021.ロジャー・ファルコン
戦争は綺麗ごとだけではすまされない事態が多々ある。
共和国軍にとっても同様、正規の軍令としては口にすることをためらう任務があり、その任務は、しばしば傭兵の手に委ねられていた。
国家には名誉があり、軍には規律があり、外交には体裁がある。だが、傭兵には、そのいずれもない。あるのは契約書と報酬、そして暴力だけであった。
ファルコン傭兵団は、その原則を銀河で最も純粋に体現する集団のひとつである。
団長であるロジャー・ファルコンは、操縦者として銀河で五指に入ると評されていた。技量だけならば、共和国の英雄アレクシスにも匹敵する。
だが、アレクシスが軍人としての名誉や勝利への美学を持っていたのに対し、ロジャーにはそうした装飾はない。ロジャーは、金のためなら、名誉をドブに捨てられる男だった。そして、金のための暴力を好み、いくらでも噛みつくことができる男だった。
ファルコン傭兵団の旗艦の作戦室には、王国領内の辺境星図が広げられていた。
赤い光点がひとつ、ゆっくりと点滅している。名を、エルデ・ノヴァ。表向きには農業と軽工業を主産業とする平凡な居住星であり、軍事的価値は低いとされていた。
だが、ロジャーは王国内部から金で買った独自の情報により、その星に不自然な軍部予算の流入と、存在しないはずの輸送艦の入港記録があることを掴んでいた。
情報を売った王国貴族は、自分が軍機を漏らしているという自覚すら薄かった。ただ、派閥争いのために敵対する軍務官僚へ打撃を与え、ついでに懐を温めたかっただけである。愚かさと欲望は、しばしば敵国の諜報網により、深く祖国を傷つける。
共和国諜報部員ですら知り得ない情報を、ロジャーが持つ。ロジャーは、敵対する相手にとって最悪の存在であった。
「団長、共和国軍司令部より再度通信です。作戦区域への侵入は許可しない。現時点では偵察のみであり、交戦は厳禁とするとのことです。」
女性が、声に感情を乗せず報告した。ロジャーは、戦術卓の上に乗せた足を揺らし、喉の奥で笑った。
「きざったれたアレクシスか?」
「はい。キザ野郎のアレクシスの命令です。」
「相変わらず、きれいな戦争が好きな男だ。敵の喉笛が目の前にあるのに、まず楽団を呼んで開戦の曲でも鳴らしたいのか。」
「女性が好みそうですね。」
「メルル。てめぇは違うだろ。」
「おっしゃるとおりで。」
ロジャーは椅子から立ち上がり、赤い光点を指で弾いた。星図上のエルデ・ノヴァがわずかに揺れる。彼の瞳には、すでに炎上する都市の光景が映っていた。
「返信はいかがしますか?」
メルルが促すと、ロジャーは肩をすくめた。
「通信不能。宇宙嵐の影響だと伝えろ。」
「この宙域に宇宙嵐は発生しておりませんよ?」
「なら、これから発生したことにすればいい。」
メルルは、楽しそうに通信士へ視線を送った。ファルコン傭兵団において、団長の命令は法であり、理屈は雑巾ほどの価値しかなかった。
《ブラッド・ホーク》を中心とした傭兵艦隊は、共和国正規軍の制止を無視し、王国領内へ侵入を開始する。
艦影は暗く、塗装は剥げ、装甲板には過去の戦場で刻まれた傷がいくつも残っている。正規軍の艦隊が秩序ある槍であるなら、ファルコン傭兵団は血に濡れた斧であった。
エルデ・ノヴァの軌道防衛網は、あまりにも貧弱だった。
そもそも、この星に大規模な敵襲があるなど、誰も想定していない。王国軍部は隠したかったのである。だからこそ、防衛力を増強すれば逆に目立つと考えた。秘密を守るために守りを薄くするという愚策は、平時の机上では慎重に見えるが、戦場では、ただの自殺行為であった。
「民間居住区が近すぎます。港湾区を撃てば、都市への被害は避けられませんよ?」
若い砲術士がそう告げたとき、ロジャーは心底不思議そうな顔をした。
「だから?」
砲術士は黙った。ロジャーは笑った。
「敵が隠し物をするとき、たいてい民間人の腹の下に埋める。撃たれたくなければ、最初からそこに隠すなという話だ。」
彼は右手を上げ、軽く振り下ろした。
「撃て!」
次の瞬間、軌道上から降り注いだ光条が、エルデ・ノヴァの空を裂いた。
港湾都市の外縁に並ぶ倉庫群が白く膨張し、続いて黒煙を吐き上げた。地上では警報が遅れて鳴り、民間車両が道路上で衝突し、人々が地下避難区画へ殺到した。だが、ファルコン傭兵団は避難を待たなかった。第二射、第三射が降り、王国護衛軍の小規模基地の滑走路が砕かれる。燃料貯蔵庫が爆発し、夕暮れ前の空に偽りの夜明けのような赤が広がった。
