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銀河魔導機戦記 〜断罪された悪役令嬢とともに、最強魔導機で銀河を統一する物語〜  作者: 蒼井 halu
第一章 金狼と魔導機アリエス

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003.新型魔導機アリエス

魔導機アリエスが起動した瞬間、アルゴス研究都市にある地下最深部の格納庫は、戦場ではなく神殿のような空気に包まれた。


黄金の装甲に刻まれた紋様が一つずつ輝き、床に埋め込まれた魔力導線が共鳴する。巨大な魔導機の双眸は赤色の光を宿し、沈黙したまま周囲を見下ろしていた。そこに存在するだけで、その場所を変えてしまう存在感があったのである。


操縦席の中で、レイディアントは軽く息を吐いた。

全身から魔力が吸い上げられている。だが、それは奪われるというより、接続される感覚に近かった。血管の先が機体の隅々にまで伸び、指先の延長として黄金の腕があり、足裏の延長として巨大な脚部がある。アリエスは喋らない。ただ、まるで、ようやく会えたとでもいうかのように、レイディアントを暖かく迎え入れた。


「……動く。」


レイディアントは小さく呟いた。

操縦桿を握る。通常の魔導機とは構造が違いすぎる。計器は少なく、補助表示も最低限しかない。にもかかわらず、どう動かせばよいのかが分かる。頭で理解しているのではない。身体が反応するのだ。レイディアントの魔力がアリエスの隅々まで行き渡っているからこそ、初めて乗る魔導機であるはずなのに、自分の手足のように動く奇妙な感覚があった。


外部スピーカーから、エリシア博士の声が響く。


『レイディアント少尉、聞こえる?』

「聞こえます。」

『起動は成功よ。適合率は最高値。あなたこそ、アリエスの理想の魔導操縦士ね。眼福だわ。』


レイディアントは、眉をひそめる。


「眼福?」

『細かいことを気にする人間は、偉大な発明家にはなれないのよ。』


レイディアントのエリシアに対する信用度は低い。何故か、エリシアから不穏な気配を感じるのである。そのため、エリシアを信用してよい相手なのか疑わしかった。


だが、今はエリシアを疑うよりも、アリエスを守る行動をすべきである。格納庫外で、またもや爆発が起きた。隔壁が歪み、天井から粉塵が舞う。共和国軍特殊部隊が最深部へ到達しつつある。アリエスは起動したが、起動しただけでは戦えない。戦うにしても逃げるにしても、戦場では武器が必要である。レイディアントは機体の兵装表示を確認したが、兵装が何も表示されない。


「……兵装が表示されません。」

『そうなのよね。』


エリシアは当然のように答えた。


「そうなのよね、ではありません。武器は?」

『未装備よ』

「未装備?」

『仕方ないじゃない。だってまだ調整中だったもん。魔導砲も、魔導剣も、全部テスト前。安全装置も未完成。ぶっちゃけ、何も用意できてないわ。』

「では、どうやって戦うのですか?」


一瞬だけ沈黙があった。


『……頑張って?』


レイディアントは目を閉じた。

怒鳴らなかっただけ、自分は相当冷静だと思った。格納庫内の王国兵たちも、その会話を聞いて青ざめていた。王国軍が未来を賭けた黄金の機体。理論戦闘能力は現行主力魔導機の五倍以上。神話の黄金羊を冠する戦略級魔導機。その初陣において、武装がないのは笑い話にもならない。いや、後世の歴史家なら笑うかもしれないが、現場にいる者にとっては笑えるような冗談ではなかった。エリシアは咳払いをした。


『一応、アリエスの魔力は桁違いよ。殴れば大抵の機体は壊せるはず?』

「まさか、殴れと?」

『歴史的な初戦闘には、原始的な美しさも必要なのかもしれないわ。うん、そうに違いない。』

「エリシア博士とは、後で詳しく価値観を話し合わないといけないようですね。」

『怖いわね。でも、仕方ないじゃない。私は退避するから、アリエスを守ってね。』


その言葉と同時に、最後の隔壁が吹き飛んだ。

共和国軍魔導機が三機、格納庫へ侵入する。いずれも量産型ではあるが、強襲任務用に装甲と出力を強化した機体だった。肩部には小型魔導砲、右手には小型の魔導剣。市街戦や施設制圧に適した装備である。彼らは白金の巨人を見上げ、一瞬だけ動きを止めた。


『目標発見!』

『これが王国軍の新型魔導機か!』

『武装確認……武器がない?』


共和国軍の通信が漏れ聞こえる。

彼らの動揺は当然だった。目の前の機体は美しく、巨大で威圧的で、異常な魔力反応を放っている。だが手には何も持っていない。砲門らしきものも確認できない。ただ、無防備に立っているようにしか見えないのだ。


