001.レイディアント・シリウス(挿絵あり)
王国軍と共和国軍による要塞防衛戦。
その戦場において、一体の魔導機が爆発した。だが、すぐに共和国軍が喜びの声は悲鳴に変わる。
爆発の中から、見たことも聞いたこともない魔導機が現れたのである。その姿は、まるで狼だった。
『何が羊だ!羊の皮を被った狼じゃないか!』
金狼と呼ばれた魔導機。
後に伝説となる機体の元となった魔導機が歴史に登場した瞬間であった。
◇
銀河暦一二二一年。
後世、この年は歴史的な転換となる年となるのだが、この時代を生きる人々は、いつも通りの年の始まりを迎えていた。
長きに繁栄した銀河統一国は、銀河王国・銀河共和国・銀河帝国の三国に分裂し、数百年もの間、三国間での戦争を続けていた。三国は幾度となく和平の席に着き、そのたびに互いの政策を語り、そして互いの政策を否定した。
王国は貴族主義を掲げ血統による支配、共和国は民主主義を掲げ法による支配、帝国は実力主義を掲げ力による支配。各国の政治思想は、バラバラであり、統合するには困難であった。
どの国も、自身の政策こそが正義であり、譲ることはしない。貴族主義は貴族が自制できなければ、民主主義は政策を知らぬ者が国を動かせば、実力主義は弱者を顧みぬ者が国を動かせば、いずれもが圧政しかねない。だが、いずれの思想も、一部の者だけが優遇されていた。そのため、優遇を受けていた者達からすれば、互いの思想は、相容れぬことはできない。相容れぬ思想同時は、互いに争い、等しく血の匂いを帯びていた。
宇宙に出てまで争うことを止めなかったのは、技術革新があったことが要因なのだろう。
人類が地球圏から飛び出すことが可能となった恒星間航行を支える魔導炉、星系間通信を支える魔導通信網。そして、人類同士が戦うことが可能となった人型決戦兵器である魔導機。文明の進歩は、人類を戦争から遠ざけるどころか、戦争の規模を銀河そのものへ拡大させていったのである。
この年の戦争の始まりは、王国にあるアルゴス星系第四衛星都市、通称、アルゴス研究都市から始まった。王国軍技術総局が管理するアルゴス研究都市は、辺境宙域に浮かぶ巨大な人工衛星都市である。外壁によって人工大気と重力を維持し、内部には居住区、研究区、工業区が配置されている。表向きには次世代魔導炉の安全試験都市とされ、民間航路図にも小さな研究拠点としてしか記されていない。
しかし、アルゴス研究都市の実態は、王国軍が銀河戦争の未来を賭けた十二の極秘研究施設の一つがあった。都市の地下最深部には、公式記録にすら存在しない格納庫がある。その格納庫には、まだ誰にも知られてはならない一機の開発中の新型魔導機が眠っていた。
その日、アルゴス研究都市は平穏だった。
研究員たちは、いつも通り端末に向かい、軍人たちは形式的な警備任務をこなし、民間居住区では子供たちが学校へ向かっていた。辺境宙域の研究都市であり軍事的価値など全くない都市と誰もが思い住んでいた。この都市が攻撃されるなど、誰も本気では考えていなかった。だが戦争とは、人間が信じたい安全を踏みにじるものである。攻撃されるだけの理由があるのだが、この都市にいる王国民は開発中の新型魔導機があるなど知らなかったため、攻撃を受けて、大混乱に陥るのは止むを得なかったのだろう。
午前九時一七分。
アルゴス星系外縁に、共和国軍特殊任務部隊である五隻の艦艇が隠密行動で王国に侵入してきた。共和国軍は、速やかに通信封鎖の展開を開始する。アルゴスにいた人々が、携帯電話が不通になり、通信障害でも起こったのかと、軽く考える。まさか、共和国軍が通信封鎖をするなど考えもしなかった。
