013.試造星帆戦艦《ルミナス・ヴェール》(挿絵あり)
王国軍統合作戦本部より、アルゴス研究都市の在留軍人へ命令が下された。
『新型魔導機アリエスを最優先に本部まで移送せよ』
移送手段の指示はなく、移送方法を任せた指示であった。アルゴス研究都市の王国民への配慮もなく、王国民よりも新型魔導機が重要であると告げるような指示に、レイディアントは怒る。
「何故、民よりも魔導機を優先なんだ。」
新型魔導機があれば、より多くの民を救うことができると誰かが言うかもしれない。だが、レイディアントにとって、大切なものは民であるべきとの心情が理屈を上回っていた。理屈よりも理想を追い求めてしまうのは、レイディアントの欠点なのかもしれない。
純軍事的に見れば、戦略的価値を持つ兵器があるならば、そこにいる人間の都合よりも兵器の保全が優先されるのは当たり前である。ましてや、新型魔導機アリエスは、共和国軍を退かせ、巡洋艦を一撃で撃沈した未完成の怪物である。王国軍上層部が安全な後方基地へ移せと命じるのは、道義的にはともかくとして、軍事的には当然だった。
「レイディアント様は、アルゴス研究都市の方々を守りたいのですね。」
「そうですね。共和国軍は、新型魔導機アリエスを狙っている。アリエスが、アルゴス研究都市から離れれば、共和国軍はアルゴス研究都市を狙う必要がなくなる。ですが、資源を得るために狙わないとは限りません。」
レイディアントは、パネルを操作する。
新型魔導機アリエスを宇宙空間へ配置し、共和国軍にアリエスを追わせる。その後方を、アルゴス研究都市の守備隊に襲わせる。新型魔導機アリエスを囮にし、後方からアルゴス研究都市軍で、共和国軍を殲滅するシミュレーションだった。
セレスティアは、レイディアントのやりたいことを理解したが、レイディアントの階級からすれば、指揮するのは不可能だろうとも理解していた。まさに机上の空論だったのである。
奥では、エリシア博士が椅子の背もたれに逆向きに座り、何かモニターを弄っていた。アリエスを移送させると聞いてから、ずっとモニターを弄っている。
「共和国軍は、王国軍の行動を読んでる可能性が高いわよ?」
「そうでしょうね。下手すれば、こちらの艦艇の情報すら、全て漏れているかもしれませんね。」
「どうやら、前回の戦闘で、王国軍のデータを抜かれたみたいだし、そう思って行動した方がいいわよ。」
「銀獅子と再び相まみえるのか。」
レイディアントは、遥か遠くを見上げる。アルゴス研究都市の宙域のどこかに、銀獅子アレクシス・アークライトがいる。レイディアントは、その存在感は既に身体が覚えていた。
「次は、愛機フェンリルでやってくるかもしれないわね。」
「でしょうね。そうすると、今のアリエスでは、強行突破は難しいかもしれないな。」
レイディアントは言った。エリシアは、少しだけ不機嫌になり顔を上げる。
「アリエスが弱いとでも?」
「違うさ。だが、正式武装は未装備。コットンアーマーで魔導砲は吸収できるが、吸収後の魔力を制御する専用武装がない。敵の武器を奪って撃つような戦い方は、二度目も通用するとは限らんよ。」
「通用するかもしれないわよ?」
「しない前提で考えるのが軍人だよ。生き残るためには、万が一を考えるべきさ。」
セレスティアは二人のやり取りを聞きながら、静かに手を強く握った。
セレスティアは軍人ではない。戦場の理屈も完全には理解できない。だが、レイディアントが危険な場所へ行こうとしていることは分かった。しかもそれは命令であり、逃げられない。貴族社会で王太子に断罪された時と似ている。上にいる者の一言で、人の人生も命も動かされる。セレスティアは、自分に何かできないかを考えるも答えは出ない。答えが出ないのなら、誰かに頼ることも考えられるのがセレスティアだった。
「お父様であるヴァレンタイン公爵に、領軍を派遣してもらいましょうか?」
「時間的に余裕はないかもしれませんね。」
レイディアントの言葉通り、共和国軍の準備は整った。
共和国軍前線整備母艦の格納庫中央には、銀の魔導機が固定されている。アレクシス・アークライト専用機である。鋭利な獣を思わせる装甲、背部に展開された可変推進翼、腰部に装備された二振りの魔導剣。共和国軍最高峰の技術を注ぎ込んだ、対魔導機戦のための傑作機だった。アレクシスは、整備班長へ告げた。