ロジャーは自ら魔導機に乗り込み、降下する。
ロジャーの愛機は量産型を徹底的に改造した機体で、肩部に大出力魔導砲、腕部に実体刃、脚部に強襲用加速装置を備えている。美しさはないが、殺すために必要なものを詰め込んだ鋼鉄の猛禽であった。地上に降り立つと同時に、王国護衛軍の魔導機二機が迎撃に出る。ロジャーは正面から突っ込んだ。敵の一機が射撃姿勢を取るより早く、《ヴァルチャー》の左腕がその胴を殴り抜き、右腕の刃がもう一機の肩から腰までを斜めに裂いた。操縦槽が悲鳴を発する間もなく潰れた。
「弱いな。隠し物の番犬なら、もう少し吠えろよ!」
ロジャーは笑いながら市街地へ進んだ。逃げ惑う民間人の列がセンサーに映る。
ロジャーは避けることなどせず、足下の道路が陥没し、建物の窓が衝撃で砕け、人々の叫びが通信ノイズのように流れては消える。部下の一隊が軍施設地下区画をこじ開けると、そこには三機の魔導機が眠っていた。
双子の仮面のような頭部を持つ《ジェミニ》。
重厚な甲殻状装甲を備えた《キャンサー》。
黄金の獅子を思わせる流麗な輪郭の《レオ》。
それらは王国軍が密かに保管していた試作魔導機であり、いずれも通常の操縦系とは異なる適合条件を持つ、扱いに困る兵器であった。
「団長、新型魔導機三機を確認。状態は良好です。ただし、起動認証が特殊です。」
「特殊?」
「精神波形、肉体情報、容姿情報など、わけのわからない複合認証のようです。」
「なんじゃそりゃ。」
ロジャーは顔をしかめた。
だが次の瞬間、彼は《ジェミニ》を見上げて笑った。機体の双眼が、眠る獣の瞼のように閉じている。
「面白い。俺が試す。」
部下たちが止める間もなく、ロジャーは《ジェミニ》の操縦槽へ乗り込んだ。
認証表示が流れ、赤い警告がいくつも点滅する。だが、最後に、精神適合値が異常な速度で上昇した。
「んだよ、これは!」
「団長!?」
「俺様を試してるのか?ふざけるな!俺は俺以外から試されることなど許せねぇ!」
ジェミニの搭乗条件は、強い精神力。
それは、心の圧迫に耐えなければならない条件であった。そして、ロジャーの精神は強靭だった。いや、強靭というより、歪みきっていた。
他者の恐怖を恐怖として受け取らず、歓喜の餌として飲み込むその人格が、《ジェミニ》にとってはこの上なく都合の良い器だったのである。《ジェミニ》の瞳が開いた。その瞬間、ロジャーは笑った。
聞こえる。
敵の声ではない、通信でもない。恐怖、迷い、怒り、殺意、退路を探す焦り、引き金を引く一拍前の意志。それらが、光よりも速くロジャーの脳裏に流れ込んできた。
王国護衛軍の残存部隊が、三方向から突入しようとしている。右の魔導操縦士は市街地への被害を恐れて射撃をためらっている。左の若い魔導操縦士は、仲間の死に動揺し、照準が甘い。正面の魔導操縦士は、魔導機が損傷したため、建物の陰へ退こうとしている。
「読める、読めるぞ、心が、感情が!なんだこれ、すげぇじゃねぇか!」
《ジェミニ》が動いた。
それは《ヴァルチャー》のような粗暴な機動ではなかった。二つの意識を持つかのごとく、片腕で正面を牽制し、もう片腕で側面の敵を誘い、胴体はまるで次に来る攻撃を最初から知っていたかのように、紙一重で射線を避けた。
護衛軍の魔導機が放った魔導弾は、都市の高層建築に命中し、上層階を吹き飛ばした。ロジャーはその崩落すら利用し、瓦礫の影から現れた敵機の首を掴んで地面へ叩きつける。
「これは、狩りだ!」
王国護衛軍は勇敢だった。
少なくとも、その場に残った者たちは職務を投げ出さなかった。だが勇敢さは、未来を読まれる戦場では死を数秒遅らせるだけの美徳でしかなかった。
《ジェミニ》は敵の判断を先回りし、退路を塞ぎ、連携の継ぎ目を引き裂き、最後には恐怖そのものを利用して部隊を崩壊させた。
都市の中心区画では火災が広がり、避難塔が倒れ、通信塔が沈黙した。夕刻、都市としての生命を失った。
ロジャー・ファルコンは、鹵獲したばかりの魔導機一機で、王国護衛軍を全滅させたのである。
共和国軍前線司令部に、ファルコン傭兵団からの戦果報告が届いたのは、エルデ・ノヴァ陥落から七時間後のことであった。