『鹵獲する!逃がすなよ?』


三機の共和国軍魔導機が動いた。

小型魔導砲がアリエスの脚部へ向けられる。レイディアントは反射的に避けようとするが、格納庫で素早く動けば避難中のエリシアに被害が及ぶため、避けることはできない。。白金の機体に魔導砲が直撃する。衝撃が操縦席へ伝わるが、アリエスは倒れなかった。装甲表面は、何故か少しだけ白く光っているものの、跡すら残っていない。


「硬い……」


レイディアント自身が驚いていた。

通常の魔導機なら関節部へ直撃すれば損傷する。だがアリエスは、まるで雨粒を受けた程度にしか反応しなかった。


しかし、だからといって戦い方が変わるわけではない。武器が装備されていないため、何もできないのである。


レイディアントは、エリシアが完全に退避したのを確認した。そのため、ようやく逃げるなり、戦うなり、行動に移すことができる。アリエスは、一歩、踏み出した。


『新型が動いたぞ。』

『逃がすなよ!逃がすぐらいなら、撃破だ。』

『了解!』


敵の一機が接近し、魔導剣を振り上げる。レイディアントは咄嗟に避ける。アリエスの反応が速く、攻撃を完全に躱した。共和国軍兵士が叫ぶ。


『なんて、反応速度だ!機体性能だけじゃない!乗っている魔導操縦士は、手練れだぞ!エースか?』


その言葉は、正しくない。

レイディアントは、手練れといえるほど、魔導機を操縦していない。ましてや、エースと言えるほど、戦闘経験も豊富ではない。魔導機を50機も落せば、エース。100機も落せば、エースオブエースと呼ばれるのだが、レイディアントが実戦で魔導機を落としたのは、二桁に届くか届かないかといったレベルである。


ただし、レイディアントはエースオブエースと遜色ない魔導操縦士であった。レイディアントの規格外の魔力が魔導機の全身を覆っている。これは、アリエスだからではなく、レイディアントが魔導機に乗ると、有り余った魔力で、周囲を覆うのだ。魔導領域とでもいうべきか、その領域内では相手の動きが見るよりも速く知覚できるのである。


共和国軍の魔導機が、アリエスに魔導剣で襲いかかる。レイディアントの魔導領域内では、相手の動きにすぐ反応できるため、白金の右手が敵機の手首を掴む。共和国軍機の関節部が悲鳴を上げる。


「……取れる?」


レイディアントはそう直感した。

アリエスの指が締まる。敵機の手首装甲が潰れ、魔導剣を握る腕が軋む。共和国軍兵士が悲鳴を上げる間もなく、レイディアントは力任せに引き抜いた。敵機の右腕ごと、魔導剣が奪う。


それは優雅とは程遠い行為だった。洗練された操縦ではなく、原始的な暴力である。だが、初戦闘において必要だったのは洗練された動きよりも、実利である。


レイディアントは奪った魔導剣を握る。

アリエスの出力に耐えられないのか、魔導剣の刃が不安定に震えた。共和国軍用の量産魔導剣であるため、アリエスが流し込む魔力に耐え切れないのである。だが、武器は武器である。


「これなら…。」


次の瞬間、アリエスが踏み込んだ。

右腕を失った敵機が後退しようとするが、その行動はレイディアントからしてみれば遅い。アリエスが振った魔導剣は、敵機の胴体を斜めに斬り裂いた。


『なんて速度だ…。』


アリエスが離れると同時に、共和国軍魔導機が爆発する。レイディアントは息を止めた。人を殺したのである。その事実が胸に沈むが、戦場は待ってくれない。残る二機が同時に動いた。片方は砲撃、片方は斬撃。レイディアントは揺れる心を押し殺し、機体を前へ出した。


「同時攻撃か?」


共和国軍魔導機二機が左右に展開する。

片方が距離を取り、魔導砲で牽制する。もう片方は低姿勢で突進し、アリエスの脚部を狙う。奇襲作戦に投入されるだけの能力を持つ兵士たちであり、彼らは精鋭であった。


対するレイディアントは、実戦経験はあるとはいえ、初陣に近い。アリエスの操縦席の中で、レイディアントは迫る敵影を見つめていた。レイディアントは、不利な状況であるのだが、感覚が研ぎ澄まされていく。


(右から砲撃。左下から斬撃。)


レイディアントは、敵機の動きを完璧に知覚できている。共和国軍魔導機の関節が動く前に、次の軌道が読める。魔導炉の出力変化から、砲撃のタイミングが分かる。剣を握る腕の角度から、狙いが分かる。


レイディアントは、アリエスを半歩だけ動かした。たった半歩。それだけで、共和国軍機の剣は空を切った。続く魔導砲は、アリエスの肩を通り越し、背後の壁を爆砕する。レイディアントは奪った魔導剣を振り下ろした。刃は敵機の左腕を斬り落とし、さらに脚部関節を裂く。共和国軍機が崩れ落ちる。


『くそっ、こいつ……!』


敵兵の声が通信に混じる。

もう一機が魔導砲を連射する。だか、魔導砲すらもレイディアントは知覚できていた。躱す。躱す。さらに躱す。躱すだけでなく、敵機に近づいていく。しかし、魔力量が多いのが災いしてか、握っている共和国軍用の剣が、魔力量に耐えきれず、刃が歪み始めている。


(数秒も、保たない!)