午前九時一八分。
王国軍哨戒網が反応した時には既に遅かった。共和国軍は、諜報活動、王国軍内部から漏れた断片情報、そして共和国軍情報部の推測によって、アルゴス研究都市に極秘兵器が存在を掴んでおり、迷いのない行動で迅速に動いていた。王国軍は、この研究都市がどれだけ重要なのかを理解していなかったため、反応も遅れた。
共和国軍旗艦艦橋。
ディートリヒ中将は、戦術スクリーンに映るアルゴス研究都市を冷ややかに見つめていた。彼は共和国軍内でも有能であり、同時に冷徹な指揮官として知られている。勝利のために必要ならば、民間人の犠牲を許容する男だった。
「第一波、発信準備完了。」
「王国軍哨戒艦、こちらに気付いています。ですが対応は遅れています。」
副官の報告に、ディートリヒは頷いた。
「艦隊は宇宙港を抑える。強襲部隊は研究区画へ降下し、地下施設を制圧しろ。目的は機密資料および開発中の新型魔導機の奪取だ。」
「民間区画への攻撃制限は、いかがいたしますか?」
「ここに住むのは、王国軍の極秘施設の関係者である。」
それは、必要であれば巻き込めという意味だった。副官は表情を変えずに敬礼する。戦争とは、汚れた命令を、そのまま実行する仕事である。本作戦において、民間区域を巻き込むことが許容された。
共和国軍艦隊の魔導砲が一斉に火を噴く。
青白い閃光が宇宙空間を裂き、アルゴス研究都市外周の防衛衛星を次々と撃ち抜いていく。王国軍哨戒艦が警報を発するよりも早く、第二射が到達した。一隻の哨戒艦が腹を裂かれ、内部の空気と炎を吐き出しながら沈黙する。遅れて、アルゴス研究都市全域に警報が鳴り響いた。
「敵襲! 共和国軍艦隊です!」
「外周防衛衛星、三基沈黙!」
「第二区画上空に降下艇多数!」
王国軍守備隊司令部は、瞬く間に混乱へ叩き込まれた。司令官は戦術スクリーンを睨みつける。青い光点は共和国軍。対する王国軍の光点は、外周から順に削られており、減っていく。
「全防衛部隊を戦闘配置へ。民間区画の隔壁を閉鎖。研究区画は第一級防衛態勢に移行しろ!」
「間に合いません! 敵降下艇、都市外殻へ接触!」
「迎撃機は!」
「発進可能機、十八機のみ!」
「出せ!とにかく、十八機でも出せ。ここを落とされるわけにはいかんのだ!」
司令官は知らされていた。
地下最深部には王国軍の未来を左右する何かがある。だが、その全容は知らない。少将である自分にすら明かされない機密。それだけで、その存在の重要性は理解できた。彼に与えられた命令はただ一つ。地下最深部を守れ。何があっても、敵に渡すな。
共和国軍降下艇が都市外壁へ取り付いた。
装甲破砕弾が隔壁を穿ち、突入口が開かれる。そこから装甲歩兵と魔導機が雪崩れ込む。王国軍守備隊は必死に応戦したが、奇襲を受けた側と準備してきた側との差は残酷だった。軍事区画の一部は瞬く間に制圧され、研究区画へ向かう通路では激しい白兵戦が始まった。火災警報、避難放送、砲撃音、悲鳴。それらが重なり合い、アルゴス研究都市は平穏な研究都市から戦場へと変貌していった。
アルゴス研究都市の地下最深部。
巨大格納庫だけは、不気味な静寂に包まれていた。天井まで百メートルを超える空間。幾重もの封印隔壁と魔力遮断壁に守られたその場所に、一機の巨大な魔導機が立っている。白金の装甲。頭部から伸びる二本の角。兵器でありながら神話の羊を思わせるその姿は、見る者に畏怖を抱かせるに十分だった。
黄道十二宮機計画。新型魔導機『アリエス』。アリエスは、まだ起動せずに眠っていた。




