028.
レイディアントは、ガルガンチュア要塞に赴任した翌日から哨戒任務が始まった。
新型魔導機アリエスは、指定されたエリア51の岩石地帯を巡回する。レイディアントの位置からは、共和国軍の動きはまだ見えない。しかし、レイディアントは、王国軍の異常さに気付いており、不安を募らせることになる。
当初、レイディアントが持ったのは、小さな違和感だった。管制官の反応が遅いのである。さらには、巡回記録を報告した時、応答部署がなかなか連絡に出ない。何分も経ってから、ようやく回答を受けるような状態だったのである。しかも、画面に出た応答官は、明らかに酒を飲んでいた。
「了解した。どうせ敵など来ることはないのに、ご苦労なことだ。」
応答は、それだけですぐに通信を切られる。
レイディアントは、眉をひそめた。職務怠慢も良いところであり、自身の部下ならば厳罰ものであった。
翌日、巡回記録を確認する。すると、巡回記録は改ざんされていることがすぐに分かる。エリア51だけではなく、幾つものエリアで改ざんされていたのだ。何ヶ月も前から、行ったことがないエリアまであり、巡回記録は信用できない記録となっていた。さらには、改ざんは巡回記録に留まらない。設備の修理記録までもが改ざんされており、外周砲台群では2割が整備停止中だった。
担当者へ確認すると、「交換部品納品待ち。」という答えが返ってくる。たしかに、納品申請書は発覚から時間が経ってはいるものの、申請はされている。しかし、決裁されていない。否決されたわけではなく、純粋に決裁されていないだけである。
さらには、レイディアントは補給港の警戒隊の人数がやたらと少ないことが気になり、勤務表を確認すると穴だらけであった。人員不足が原因ではなく、「要塞内は安全だから大丈夫」という、きわめて自分勝手な解釈であり、有休とやらを使って、遊んでいるのである。
他にも、障壁制御区画では、「難攻不落ですから大丈夫です。」という理由で、緊急時対応訓練が半年行われていない。共和国軍に暗号通信を読まれないよう識別信号の更新作業は、「今まで問題なかったので大丈夫です。」という理由で、使い回しの暗号表を使用していた。
レイディアントは、まさに強固な城壁は、軍人を怠惰にするということを目の当たりにしたのである。何より気になったのは、何人もが借金を複数回しており、その額も膨れ上がっていた。健全な軍人活動をしていない証拠である。
レイディアントは、酷く冷めた表情で試造星帆戦艦の艦橋へと戻る。セレスティアもマイナンも、酷く冷めた顔をしていた。それぞれが、あまりにも酷い状態のガルガンチュア要塞に、内心で怒っていたのである。
「本当に酷い状態でした。」
「純粋に稼働できる部隊は、私達が入港してきた時に歓迎してくれたメンバーぐらいかもしれませんね。予想以上に、稼働していません。」
「迎撃システムだけは、しっかりと稼働しているようじゃが、よろしくないの。」
「はい、そのとおりでしょうね。迎撃システムは無事に動いていますが、課題は山程あります。」
リーチェも、困ったようにレイディアントに報告していた。
「魔導操縦士達に聞いたんですけど、どうやら魔導機の整備が、行き届いていないようです。」
「魔導機もか…。」
レイディアントは考える。
ガルガンチュア要塞は、現時点でも共和国軍が損害度外視の物量作戦でも行えば、間違いなく陥落する。この状況を共和国軍が知っているのなら、その戦略も取りかねない。ただし、共和国軍は、民主主義であることから、共和国軍自身の被害を気にする傾向にある。共和国軍からすれば歯がゆい状態なのかもしれない。目の前に大きな餌がぶら下がっているのに手が出せないのだ。過去に何度も手を出したことにより、果実は熟され、より甘美な状態になっているガルガンチュア要塞を、手を出さざるを得ない。
共和国の状況を踏まえて、レイディアントは、もし自分がガルガンチュア要塞を落とすなら、新型魔導機による強襲を敢行し、後から艦隊で総攻撃をすると判断する。
レイディアントの考えた戦術は、奇しくもアレクシスが考えた戦術と同じ内容であった。レイディアントは、アレクシスの考えを読めるわけではないが、同じ考えに行き着く。レイディアントは、このまま放置はできないと決断し、正式に進言することにした。
レイディアントは、グランデール准将への面会を申請し、許可が下りた。だが、許可された場所がおかしかった。要塞内娯楽区画である巨大カジノにグランデール准将はいたのである
要塞内では、軍人はストレスが溜まるということで娯楽施設が用意されていた。いつの頃からか誕生した巨大カジノは、多くの軍人が利用していたのである。
レイディアントは、カジノに始めて足を踏み入れ、嫌悪感をあらわにする。レイディアントは、我慢が得意であるものの、我慢できないほど嫌悪感をあらわにした。グランデール准将の前に通されると、グランデール准将は、軍服姿のまま酔っ払い、ルーレットの前で取り巻きの将校とともに騒いでいた。
「グランデール准将。」
レイディアントが敬礼する。グランデールは振り向いた。
「あぁ?何で貴様がここにいる?いや、そうかそうか。貴様も遊びにきたのか。だが、カジノは貴様のような若造には、まだ早い!」
「面会許可をいただいているのですが?」
「私は承認した覚えはないぞ?」
グランデール准将の取り巻きが、笑いながら話す。
「准将、シリウス大尉に女装させようと言って、許可したではありませんか。」
「おぉ、そうか。思い出した。命令である。女装せよ。」
