014.
エリシアが見せたのは、通常の王国軍艦艇とはまったく違う形状をしている。
細長い船体。優雅な曲線を描く艦首。側面に畳まれた巨大な帆のような魔力装置。宇宙戦艦というより、古代の帆船を星の海へ浮かべるために作り直したような姿だった。
「試造星帆戦艦星間魔力流を帆で受け、高速航行する実験艦よ。」
レイディアントは言葉を失った。
王国軍が知らない戦艦が地下にあるという事実だけで頭が痛くなるのに、王国軍のあまりにも違う形状からして、完全に趣味の戦艦であり、誤魔化すことなど出来ないレベルの内容だったのである。
「な、なぜ報告していないのですか?」
「そりゃ、怒られるからよ。それに、却下されるに決まってるじゃない。」
「当然ですね。」
「でも、そのおかげで、今は役に立つのよ。」
レイディアントからすれば、共和国軍に捕捉されていない魔導戦艦があるのは、助かる事実である。だが、この事実の公表をどうすれば良いか悩む。上官に報告したところで、混乱するのは目に見えていた。
「ただ、問題が一つだけあるのよ。」
「一つで済むとは思えんが?」
「小さなことを気にしても仕方ないわ。大きな問題なのよ。この艦には艦長登録が必要なのだけど、波長の合う魔力量の多い美女しか動かせないようになっているわ。」
レイディアントはゆっくりと拳を握った。
「エリシア博士…。」
「だって、趣味だもの。生きがいなのよ。私は美女が好き。だから、私が作ったものには、美女しか動かせたくないのよ。むさ苦しい男になんて、絶対に動かさせるものですか!」
三人は、とりあえず地下格納庫に行ってみる。
そこには、試造星帆戦艦があった。その美しい魔導戦艦に、レイディアントもセレスティアも、思わず見惚れる。
「綺麗でしょ。魔導戦艦に美しさを求めるなんて、ナンセンスなのは分かっているけど、映えるわよ。」
「認めざるを得んね。」
「確かに、儀式用の魔導戦艦になら、喜ばれるかもしれませんね。」
セレスティアは困惑したまま、近くの認証端末に手を添えた。何気ない動作だった。話についていけず、少し身体を支えようとしただけである。その瞬間、端末が光った。
『艦長候補者接触確認。』
『魔力量、基準突破。』
『容姿評価、最高値。』
『艦長登録しますか?→しました。この人がいい。』
室内が凍りついた。セレスティアが、端末を見つめる。
「…え?」
エリシアが目を輝かせる。
「登録されたわ。やっぱり見込みどおりね。セレスティア嬢には、素質あると思ったのよ。黙って連れてきて正解ね!」
レイディアントは頭を抱えた。
「なぜ触ったのですか。」
「す、すみません。まさか戦艦が勝手に人を艦長にするとは思わなくて。」
「たしかに、普通は思いませんね。」
エリシアは満面の笑みを浮かべた。
「素晴らしいわ。黄金の羊にはレイディアント。星帆戦艦にはセレスティア嬢。完璧な布陣ね!」
レイディアントとセレスティアは同時に言った。
「完璧ではありません!」
だが、状況は進んでいた。
正規艦は出られない。共和国軍は迫っている。アリエスを移送するには、この怪しげな試造戦艦を使うしかない。
星帆戦艦は、長い眠りから起こされることになった。そして宇宙の外では、銀獅子が黄金羊を待っていた。
アルゴス研究都市にある隠しドックが開いた時、王国軍の管制官たちは一斉に沈黙した。
「レイディアント少尉、すまない。もう一度、説明してくれ。」
「はっ。科学者エリシアが隠し持っていた試造星帆戦艦で、王都星へと向かいます。」
「少尉、魔導戦艦は隠し持つことなどできるのかね?」
「後ほど、アルゴス研究都市の情報統制を見直すべきかと。」
隠しドックから現れた艦艇は、王国軍にも共和国軍にも識別表に存在しなかった。王国軍の正式艦でもなく、貴族所有艦でもなく、民間輸送船でもなく、個人的趣味の戦艦。細長い船体に、左右へ折り畳まれた巨大な帆状魔導機構を持つ未知の戦艦の艦首には、王国軍の紋章ではなく、エリシアが勝手に刻んだと思われる金の狼の意匠が輝いていた。
試造星帆戦艦。
艦橋中央で、セレスティア・ヴァレンタインは硬直していた。セレスティアの前には艦長席があり、そこに座るよう艦の認証機構が無言の圧力をかけている。周囲には最低限の技術者が走り回っているが、艦の主制御はセレスティアにしか反応しない。
「私、軍人ではないのですが…。」
セレスティアは震える声で言った。エリシアが隣りで親指を立てる。
