002.
アルゴス研究都市から数十万キロ離れた宙域に、王国軍第七艦隊の巡洋艦は展開していた。
本来ならば、同艦の任務はアルゴス星系近傍の警戒である。辺境航路の監視、密輸船の摘発、共和国軍偵察部隊への警戒。華々しい会戦とは縁遠い任務であり、艦内にはどこか緩んだ空気すら漂っていた。だが共和国軍奇襲の報は、その空気を一瞬で吹き飛ばした。
「アルゴス研究都市の通信障害を確認!」
「アルゴス研究都市より光による救援信号!」
「共和国軍艦を複数確認!」
艦橋に緊張が走る。
艦長は即座に戦闘配置を命じたが、艦長は自艦一隻で共和国軍艦隊を止められるなどとは考えていなかった。ノービスは巡洋艦であり、相手は複数の軍艦である。勇敢さと無謀さを混同する指揮官は、部下を無駄死にさせるだけだ。艦長は援軍要請を発すると同時に、情報収集を最優先とした。
「敵通信を拾えるか?」
「通常傍受では断片のみです。共和国軍は強力な暗号を使用しています。」
通信士官が答える。艦長は艦橋後方へ視線を向けた。
「レイディアント少尉。」
呼ばれた青年――少なくとも軍籍上は青年として扱われている人物が、静かに顔を上げた。
レイディアント・シリウス。
王国軍第七艦隊所属。年齢十九歳。金色の髪とエメラルドグリーンの瞳を持つ、美貌の士官である。軍服を着ていなければ、名門貴族の令嬢と見紛う者もいるだろう顔立ちの青年。しかし、王国軍の登録上、レイディアントは貴族の姓を持つ男性である。
レイディアントは王国軍にとって、特別な存在だった。特別な理由は容姿が美貌の青年だからではない。レイディアントの魔力量が要因である。
魔導機を動かすエネルギーは、各機体に設置された魔導炉にある魔核である。魔核の魔力だけでは、魔導機は動かない。魔核から魔導炉が魔力を吸い上げ、人が自身の魔力を魔導炉に送り、魔核と人の魔力を混ぜ合わせ、魔導機が動くためのエネルギーに変換している。魔力量が多いということは、それだけエネルギー変換できるということである。つまり、魔力のない人間には、魔導機は動かせない。
さらに、魔力保有者は、自身の体に魔力を纏わせることで、宇宙空間でも活動できたのである。自身の周りに、魔力障壁を作ることで、宇宙空間と自身を断絶できたのだ。宇宙服を使用する必要がなく、金銭面から魔力保有者は優先して宇宙空間での仕事に着くのが常識的であった。さらに、この時代は鉛の銃ではなく魔法を使った魔導銃、防弾チョッキではなく魔法を使った魔導障壁が一般的であった。
王国軍魔導適性測定において、レイディアントの魔力数値は測定器の上限を突破した。公式記録には「測定不能」とだけ記されているが、実際には、銀河でも類を見ない規格外の魔力保有者であった。レイディアントは、その圧倒的な魔力量で魔導機に搭乗していていた。
さらに、レイディアントを特別にしたのは、戦場勘である。レイディアントは、少ない情報や断片的な情報から、何かを見抜く能力に長けていた。レイディアントで、共和国軍の狙いを読み解いていく。
オペレーターが、断片的に聞き取れる共和国軍の暗号通信を声に出す。だが、暗号通信のため、何かが、分からない言葉の羅列だった。レイディアントは、断片的な言葉で共和国軍の狙いを読み解いていく。
「どうやら、共和国軍には何か探し物があるようですね。人ではなく、王国軍の兵器を奪取しよつとしている可能性が高いと思います。」
「兵器だと?魔導機か?」
「おそらく…。アルゴス研究都市に新型魔導機があるなどと聞いたことはありませんが、極秘で開発されているのかもしれません。こうまでして共和国軍が欲しがるのであれば、よほどの機体なのでしょう。」
「新型か。また、0.1%でも機能が向上するとかか?この数百年、たいして発展などしないのに、ごくろうなものよ。占領が目的ではないなら、この艦だけでも、敵戦略目標を失敗させることはできるかもしれんな。」
その時、アルゴス研究都市より、光の点滅による暗号が届いた。通信できないのであるり光による点滅で、味方と連絡を取り合うしかないのだ。
『特別開発計画の破棄、新型魔導機、搭乗者不在』
時間がないため、暗号通信は文書になっていない。それだけ、深刻であり、緊急の状況なのが理解できた。
新型魔導機。
艦長は眉をひそめる。彼の階級でも知らない。それはつまり、通常の極秘開発された特別な魔導機であるということだ。
