026.
共和国軍前線基地。
巨大な地下格納庫には、鹵獲された試作魔導機が並んでいた。黄金の獅子を思わせる《レオ》、重厚な甲殻を持つ《キャンサー》。そして、《ジェミニ》。王国軍が開発した新型魔導機三機は今や共和国軍の手にある。
新型魔導機レオの前には、アレクシスが立っていた。アレクシスは、共和国の英雄であり、銀河五指に数えられる操縦者である。
アレクシスが、新型魔導機レオの操縦槽へ乗り込む。神経接続が始まり、魔導炉が唸り声をあげると、黄金の瞳が開き、新型魔導機レオが起動した。
周囲の技術士官たちが歓声を上げる。技術士官の手元にあるモニターには、適合率九十六%という数値であった。
アレクシスは新型魔導機レオを動かす。速く、反応が異常なほど鋭く、力強い。まるでアレクシス自身が巨大化したようだった。
「素晴らしい。これは…、私のために開発されたような魔導機ではないか。」
アレクシスは、思わず本音が漏れる。それほどまでに、レオはアレクシスに合っていたのである。まるで、最初からアレクシスの専用機のために開発されたような魔導機であり、アレクシスが興奮するのも仕方なかった。アレクシスは、新型魔導機レオを動かしたことで、ロジャーの興奮さを理解した。新型魔導機は、既存の魔導機と全く違っており、たつた一機で戦術的不利を覆すことができるほどの性能を見せていたのである。
ふとアレクシスは考える。もし、王国軍の新型魔導機が全機投入されれば、共和国軍は間違いなく風前の灯火であったかもしれない。王国軍には、まだ完成した魔導機、完成していない魔導機、その二つを合わせると9体もの新型魔導機が存在している。その事実に、アレクシスの中で何をすべきかの答えが導き出されていた。
冷静になっていくアレクシスとは別に、共和国軍技術部長が興奮気味に報告する。
「すぐ、実戦投入可能ですね。凄まじいポテンシャルです。」
「あぁ、すぐに実戦投入可能だろう。だが、搭乗してみて分かったのだが、何かの条件が合えば、さらにポテンシャルを引き上げられそうだ。」
「なんと、これよりもですか?」
「あぁ。リミッターがかかっているように感じる。条件は分からないが、レオの性能は、まだこんなものではない。」
「技術士官に、すぐに条件を確認させます。王国軍は、何と素晴らしい魔導機を我々に与えてくれたんだろうか。」
「そのとおりだな。」
アレクシスは満足げに頷いた。
その頃、隣の訓練区画では新型魔導機キャンサーの最終試験が行われていた。キャンサーの適合者の名は、リュカ・フェリオ。華奢な体格、中性的な容姿をしている。
リュカは、共和国軍がようやく見つけ出した適合者だった。キャンサーは、重装甲にもかかわらず異様な機動を見せる。両腕が離れ、攻撃を受け止め、拘束し、潰す。遠距離であるにも関わらず、近距離攻撃ができるという二つの性質を併せた攻撃方法であった。
模擬戦用として、既存の魔導機が配置されたが、リュカの搭乗するキャンサーの前に、瞬く間に沈黙する。キャンサーの動きを見て、共和国軍上層部は確信した。新型魔導機レオも、新型魔導機キャンサーも、充分に十分に実戦投入可能な状態である。二機の調整は上手くいっており、ファルコン傭兵団が保有したジェミニと合わせれば、三機の新型魔導機が実戦投入可能なのである。
アレクシスは、作戦会議室に部下を集めた。そして、共和国と王国の星図を見ながら、決心する。星図を拡大し、宙域図を見て、頭の中で戦術が固まっていく。宙域図の中心には、王国軍が誇る難攻不落のガルガンチュア要塞があった。そのガルガンチュア要塞を、アレクシスは差し、部下に向けて発言する。
「ここを落とす。」
短い言葉だった。
アレクシスの部下である参謀たちが息を呑む。無理もない。ガルガンチュア要塞は難攻不落であり、共和国軍が何度も敗れた要塞なのである。いくら新型魔導機三機があるからとはいえ、無謀に思える。だが、アレクシスは戦術の天才である。部下達に見えない景色が見えているのは確実であり、アレクシスの表情から充分に勝算があるのが分かる。
その時、作戦会議室の壁際に寄り掛かっていたロジャー・ファルコンが笑いながら発言した。ロジャーも、アレクシス同様に理解していたのである。共和国軍にとって、ガルガンチュア要塞を落とさなければいけないということを。稼働できる新型魔導機が多いうちに、王国軍を攻めて有利にならなければ、共和国が窮地に立たされるのだ。その事実にジェミニを手に入れた時から、ロジャーは気付いていた。
だからこそ、ロジャーは先んじて手を打っていたのである。共和国軍が王国軍が誇る難攻不落のガルガンチュア要塞を攻めた時、どうすればファルコン傭兵団が稼げるかを。ファルコン傭兵団は、戦況を変えてしまう程の可能性を持っていた。
「正面からやるのか?」
「何が言いたい。回りくどい言い方なぞいらん。本題を話せ。」
「やれやれ、嫌われたものだ。ガルガンチュア要塞を真正面から攻める必要はない。」
「回りくどい言い方はよせと言ったぞ?」
ロジャーは、獣のような笑みを浮かべ、アレクシスに向けて発言する。
「ガルガンチュア要塞の防衛装備を無効化できるぞ。」
ロジャーの発言に、会議室が静まり返った。
アレクシスがロジャーに視線を向けると、ロジャーは楽しそうに続けた。
