30.コランのスープ
しばらくして、少女とコランが作ったスープが隊商の面々に振る舞われる。
召使いたちも小さな少女が一生懸命にスープに器をよそうのを見ていると、もう何も言えなくなってしまった。
少女は次のスープをよそい、並んでいた男に差し出す。
ハンカーだった。
この男は、何かと理由をつけて結局隊商にくっついて来たのだ。
「ありがとう、お嬢さん」
そう言いつつ器を受け取る。
不思議と、胸の奥がくすぐったいような感覚になった。少女は頷きとも会釈ともとれない曖昧なおじぎをしてしまった。
そして、次の椀にとりかかる。量が一定になるように、最後にちょうど汁がなくなるように気をつけてよそう。
見上げると、青い双眸が見下ろしていた。
少女は思わず目を見開き、肩を跳ねさせる。
「ハハッ。おいイェルドさんよ、あんたこのガキにビビられてるぜ」
そうは言うが、驚かないほうが難しい。気づかないうちに熊が背後に立っているようなものなのだから。
イェルドは少女から椀を受け取って言う。
「美味そうだ、ありがとう」
そのひと言に、少女の胸がじんわりと温かくなった。思わず頬が緩む。
イェルドは歩いて、またヒュールと一緒に座った。傭兵同士、話が合う部分もあるのだろう。
「ガキ。俺達の分は残してあるな?」
少女は頷き、コランの分、続いて自分の分を椀によそう。
椀を抱えた少女は、どこで食べようか、とあたりを見回した。
イェルドはヒュールと、ハンカーは商人頭と話していて、忙しそうだ。
「おい、こっちだ」
振り返ると、コランが自分の外套を岩の上に敷いて、自分の隣を叩いていた。
隣に座れ、ということなのだろう。正直気が進まなかったものの、他に座るべき場所もない。
少女は恐る恐るコランの隣に座ってスープを食べ始めた。
「ガキ、名前は?」
少女は答えない。答えられない。「んだ? 言いたくねえってか?」
少女はコランを見上げ、困ったような顔をした。口を動かして喋ろうとしてみるが、相変わらずだ。
コランはそのうち気付いたようで、目をスープの方に移して「……そうか、難儀だな」と言った。
スープは美味しかった。岩トカゲの肉は見かけどおりに歯ごたえがあり、香草が臭みを消していて、濃いめの塩で疲れが吹き飛ぶ。
「美味いだろう?」
コランはまた勝手に喋り始める。
「俺等みたいな傭兵はいる死ぬかも知れねえ。だからこそ、食いもんに妥協はしねえのさ」
成る程、彼にも彼なりのこだわりがあるようだ。
コランは「貧乏隊商の味気ない豆スープでも俺にかかればこの通り」と余計な付け足しをして、使用人の面々に睨まれた。彼はにやにやと笑いつつ味わいながらスープを食べた。
「ガキ、お前はちゃんと食えよ。お前みたいなチビが一番最初に死ぬんだからな」
ぞんざいな物言いだが、彼なりに「遠慮するな」と言ってくれているのだろう。
言われた通り、少女はスープを残さずすべて平らげた。
「さっきよりはマシな顔つきになったな」
すこし考えて、少女は彼が昼間のあの言葉のことを言っているのだと分かった。
スープが美味しかったからだろう。少女は顔を上げ、隊商の面々の顔を見た。
みんな、スープを美味しそうに食べていた。イェルドはもう食べ終わっているようだった。
鍋をかき混ぜていただけとはいえ、自分が料理したものをぜんぶ食べてもらえるのは嬉しいような気がした。
「絶望の底に潜るのは簡単だ。が、そこにはなにも無い。誰も助けちゃくれない」
コランは少女の手から匙と空の椀をもぎ取って、片付けのために水場のほうへ歩いていく。
「生きたきゃ働いて、食って、寝ろ」
少女はその言葉を頭の中で反芻した。
やがて彼女は立ち上がり、イェルドのところへと戻る。
いつも眠る時は二人で横になるからだ。
今日も風が寒い。
イェルドとヒュールは何か、難しい話をしているらしかった。
だんだん眠くなり、まぶたが落ちてくる。
さっきまではコランの近くに居たのに、眠くなった途端、半ば無意識にイェルドの方へ歩いてしまう。
これはきっと、彼のそばで眠るのが習慣になってしまったからだ。
イェルドが歩いてくる少女に気づく。
「もう寝るか?」
彼はいつもの声でそう言った。
感情の籠もっていない、低く冷たい声のはずなのに、今は妙に温かく感じた。
少女は小さく頷き、イェルドが広げた毛布にくるまって眠りに落ちていくのだった。
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