018.
マイナンはルミナス・ヴェール艦橋でその戦いを見ていた。
「見事だ。力を誇示しながら、誇示しすぎない。敵に恐怖と判断の余地を同時に与えている」
セレスティアが頷く。
「レイディアント様は、自分が戦艦を沈めたことを引きずっています。だからこそ、威力を制御しようとしているのかもしれません。」
マイナンは一瞬だけ目を細めた。
「そうか。たしかにそうかもしれんの。」
マイナンは気づいていた。
レイディアントの攻撃には迷いがある。だが、それは弱さだけではない。民間人を救う作戦において、過剰な破壊は状況を悪化させる。恐怖で敵を下げ、必要以上に追い詰めない。その匙加減は、若い士官には難しいのだが、レイディアントはそれを本能的に行っていた。
「優しい子だ。」
マイナンは小さく呟いた。
その言葉を聞いたセレスティアは、わずかに視線を動かした。マイナンは、レイディアントの些細な変化に気づいている。疲労も、迷いも、優しさも。だが、ただ一つだけ気づいていない。レイディアントが女性であるという事実に。セレスティアからすれば、何故、これだけ気付ける人物なのに、レイディアントが男性ではなく女性ということに気づけないのかが不思議で仕方ないのだが、セレスティアは黙ることにした。
一方、反対側の戦場では、タウロスが信じがたい活躍を見せていた。
『行きます!』
リーチェの声と共に、タウロスが突進する。
深紅の巨体が共和国軍魔導機の密集地帯へ突っ込んだ。通常の模擬戦なら、タウロスの突進は目標を外していくのだが、今回は違った。どこへ突進しても敵がいる。右へ逸れれば共和国軍魔導機。左へずれれば装甲艇。上へ跳ねれば偵察機。下へ沈めば機雷投射機。リーチェが方向制御を誤るたび、なぜか何かに当たった。
『あれっ、曲がりすぎました!』
タウロスが共和国軍魔導機三機をまとめて弾き飛ばす。
『止まりません!』
そのまま装甲艇の側面を衝角で貫く。
『ごめんなさい!』
跳ねた勢いで敵の砲台を踏み潰す。共和国軍の通信は混乱した。
『何だあの機体は!』
『動きが読めない!』
『規則性があるはずだ!』
『ランダムなのか!?』
王国軍側でも反応に困っていた。
戦果は間違いなく出ている。だが、それを戦術的成功と呼んでよいのか、事故の連鎖と呼ぶべきなのか判断が難しい。セレスティアは頭を抱えた。
「強い。強いのですが、味方の心臓に悪いですね。」
マイナンは真剣な顔で戦術図を見ていた。
「いや、これはこれで恐ろしい。敵からすれば予測不能な重装突撃機だ。方向制御に難があるのではなく、戦場全体を攻撃対象にしていると考えればよい。」
「かなり好意的に解釈していますね。」
「兵器の欠点は使い方で変わる。どこへ行くか分からぬなら、どこへ行っても敵がいる場所へ投げ込めばよい。なるほどの。正論じゃ。」
タウロスの突進によって、共和国軍左翼は大きく乱れた。そこへアリエスが正面から圧力をかける。共和国軍は、王国軍が民間船を救出しようとしているのではなく、局地反攻に出たのではないかと錯覚した。包囲を狭めるどころではない。距離を取らなければ、黄金の砲撃と深紅の突進に挟まれる。その隙に、ルミナス・ヴェールが動いた。
「民間船団、接続開始!」
セレスティアが艦長席で指示を出す。
星帆戦艦の側面から光の牽引索が伸び、港湾軌道で待機していた民間船へ次々と接続される。老朽輸送船、農業移民船、学校船、医療船。戦闘用ではない船ばかりだった。中には推進器が不調の船もある。普通の艦隊なら足手まといになる。だが、ルミナス・ヴェールは違った。星帆航行による牽引は、複数船を一つの流れに乗せることができる。
「接続率四十、五十、六十!」
「民間船から感謝通信、多数!」
「泣いている場合ではありません。全船、姿勢制御を艦に同期させてください!」
セレスティアは落ち着いた声で命じた。
王妃教育で培った声の通し方が、混乱する民間船団を落ち着かせていた。彼女は戦場に不慣れだ。だが、人々を言葉で支えることには長けている。マイナンはその姿を見て頷いた。
「よい艦長だ。軍歴はなくとも、人を従わせる声を持っている。」
セレスティアは少しだけ驚いたように振り返った。
「恐縮です、提督。」
「元だ。褒め言葉は、遠慮せず受け取っておいてくれ。」
「はい!」
やがて、全ての民間船が接続された。
「星帆展開準備完了!」
「アリエス、タウロス、帰投経路を開きます!」
レイディアントは共和国軍を牽制しながら、タウロスへ通信を送った。
「リーチェ少尉、撤退します。こちらへ!」
『了解です! 今度こそ真っ直ぐ戻ります!』
タウロスは加速した。
そして少し斜めに逸れながら、帰投経路上にいた共和国軍機をもう一機弾き飛ばした。
『すみません!』
「結果的に助かりました!」
レイディアントは苦笑しながらアリエスを反転させた。共和国軍は追撃しようとしたが、アリエスが魔導砲ラムレイを構えると躊躇した。撃てば吸収され、近づけば斬られる。さらにタウロスがどこから突っ込んでくるか分からない。その数秒の迷いが、救出作戦では決定的だった。
「星帆、展開!」
セレスティアの命令と共に、ルミナス・ヴェールの巨大な光の帆が宇宙に広がった。民間船団を光の索で引き連れ、星帆戦艦はゆっくりと、しかし確実に加速を始める。
アリエスとタウロスが左右に付き、護衛艦が後方を固める。共和国軍の砲撃が数発放たれたが、アリエスがその前に出た。コットンアーマーが白く広がり、魔導砲を吸収する。
「これ以上は追わせません!」
レイディアントは静かに言った。黄金の羊は、民間船団の盾となった。タウロスは、少しふらつきながらも横に並んだ。
『レイディアント様、守れましたか?』
「はい。リーチェ少尉のおかげですよ。」
『わ、私、一生ついていきます!』
ルミナス・ヴェールは加速した。
民間船団が光の尾を引く。リムベルの軌道から、置き去りにされた人々が次々と離脱していく。艦内には泣き声と感謝の通信が溢れた。戦争に勝ったわけではない。守備隊の民間人を見捨てた事件が消えるわけでもない。だが、少なくともこの日、見捨てられるはずだった人々は救われた。
マイナンは艦橋で静かに戦術図を見つめていた。マイナンは部下の些細な変化に気づく男である。セレスティアの声に宿った緊張が、最後には自信へ変わったこと。リーチェの恐怖が、レイディアントに褒められた瞬間に喜びへ変わったこと。そして、レイディアントが民間船を守れ、ほんの少しだけ肩の力を抜いていたことに気付いていた。
「よい作戦だった。」
マイナンは誰にともなく言った。
「シリウス家は、まだまだ捨てたものではないのぅ。」
その言葉は、レイディアントの通信にも届いていた。アリエスの操縦席で、レイディアントは目を伏せる。
嬉しかったのだが、同時に胸が痛くなる。祖父が誇るシリウス家の男子という言葉の中に、レイディアントはいるのだが、本当のレイディアントは、その言葉から少しだけ外れた存在である。
アリエスとタウロスとルミナス・ヴェール。
問題だらけの新戦力は、一つの作戦として噛み合ったのだった。