「大丈夫。艦がだいたい補助するわ。時代は、音声操作よ。私の作った自信作を信じなさい。」
「その言葉、先ほどから信用を失い続けていますが?」
「星帆制御は直感が大事よ。あなた、王妃教育を受けていたのでしょう? 広い意味では艦長も国家運営も似たようなものよ。たぶんね。」
「全く似ていませんよ。」
レイディアントの通信が入る。
レイディアントは、アリエスの操縦席にいた。白金の魔導機はルミナス・ヴェールの外部固定アームに掴まり、出航準備を整えている。本来なら艦内格納庫へ収容すべきだが、すぐに戦闘になる可能性を踏まえ、すでに出撃していたのである。
「セレスティア嬢、落ち着いてください。艦の進路は管制と補助術式が支援します。あなたは艦長席に座って、艦の認証を維持してください。」
「分かりました。」
「それだけじゃダメよ。美女らしく、座って。あっ、待って!写真撮らせて!美女ファイルに画像を埋め尽くしてみせるわ。」
レイディアントは通信を切りたくなる。
「変態科学者は無視してください。」
「分かりました。変態科学者を無視するよう努力します。」
「変態科学者…。あなたたちから言われると、新しい扉を開きそうだわ。」
「この変態。」
「変態ですね。」
「ぞくぞくしちゃうわ。」
セレスティアは深呼吸し、艦長席に腰を下ろす。
その瞬間、艦橋の魔晶灯が一斉に輝く。床から淡い金色の術式が広がり、艦全体が目覚めるように低く震えた。ルミナス・ヴェールは、正式な軍艦ではない。だが、その反応は明らかに、常軌を逸した高性能艦のものだった。セレスティアの魔力に呼応し、眠っていた星帆機構が起動していく。
「星帆展開準備、完了。」
技術者が叫んだ。
「艦長、出航許可を。」
セレスティアは一瞬だけ迷い、それから背筋を伸ばした。王太子に断罪された公爵令嬢ではない。今この瞬間だけは、この奇妙な戦艦の艦長である。
「ルミナス・ヴェール、発進してください。」
隠しドックの固定具が外れた。
艦体がゆっくりと宇宙空間へ滑り出す。外では共和国軍の監視網が即座に反応した。共和国軍旗艦では、解析士が叫んだ。
「アルゴス研究都市より、未確認魔導戦艦、出航!」
「識別不能!」
「王国軍艦艇データベースに該当なし!」
アレクシス・アークライトは、専用機フェンリルの操縦席でその映像を見ていた。
銀の機体は既に出撃している。安全装置を解除されたフェンリルは、通常時とは比較にならない出力を発していた。関節部の負荷警告が赤く点滅しているが、アレクシスは気にしない。彼は未確認戦艦を見て、珍しく驚いた。
「……何だ、あれは?」
王国軍の新型艦。
そう考えるのが自然だった。だが形状が異常である。魔導戦艦から帆が開かれる様子が見える。魔力流を受けるための機構に見えるが、そんな構想は古典的すぎて実用化されていないはずだった。少なくとも共和国軍の情報部は、このような艦の存在を掴んでいない。
「王国軍の開発力は、ここまで進んでいたのか。」
アレクシスは呟いた。
実際には、王国軍の正式開発力ではなく、エリシア博士の趣味と横領の産物である。だが、この時点で共和国軍がそれを知るはずもない。新型魔導機アリエスに続き、未知の星帆戦艦。アレクシスが王国軍技術体系を過大評価したのは、ある意味で当然だった。
「この反応…。アリエスを確認した。」
フェンリルの索敵装置が白金の機体を捉える。ルミナス・ヴェールの外部に掴まるアリエス。撤退準備中。今しかない。アレクシスは魔導剣を抜いた。
「行くぞ。」
フェンリルが加速する。
その速さは、前回の偵察機とは別物だった。蒼銀の機体が宇宙を裂き、一直線にアリエスへ迫る。レイディアントは即座に反応した。アリエスはルミナス・ヴェールの固定アームから手を離し、前へ出る。正式武装はまだないが、緊急用に整備班が用意した簡易魔導剣を握っていた。耐久性は低いが、接近戦を凌ぐには必要だった。
金と銀が激突する。
魔導剣同士がぶつかり、閃光が散った。衝撃波がルミナス・ヴェールの外殻を揺らす。セレスティアは艦橋で思わず肘掛けを掴んだ。
「レイディアント様!」
「大丈夫です!」
レイディアントは答えた。だが、余裕はなかった。
アレクシスは強い。
前回とは違う。偵察機ではない。専用機フェンリルは、アレクシスの技量に完全についてきている。斬撃が速く、角度が嫌らしい。力押しではなく、アリエスの動きを測りながら、逃げ道を削ってくる。レイディアントはアリエスの性能で受けているが、技量では明らかに劣っていた。
