015.リーチェ・ミルフィーユ少尉
星帆戦艦が、王都星の王国軍第九軍事拠点へ到着した時、港湾管制区は軽い混乱に包まれていた。
無理もない。王国軍の艦艇識別表に存在しない帆船型戦艦が、黄金の魔導機アリエスを外部に掴ませたまま、通常航路を無視した速度で突入してきたのである。
しかも、艦長席に座っていたのは、つい先日まで王太子の婚約者だった公爵令嬢セレスティア・ヴァレンタインであり、艦内には横領と趣味と狂気の産物を誇らしげに語るエリシア博士が乗っていた。
管制官たちは敬礼すべきか、憲兵を呼ぶべきか、しばらく本気で迷ったという。
「追放された悪役令嬢が、王都星に攻撃をしかけてきたのか?」
「バカを言うな。あの方が、そんなことをするわけはないだろう。」
「ですが、悪役令嬢と変態科学者のタッグですよ?」
「まぁ、注意はしておこう。」
レイディアント・シリウスは、アリエスから降りた直後、格納庫の床に立って深く息を吐いた。
金色の髪は宇宙戦闘と長距離移動の疲労でわずかに乱れ、エメラルドグリーンの瞳には睡眠不足の影がある。シリウス男爵家の現当主であり、王国軍少尉であり、黄金の羊アリエス唯一の搭乗者。肩書きだけなら立派だが、本人の実感としては、次から次へと事故に巻き込まれているだけだった。
「災難だったな、レイ。」
背後から声をかけられ、レイディアントは振り返った。そこに立っていたのは、レイディアントを愛称で呼ぶ王国軍少佐カサンドラ・レーヴェンである。赤銅色の髪を短く切り、鋭い灰色の瞳を持つ女性将校で、レイディアントが軍学校に入った頃から面倒を見てくれた先輩だった。毒舌で知られるが、部下の面倒見はよく、王国軍では珍しく貴族家のしがらみにも一定の距離を置く人物である。
「カサンドラ先輩、お久しぶりです。どうしてこちらへ?」
「それはそうだろう。大混乱だぞ?」
「確かにそうなりますね。」
未知の魔導戦艦が、悪役令嬢と呼ばれた公爵令嬢を乗せて、変態科学者とともに、突入してきたのである。混乱しないわけがなかった。
「その顔を見る限り、三日くらい寝ていないな?」
「二日です。」
「誤差だ。軍人は二日寝なければ、だいたい判断力が落ちる。レイの場合、判断力が落ちても、顔面偏差値が高いから問題ないと周囲が勘違いするだけだ。」
「ひどい評価ですね?」
「褒めているつもりだよ。」
カサンドラは肩を竦め、格納庫の奥へ視線を向けた。そこではエリシア博士が憲兵に囲まれていた。だが彼女は反省するどころか、自分の横領した金で作られた戦艦の美しさを熱弁している。憲兵たちの顔には、すでに疲労が滲んでいた。
「まずは、状況説明だ。エリシア博士は横領、軍用資材の無断流用、未承認戦艦建造、危険思想兵器開発、その他もろもろで懲役九百年が確定している。」
「九百年?」
「そうだ。もっとも、王国軍としては博士を牢に入れる余裕がない。よって実態は生涯研究施設勤務だ。逃亡不可、給与減額、監視付き、ただし研究は好きなだけ継続。つまり一生働けという判決だな。」
「罰なのか、褒美なのか分かりませんね。」
「本人は喜ぶだろうよ。今から、軍法局の奴らが負けた気分になる景色が見えるな。」
エリシア博士なら、確かに、監視付き研究生活とはいえ、研究し放題なのは懲役ではなく夢の職場と受け取る可能性がある。カサンドラは続けた。
「問題はアリエスだ。カタログスペックだけでも化け物だが、実戦記録を見る限り、明らかにそれ以上の秘密を抱えている。コットンアーマー、吸収魔力の過剰放出、搭乗者固定登録。博士は詳細を知っているはずだが、肝心なところを教えない。」
「聞いても、教えてくれませんからね。」
「科学者はこれだから困る。自分の作ったものを国家機密ではなく、恋人か芸術品のように扱うのだからな。」
「博士の場合、少し違う気もします。」
「あぁ、そうだろうさ。美少年限定の魔導機なんて、聞いたことがない。違う方向に、悪いのは分かっているさ。」
カサンドラはため息を吐いた。そして声を少し落とす。
「ここからが本題だ。レイは、少尉から中尉へ昇進となった。おめでとう。」
「恐縮です。」
「それと、レイには黄道十二宮機計画について知っておいてもらう。」
「黄道十二宮機計画?」
