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第2話 謁見と彼の家族

「大義であった」


 威厳に満ちた声が場に響き渡った。

 フェレニア国王宮。褒賞などの栄典の儀で使われる広間で、アリスとリチャードは拝跪の姿勢を取っていた。

 あの襲撃事件から、はやニヶ月。王子の護衛に子供の救出、そして犯罪組織の壊滅、検挙を先導したということで、アリスらは王宮に呼ばれていた。

 厳密には、アリスはリエンナとすでに何度か王宮に足を運んでいたのだが、正式な召致を受けたのはこれが初めてだった。


「これからも、我が国に尽くしてもらいたい」


 先程から違わぬ、王家たる声質の持ち主。

 国王、ファイネス・フォン・フェレニアが、王妃を携えてアリスらに近づいた。


「光栄です」

「ありがたく」


 短く言った二人が目録を受け取る。リチャードは王、ファイネスから。アリスは王妃、テレサから。


「では、これにて儀を終了する」


 重臣の合図で、アリスとリチャードは顔を上げた。まだ膝はついたままだ。


「楽にしてくれ。あと、二人にはこの場に残ってもらいたい」


 ファイネスが言った。その言葉で、ようやく二人は立ち上がった。

 ぞろぞろと他の者が広間を出ていく。残ったのは後ろに控えていたウィルを含めた、彼女ら五人だけとなった。


 広間の扉が閉じられて、きっかり一分後。

 もう一度開かれた扉から、新たに三人の人物が姿を現した。


「無事に終わったようだね、陛下」


 真っ先に口を開いたのはアリスの父親、ジークだった。


「ほんとにね……こんなに胃が痛くなったのはニ年ぶりだよ……」


 さっきまでの威厳はどこへやら。ジークとそう変わらない歳のはずだが、がっくし肩を落としたファイネスの声は、まるで子供のようだった。

 騒動のあと、ファイネスはジーク協力の下、奔走した。デイモンの処断に後釜の人事、三百人という収容者の聞き取り報告やその後の始末、それに口止め。さらに息子への懲罰と、そうしたあれこれのストレスと睡眠不足に、胃にダメージが蓄積していた。


「まーあ、私の中では終わっていないけれど」

「り、リエンナ……」


 二人目、腕を組む不遜な態度のリエンナに、テレサは泣きそうな顔になった。

 騒動のあと、テレサは孤軍奮闘した。普段は呼んでも来ないくせに、こういう時だけ頻繁に足を運んでネチネチと詰め寄ってくる親友に、精神にダメージが蓄積していた。


「お母様……その、私が勝手に動いたのも、悪いですので……」


 そのテレサの姿に、アリスまでもが心を痛めていた。

 アリスは、テレサにはいろいろと恩がある。昔の思い出が蘇ってしまい、あれからずっとかばい続けていた。


「……アリスに気に入られてよかったわね」

「お母様!?」

「リエンナ!?」


 ぶすっとそっぽを向いたリエンナに、二人が慌てて駆け寄った。いろいろと持ち上げたり、三人だけのお茶会を提案したり。必死にご機嫌を取る。

 よいしょされたリエンナは、細い息を吐いた。


「ま、今回ばかりは許しておくわ。アリスがいなかったら、と思うと、もっと大事になっていただろうし」

「……ニヶ月間、許されなかったような」

「あら、なにかおっしゃって?」

「な、なにも! というかやめて! 笑顔はやめて!」


 リエンナの肩を掴んで揺さぶるテレサからそっと離れたアリスに、ウィルが近づいてきた。


「本当に、今回は助かったよ」

「ウィルフィード様」

「褒美が足りなかったら言ってくれ。本来なら、私個人からも出したいところなんだ」

「いいえ。そのお気遣いだけで充分ですわ」


 にっこりとほほえみ合う。

 それを見た最後の人物、黒髪の壮年の男性が、リチャードにこそこそと話しかけた。


「リチャードよ……」

「は、父上」

「まずはご苦労だった。国と道義は、これからも大事にするように」

「はっ」

「それとだな……」


 リチャードの父、ジェームズ・クライン当代公爵は、アリスとウィルの二人にぼやっとした視線を移した。

 リチャードに似たけわしい顔つきで、髪の色も黒で同じ。違うのは体格で、目の前にいる息子より一回りは小さかった。ミニリチャード、という言葉がぴったりである。


「その、だな……ちゃんと彼女の心は掴んでいるのか?」

「ち、父上!?」

「私としても、彼女が義娘になってくれるのを楽しみに──」


 そこに、アリスがとことこと近づいた。


「クライン公爵様」

「んあ!?」

「んあ? ……お久しゅうございます、クライン公爵様」

「あ、ああ……」


 カーテシーを決めるアリスに、ジェームズは目を泳がせた。なぜか隣のリチャードもである。

 今日のアリスは、いくぶん露出が多かった。肩と二の腕が出ている。式典に出るのだから、それなりに準備をするのは当たり前だが、こうした大勢の前では珍しい。彼女も徐々に変わりつつある、喜ばしい変化といえよう。

 喜ばしいのだが、リチャードは直視できなかったようで、二人そろってあわあわとする。


「ち、父上。公爵家代表なのですから、もっとびしっとしていただかなければ」

「な、なにを言うか。そっちこそ、彼女の婚約者としてだな」

「あの……?」


 両手を組んで首をかしげるアリスに、二人がぴたっと会話を止める。

 それから、そろそろと顔を向け、ジェームズが大きく咳払いをした。


「ごぉほん……うむ。久しいな、アリス嬢よ」

「はい、クライン公爵様」

「……その」

「? はい」

「な、なんだ……義父と呼んでくれても、いいのだぞ」

「え!?」


 ジェームズの言葉に、アリスの顔がどんどんと赤くなっていく。

 それはもちろん、近く婚姻を結ぶことになっているリチャードの親なのだから、彼女にとっては父同然になる人だ。ひょっとすると、実の父であるジークよりも長く時を過ごすかもしれない。

