かないことを確信していた。何故なら、ガルガンチュア要塞の最も重要な設備である要塞砲バニッシャーのすぐ傍の防衛設備が機能不全だなんて、誰も思うはずかないからだ。
要塞砲バニッシャーが隙を晒しているだなんて、王国軍が誇る難攻不落の要塞であるからこそ、信じられない。時間が経てば気付くだろうが、この短時間では心理的障壁を越えることはできないとレイディアントは理解していた。
その中の一つ、誰も注目しない、誰も気にしない設備。だが、レイディアントは哨戒任務中に見ていた。王国軍兵士たちが怠けていたことを。職務放棄していたことを。そして、その結果として、一カ所だけ整備が不完全だったことを。
「共和国軍は、ガルガンチュア要塞を奪取した。ですが、まだガルガンチュア要塞を本当の意味で理解してはいない。知り得るのは、資料の中の要塞データのみ。」
レイディアントの声が艦橋に響く。
「私の手で作り上げる。」
セレスティアもマイナンも、思わず身震いした。
王国軍が誇る難攻不落の要塞が奪取され、すぐさまレイディアントが取り返す。まさに、伝説的偉業であり、歴史に残る戦いとなる。
レイディアントは、長い思考の果てに見つけたのだ。負けない道筋どころか、勝ち筋を。レイディアントの階級で、やれる最大限の力で、王国軍が誇る難攻不落のガルガンチュア要塞を、王国軍の英雄たるレイディアントが落とす。レイディアントのレイディアントたる所以。黄金の髪が光り輝き、黄金の王冠を被る黄金の髪で、味方を鼓舞する。
「さぁ、共に伝説を作り上げよう。」
全員の腹の中は決まった。
ガルガンチュア要塞に強襲をかける。まさに、先方を務めるレイディアントだからこそ、許される初手急所攻撃を行うことになる。
「共和国軍も災難じゃの。歴史に残る伝説を共和国軍自身が体験するのじゃ。味方なら良いが敵なら災難以外に何ものでもないの。」
レイディアントは、戦争の天才である。そして、マイナンは天才でないものの、天才に食らいつくことのできる人間であった。
ガルガンチュア要塞には、戦略の天才であるギルベルト元帥が要塞に入っているのは明らかであり、マイナンは、ギルベルトと何度も闘ってきたからこそ、考え深いものがあった。
共和国軍によるガルガンチュア要塞の奪取作戦は、歴史に残る華麗な作戦として語り継がれるだろう作戦であり、大成功に収めたはずだったが、マイナンはレイディアントと共に覆そうと集中し始める。
マイナンは、何度も何度も、ギルベルト元帥が率いた共和国軍に完全敗北まで追い詰められ、何度も何度も切り抜けてきた将官である。
相性とでも言うべきものがあるのなら、ギルベルト元帥にとって、マイナンは最悪であった。そのギルベルトが、戦術の天才アレクシスを従え、王国軍と闘っていり、マイナンはレイディアント共に共和国軍へと立ち向かう。
マイナンは、試造星帆戦艦にはアドバイザーとして乗っているだけであり、短い期間での短期間復帰であるこを理解していた。つまりは、このガルガンチュア要塞再奪取作戦こそ、マイナンとギルベルトの最後の戦いになるとマイナンは感じていた。
マイナンとギルベルトの長きに渡る因縁を、このガルガンチュア要塞再奪取作戦で終わらせるために、マイナンも勝ち筋を見つけようと宙域図を見る。
セレスティアは、軍事的なことは理解できない。
ここで戦うことの意義も分かってはいても、大事なのはレイディアントが無事に帰れることである。
「ムリはしないで下さいね。」
「えぇ、もちろんです。」
レイディアントはムリをしないと言うが、全く信用できない言葉である。レイディアントの作戦は、セレスティアからすれば簡単な作戦には思えない命を賭した作戦にしか見えないのである。
だが、セレスティアはレイディアントを信じる。
レイディアントが放つ光に、セレスティアは信じたいのである。
そして、ガルガンチュア要塞戦は、奪還作戦の局面へと変わっていくのだった。




