025.難攻不落へ向かう者達
王国軍にとって、共和国軍の王国侵攻は、もはや予測ではなく確定事項として認識されていた。
共和国が好戦的になる時期が存在する。
その時期は、共和国の選挙前である。選挙前に勝利を治めることで、共和国の政治家の支持率を上げようとするのだ。
さらには、新型魔導機の《ジェミニ》《キャンサー》《レオ》の鹵獲。そしてロジャー・ファルコンによる《ジェミニ》の実戦投入により、共和国軍としても、その力を試したくなるのが目に見えていた。
新型魔導機の実践投入により、一つの可能性が見えてくる。それは、難攻不落であるガルガンチュア要塞への攻撃である。
王国軍総司令部の大会議室では、巨大な立体星図が青白く輝いていた。前線宙域の各拠点、補給線、共和国軍の予測進路が表示されている。その中心に存在するのが、王国屈指の防衛施設であり、難攻不落と謳われたガルガンチュア要塞だった。
百数十年にわたり増築と改修を繰り返した巨大宇宙要塞。数百門の要塞砲、多層構造の魔導障壁、数万の将兵。共和国軍は過去十三度、この要塞攻略に挑み、そのたびに大損害を受けて撤退している。まさに、難攻不落という言葉を最も体現する軍事施設である。
だが、レイディアントは、その言葉を素直に信じてはいなかった。
「ガルガンチュア要塞は、難攻不落じゃ。共和国は、選挙前の敗北を嫌い、確実に成功する戦いを仕掛けてくる。今までなら、失敗する可能性があるガルガンチュア要塞を攻めることはない。ガルガンチュア要塞を攻めるのだから、よほど新型魔導機に自信があるのじゃろうな。」
会議室の静寂の中でそう言ったのはレイディアントの祖父であるマイナン元提督である。マイナンは、立体星図を見上げながら続ける。
誰も反論しなかった。
共和国には、銀河で五指に入る魔導操縦士であるアレクシス・アークライトと、ロジャー・ファルコンがいる。さらに、新型魔導機三機が導入される。
共和国軍が王国内にスパイを入れているのと同様、王国軍も共和国にスパイを入れている。そのスパイからの情報では、ガルガンチュア要塞にアレクシス、ロジャー、新型魔導機三機が投入されるのは確定した情報であった。
レイディアントは、試造星帆戦艦の中で待機していたが、間違いなく共和国との戦いに駆り出されるのは目に見えていた。新型魔導機に新型魔導機で対抗するのは当然の作戦である。
レイディアントに、本営から連絡が入る。
「シリウス大尉。試造星帆戦艦でガルガンチュア要塞へ向かってもらう。」
「了解しました。」
レイディアントは即答した。
断る理由など何もない。とっくの前から覚悟していることである。ガルガンチュア要塞では、死闘となることを予見していた。
レイディアントは試造星帆戦艦の専用ドックへ向かった。白銀の装甲、流麗、通常戦艦とは明らかに異なる姿。まるで物語の中に出てくる伝説の宇宙戦艦だった。
格納庫には、新型魔導機であるレイディアントの搭乗機アリエス、その隣にはリーチェ搭乗機のタウロスがいた。
「お待ちしておりました!」
元気な声でレイディアントを迎え入れたのは、リーチェだった。
リーチェは、タウロス専属操縦者として必須である胸が大きいという意味の分からない条件に合致した魔導操縦士であり、方向音痴という欠点を差し引いても、タウロスに乗れる魔導操縦士は貴重であった。ちなみに、胸が大きいだけなら、他にも魔導操縦士はいるのだが、どうやらスリーサイズとやらも関係しているらしいのは、謎仕様である。作成者の執念じみた狂気が反映された魔導機なのだが、タウロスの魔導操縦士が現れた時は王国軍よりも製造者が歓喜したのは言うまでもない。時折、データ収集といって、魔導機内の映像を楽しげに持ち去っており、何度もセクハラで憲兵に叱られる製造者なのだが、アリエスの製造者であるエリシアと同様、全く気にしない。ちなみに、製造者は女性であるのだが、レイディアントからすれば、世も末だと思うしかない内容であった。
「待たせたかな?」
「少ししかお待ちしておりませんので大丈夫です。それに、まだ、集合時間の一時間前ですよ?」
「リーチェ少尉は、どのくらい前から私を待っていたんだい?」
「四時間前ぐらいでしょうか。」
「それは、さすがに早すぎます。」
「待つのは、得意なんです。というより、迷子になる時間込みで家を出るので、思ったより早く着いて、私自身驚きました。」
実に方向音痴のリーチェらしい答えだった。すると艦橋側から別の声が聞こえた。
「リーチェさんは、本当に早すぎですね。」
声だけで誰かは分かるのだが、しっかりと振り向き相手を確認する。
そこには、艦長制服を纏ったセレスティアがいた。貴族令嬢としての優雅さ。そして軍人としての厳格さ。その両方が不思議なほど調和されている。もともと王妃教育を受けていたため、自然と威厳さを持ち合わせているのだ。
「セレスティア艦長殿。」
レイディアントが敬礼する。セレスティアは、少し困ったように微笑んだ。
「その呼び方は、慣れませんね。」
「いつか慣れる日が来ると思いますよ。」
「そうでしょうか?」
「はい。」
リーチェも頷いた。
レイディアントとセレスティアが並び立つ姿は、リーチェからすれば尊く感じており、写真を撮りたい衝動をリーチェは必死に我慢している。
