016.
タウロスが格納庫へ搬入された時、王国軍整備兵たちは思わず歓声を漏らした。
無理もない。牛の名を冠するその魔導機は、アリエスとはまったく異なる威容を持っていた。黄金と白金の優美さを誇るアリエスに対し、タウロスは重厚な黒鉄と深紅の装甲を纏い、肩部には巨大な角状衝角、胸部には分厚い追加装甲、脚部には大型推進器を備えていた。見ただけで分かる。これは、突撃するための機体である。敵陣を正面から砕き、艦艇の装甲すら角で貫くために生まれた重装魔導機だった。
問題は、搭乗者だった。
「リーチェ・ミルフィーユ少尉です!」
タウロスの傍らに立った少女は、明るい声で敬礼した。
小柄で、童顔で、栗色の髪を二つ結びにしている。大きな瞳は人懐っこく、軍人というより学園の後輩のように見えた。しかし制服の胸元だけは、担当科学者の異常な執念を証明するかのように、非常に存在感があった。
カサンドラが小声で言った。
「搭乗条件に合致した貴重な人材だ。」
レイディアントは何も言わなかった。何を言っても失礼になりそうだったからである。リーチェはレイディアントを見た瞬間、硬直した。
「……」
「リーチェ少尉?」
レイディアントが声をかける。
次の瞬間、リーチェの顔が真っ赤になった。
「お、お綺麗です!」
格納庫が静まった。
レイディアントは困惑した。
「えーっと?」
「じゃなくて!いえ、間違ってはいないのですが!あの、レイディアント中尉ですよね? アリエスの搭乗者で、シリウス男爵家の当主で、共和国軍を退けた方で!」
「そうですが…。」
リーチェは両手を胸の前で握った。
「私、あなたに尽くします!一目惚れしました!」
沈黙。
カサンドラが遠い目をした。
「面倒なことになったな。」
セレスティアは静かにレイディアントを見た。
「人気者ですね。」
「御冗談を。」
レイディアントは小さく咳払いした。
「リーチェ少尉。お気持ちはありがたいですが、我々は軍務中ですので。」
「はい!軍務でも、軍務外でも、尽くします!」
「そういう意味ではなく…。」
「タウロスも私も、レイディアント様の盾になりますから。」
カサンドラが手を叩いた。
「茶番はそこまでだ。タウロスの性能実験に移る。重装突撃型と聞いているが、実際に動かしてもらおうか。」
「了解です!」
模擬戦場には、標準型無人魔導機が三機配置された。
目的はタウロスの直線突進性能、装甲強度、制動力の確認である。リーチェは意気揚々とタウロスへ搭乗した。認証は問題なく通る。機体の双眸が深紅に輝き、重い足音と共に起動する。
「タウロス、起動確認!」
整備兵が叫ぶ。
カサンドラは腕を組んだ。
「では、第一突進試験。目標は正面三百メートルの無人機。開始!」
タウロスの脚部推進器が唸りを上げた。
肩の衝角が前方へ固定され、重装甲の巨体が低く構えると同時に、分厚い魔導壁が展開された。見る者すべてが期待した。あの質量が正面へ突っ込めば、標準魔導機など一撃で粉砕されるだろう。
「行きます!」
リーチェの声が響き、タウロスが突進する。重装機とは思えない加速であり、深紅の巨体が弾丸のように走る。だが、次の瞬間、全員が気付いた。
方向が違う。
タウロスは正面の無人機ではなく、なぜか斜め右前方へ向かっていた。
「リーチェ少尉、方向が違う!」
「えっ、あれっ、止まらないです!」
「制動!」
「お願い、止まって!」
タウロスはそのまま模擬戦場の端へ突っ込み、標的ではなく別の岩を粉砕した。岩は見事に消し飛んだが、無人機三機は無傷で立っている。格納庫管制室に沈黙が落ちた。カサンドラが額を押さえる。
「突進力は素晴らしいが…」
レイディアントが続ける。
「方向制御に難がありますね。」
セレスティアが控えめに言った。
「難という言葉で足りますか?」
二度目の試験でも、タウロスは標的の左側を通り過ぎていく。三度目はなぜか上方向へ跳ねていく。リーチェは必死に謝っていたが、タウロスの基本性能そのものは凄まじい。問題は、突進開始後の修正がほぼ効かないことだった。カサンドラは資料を閉じた。
