↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
銀河魔導機戦記 〜断罪された悪役令嬢とともに、最強魔導機で銀河を統一する物語〜  作者: 蒼井 halu
第一章 金狼と魔導機アリエス

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
24/46

024.

レイディアントとセレスティアが最初に訪れたのは、映画館であった。上映されていたのは、王都星で流行しているとされていた王都星の市民の娘が仮面の騎士と恋に落ちるという娯楽作品である。途中、仮面の騎士は実は王族であると正体を明かす場面で客席の少女たちが小さく息を呑み、セレスティアは扇の陰で微笑んだ。


「仮面の騎士は、なぜ変装ではなく仮装するのでしょうか。」

「変装には時間がかかるからでは?仮面であれば、被るだけなので時間短縮できます。」

「現実的すぎます、レイディアント様。私の予想では、正体を明かす時、仮装の方が派手な動作ができるからでしょうか。」

「娯楽映画というのは難題を問いかける要素があるようですね。」


恋愛映画の感想とは思えない二人の会話である。

何故、恋愛映画を選んだかといえば、それがデートっぽかっただけであり、二人とも興味があったわけではない。恋愛映画の王道は、二人にとって理解できないものだった。


映画が終わると、二人は評判のレストランへ向かった。

貴族専用の格式ばった店ではなく、近頃若い官吏や士官候補生に人気のある明るい店である。香草を利かせた白身魚の包み焼き、季節野菜のスープ、焼き立ての小さなパン。王宮の儀礼料理に比べれば、それは素朴だが、心温まる料理だった。


セレスティアは料理を丁寧に味わい、レイディアントはその様子を見て、ふと彼女が悪役令嬢と呼ばれていた日々を思い出す。セレスティアの評判は、高慢、嫉妬深い、冷酷、平民を虐げる女である。しかし、セレスティア本人を見れば、何をどうあがいても、嘘だと分かる。いくらなんでもムリのある噂であった。庶民の料理を丁寧に味わっている姿だけで、噂は嘘であると誰もが明らかに感じる。生まれ持った気品さが、噂を払拭する。


「あれって、レイディアント様とセレスティア様だよね?」

「素敵なお二人ね。」

「セレスティア様、噂と違って優しそうじゃないか。」


セレスティアに新しい噂が生まれる。

それは、従来の悪役令嬢像とは全く別の清廉な貴族像の噂であった。


食後、二人は広場に面した茶房でティータイムを取る。

窓の外では大道芸人が小さな水の鳥を魔術で飛ばし、子供たちが歓声を上げている。セレスティアは紅茶に口をつけ、ふと視線を外へ向けた。次の瞬間、彼女の表情が変わった。柔らかさが消え、鋭くなる。レイディアントも同じ方向を見た。広場の隅で、五歳ほどの男の子が一人、泣くのを堪えるように唇を噛んで立っていた。周囲の大人たちは大道芸に気を取られ、気づいていない。


「迷子ですね。」


セレスティアは即座に立ち上がった。


「行きましょう。」


二人は茶房を出て、男の子の前に膝を折った。

セレスティアは目線を合わせ、驚かせぬよう穏やかに声をかける。


「こんにちは。お母様を探しているの?」


男の子は最初こそ警戒していたが、セレスティアの声音に安心したのか、小さく頷いた。彼女は名前を聞き、母親の服装を尋ね、泣き出しそうになるたびに微笑んで待った。


レイディアントは、魔力を飛ばし、慌てている人を探す。露店の陰で青ざめた顔の若い母親が、子供の名を叫びながら歩いているのが見えた。


セレスティアが手を振ると、母親は半ば転ぶように駆け寄り、子供を抱きしめた。何度も頭を下げる母親に、セレスティアはただ静かに言った。


「見つかってよかったです。どうか、今日は手を離さずに。」


その言葉には叱責ではなく、心からの安堵があった。母子が去ったあと、レイディアントはしばらくセレスティアを見ていた。


「どうかなさいましたか?」

「いや…。」


レイディアントは少しだけ笑った。


「いつまでも悪役令嬢の仮面を被らされているのは、セレスティアには可哀想だと思っただけだ」


セレスティアは瞬きをし、少し困ったように視線を伏せた。


「仮面なら慣れております。」

「慣れてよいものではないでしょう。」


その声は静かだった。セレスティアは何も返さなかったが、紅茶の温かさとは別のものが胸の奥に広がるのを感じていた。


広場を後にした二人は、王都旧市街へ続く石畳の通りを歩く。

そこは貴族街ほど整然としておらず、商人街ほど騒がしくもない。古い書店、帽子店、香辛料を扱う小さな店、そして路地裏に隠れるような菓子店が並ぶ、王都のなかでも少しだけ時間の流れが遅い一角である。


セレスティアは店先に飾られたリボンを眺め、レイディアントは隣で適当な感想を述べる。戦場と作戦の話をしない時間は、思いのほか貴重だった。だが、平穏というものは、時に狙い澄ましたように嵐を連れてくる。


