027.ガルガンチュア要塞
王国軍が誇る難攻不落のガルガンチュア要塞。
無数の砲塔、幾重にも重なる装甲帯、要塞全体を覆う魔導障壁発生器、そして難攻不落に象徴である要塞砲バニッシャー。王国軍が、この要塞に投入した資金、労力、そのいずれもが天文学的な数値を叩き出す王国軍の威信をかけた要塞である。
共和国軍との前線基地に配備されたガルガンチュア要塞は、共和国軍が戦況による政党同士の派閥争いにかまけている間に作られた要塞であり、共和国軍がガルガンチュア要塞の危険度に気付いた時には、既に手の施しようのない無敵の要塞へと変化していた。
王国軍のガルガンチュア元帥の手腕もあり、ありとあらゆる王国軍のリソースが、この要塞にかけられたことにより、共和国軍は王国軍を攻めることが困難になっていた。このガルガンチュア要塞を無視して進めば、この要塞内部にいる駐留艦隊から挟撃を受けることになり、王国軍を攻略するうえでも避けては通れない要塞なのである。
共和国軍が十三度もの攻略を試み、成功した回数はゼロ。つまりは、共和国軍が十三度も敗北した要塞であり、王国軍将兵にとって、軍事施設というより不敗の信仰に近かった。
共和国軍の王国への大規模侵攻は、このガルガンチュア要塞があるからこそ、不可能にしていた。王国の内部が腐敗してしまったのも、この不敗の要塞があったからかもしれない。
ガルガンチュア元帥も思いもしなかっただろう。
要塞を作ること。それは、金で安全を買ったような感覚だったのかもしれない。王国の安全のために、この不敗のガルガンチュア要塞を作った結果、貴族は不敗し、結果として王国を圧迫してしまった。後世の歴史家が、多くの皮肉の評論を書かせることになった要塞。その要塞の名前に、自身の名前がつけられ、自身の名前とともに功罪を語られた。まぁ、ガルガンチュア元帥からすれば知ったこっちゃないとでも言うかもしれない。道具で悪さをした場合、作った者ではなく、使った方が悪いのである。全ては使う者しだいなのだ。
王国が誇る難攻不落という神話にも似た幻想。ガルガンチュア要塞は、難攻不落であるという言葉を誰も疑わない。だからこそ、要塞を守る軍人に慢心が生まれ、目に見えない危険な状態であることに誰も気付けなかった。
ガルガンチュア要塞に配置されることになった試造星帆戦艦が要塞ドックへ接舷したとき、多くの将兵は、レイディアント達の歓迎に訪れていた。新型魔導機アリエスの魔導操縦士であり、共和国軍を翻弄した若き大尉であるレイディアント・シリウス。その名は、ガルガンチュア要塞内でも有名であり、まさに新たな英雄の誕生を見るような目でレイディアントは見られていたのである。
共和国軍の英雄である銀獅子アレクシス。王国軍で、アレクシスと肩を並べる可能性のあるレイディアントを同僚の軍人は歓迎したのだ。その中でも魔導操縦士からは、特にアレクシスと対抗できるレイディアントを歓迎した。それほどまでに、銀獅子アレクシスという存在は、同じ魔導操縦士の中で大きく、厄介な存在だったのである。味方に、アレクシスに対抗できる魔導操縦士がいれば、その分だけ自身の生存率も上がるのだから、レイディアントが歓迎されるのは当然だった。
しかし、レイディアントを歓迎する者ばかりではない。むしろ、高位貴族の将校たちの一部は、露骨にレイディアントが配属されることに対して不機嫌になっていた。
レイディアントは、試造星帆戦艦の接舷式終了後、要塞司令部へ案内され、ガルガンチュア要塞所属のグランデール准将の前に立たされていた。
グランデール准将は、典型的な貴族将校である。実戦経験は乏しいものの、要塞勤務歴は長い。貴族の五男であり、貴族領地に居場所がなく、仕方なく軍務を続けている男である。一代限りの貴族と認められる騎士爵であり、爵位をあげるにも才能は乏しく、同じ境遇の派閥の力により軍部で出世してきた。
だからこそ、グランデール准将は、派閥内で出世するために何度も頭を下げてきた。何度も、苦労してきた。貴族の子供が、ほほわ平民に近い生活を強いられたのである。そのため、派閥内でも、ヒエラルキーが存在し、縦社会を作ることで己のアイデンティティを満たしてきたのである。
そんなグランデール准将は、若くて有能な下位貴族が嫌いだった。上位貴族なら我慢できたのかもしれないが、男爵程度の下位貴族であるならば、権力はそこまで強くない。騎士爵の上が準男爵であり、準男爵の上が男爵であるのだから、階級が二つも上である。だが、男爵で軍部でまともに働いているのは、脛に傷を持つ貴族、もしくは領地を追われかけている貴族などが多かったため、グランデール准将の爵位でも何かがあっても派閥の力で対抗できる相手だった。つまりは、グランデール准将がレイディアントを嫌う下地は充分に整っており、理不尽な上官となれたのである。