「安全装置を解除しろ。」
整備班長は耳を疑った。
「大佐、正気ですか?」
「正気だとも。」
「フェンリルの安全装置は、機体と搭乗者の保護のためにあります。解除すれば出力は上がりますが、関節負荷も魔力逆流も限界値を超えますよ?」
「知っているさ。それほどの相手と戦わなければならないのだよ。」
アレクシスは当然のように答えた。
整備班長は額に手を当てた。共和国軍最強の男は、普段から無茶をする。だが、今回は場所が悪い。王国内に、こっそり侵入しているのである。何かあれば、補修が困難になる場合がある。そんな場所で、安全装置を解除して魔導機戦を行うなど、正気とは思えない。
「それほどの相手なのですね。」
「あぁ。温存しては倒すことなどできん相手だ。」
アレクシスはフェンリルを見上げる。
アレクシスの表情は穏やかだが、その瞳には明らかな熱がある。アレクシスは、レイディアントに熱を上げているのである。だからこそ、本気で挑むつもりなのだ。
「安全装置解除。限界性能まで引き上げろ。責任は私が持つ。」
整備班長は苦い顔で敬礼した。
「了解。ただし、帰還後に関節部が全部焼き切れていても、文句は受け付けません。」
「帰還後であれば、問題ない。」
「本当に、整備班泣かせな魔導操縦士ですね。」
「苦労をかける。」
「そんなあなたを尊敬しています。」
共和国軍が獲物を狙っている頃、王国側は脱出手段に頭を抱えていた。通常ならアリエスを宇宙戦艦に収容し、護衛艦隊と共に後方基地へ移送すればよい。だが、共和国軍が監視している以上、通常航路は読まれる。宇宙へ出た瞬間に襲撃される可能性が高い。それでも命令は命令だった。
「第二宇宙港の戦艦から、脱出させるか。」
「もしくは、反対側の第四がよろしいかと。」
「よし。レイディアント少尉に、その旨を伝えろ。」
守備隊がアリエスの移送計画を立案し、実行しようとした矢先に、警報が鳴った。
「港湾区で爆発!」
「停泊中の宇宙戦艦、推進系に被害!」
「第二、第四、第六ドックでも同時爆発!」
司令室が騒然となる。
スクリーンに港湾区の映像が映る。停船中だった王国軍宇宙戦艦が次々と推進器を破壊されていた。外部から、精密な遠距離狙撃である。魔導機による攻撃だった。
レイディアントは瞬時に悟った。
「銀獅子アレクシスか。予想以上に早い。」
アレクシスは、アリエスを逃さないために、停泊中の艦艇を先に潰したのである。撃沈ではなく、出航不能にするだけ。必要最小限の破壊で目的を達成する、冷静で嫌な手だった。
「こうも簡単に接近を許してしまうとはな。だいぶ索敵担当者は、寝ているようだ。」
「だ、大丈夫でしょうか?」
「アルゴス研究都市が戦場になります。セレスティア様は、避難所へ逃げて下さい。」
セレスティアが青ざめながら言った。エリシアが、そこでゆっくりと手を上げた。
「一つ、とっておきの避難所があるわよ。」
レイディアントは、嫌な予感を覚えた。
「どこですか?」
「宇宙に出られる避難所よ。」
「まさか、艦艇?」
「正解よ。それも、王国軍のデーターベースにない艦艇だから、共和国軍も把握していないわ。」
沈黙。
魔導機アリエスも、王国軍に秘密にした機能をつけていたのである。機能どころか、艦艇するも秘密にしていた事実を指摘すべきなのだが、悪びれもなく胸を張るエリシアに、レイディアントは目を瞑ることにした。
「私が趣味と研究予算の余剰と、少しばかりの横領で作った試造戦艦があるのよ。」
「やはり、横領か…。どの程度なんだ?」
「国家予算で見ると、ほんの誤差の範囲よ。」
「研究室単位では?」
「大事件なのは、自覚してるわ。でも、科学者に倫理観なんてものを求められても困るわ。」
セレスティアが小さく咳き込んだ。
公爵家の令嬢として、予算横領という言葉をここまで明朗に聞いたのは初めてだった。もし、立場が王太子の婚約者であったのなら、セレスティアは告発するのだが、セレスティアは今は何ももたない。そのため、聞かなかったことにした。
エリシアは端末を操作する。
地下格納庫よりさらに奥、封印区画の映像が開く。そこに映ったのは、見たこともない戦艦だった。