最初に気づいたのはレイディアントだった。

人混みの向こう、香辛料店の前で、妙に姿勢のよい男が平民風の外套を羽織っている。帽子を目深に被り、襟元を立てているが、歩き方が貴族のそれであり、護衛を遠ざけ慣れていない者特有の不自然な警戒があった。しかも、顔を隠すための変装であるはずなのに、外套の留め具は王宮御用達の銀細工で、靴はどう見ても高位貴族の仕立てである。隠れる気があるのかないのか、判断に迷う有様だった。


セレスティアも数秒遅れて気づいた。そして、彼女の横顔から血の気が引いた。


「……レイディアント様」

「見えているさ。」


二人はほぼ同時に、通り沿いの古書店の軒先へ身を寄せた。棚に並ぶ古い詩集の影から、通りの向こうを窺う。


男は王太子ルシオンであった。変装はしている。だが変装していることがかえって本人を目立たせている。高貴な者が庶民役を演じているような不自然さがあり、近くにいる者が少しでも王宮事情に通じていれば、見間違えようがない。


そして王太子ルシオンの隣には、平民と思しき若い女性がいた。セレスティアを断罪した時に傍にいたアントワネットである。栗色の髪を素朴に結び、淡い色のワンピースを身につけている。貴族の洗練とは異なる、柔らかく親しみやすい可憐さがあった。彼女はルシオンを見上げ、頬を染めながら何かを話している。王太子は満足げに微笑み、彼女の手を取った。


「お忍びのつもりでしょうか」


セレスティアが低く言った。


「お忍びという概念に、正面から喧嘩を売っているように見えますね。全く忍んでいない。」


レイディアントの返答は冷静だったが、内心は穏やかではなかった。王太子が平民女性と逢瀬を重ねているという噂は、貴族社会の片隅で以前から囁かれていた。


だが、噂と目撃では重みが違う。まして、王太子はかつてセレスティアを公の場で悪役令嬢として扱い、その名誉を傷つけた。彼女を排除し、婚約関係を政治的に処理し、そして今、平民女性を伴っている。これがシンデレラストーリーで済むほど、王宮は牧歌的な場所ではない。


二人は古書店の奥へ半歩下がった。店主は客が急に詩集へ興味を示したものと思い、にこやかに会釈したが、二人はそれに応える余裕がなかった。通りの向こうで、王太子は女性に小さな包みを渡している。おそらく宝飾品だろう。女性は驚き、遠慮するように首を振る。すると王太子は、いかにも芝居がかった仕草で彼女の手に包みを押し戻した。


「君は遠慮をしすぎる。いずれ、もっと大きなものを受け取ることになるのだから」


その声は大きくはなかったが、レイディアントとセレスティアの耳には届いた。通りの喧騒が、一瞬だけ遠ざかったように感じられた。女性は不安げに周囲を見回した。


「ルシー。でも、本当に私などが、そのような場所へ行ってよいのでしょうか。貴族の方々は、きっとお怒りになります。」


ルシー。王太子ルシオンの偽名としてはあまりにも安直である。レイディアントは頭痛を覚えた。


「怒らせておけばよい。古い血筋にしがみつく者たちには、私が新しい王国を作るのだと教えてやらねばならない。君を后に迎える。それが、私の意志だ」

「それでも、私が后など認められないかみしれません。」

「大丈夫だ。今、平民の娘が王族に嫁ぐ映画を流行らせている。誰もが憧れるストーリーだ。アンは、その憧れになる。」


セレスティアの指先が、古書の背表紙に触れたまま止まった。レイディアントは、胸の奥で冷たいものが形を成すのを感じた。


平民女性を愛すること自体が問題なのではない。身分を越えた婚姻が、必ずしも悪であるわけでもない。だが王太子が后を迎えるということは、個人の恋愛では終わらない。王権の継承、貴族諸家との均衡、外交上の格式、王国の統治構造、そのすべてに関わる。


王太子ルシオンは、公爵令嬢であったセレスティアを無実の罪で悪役令嬢に仕立て上げ、排除した。貴族の中に敵を作ったのであり、王太子ルシオンに反発する貴族が増えるのは、明らかだった。


王太子ルシオンは、平民を味方につけるつもりなのだ。そのため、映画という手段を使って、シビリアンコントロールをしていたのである。


もし、セレスティアが一人で王太子ルシオンとアントワネットの発言を聞いていたのなら、短絡的な王太子ルシオンに対して、網膜なアントワネットに対して、憎悪の心が生まれたかもしれない。だが、セレスティアの隣りにいるのは、レイディアントである。


「……なるほど。全てが納得しました。」

「納得されたのですね…。」

「はい。あの映画で仮面の男は王太子ルシオンで、高い所で正体を明かしたのは、馬鹿は高いところが好きだからですよ。」

「えっ…?」


セレスティアは固まる。

言われてみれば、仮面の男は王太子ルシオンに似ている。王太子ルシオンは、馬鹿だから高いとこりにいきたがる。高いところの方が全体を見渡せるからとかではなく、馬鹿だから高いところが好き。セレスティア自身も納得である。