「新型魔導機か。共和国軍がそれを狙っているとして、守備隊は持つか?」
レイディアントは戦況を確認した。
外周防衛線は崩れ、研究区画への侵入も始まっている。地下最深部まで到達されるのは時間の問題だった。
「長くは持ちません。」
艦橋が沈黙した。放置すれば王国軍の極秘開発の魔導機が共和国軍に奪われる。敵の戦略目標は、極秘開発の魔導機奪取であるのならば、魔導機を回収、または破棄が望ましかった。艦長は決断する。
「レイディアント少尉。」
「はい。」
「君を現地へ派遣する。」
誰も反対しなかった。レイディアントならば、襲撃中の戦場であっても、任務を達成できるかもしれない。それほど、この艦にとって、レイディアントへの信頼は厚かった。
レイディアントは静かに立ち上がった。金色の髪が肩の上で揺れ、エメラルドグリーンの瞳がアルゴス研究都市の映像を見つめる。燃え上がる衛星都市。砲火に沈む防衛線。地下に眠る黄金の羊。
「降下準備に入ります。」
その声に迷いはなかった。
◇
アルゴス研究都市の空は燃えていた。
外壁内側の人工空は黒煙で覆われ、魔導火災が各所で発生している。共和国軍降下部隊は研究区画へ迫っていた。王国軍守備隊は勇敢に抵抗していたが、主導権は完全に共和国側にある。都市を守る隔壁の一部は損傷し、気圧維持装置が悲鳴を上げていた。
民間人の避難は進んでいるものの、全員を収容するには時間が足りず、あちこちから悲鳴の声が聞こえてくる。
王国軍高速降下艇は、その地獄の中へ突入した。敵味方の砲火が飛び交う中、操縦士は低空を縫うように進む。レイディアントは座席に固定されながら、正面モニターに映る戦場を見つめていた。
訓練映像とは違う。実戦の炎は、画面越しでも人の神経を削る。爆発のたびに誰かが死に、崩れる建物の下には名前も知らない人々の生活がある。戦争とは、誰かの日常を燃やす行為である。その当たり前の事実を、レイディアントは胸の奥で噛みしめた。
「目標地点まで三十秒!」
操縦士が叫ぶ。
「敵機接近! 共和国軍魔導機二!」
護衛機の通信が入る。
次の瞬間、降下艇が激しく揺れた。敵弾が至近を掠めたのだ。レイディアントは座席の手すりを握る。恐怖はあるのだが、それ以上に胸の奥で強く脈打つものがあった。
「これは…。誰かが呼んでいる?」
地下から感じる魔力の気配。自分を呼ぶような奇妙な感覚をレイディアントは感じていた。
「降下艇を第三区画地下搬入口へ。」
「無茶です!搬入口周辺は戦闘中ですよ?」
「構いません。」
操縦士は一瞬だけ振り返り、レイディアントの顔を見た。金色の髪、エメラルドグリーンの瞳。その表情は驚くほど静かだった。若い士官が見せる顔ではない。
「無茶な人だ!了解。舌を噛まないでくださいよ!」
降下艇は急降下した。
操縦士が罵声を吐く。降下艇は炎と瓦礫の間を抜け、半壊した地下搬入口へ突入した。着地というより墜落に近かった。機体下面が床を削り、火花を散らしながら停止する。
「到着です!」
「感謝する。」
レイディアントは短く言い、扉を開けた。
熱風と煙が流れ込む。通路の奥では銃声と魔導刃の衝突音が響いていた。レイディアントは腰の魔導銃を確認し、単身で地下へ向かう。
地下通路は混乱していた。
避難する研究員、負傷した兵士、消火作業をする整備員。誰もが叫び、走り、倒れている。レイディアントは途中で王国軍兵士と合流し、案内を受けて最深部へ向かった。だが途中から、レイディアントは案内されずとも道が分かった。
「少尉殿、場所をご存知なのですか?」
「いえ、知りませんよ。ですが、呼ばれている気がするんです。」
兵士は絶句した。通信障害が起きており、連絡手段などないのだ。呼ばれている気がするなど非科学的な根拠で動いているのは、軍人としてあるまじき行為である。
だが、彼らは知っている。戦場では、理屈では説明できない何かに気付く者がいること。そして、歴戦の兵士だけが、その何かに気づけるのだ。
最深部格納庫前。
最後の隔壁が開いた瞬間、レイディアントは息を呑んだ。巨大な格納庫の中央に、一機の魔導機が立っている。
全高は通常機より一回り大きい。装甲は白金と黄金を基調としている。頭部には二本の角があり、その姿は神獣を思わせた。美しく異質。兵器でありながら、礼拝堂の奥に置かれた聖像のような威厳を放っていた。