「分かった。タウロスは強い。ただし、どこへ行くか分からない。」
「兵器として致命的では?」
「突進先に敵がいれば強い。」
「いなければ?」
「無駄な突進だ。あのデカい胸と同じだな。」
「セクハラですね。」
全員が頭を抱えた。
その頃、別区画ではアリエスの正式武装試験が始まろうとしていた。エリシア博士が懲役九百年の身でありながら、異様に生き生きと指揮を執っている。アリエスの右手には専用魔導剣が握られ、左腕には専用魔導砲が接続されていた。どちらもアリエスの過剰な魔力出力とコットンアーマーの吸収魔力放出を前提に設計された専用兵装である。
「レイディアント中尉、テストに付き合って。」
「あぁ、分かった。」
レイディアントは、アリエスの元へやってきていた。
「これからは、敵から武器を奪わなくていいんだな。」
レイディアントが操縦席で呟く。通信越しにエリシアが答えた。
『もちろんよ。奪うのも素敵だけど、専用武装はもっと素敵よ。美しさと破壊力の両立こそ、浪漫よ』
模擬戦相手として、重装型無人魔導機が一機配置された。タウロスの試験で生き残った三機よりも強固な機体で、防御障壁も展開されている。整備班は安全距離を取り、カサンドラ、セレスティア、リーチェも観測室から見守った。
「アリエス、武装試験開始。」
カサンドラが告げる。
レイディアントは魔導剣を構えた。ゴールデンフリースの刃は、アリエスが魔力を流し込んだ瞬間、刃の周囲に光がまとわりつく。無人機が前進する。防御障壁を張り、重い盾を構える。
レイディアントは、一歩踏み込んだ。次の瞬間、アリエスの姿が消えた。いや、観測者の目が追えなかっただけだ。白金の機体は、無人機の懐へ入り、ゴールデンフリースを横薙ぎに振るう。防御障壁が触れた瞬間、刃の綿毛状魔力層が障壁を吸収した。抵抗が消える。続く刃が盾ごと無人機の胴体を斬り裂いた。
一秒。
それで終わった。
無人機は上下に分かれ、爆発する前に安全装置が作動して停止した。観測室に沈黙が落ちる。エリシアが得意げに笑う。
『専用魔導剣は、敵の魔力障壁を吸いながら斬るの。つまり魔力障壁は、餌ね。ほら、コットンアーマーに魔力が吸収されたわ。』
カサンドラが低く呟いた。
「敵にとっては、魔力壁が意味をもたないのか。悪夢だな。」
続いて魔導砲試験が行われた。
ラムレイを構え、別の無人機へ照準を合わせる。今回は出力を最低に抑えた。レイディアントが引き金を引く。黄金の閃光が放たれ、無人機の胸部を正確に撃ち抜いた。
「秒殺……」
リーチェが呟いた。
「レイディアント中尉、すごい……。」
セレスティアは静かに息を吐いた。
「これが、アリエスの本来の力なのですね。」
レイディアントは操縦席で、自分の手を見つめていた。
正式武装があるだけで、ここまで違うのだ。敵の武器を奪い、暴発を恐れながら撃つ必要はない。アリエスはようやく、自分の力を自分の形で扱い始めた。
だが同時に、レイディアントは理解した。
これほどの力を持つ機体に、自分は選ばれてしまったのだと。観測室でカサンドラは腕を組み、苦い顔で言った。
「アリエスは強い。タウロスも強い。これからの、連携には苦労しそうだがな。」
エリシアが笑う。
『問題のない兵器なんて退屈よ。』
カサンドラは即答した。
「軍としては、退屈な兵器が一番ありがたい。」
その意見に、その場の軍人たちは全員深く頷いた。
王国軍第九軍事拠点で実験を行い、新型魔導機アリエスとタウロス、そして星帆戦艦ルミナス・ヴェールの運用は可能の判断される。戦力としては破格であるものの、運用面では悪夢である。科学者たちの趣味と横領と懲役によって生まれた黄道十二宮機は、王国軍の希望であると同時に、胃痛の源でもあった。
レイディアントは、正式武装を得たアリエスと共に、次の戦場へ向かうことになる。その隣には、悪役令嬢の仮面を被せられた艦長セレスティア。後方には、一目惚れを宣言したタウロスの魔導操縦士リーチェ。銀河の物語は、ますます騒がしくなっていくのだった。