 しかしそれはそれ、これはこれ。まだ他人の関係である以上、『はいそうですか』と素直に親しげに呼べる間柄ではない。

 アリスはきょろきょろと、王や王妃と話している両親を見てから深くうつむいて、もじもじぼそっと言った。


「……お、お義父、さま」

「…………」


 消え入りそうな声だったが、ジェームズはぶるぶると身体を震わせた。鼻をすすって天井を見上げてしまう。


「あ、あの……」

「うひいぃーっ!」


 顔を上げたアリスが上目で言ったのと同時に、ジェームズの両目から『どぱぁっ』と涙が溢れた。


「ぴゃっ!?」

「父上!?」


 おーいおいおいと泣くジェームズに、アリスは身構えてニ歩ほど後ずさり、リチャードは急いで駆け寄った。背中に手を当て、どうしたんだと尋ねる。

 ジェームズはそれでも泣き止まず、


「だって、だってうちの娘はみんなあんなで……ようやく、ようやくちゃんとした女の子が!」

「ちちうえぇ!?」


 ぶわあぁっと新たな涙を流し、うずくまって本格的に泣き始めた。ばんばんと床を叩く。

 アリスが混乱しながらも手を伸ばすと、がっしとその手を掴んだジェームズは『うちにこい、うちにこい』と繰り返した。リチャードはその手を振り払った。


 王家、公爵、侯爵という者らが集った大広間は、ぐちゃまぜのごった煮のような場となった。




 両親はまだ話を続ける、ということで、アリスらは大広間を出た。

 そこで待っていたのは二人。ミシェルとアレフである。

 従者である二人は、さすがに広間までは入ることができない。部屋の前で待機してもらっていた。それ自体も特例のようなものだ。普通は別室、場合によっては王宮外での待機となる。


「お嬢様」

「待たせちゃってごめんなさい」

「いえ」

「お父様もお母様も残るのですって。私たちだけで帰りましょ」

「はい」


 笑顔で合流する二人の横では、まだ涙を流すジェームズを見たアレフが頭に手を当て、ため息を吐いていた。


「いったいなにが……まぁ、想像はつきますけれど」


 リチャードからその身を預かり、ゆっくりと廊下を進もうとする。


「アリスじょおおぉ!」


 ジェームズが雄叫びを上げた。


「は、はい! お、お義父さま!」

「う、うあ──」

「はーい、はいはい。やめてください、面倒ですから」


 ジェームズの涙腺が再度崩壊する前に、アレフが面倒くさそうに言い放った。

 言われた瞬間に、ジェームズはうるうるしていた瞳をからっと乾かせる。


「……お前の家系は優しさが足りぬ」

「そうですか。両親に感謝ですね」

「ちっ!」


 苛立たしげに舌打ちをしたジェームズが、アリスに向き直った。


「その……その時が来るのを、楽しみにしている」

「……はい、お義父さま」

「ふぐっ……それと、例の日だが」

「は、はい」

「当日はエリノアやモニカも集う。娘らも楽しみにしているので、仲良くしてやってくれ」

「えっ!」


 アリスは驚いた。隣のリチャードに視線を移すと、彼も静かにうなずいた。

 エリノアにモニカ。その二人は、リチャードの姉だ。会ったことはない。すでに他家に嫁がれていたため、会う機会はなかった。『あらゆる意味で破天荒』とだけ、リチャードから聞いていた。


「どちらも無茶苦茶な娘だが、まぁ、気はいい、たぶん、悪意とかはないから、驚かぬように、な……」

「なにもフォローになっていませんが」


 冷たく言ったアレフをにらんだあと、ジェームズはアレフに連れられとぼとぼと去っていった。

 残されたアリスに不安が募る。

 なんだ、あの言い方は。


「そこまで気にする必要はない」


 憂いが顔に出てしまっていたのか、リチャードがフォローするように言った。


「リック様」

「義妹ができると聞いて喜んでいた。歓迎されない、などの心配は無用だ」

「はい」

「……ただ、以前から言っていたとおり、少々、性格に難があるだけ──」

「あー、リチャードくん」

「ぬぉっ!」


 突然の背後からの呼びかけに、リチャードの身体が跳ねた。

 二人が振り返ると、ジークが扉の隙間から顔だけ出していた。


「な、なんでしょうか、侯爵殿」


 リチャードは脂汗を垂らしながらも、直立不動の姿勢を取った。


「アリスのこと、よろしくね」

「……はっ! もちろんで──」

「アリスは可愛いんだ」

「は?」

「欲情は、きちんと自制して──うおっ!」


 そこまで言ったジークが、なにかに引っ張られたかのように引っ込んだ。扉の向こうから甲高い叱咤の声が聞こえてくる。


「お父様ったら」


 アリスがむすっとする。言うに事欠いて『欲情』はないだろう。助言にすらなっていない。

 自分たちはもう大人なのだ。成人した、アダルティな女性なのだ。心配されずとも、きっちりと計画的に付き合いを──


「心配するな、アリー。そのようなことはしないと、魂に誓おう」


 深く考え込みそうになったアリスに、リチャードが胸に拳を当てて言った。

 アリスはそれをちらりと見て、物憂げな視線で顔をそらした。


「……そう、ですか」

「あ、アリー?」

「…………」

「ど、どうした? なにか気に障るようなことがあったか?」

「いえ、別になんでも」


 唇をとがらせてそっぽを向くアリスに、リチャードがあわあわとうろたえる。

 それを見ていたミシェルは、こっそりとため息を吐いた。

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