022.
アレクシスは、ロジャーからの報告を見る。
報告は簡潔で、傲慢で、そして共和国軍人たちを不快にさせるほど有用だった。王国軍隠匿施設を破壊。新型魔導機三機を鹵獲。
うち一機はロジャー・ファルコンが専用魔導操縦士として登録済み。残る二機《レオ》は、起動条件不一致により移送。王国護衛軍は壊滅。都市機能は喪失。民間被害、算定不能。
アレクシスはその報告を読み終えると、しばらく無言でいた。
彼は勝利を好み、戦果を好む。ロジャーの行動は、王国軍の秘密を暴き、兵器を奪うことは軍事的には大きな成功だった。だが、アレクシスは、戦果報告に苦い思いをした。
「命令違反だ。」
アレクシスは低く言った。
「私は交戦を禁じた。偵察に留めよと命じたはずだ。」
参謀たちは答えなかった。誰もが同じことを思っていた。命令違反であっても、戦果は戦果である。
共和国が正規軍として手を汚さず、なおかつ王国の新型魔導機を得たという事実は、利用価値があった。傭兵の暴走として切り捨てることもできる。必要ならば非難し、必要ならば称える。汚れ仕事を外注するということは、そういう便利さを買うことでもあった。
正面スクリーンに、ロジャー・ファルコンの映像が映った。
ロジャーは、《ジェミニ》の操縦槽から降りた直後らしく、頬に煤をつけ、髪を乱していた。だがその目は異様に冴えている。獲物の血を味わった猛獣の目であった。
『よお、アレクシス。礼を言ってほしい顔だな。』
『私はお前に止まれと言ったはずだが?』
『聞こえなかったなぁ。宇宙嵐がひどくてよぉ。』
『この宙域に宇宙嵐はない。』
『じゃあ、俺様の機嫌が嵐だったんだろ?』
アレクシスの眉がわずかに動いた。
司令部の空気が張り詰める。共和国軍において、アレクシスにこのような口を利ける者は少ない。ロジャーはその少数の一人であり、しかも身分や礼節ではなく、純粋な暴力の実績によってそれを許されている男だった。
『王国軍の隠匿施設を発見し、新型魔導機三機を鹵獲した功績は認める。』
アレクシスは、一語ずつ噛むように言った。
『ただし、民間都市への無差別攻撃は共和国の方針ではない。』
『そうか。なら報告書には、王国軍の反撃により都市被害拡大、とでも書いておけ。俺は字が苦手でな。きれいな嘘は、軍人様のお得意の仕事だろ?』
ロジャーは笑った。
アレクシスは、その笑い声を切り裂きたい衝動を押し殺した。アレクシスは、ロジャーを嫌っていた。戦場には綺麗ごとよりも残忍さが必要な時もあることを、アレクシスは知っている。アレクシスがロジャーを嫌うのは、ロジャーが戦争を国家の意志ではなく、個人の快楽として扱うことだった。そしてなお悪いことに、その快楽がしばしば戦果を生むことであった。
『《ジェミニ》の性能は?』
『最高だぜ?ほんと、これだから略奪はやめられねぇんだ。いや、ほんとマジだぜ?』
ロジャーの表情が変わった。嘲笑ではなく、純粋な歓喜に近かった。
『敵の考えが読める。射撃の一瞬前、逃げる方向、怯える理由、全部だ。あれは俺のための機体だな。王国の馬鹿どもも、たまにはいい玩具を作る』
『精神干渉系か…』
『名前は上品だが、やってることは悪魔だな。敵の頭の中を覗き込んで、怖がってる場所を踏み潰す。なっ、俺向きだろ?』
アレクシスは否定しなかった。否定できなかった。《ジェミニ》が本当に敵の思考を読む機体であり、それをロジャーが完全に使いこなせるなら、戦術的価値は計り知れない。
単騎で一個護衛部隊を壊滅させたという報告も、誇張ではないのだろう。彼は内心の嫌悪を飲み込み、軍人として必要な言葉を選んだ。
『よくやった、ロジャー・ファルコン。鹵獲した三機は共和国軍の管理下に置く。《ジェミニ》については、お前の継続使用を暫定的に認める。』
『褒めるのが下手だな、アレクシス。美女を寄越してもいいんだぜ?』
『黙れ。』
通信は切られた。アレクシスは椅子に深く座り、目元を押さえた。彼の前には、鹵獲された三機の解析資料が浮かんでいる。
《ジェミニ》、強い精神力を持つ者のみ適合。《キャンサー》、適合条件は肉体性別と精神性の特殊な不一致、俗な表現を用いれば男の娘に近い資質。
《レオ》、顔貌、骨格、声帯、魔力波形において高い審美適合値を要求。要するに、イケメンだけが乗れる機体。
アレクシスはしばらくその項目を見つめ、心底から理解に苦しむ顔をした。
「王国軍は、何を考えている…。」
参謀の一人が咳払いした。
「おそらく、古代魔導炉の認証規格が人格象徴や肉体象徴に強く依存しており、王国側も完全には制御できていないのかと。」
「つまり、作った側の意図ではないということか?」