つまり、戦争に相応しくないシルエットなのである。おそろしく趣味に走ったような魔導機であった。
「新たなパイロット候補が到着したのかしら?」
格納庫の隅から声がした。
そこには、白衣の女性が立っていた。乱れた髪、血走った目、端末を抱えた姿。まともな状況なら近づきたくない類の変質者である。
「失礼。あなたは?」
「エリシア・フォン・ヴァイス。新型魔導機アリエスの開発者にして、今世紀最高の科学者よ。それで、あなたはパイロット候補?」
レイディアントは、エリシアのことを、胡散臭い顔で見てしまう。科学者というより、何か変質者の匂いがするのだ。
「パイロット候補ではありません。ですが、魔導機に乗れます。」
「そう。あなた、男性?」
「そうです。王国軍第七独立遊撃隊所属、レイディアント少尉。男性です。」
エリシアの目が細くなる。
レイディアントは表情を変えなかった。
「ふうん。」
エリシアは笑った。
その笑みは研究者のものではなく、玩具箱の底で宝石を見つけた子供のようなものだった。
「まあいいわ。乗りなさい。」
「動かせるのですか?」
「普通なら無理ね。」
「普通なら?」
「アリエスは搭乗者を選ぶの。資格がなければ魔力だけ吸われて終わり。あなたも、餌になるかもしれないけど、挑戦だけしてみなさい。そして、アリエスに魔力を献上しなさい。」
レイディアントは眉をひそめた。
「物騒な魔導機ですね?」
「物騒?最高傑作よ。」
エリシアは胸を張った。
物騒な魔導機であることを否定する気はないらしい。エリシアには、この魔導機で成し遂げたい目的があった。そのためには、狂気に身を染めても仕方ないだけの心づもりがあったのである。エリシアの目的を果たすために、最高の魔導機であった。
その時、格納庫外で爆発が起きた。
共和国軍が隔壁を突破しつつある。警報が鳴り響き、赤色灯が黄金の装甲を照らした。レイディアントはアリエスを見上げる。レイディアントには、確信があった。自分はこの魔導機に乗るためにここへ来たのだと。
「俺を呼んだのは、アリエスなのか?」
レイディアントは跳躍した。
魔力を足場にして宙を駆け、開かれた胸部装甲へ飛び込む。装甲が柔らかく、不思議に思うも気にしている時間はない。
操縦席は奇妙なほど静かだった。通常の魔導機にある無数の計器は少なく、代わりに魔力を直接接続するための紋様が全周に刻まれている。座席に身を沈めた瞬間、全身から魔力が引き抜かれた。
「っ……!」
常人なら一瞬で意識を失う量だった。
だが、レイディアントは耐える。膨大な魔力がアリエスへ流れ込み、黄金の装甲に光が走る。格納庫全体が震えた。沈黙していた機体の双眸が、赤色に輝く。
外で端末を見ていたエリシアは、表示された認証結果を見て硬直した。
搭乗者適合率、九十九・九九パーセント。
性別認証、女性。
容姿評価、最高値。
画像記録、自動保存開始。
エリシアの体が震えた。
「……女性?」
彼女は端末を胸に抱きしめた。端末の女性は、苦悶を浮かべながらも耐えている。
「本物の、超絶美女……!」
感激で泣きそうになっていた。
だが次の瞬間、彼女は自分の口を押さえた。周囲にはまだ兵士がいる。研究員もいる。レイディアントは男性と名乗った。女性であることは秘密なのだろう。そのため、女性であることを知られるわけにはいかない。それは彼女の理性が勝ったからではない。最高の秘密は独占するに限るという、極めて個人的な欲望が勝ったからである。
レイディアントの魔力を吸い終わると、突然、レイディアントに心地よい感覚が訪れる。まるで、アリエスはレイディアントを待っていたかのように嬉しそうな起動音を鳴らした。レイディアントは、アリエスのスペックを画面で確認し始める。
「これは…。」
黄道十二宮機計画。戦略級黄金羊型試作機。魔導機体名、アリエス。魔力量ニニ〇。黄道十二宮魔導石、通称神核搭載。
「なんて機体だ。現行の魔導機の五倍の性能がある!魔導機アリエス、起動開始する!」
アリエスの装甲に刻まれた紋様が、ひとつ、またひとつと輝き始めた。黄金の魔力光が格納庫全体へ広がり、空気そのものが震える。王国兵も、研究員も、迫り来る共和国軍兵士すらも、一瞬だけ動きを止めた。
黄金の羊が目を覚ました。
王国が極秘に開発していた魔導機アリエスは、レイディアントによって起動したのだった。