「もしかして、映画製作会社まで、そう思ってるのでしょうか?」

「そうかもしれませんね。振り返ると、言動が馬鹿っぽかったですから。」


二人は沈黙した。

それは、大笑いしたかったからである。笑いを我慢するための沈黙。その沈黙に、二人は耐えきれず笑ってしまった。


「笑わずにはいられませんね。」

「えぇ、おっしゃるとおりです。」


レイディアントとセレスティアは、分かっている。王太子は、自分達の行為が、どれほど危険かを理解していない。


貴族たちはすでに、彼の資質に疑問を持ち始めている。軍学校を侮辱し、英雄を見下し、セレスティアの名誉を傷つけ、そして今、平民女性を后に迎えると軽々しく口にしている。


市民には、王太子の偶像を見せてしまった。

王太子は、こうあるべきであると。だが、実際の王太子は、市民を守る力がない。偶像が壊れた時、市民の反応はどうなるかは火を見るより明らかである。


「貴族の中で、王太子殿下への批判は高まります。」


セレスティアは感情を抑え、貴族令嬢としての冷静さを取り戻していた。


「そうですね。平民出身の女性を后に迎えること自体よりも、そのために公爵家の令嬢を冤罪で貶めた疑惑が致命的です。公爵家だけではありません。娘を政略の駒として王家へ差し出してきた諸家が、黙っていないでしょう。」

「王太子は、おそらくそれを改革だと思っています。」

「改革には、責任と制度が必要です。あれはただの恋慕ですよ。」


レイディアントの言葉は、辛辣だったが正確だった。王太子ルシオンはまだアントワネットと話しを続けている。アントワネットはルシオンを心から信じているように見えた。その姿に、レイディアントは一瞬だけ複雑な思いを抱いた。アントワネットもまた、王太子の浅はかさに巻き込まれているのかもしれない。后になるという言葉の重さを知らず、ただ愛されたことを信じているのなら、その未来もまた残酷になることは予想できた。


「この場を離れよう。」


レイディアントは言った。


「見つかれば面倒です。」

「はい。」


二人は古書店で適当な詩集を一冊買い、店主に礼を述べて、裏口に近い通路から外へ出た。狭い路地に出ると、表通りの喧騒が少し遠のく。セレスティアはしばらく歩いてから、ようやく深く息を吐いた。


「せっかくのデートでしたのに、最後に王太子殿下とは出会ってしまうのは災難でした。」

「王都の最先端の喜劇を観たと思えばいいと思います。」

「先ほどの映画より、脚本が粗雑ですね。」

「しかも主演が、自信満々なのがチープですね。」


セレスティアは思わず小さく笑った。

その笑いは短かったが、沈みかけた空気をわずかに救った。レイディアントはその横顔を見て、やはりセレスティアに悪役令嬢の仮面は似合わないと思う。


「レイディアント様」

「何でしょうか?」

「今日のことは、どうなさいますか?」

「こちらから騒ぎ立てることはしませんよ。だが、必要な相手には伝えた方がいいでしょう。ヴァレンタイン公爵には伝えるべきです。」

「父は怒るでしょう。」

「もちろん、怒る権利があるのですから当然です。」


レイディアントは、路地の出口で足を止め、王宮の尖塔が見える方角を見た。


「王太子の浅はかな試みは、もう露見しています。問題は、誰がどの時点でそれを利用するかですね。それにより、王都星で大火が巻き起こるでしょう。」


セレスティアも同じ方角を見た。

青空の下、王宮は変わらず美しくそびえている。だが美しい建物の内側で、王国の内面は、ひび割れ始めていた。共和国との大規模戦を前に、国内の政治まで揺らげば、王国は外からも内からも試されることになる。


戦の前は、穏やかなまま終わるはずだった。

映画と食事と買い物をのんびり楽しむ。それだけでよかったはずの時間は、王太子のあまりにも稚拙な逢瀬によって、二人に王国の未来を揺るがす姿を予感させてしまった。


レイディアントは歩き出しながら、静かに思った。敵は共和国だけではなく、王国内にもいるのかもしれないと。王太子ルシオンが即位すれば、間違いなく国が荒れる。


「帰りましょう。デートの後半は、少し仕事になってしまいました。」

「構いません。ですが、次は最後までデートをしてくださいませ。」

「善処します。」

「約束ですよ?」


その約束は、ささやかなものだった。

だが迫り来る共和国軍との戦いにおいて、ささやかな約束ほど人を支えるものはない。レイディアントはそう思いながら、セレスティアと並んで王都の路地を抜けた。


王太子は恋に現がうつつを抜かす間に、若き男爵と悪役令嬢は、王国の未来を愁いながら、未来を見据えるのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。