レイディアントとセレスティアは、一人だけでも存在感があるのに、二人で並び立つと、今からスペースオペラでも始まるかのような華やかさがあった。二人のその姿を見ようと、試造星帆戦艦には多くの若い女性が搭乗を志願しており、すでに搭乗員の何名かは尊いと言いながら鼻血を流している。
「セレスティア艦長は、王宮にいるよりも、レイディアント大尉の隣りで軍服を着てる方が映えるト思います!」
「それは褒めているのでしょうか?」
「もちろんです。」
三人の会話を聞きながら、後方でマイナン元提督が笑った。
「よい雰囲気じゃの。」
マイナン元提督は、セレスティアが軍事教育を受けていないため、引退したにも関わらず、相談役の役割で搭乗しているのである。あまりにも、マイナンが現役だった頃とは、艦内の雰囲気は違っているが、悲壮感がないのは大事であり、明るいことこそが若者の特権と理解していた。
「戦場へ向かう前に空気が重くなりすぎるのは、好みませんから。」
「良い心がけじゃ。できれば、セレスティア艦長の髪飾りが、新調されたことに気付き褒められると、もっと良いのだがの。」
「それは、失礼しました。似合ってますよ、セレスティア艦長。」
「ありがとうございます。」
「よく周りを見て、些細な変化にも気付けるようになれば、一人前じゃよ。」
レイディアントもセレスティアも、セレスティアの髪飾りが新調したことよりも、マイナンがレイディアントが女性であることに、気付かないのはどうかと思うが口には出さない。マイナンは、本当によく細かなことに気付く。にもかかわらず、レイディアントが男装しているだけの女性であることに全く気付かない。レイディアントが上手いのか、マイナンがポンコツなのか、おそらくレイディアントが上手いことが理由なのだろうが、マイナンが気付いた時の姿を見るのが楽しみで仕方ない。レイディアントもセレスティアも、自らの口でマイナンに真実を告げるつもりはないため、マイナン自身で気付くまでは放置する方針である。
艦橋モニターには、共和国方面の宙域図が映っている。
共和国軍内のスパイからの情報どおりに、赤い光点が少しずつ増えていた。敵は動いている。それは、誰の目にも明らかだった。だが、レイディアントにしても、マイナンにしても、いや、王国軍にしても、予想以上に共和国軍が少ないのである。共和国軍は、ガルガンチュア要塞を本気で落としにきていないのは、敵数から明らかであった。
レイディアントもマイナン元提督も、表情を引き締める。
「今回の戦いは、今までとは違うの。ロジャー・ファルコンは新型魔導機ジェミニを得た。敵の思考を読む魔導機じゃ。こちらの思考を読んだ可能性もあるが、そうではないのぅ。」
「ジェミニの思考を読む範囲にも限りがありますからね。もしかすると前線の王国軍から読んでいる可能性もあり得るのでしょうが、何か別の意図がある可能性があります。」
「例えば、ガルガンチュア要塞を囮にして、別の場所へ強襲するとかかの?」
「もしくは、そうすると見せかけて、やはり本命はガルガンチュア要塞かですね。これは、情報が足りませんね。」
「儂の勘じゃが、ガルガンチュア要塞こそ本命よ。さっそく王国軍は、派遣する兵数を減らすようじゃぞ?別の共和国戦線に行けるよう中間地点に動かすようじゃ。」
レイディアントは、共和国軍と王国軍の動きを見て、全てを察した。
「なるほど。私も、ガルガンチュア要塞が本命に思えてきました。新型魔導機ですぐに要塞を落とせる手法でも思いついたのかもしれませんね。」
「ふむ…。どんな手か全く読めんの。」
「新型魔導機を要塞に近づけさせないのが、有効な作戦になるのでしょうが、別の何かの可能性もありえます。」
セレスティアに、新たに入手した共和国軍内からのスパイの情報資料が送信される。その資料をレイディアント、マイナン、リーチェに開示した。
「新型魔導機、レオとキャンサーも稼働したか…。」
「共和国軍は、王国軍から奪取した新型魔導機三機を全て投入してくるのですね。」
「そうでしょう。新型魔導機は、ガルガンチュア要塞に向かっているようです。」
艦橋が静かになった。
王国側はアリエスとタウロス。共和国側はジェミニ、レオ、キャンサー。銀河史に残る魔導機戦になる可能性があった。新型魔導機だけでなく、レイディアントは、アレクシスとの再戦は近いことの予感を感じていた。
何にせよ、試造星帆戦艦の配属先に変更はない。レイディアント達が目指す先は、王国軍が誇る難攻不落のガルガンチュア要塞である。
艦橋でセレスティアが命令を下した。
「全機関始動!星帆展開!」
試造星帆戦艦が震える。セレスティアの音声で起動する仕組みであり、セレスティアに応えるよう唸り声をあげる。
「試造星帆戦艦、発進前!」
白銀の戦艦は、静かに宇宙へ滑り出す。
後世、王国軍と共和国軍にとって、悲劇となったガルガンチュア要塞の戦いに、レイディアント達は向かうのだった。
そして、この時点で王国軍は誰も気付いていなかった。難攻不落の要塞が、すでに内側から蝕まれていることを。
王国軍は、共和国にスパイを放っていた。だからこそ、見落としたのである。王国軍は、分かっているはずなのに、分かっていなかった。共和国軍と傭兵団は別物であるということを。