グランデール准将は、目の前にいるレイディアントを上から下まで眺め、値踏みした。レイディアントの顔立ちは、まるで女性と思われても仕方ないほど整っており、女性が喜びそうな顔立ちをしている。その出で立ちは、まるでアイドルのように見え、女性が騒ぐのも仕方ない。グランデール准将は、写真よりも実物を見て、よりレイディアントのことを嫌いになった。
「ほぅ。君が、例の新型魔導機に乗れただけの幸運な男か。」
「レイディアント・シリウス大尉です。今後とも、よろしくお願いします。」
「聞いておる。それにしても、最近のマスコミは困ったものよ。若く、顔の良い軍人を見つけると、すぐに英雄扱いする。民間人を助けただけで、英雄扱いだ。それなら、王国軍の中に、何万人も英雄がいることになる。本当にくだらん。」
グランデール准将の周囲の参謀たちが苦笑する。レイディアントは表情を変えなかった。グランデール准将がレイディアントに対して良い感情を持っていないことが丸わかりだったのである。この手のタイプは、王国軍に何人もいたのである。後方よりも前線の将官に多いのは分かっており、覚悟していたことであるため、レイディアントは気にもとめない。だからこそ、短く返答するのみである。
「恐縮です。」
「謙遜は結構。その顔立ちを見れば、容姿に自身があることなど見て取れる。」
グランデール准将は、椅子へ深く座った。
レイディアントは、ある意味納得した。卑屈になる男や性格の悪い男は、表情に出る。レイディアントは、身支度を整える時に鏡を見るのだが、眼力も強く、覇気もあり、自信満々の表情であったのはレイディアント自身でも理解した。レイディアントは、ある意味、グランデール准将は見る目があると感心したのである。
「いいか、若く経験の浅い君に教えてやろう。ここは最前線だ。写真を撮る場所ではない。最前線というものはだな…」
グランデール准将は、レイディアントにとって長く退屈な話しを続ける。グランデール准将自身がどれだけ偉く、レイディアントがグランデール准将よりも下だということを分からせるためのスピーチであり、レイディアントは聞き流していた。
「いいかね。若い者は、進んで雑用仕事を受けなくてはならん。だからこそ、若い英雄殿には本部の大仕事はまだ早い。」
グランデール准将は、端末を操作した。
共和国とガルガンチュア要塞の間の宙域図を出す。その場所は、エリア51と呼ばれる箇所であり、宇宙空間に浮かぶ岩石地帯であり、進むのも困難なエリアだった。隠れるのに適しているが、小規模の部隊しか配置できない場所であるため、戦術的価値は薄い場所である。
「シリウス大尉。君には、しばらく哨戒任務を担当してもらう。」
新型アリエスという貴重な戦力を哨戒に回すなど、普通は愚策である。ただし、レイディアントの索敵範囲は凄まじく広いので、愚策であるものの、一定の効果があるのは間違いなかった。
「了解しました。」
グランデールは、驚く。
哨戒任務は地味な仕事である。調子に乗った若者には嫌がられる仕事を与えたはずなのに、レイディアントの感情は変化しなかったのだ。
「不満はないのか?」
「軍務に対して、不満などありません。それに、敵が来るのを、最初に見つける哨戒任務は重要な役割です。」
グランデール准将は、レイディアントが嫌がるか反発するなと思っていたのに、拍子抜けした。この程度では、レイディアントへの嫌がらせにならないと感じ、別の方法を考えることにしたのである。グランデール准将は、ガルガンチュア要塞に危機が迫っているなどと全く感じていなかった。王国軍が誇る難攻不落のガルガンチュア要塞は、その幻想ゆえに、王国軍を腐らせ、グランデール准将も腐っていた。
「ならば行きたまえ。」
「はっ!」
レイディアントは敬礼し、退室する。廊下へ出ると、レイディアントの副官であるリーチェが待っていた。
「嫌味を言われましたか?」
「あれは、嫌味ではない。ただの嫉妬だな。」
「よく、我慢されましたね。」
リーチェは、心底感心したように言った。
リーチェから見れば、レイディアントは余裕で耐えたように見える。
「ちなみに、私なら殴ってしまうかもしれません。」
「リーチェは、手が出るタイプなのだな。なるほど。タウロスに相応しい性格だな。」
「いえ、タウロスの適合条件は、胸が大きさだけみたいですよ?ほんと、科学者って、変人ばっかりですよね。」
二人は苦笑した。
タウロスだけでなく、アリエスも意味の分からない適合条件があったのだ。アリエスは美女、タウロスは胸が大きい、という適合条件に、科学者達の精神性を疑わない方がおかしいのである。
レイディアントは、ガルガンチュア要塞内部に入り、不安を覚えていた。グランデール准将だけではなく、要塞全体の多くの軍人が難攻不落という言葉に安心しきってしまい、油断していたのである。その事実に気付き、レイディアントは困惑した。
古今東西、堅牢な城壁に守られてきた城が落とされたのは、多くが内部崩壊を起こしたからである。レイディアントは、嫌な予感を覚えつつ与えられた任務につくことにした。