「レイディアント・シリウス。私は大尉である前に、男爵であります。貴族として承服できかねません。」
「ふん。使えないやつだ。」
「グランデール准将、本題に入らせていただきます。要塞運営について進言があります。」
「進言?」
ルーレットが回り、玉が跳ねる。大きな歓声があがり、グランデールはそちらを見た。レイディアントのことを見ることもしない。
「警戒衛星管理、補給港警備、障壁運用、識別信号管理…」
レイディアントは報告する。
次々に問題点を。不備を。職務怠慢を。共和国軍襲来時の危険性を。十分以上説明した。
だが。
グランデールは聞いていなかった。本当に聞いていなかったのである。レイディアントも途中から分かってはいたが、それでも説明した。
「見たか!」
周囲が拍手する。
レイディアントは沈黙した。そして、グランデール准将は、ようやく振り向くり、レイディアントの話しを聞く大勢をとる。
「何の話だったかな?」
レイディアントは怒りを覚えたが抑えた。
全ては王国のために、レイディアントは我慢して、もう一度、説明する。
「要塞防衛体制についてです。」
「あぁ。なるほどなるほど。シリウス大尉。私は、騎士爵であるまえに准将なのである。准将として、貴様の進言は却下する。」
グランデール准将は、面倒そうに手を振る。
もうレイディアントに帰れと言っているのである。
「ですが、このままでは、ガルガンチュア要塞ガ陥落してもおかしくありません。」
「ほぅ。どうやら、シリウス大尉は利敵行為をするようだ。」
「利敵行為?」
「ガルガンチュア要塞は、難攻不落である。にもかかわらず、陥落する可能性を言い、王国軍に不安を与えようとする。これを利敵行為と言わずして、何というか。」
「ガルガンチュア要塞の健全化を訴えているのですから、利敵行為には該当しないでしょう。」
「煩いっ!ガルガンチュア要塞は、難攻不落なんだ!難攻不落!それだけだ!」
難攻不落。
その四文字の言葉によって、グランデール准将の思考停止を正当化させていた。いや、グランデール准将はレイディアントを嫌っているのも要因だったのかもしれない。もし、取り巻きの一人からグランデール准将に進言していれば、少しは話しが通ったかもしれない。
つまりは、レイディアントは失敗した。
レイディアントは、政治的な対応ができなかったのである。軍事面での才能はあっても、政治的な立ち回りは苦手だったのだ。正しければ、認められるわけではないことを貴族社会では当たり前のように学ぶことになる。しかし、レイディアントは父からも祖父からも、貴族社会の立ち回りを学ぶ機会がなかった。
この出来事は、レイディアントにとって大きな勉強となった。派閥の力や、爵位の力、階級の力など、レイディアントは多くの力が欠けていた。レイディアントが望むものを手に入れるためには、もっと大きな力が必要だったのである。
「シリウス大尉。持ち場に戻りたまえ。貴様にカジノは、まだ早い。」
ルーレットが、再び回る。
レイディアントとグランデール准将の会話は終了した。レイディアントは、その場を離れる。レイディアントの背後では、カジノの喧騒が響き渡る。レイディアントは、思わず、廊下を殴ってしまった。
「なんと、酷いんだ。なぜ、建国した祖先達は、枕元に立ち、叱ってくれないのだ。」
レイディアントは、通路へ出て歩き出すと、祖父であるマイナンが待っていた。マイナンは、最初から予想していたらしく、ため息をついている。
「やはり、駄目だったか。」
「はい。」
レイディアントは答える。マイナンは、深く息を吐いた。
「最悪じゃな。このガルガンチュア要塞は、昔よりも、酷くなっておる。」
「ええ、思った以上に酷く最悪です。」
「敵は来るぞ。儂なら、間違いなく、ガルガンチュア要塞を陥落させられる。」
「おそらく共和国のスパイもいるでしょうから、間違いなく来るでしょうね。それだけじゃない。内部協力者がいても不思議ではありません。」
レイディアントは、足を止めた。
自分で放ったその言葉が妙に引っ掛かった。何も考えずに思わず言った発言。内部協力者の存在に、レイディアントは思わず違和感を覚えたのである。
ガルガンチュア要塞に巨大カジノなどという発想は、どこから来たのだろうか。要塞内に娯楽は必要だとはいえ、カジノはさすがに常識的に考えてありえない。王国軍を堕落させるため、いや、王国軍の情報を抜き取るために、カジノを建設させたと言う可能性。もし、そうであるのならば、王国軍は、思ったよりも深い場所まで敵国の手が伸びていることになる。カジノは、十何年も前から存在しており、その頃から王国軍は敵国に内部まで入られていたことになる。レイディアントは、まさかとは思いつつも、その可能性を考え、困惑したのだ。
「大丈夫じゃ。王国軍も共和国軍も、あまり変わらん。王国軍は貴族の個人的感情に振り回され、共和国軍は選挙の支持率に振り回される。王国軍は、共和国軍の世論とも繋がっておるから、変わらんよ。」
「王国も共和国も、救いようがありませんね。」
「…。次から、決して外で発言するでないぞ。」
「失礼しました。」
レイディアントは、星空を見る。星の向こう側から、共和国軍がやってくるのは明らかだった。だがら王国軍は、敵よりも自らの慢心と戦うべきだった。しかし、今のレイディアントには是正するだけの力はなかった。
王国軍が誇る難攻不落のガルガンチュア要塞。
人々は、難攻不落というのは、ただの言葉であるということを間もなく知ることになるのだった。




