023.デート
戦争前。
軍人たちの行動は、二種類に分かれる。一種類目は、来るべき戦いの準備に備え、ギリギリまで自身を磨こうとする者。もう一種類目は、戦いが始まれば失われるかもしれぬ平穏を、戦いの前に確かめておこうとする者である。
レイディアントは、前者に属している。自身の魔力操作を磨くために、トレーニングルームに入り、魔力の扱い方を少しでも洗練できるよう調整していた。
魔導操縦士は、魔導機の魔導核から供給される魔力を魔導機を動かす動力に変換している。その時に、自身の魔力を纏わせることで、自身の思い通りに動かせる。魔力を纏わせる量が多ければ多いほど自身のイメージ通りに動き、動力が大きいほど強く速く動ける。
新型魔導機アリエスは、レイディアントが魔導操縦士であるからこそ、圧倒的性能を誇っているのである。だからこそ、レイディアントは自身を磨く。少しでも魔力量を増やし、魔力の扱いを上手くする。
トレーニングルームでの訓練を終えると、次は戦術面での検証である。王国軍と共和国軍の動き。自身の階級から、どこまで行動できるのか。どこまでなら、許容されるのか。それを踏まえて、どの戦術が有効であるのか。ひたすら、シミュレーションを繰り返す。
その、あまりのストイックなレイディアントの姿勢に、祖父であるマイナンは呆れていた。レイディアントは、端的に言えば真面目すぎるのである。あまりの真面目さに、面白味のかける存在だった。
「レイディアント。本日の午後は休めっ。」
「休んでますよ?」
レイディアントからすれば、トレーニングや戦術シミュレーションは休むに分類される。マイナンは、大きくため息をついた。
「いったい誰に似たのやら。」
ちなみに祖父であるマイナン自身も、現役時代はずっと軍艦に籠もって、シミュレーションばかりしていたのだが、マイナンはもう忘れている。
「誰に似たかは分かりませんが、充実した休みをとっています。」
「レイディアントよ。周りをよく見てみるのじゃ。レイディアントが休まなければ、他も休めないとは思わんか?」
レイディアントは、あたりを見渡す。たしかに、自由行動の日なのだが、各々、仕事をしているように見える。
「私が休まないと他も休めないのですね?」
「そうじゃ。シリウス家の男子は、よく周りを観察し、些細な変化にも気付けるようにならなければならん。ほれ、向こうの女性など、明らかに休ませた方がいい様相を見せているぞ?」
エリシアである。
何やら、新しい装備を思いついたらしく、トランスモードでパソコンと向かい合いながらシミュレーションを重ねている。その姿は、とても真っ当な女性とは思えない。レイディアントからすれば、エリシアは特別であるが、他も休めていないのは問題と認識した。
「分かったようじゃな。レイディアントよ、休め。正確には、セレスティア嬢とデートをしてくるのじゃ。」
「…お祖父様。いま、戦術上の比喩をお使いになりましたか?共和国軍との戦争間近にデートするように聞こえたのですが?」
「ばかもの。だからこそ、婚約者とデートしてこいと言うとるのじゃ。」
マイナンは、皺の刻まれた手で、卓上の星図を軽く叩いた。
「これから大きな戦が来る。戦場に出る者は、守るべきものを抽象化しすぎてはならん。王国、民、秩序、名誉、どれも大切じゃが、追い詰められた時に、顔を思い出せる相手がいることこそが最後の力になるのじゃよ。儂も、レイディアントにとっての祖母様がそうであった。」
レイディアントは反論しようとして、やめた。
マイナンの言葉は正しいのかもしれないが、レイディアントには理解できない感情である。レイディアントが反論を辞めたのには、別の理由である。王都ではレイディアントとセレスティアの写真が新聞に載って以来、二人の仲について勝手な噂が増えていた。
英雄と美しき婚約者。
その英雄が、婚約者を放置して軍務ばかりに没頭しているとなれば、醜聞が悪い。レイディアントとセレスティアの二人の目撃情報を外で見せる必要があった。
「分かりました。午後は外出します。」
「素直でよろしい。」
レイディアントは、マイナンから離れ、セレスティアの傍に寄る。セレスティアは、レイディアントとマイナンの会話を聞いていない。ちなみに、セレスティアも休暇中なのだが、レイディアントと同様に真面目であり、資料を読むことが休暇と思っていた。
「セレスティア様。デートをしましょう。」
セレスティアは、呆然としたが、マイナンの様子を見て、すぐに理解した。レイディアントとセレスティアは、仮初の婚約者なのである。婚約者としての行動を求められたことをすぐに、察したのだ。
「かしこまりました。」
二人にとって、デートは息抜きではなく、仕事なのである。セレスティアは、王妃教育を受けていたからこそ、外聞を意識する必要性を認めていた。だからこそ、レイディアントの意図をすぐに読め、返事したのだが戸惑ってしまった。セレスティアは、レイディアントと同様、真面目すぎであり、適度な息抜きを知らないのである。王太子ルシオンにセレスティアが嫌われた理由であり、セレスティアこそ王妃に相応しいと思われた理由でもあった。
そんなレイディアントとセレスティアだが、デートをしたことがない。デートとは何をすればよいものなのかを全く知らない二人であった。
「どちらに行きましょう?」
「それでは、図書館はいかがですか?読みたい資料があります。」
「それなら、私も見たい資料がありました。」
二人にとってはデートなのかもしれないが、一般的にはデートではない。ただの勉強会に近い何かである。
「ばっかもーん。」
さすがにマイナンは、呆れを通り越し怒った。
「「どうしました?」」
「デートとは、そういうもんではない。」
「二人が行きたいところに行くのがデートでは?」
「もうよい。デートプランは、儂が考える。まずは、領地視察じゃ。」
「たぶん、あまり変わらないかと…。」
ポンコツ三人の会話。
救いの声を差し伸べたは、エリシアだった。
「王都で流行りの観劇、ショッピング、食事がデートらしいわよ。」
「エリシアが真っ当なことを言っている…。」
「明日は宇宙嵐ですかね。」
「ん?誰かに、そんな時は声かけるようにって言われたけど、なんだか忘れたなぁ。」
エリシアの言葉はレイディアントとセレスティアには聞こえていない。二人は、デートにするなら軍服から着替える必要があると思い、自室に戻っていった。
レイディアントとセレスティアの二人が選んだ服装は、貴族としては控えめで、平民としては明らかに上質なものだった。
レイディアントは深紺の上着に銀糸の刺繍を控えめにあしらい、セレスティアは淡い菫色のドレスに白いショールを合わせ、装飾を最小限に抑えていた。
並べば、誰の目にも若い男女の麗しい逢瀬に見える。しかし、二人は同性であることが分かっており、男女のやりとりなど皆無である。婚約者とのデートというよりも、同性とのお出かけが正しい。あえて、目撃してもらう必要性があることから、それなりの親密な距離で歩いているものの、内面で二人は苦笑していた。
もうエリシアの声は入ってこない。
何にせよ、レイディアントとセレスティアの初めてのデートが決まったのだった。