アレクシスの通信が入る。
『また会ったな、黄金の羊。』
「あなたがアレクシス…。」
『いかにも。私がアレクシス・アークライト。銀獅子と呼ばれているよ。』
剣がぶつかる。アリエスの簡易魔導剣が軋む。
『前より動きが良い。だが、まだ荒いな』
「ご指導ありがとうございます。」
『どういたしまして。』
会話だけなら礼儀正しい。
だが互いの剣は本気だった。アレクシスはアリエスを破壊か鹵獲する隙を探っていた。アレクシスの頭には、やはりアリエスを鹵獲したい気持ちが湧いてしまっている。機体を破壊せず、搭乗者を殺さず、動きを止めるのは、極めて難しい。だがレイディアントの技量と、フェンリルを操るアレクシスの技量の差からすれば、可能性があると思えてしまったのである。
レイディアントはそれを感じ取っていた。彼は殺しに来ているだけではない。奪いに来ている。だからこそ余計に厄介だった。
一方、ルミナス・ヴェールでは星帆展開へのエネルギー送電準備が進んでいた。
「星帆展開率三十!」
「魔力流、捕捉!」
「艦長、帆を全て開きます!」
セレスティアは、必死に艦長席へ座っている。
艦の感覚が流れ込んでくる。宇宙には風などないはずなのに、セレスティアには確かに風の流れが感じられた。
王妃教育で学んだ宮廷舞踏のように、相手の動きに合わせて一歩を置く。国家運営のように、複数の流れを見て調和させる。エリシアの無茶苦茶な説明が、少しだけ理解できてしまうのが悔しかった。
「星帆、全て展開してください。」
魔導戦艦から、巨大な光の帆が複数広がっていく。
それは布ではなく、魔力で織られた光の膜である。青白く、金色を帯び、星々の光を受けて揺らめく巨大な帆。宇宙空間に帆船が現れたような光景に、王国軍も共和国軍も、見とれてしまい、一瞬だけ言葉を失った。アレクシスも、戦闘中でありながら目を奪われた。
「本当に帆船なのか。」
その隙を、レイディアントは見逃さなかった。
アリエスが踏み込む。黄金の肩がフェンリルへぶつかり、銀の機体を押し飛ばした。剣で斬るのではなく、体当たりに近い。洗練されていないが、今必要なのは勝利ではなく離脱だった。
「失礼っ!」
『っ……!』
アレクシスの機体が後退する。
フェンリルは即座に姿勢を立て直そうとしたが、その瞬間、アリエスは反転してルミナス・ヴェールへ向かった。黄金の手が戦艦外部の固定アームを掴む。
セレスティアが叫ぶ。
「全速!」
ルミナス・ヴェールの帆が光り輝き、エンジン炉に光が送り込まれる。次の瞬間、試造戦艦は常識外れの加速を見せた。推進器の噴射ではない。空間そのものを滑るような加速。星の海を帆で駆ける、古代の夢そのままの航行だった。
共和国軍の砲撃が遅れて放たれるが、もう届かない。ルミナス・ヴェールは凄まじい速度で戦場を離脱していく。解析士たちが悲鳴を上げる。
「速度、計測不能!」
「通常推進ではありません!」
「追跡不能!」
アレクシスはフェンリルの中で、遠ざかる光の帆を見ていた。
追うことはできたかもしれない。だが安全装置を解除したフェンリルでも、あの加速に追いつくのは危険だった。何より、今日得た情報は十分すぎる。
黄金の羊。星帆の戦艦。
そして、レイディアント。アレクシスは静かに笑った。
「また逃げられたな。」
悔しさよりも、楽しさが勝っていた。
一方、ルミナス・ヴェール艦橋では、セレスティアが艦長席で真っ青になっていた。
「止め方は……止め方はどこですか?」
通信画面の向こうでエリシアが笑っている。
「大丈夫。たぶん目的地付近で減速するわ。たぶん、きっと!」
「たぶん!?」
レイディアントはアリエスの中で、戦艦の外壁に掴まりながら深く息を吐いた。
背後には、銀の死神がいた戦場が遠ざかっていく。
アリエスを守れた。セレスティアも守れた。だが、アレクシスとの再戦は避けられないのをレイディアントは自覚していた。
「戦うためには、専用武器がいるな…。」
黄金の羊と星帆の戦艦は、王国の命令に従いながら、王国軍の誰も想定していなかった方法で戦場を離脱する。
その姿は、共和国軍に新たな疑念を残した。王国は、まだまだ何かを隠しているのかもしれない。実際には、王国ではなく、変態科学者エリシアが隠していただけなのだが。
何はともあれ、魔導機アリエスは、王都星へ向けて出航したのだった。