「可能性は高いと思われます。でなければ、戦場に無意味な条件付きの魔導機など作成しないでしょう。」
アレクシスは疲れたように息を吐いた。
戦争とは本来、兵站、練度、戦術、情報によって決まるべきものだ。だが、王国の新型魔導機は、単機で今までの戦争の概念を覆す可能性を秘めている。
アレクシスは、性能で結果が決まる戦争など嫌であった。だが、アレクシスが嫌悪しようとも、現実は変わらない。共和国は《キャンサー》と《レオ》を手に入れた。起動に特殊条件があるのなら、新型魔導機を動かせる者を探せばよい。新型魔導機が動けば、戦場の均衡は大きく傾く可能性を秘めていた。
◇
共和国軍に新型魔導機奪取の報が届くと同時に、王国軍総司令部にも、エルデ・ノヴァ襲撃と三機の新型魔導機が強奪された報が届いていた。報告室の空気は重く、誰もが言葉を選んでいた。
民間都市の崩壊、護衛軍の全滅、隠匿施設の露見、三機の新型魔導機の喪失。そのどれもが失態であり、どれもが単独で責任者の首を飛ばすに足る。
レイディアントも、その報告書を読む。レイディアントは、しばらく視線を動かさなかった。彼の傍らにはマイナン元提督が立っている。
元提督は、部屋に入った瞬間から、若き男爵の呼吸がわずかに浅くなったことに気づいていた。怒りではなく、焦りでもなく、もっと冷たいものがレイディアントから溢れていた。戦場の形が見えた者だけが抱く、沈んだ確信である。
「三機、すべて奪われたのか。」
レイディアントが呟いた。その呟きに、リーチェが応える。
「はい。《ジェミニ》は敵傭兵団長ロジャー・ファルコンが起動に成功したとのことです。護衛軍を単独で壊滅させたようです。《キャンサー》および《レオ》の起動は確認されていません。ただし、共和国側へ移送された可能性が高いかと思われます。」
レイディアントは目を閉じた。
脳裏には、民間人を見捨てた軍の失態、隠していた多額の資金を投入した新型魔導機の損失。王国軍は、数々の失敗を重ねたのである。
「敵は近いうちに来ますね。」
「同感じゃな。」
マイナンは即座に頷いた。
「共和国正規軍が新型三機の解析を終えた後、新型魔導機を実戦投入してくる可能性が高いでしょう。王国軍は動揺しており、共和国軍が、この機会を逃すとは考えられません。」
「《キャンサー》と《レオ》も、適合者が見つかれば厄介じゃのぅ。見つからぬことを祈る、という作戦は採れんな。」
レイディアントは、嫌な気分になっていた。
王国軍の失態の多さにより、多くの民間人に被害を与えている。レイディアントは、貴族であるため、ノブレスオブリージュの考えをもっている。軍人としても、貴族としても、民間人に被害を与えることを許せないのだ。何よりも許せないのは、これからの戦争の推移であった。レイディアントは、確信している。戦争は、より広く、大きくなるということを。
「王国軍が機動できる新型魔導機は二機のみ。共和国軍が、三機の機動に成功させたなら、数の面でも有利になる。ならば、有利なうちに、共和国軍は王国へ攻め込むでしょう。」
「新型魔導機は、人を狂わせるのかもしれんな。大規模会戦が起きるか。」
マイナンも、共和国軍が王国に攻め込むことを確信していた。数年おきに両国は、大規模にぶつかる。マイナンは、次に起きる会戦は、より悲劇的な会戦になると悲観していた。
「敵は、こちらの秘密を知っていました。秘密が暴かれた方法に気付けなければ、より多くのなにかを王国軍は失うことになるかもしれません。」
レイディアントは、窓の外を見た。
王都の空は青く、遠い星の惨状など知らぬように澄んでいる。人々は、まだ英雄譚を信じているかもしれない。レイディアントとセレスティアの写真を見て、王国には希望があると語っているかもしれない。だが、希望とは、真実を見ないためのベールでしかない。真実に気付いたときには全て手遅れの可能性があり、何もかも失う可能性があった。
「お祖父様。共和国軍が、《ジェミニ》を中心に攻勢を組む可能性があります。思考を読まれる前提で、作戦を組み直す必要があります。」
マイナンは、レイディアントの言葉に満足げな光を宿した。
「さすが、シリウス家の男子よ。恐怖して足を止めるのではなく、恐怖を乗り越えるために前進する。だが、どうするのじゃ?」
「読ませる思考を用意したいと思います。味方に誤情報をもたせます。」
「なんじゃ、古来の戦場と何ら変わらんではないか。敵を騙すには、味方から。いつの時代も、変わらん不変的な定義じゃな。」
レイディアントはその言葉を聞き、静かに頷いた。
大規模な戦いが起こる。それは、もはや予想ではなく、確定に近い未来だった。新型魔導機同士がぶつかる未来は、もうすぐそこまで迫っているのだった。