「ああ。古代遺跡から発見された十二個の特大の魔導石。通称、神核。神核には、それぞれに黄道十二宮の名が与えられ、王国軍は十二人の科学者に魔導機建造を指示した。アリエスはその一号機、黄金羊型魔導機だ。」
レイディアントは、アリエスを見上げた。
白金の機体は、静かに格納庫中央に立っている。
「このレベルの魔導機が十二機もあるのですか?」
「予定ではな。だが問題は、担当科学者が全員まともではないことだ。」
「全員?」
「全員だ。」
カサンドラは即答した。
「調査したら、どいつもこいつも、横領しながら自分の趣味に走った。軍が発注したのは、凡庸性のある戦略級魔導機だ。だが実際に出来上がってくるのは、美少年しか乗れない機体だの、胸部条件で搭乗者を選ぶ機体だの、男の娘限定だの、自己主張の強い人限定だの、軍法局の血圧を上げるものばかりだ。」
レイディアントは、困惑した。
「何故、そんな科学者に発注したのですか?」
「決まっているだろ?政治闘争の末の結末というやつだよ。」
王国は、たびたび貴族同士が揉めて、意味のわからない結末に辿り着くことが多々ある。貴族政治の欠点なのだろう。政治闘争が絶えないため、派閥争いが日常茶飯時なのだ。何より、王太子ルシオンが阿呆すぎて、貴族達は自由に過ごせていた。誰も暴走を止められないのである。
「もうすぐ、二号機に相当するタウロスが合流する。牡牛だ。重装突撃型魔導機。カタログ上の装甲と推力は、アリエスを上回る。」
「強そうですね。」
「強いはずだ。だが、問題は搭乗条件だ。」
「聞きたくない気がしますが…。」
カサンドラは、小声でレイディアントに話す。
「胸が大きいこと。」
沈黙。
レイディアントはゆっくりと瞬きをした。
「軍事兵器ですよね?」
「そのはずだ。」
「なぜ、胸が関係あるのでしょうか?」
「担当科学者の趣味だそうだ。」
カサンドラは疲れた顔で言った。
「その科学者は小柄で童顔女性でな。本人曰く、豊かな胸への憧れを機体設計に反映したらしい。結果、横領とセクハラの罪で懲役千二百年が決まった。もちろん生涯労働だ。」
「王国軍は、科学者の採用基準を見直すべきですね。」
「全員がそう思っているよ。」
その時、セレスティアが少し離れた場所から近づいてきた。
彼女は軍服ではなく、公爵令嬢としての簡素なドレス姿だった。王太子に悪役令嬢の仮面を被せられ、シリウス男爵家へ追放された彼女は、今や星帆戦艦ルミナス・ヴェールに艦長登録されてしまった存在でもある。カサンドラはセレスティアへ敬礼した。
「ヴァレンタイン公爵令嬢。正式通達です。あなたには、王国軍協力将校、少佐待遇としてルミナス・ヴェールに所属することになりました。」
セレスティアは少しだけ目を見開いた。
「私が、少佐待遇?」
「艦が、あなた以外に反応しないので。」
「理由があまりにも不本意です。」
「軍とは不本意を命令書に変える組織ですよ。」
さらにカサンドラはレイディアントへ向き直った。
「それと、セレスティア少佐の顧問兼アドバイザーとして、シリウス家のマイナン元提督がルミナス・ヴェールに配属されます。」
レイディアントは固まった。
「お祖父様が?」
「ああ。マイナン元提督は、かつて王国軍で名を馳せた人物だ。星帆戦艦という未知の艦に、政治的な重しとして、乗ってもらうらしい。」
レイディアントは内心で冷や汗をかいた。マイナンはレイディアントを男性だと思い込んでいる。セレスティアとの婚約話もある。そこに祖父が同じ戦艦へ来る。秘密が増えすぎて、疲れる日々になるのが、目に見えていた。
カサンドラはそんなレイディアントの顔を見て、少しだけ苦笑した。
「親族帯同だ。本当に災難だな、レイ。」
「先輩…。」
「何だ?」
「軍を辞めたくなってきました。」
「安心しろ。アリエスがある限り、絶対に辞められないさ。」
「安心できる要素がありませんね。」
その時、格納庫でアナウンスが流れた。
「黄道十二宮機二号、タウロス到着!」
「来たか。」
レイディアントはアリエスを見上げ、それから格納庫入口へ視線を向けた。黄金の羊に続く、第二の新型魔導機。その合流が、王国軍に希望をもたらすのか、それともさらなる頭痛をもたらすのか。この時点で、後者の可能性が高いと全員が薄々感じていた。