「ガルガンチュア要塞の管理部署にいる連中を買ってある。魔導障壁管理、砲台管理、補給港管理、識別信号管理、その他もろもろだ。全部じゃないが、十分だろう。各管理を人為的に止める指示を出してやれば、些細な内容でもガルガンチュア要塞の防衛施設を止められる。」
アレクシスの表情が険しくなる。
あまりにも、ロジャーの提案は共和国軍にとって都合のいい提案だったのである。アレクシスの考えた戦術よりも、ロジャーの提案を汲み取った戦術であれば、最小限の犠牲にしてガルガンチュア要塞を落とせる可能性があった。
「いつからだ?」
「さぁな。忘れちまったなぁ。つーか、そんな目をするな。わーったよ。数年前からだが、ジェミニを手に入れた時に、確信したのさ。共和国軍は、必ずガルガンチュア要塞を攻めるとな。傭兵団は、先読みするからこそ、儲けられるんだぜ?」
「貴様の価値は、嫌というほど分かってはいるが、気に食わんな。」
「安心しな、アレクシス。俺もてめぇが嫌いだ。だが、てめぇが表なら、俺様は裏だ。だからこそら、別の提案ができる。だからこそ、表裏一体の作戦が生まれる。もう見えているんだろう?」
「あぁ。ガルガンチュア要塞は、驚くほど簡単に落せる。」
「銀獅子部隊だけで落とせるだろうな。世の中には、難攻不落って言葉に信じている人間ほど、実は難攻不落じゃないと気付いた時に脆くなる。ガルガンチュア要塞は、人が管理している限り、穴だらけなのさ。」
どれだけ、ハード面で強固な要塞でも。ソフト面を管理するのは人間である。その人間は、金で、恐怖で、欲望で、様々な理由で動いてしまう。人間とは欲望だらけの生き物である。ロジャーはそれを誰よりも理解していた。ロジャー自身が欲まみれだからこそ、人の愚かさを良く知っていたのである。
「開戦後二十三分間。第三防御障壁を停止できる。さらに、西側砲台群の識別信号を混乱させる。補給港隔壁も誤作動させる。艦隊発進も遅らせられる。これだけは確実だ。あとは、欲にかられた人間が、他にも停止なり、混乱させるなり、誤動作させるなりする。何十年も、難攻不落だった要塞を、二十三分で攻略するんだ。歴史に残るぞ?」
アレクシスは沈黙して戦術を考える。
もともとアレクシスが考えていた戦術は、共和国軍艦隊で王国軍の注意を引き付け、新型魔導機による力技だったのである。
「ロジャー。分かってるだろうが、略奪は認めんからな。」
「突然の宇宙嵐でもなけりゃ、大丈夫だろ?」
「要塞内に宇宙嵐など起きん。」
「なら、電波が悪くなる可能性はある。せいぜい電波が届く位置にいることを祈るんだな。」
「やはり、私は貴様が嫌いだ。」
アレクシスとロジャー。
二人の傑物が、もうガルガンチュア要塞を攻略したことを前提に話し合っている。二人には、同じ未来が見えていた。王国軍の難攻不落の要塞であるガルガンチュア要塞は、間違いなく、落とせると。
「ガルガンチュア攻略作戦を開始する。司令部に、作戦の承認を求めよ。」
アレクシスが率いる銀獅子部隊。ロジャーが率いるファルコン傭兵団。共和国軍の中でも、圧倒的な戦力を持つ二つの軍団が、ガルガンチュア要塞を攻めるのである。
新型魔導機であるレオ、キャンサー、ジェミニが前線に揃うなら、間違いなくレイディアント・シリウスが操縦する新型魔導機アリエスも戦場にやってくる。アレクシスは、ガルガンチュア要塞でレイディアントと戦うつもりである。前回は、ただの様子見であり、鹵獲しようと手加減していた。だが、今回は鹵獲する必要はなく、撃破するだけである。
ロジャーは、この先の展開も読んでいる。
共和国軍はガルガンチュア要塞の破壊ではなく、奪取を狙うことになると考えていた。共和国軍が、要塞を占拠することができれば、王国軍の弱体化は計り知れないのだ。そして、共和国軍が難攻不落の前線基地を手に入れ、有利となる。共和国軍にとって、ガルガンチュア要塞は必要なものであった。アレクシスは、ガルガンチュア要塞の奪取にこだわらいことも読んでいる。新型魔導機アリエスの奪取にも破壊にも失敗したため、奪取を優先しようとしないだろうと。共和国軍の戦略と、アレクシスの戦術が異なる目的になる可能性を考えていた。
前方と後方で作戦目的に差異がでる。
軍事上はありえないことではあるが、アレクシスは共和国軍を大事にする。味方の損害を恐れ、より損害の少ない方法を選ぶ。軍としては多少の損害を受けても、実のある方法を選ぶのと相容れない。アレクシスが英雄だからこそ、許される行為であり、王道だからこそ超えられない壁をアレクシスは持っていた。
そして、ロジャーはそのアレクシスとは真逆の性質である。にも関わらず、実は難攻不落のガルガンチュア要塞を奪取するよりも、共和国軍が勝利することよりも、ガルガンチュア要塞の破壊を望んでいた。誇り高い王国軍が、難攻不落の要塞が崩れる瞬間を見たいのである。
ロジャーは、共和国軍の上層部がどんな指示であれ、結末はガルガンチュア要塞の喪失という未来を考えていた。奇妙なことであるが、道中がどうなったとしても、ロジャーとアレクシスは同じ目的になると確信している。
「さぁて、どんな音で壊れるかな。喜劇、悲劇、笑劇とやらを特等席で見させてもらうとするか。」
レイディアントとアレクシスとロジャー。
傑出した魔導操縦士である三名は、激突することになる。
後世、レイディアント・シリウスは金狼と呼ばれていた。この戦いで人々は目撃することになる。
金狼レイディアント・シリウスを。