レイディアントは前へ出た。

敵機が後退しながら撃つ。だがアリエスの加速がそれを上回る。アリエスは、重さを感じさせない速度で格納庫を駆けた。床が砕け、瓦礫が舞う。敵機が最後の一射を放つが、レイディアントは剣で魔導砲を斬った。


魔導剣が爆発する。

だが、レイディアントは魔導剣が爆発することを覚悟していた。アリエスはそのまま敵機の懐へ飛び込み、魔力を帯びた腕で、敵機の胸部装甲を貫く。共和国軍機の魔力炉が破壊され、機体が膝から崩れ落ちた。


二機目撃破。

残る一機は、先ほど腕と脚を斬られて倒れた機体だった。まだ完全には沈黙していない。敵兵は脱出せず、じっとアリエスを見た。


『共和国に栄光あれっ!』

「自爆かっ!」


レイディアントは、敵機の狙いを理解した。敵機は自爆するつもりである。この施設すら爆発する可能性があるため、レイディアントは外部に通信で警告する。


『魔力障壁最大!』


格納庫の壁に、魔力障壁が最大放出される。

アリエスも魔力障壁を最大放出する。敵機は、自爆し、噴煙がまった。しかし、事前に魔力障壁を展開していたため、施設もアリエスも無傷である。


『実験で何度も爆発してるから、この施設の魔力障壁の性能は最高レベルよ。』

「ぜひ、その実験にだけは参加したくないものですね。」

『大丈夫よ。これから、嫌でも実験に付き合うことになるのだから。』

「遠慮しますよ。」


格納庫に静寂が戻る。

いや、完全な静寂ではない。外ではまだ戦闘が続いている。警報も鳴っている。火災も広がっている。だが少なくとも、最深部格納庫へ侵入した共和国軍魔導機は全て倒された。


退避していた王国兵たちは、格納庫に戻ってくると、アリエスを呆然と見上げた。


「勝った……のか?」

「三機撃破……?」

「初起動で?」


誰もが信じられない顔をしていた。

アリエスは強かった。だが、それ以上に異様だった。武装がない状態で敵の剣を奪い、敵魔導機三機を撃破したのである。兵器として未完成でありながら、戦果だけを見れば怪物だった。


アリエスの初戦が終わったのである。

本来であれば、ひと息つきたいところではあるが、残念ながら共和国軍の作戦は、まだ終わらない。王国軍守備隊の通信が割り込む。


『外周防衛線、持ちません!共和国軍が第二波を投入!』

『研究区画第三隔壁、破壊されました!』

『都市外壁損傷拡大!気圧維持装置に異常!』

『やつら、民間区域で魔導砲を放ちやがった!』


レイディアントは戦術表示を確認した。

研究都市全体が危険な状態だった。いまだ、共和国軍は奇襲の主導権を失っていない。アリエスが起動したことが分かれば、より、アリエスを狙って激しく攻めてくるだろう。


「ここから、出る必要があるな。」

『少尉、無茶よ?』

「それでもやるしかありませんよ。外部へ出て、敵の主力を引きつけ、避難時間を稼ぎます。」

『武器がないのよ?』

「現地調達は戦場の基本と、古い教本で教わったことがありますよ。」


それは暴論だった。

だが否定しきれない。アリエスにはまだ正式武装前の状態であり、武器がない。武器がないのなら、敵から奪えばいいだけである。古来の戦場から脈々と受け継がれた戦場の論理であった。敵の武器を奪えば、より多くの敵の注意を引くことができる。その間に、民間人の避難が進むはずである。


「宇宙へ出ます。」

『本気?』


エリシアが尋ねる。


「このままここにいれば、共和国軍は地下へ集中します。都市の避難も進まない。なら、アリエスが宇宙に出るべきです。」


エリシアは一瞬だけ黙った。そして小さく笑った。


『いいわ。格納庫上部の搬出口を開く。アリエスの推進器はまだ完全調整前だから、出力を上げすぎないで。都市内で吹かしたら、その辺の建物が吹き飛ぶわよ。』

「了解。」

『武運を祈ってるわ。』


格納庫天井の巨大ハッチが動き始めた。

だが途中で止まる。外部損傷の影響で、開閉機構が完全には作動しなかったのだ。隙間はある。だがアリエスが通るには狭い。エリシアが叫ぶ。


『ごめん、壊れてる!』


レイディアントはしばらく天井を見上げた。そして、黄金の拳を握る。


「広げます。」

『えっ?』


次の瞬間、アリエスは跳躍した。

巨大な拳が半開きの搬出口を打ち砕く。瓦礫が外へ吹き飛び、崩れた開口部から都市の赤い空が見えた。王国兵たちは思わず身を伏せる。黄金の機体は崩れた天井を抜け、研究都市の地上区画へ飛び出したのだった。



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