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 王様と王妃様は愕然としていた。顔を見合わせ、何かを言おうにも言葉が出てこない様子だ。

 私も、それは感じていた。見えた輝きは、『あぁ、最高神様だ』と自然と理解できていた。

 最高神様ってことは、加護としては一番の大当たりじゃないかしら? この力を使えば、いろいろとお家やお国に貢献できる気がする。

 だけど、なぜかお祝いのようなムードはない。お父様は難しい顔をしているし、お母様はしきりに私の頭や額を撫でてくるし、王家の二人も鎮痛そうな表情をしていた。

 

「アリス」

 

 お父様が私を見た。

 

「はい、お父様」

「聞く、かい? きっと辛い気持ちになると思う」

「あなた」

「イヤなら別の場所に移るよ。僕たちだけで話をする。……どうかな?」

 

 私の目をじっと見てくる。お母様も、『無理しないで』と言ってくれる。

 両親の気持ちが嬉しい。いつだって、私のことを最優先に考えてくれる。

 辛い気持ちになる、というのは怖かった。お祝いどころか、これから話されるのはたぶん、このままだと私がどんな目に遭うか、といったところだと思う。最高神という特別な加護を得た私が、いったいどういう扱いをされるのか。なんとなく理解できてきた。だからみんな、痛々しい顔をしていたのだろう。

 でも、これは私自身のこと。聞かないといけない。今後のためにも、ちゃんと話を聞いておかないといけない。それに──

 

「いいえ、お父様。私もスチュアート家に身を置く者です。受け止めてみせますわ」

「アリス……」

「……わかった」

 

 私の言葉に二人は誇らしいような、それでいて諦観のような表情をした。

 無理をしているのはわかっている。私はまだ五歳、子供も子供なのだから。洗礼を受けた他の子が、笑顔で聖堂を去っていたのを思い出してしまった。

 

「最後の記録は数百年前だ」

 

 お父様が本をめくっていく。文章ばかりだし、文字も今とは異なる言語でほとんど読めなかったけど、お父様はすらすらと解説していた。普段は私に甘い、どこにでもいる典型的な父親だけど、こういう時のお父様は筆頭侯爵としての片鱗を垣間見せる。頭も良く、多数の言語を扱えるのだ。

 そのお父様が言うには、私の言動のすべてが記述と一致しているらしい。公的な文書では、はるか昔に同じ加護を得た人物に関する書記があった。公開禁止として厳重に封印されていたみたいだった。

 

 そこに書かれていたのは──

 

「他国の侵略に、引っ張り回されていた。……家族を人質に取られていたようだね。時に英雄として奉られ、時に恐れられ。利益を求め、甘い汁をすする者らの言いなりになって日々を過ごし──」

「テレサはそんなことしないわよ!」

「リエンナ……」

 

 我慢できず、といった感じで叫んだお母様を見て、王妃様は胸元に手を当てた。

 

「うん、僕もそう思うよ。でも、政治は一枚岩じゃない」

「……それは、そうだね」

 

 王様と王妃様、国のトップである二人は善良だ。それはもう充分にわかっていた。私みたいな子供相手でもないがしろにすることなく、こうしていろいろと気にかけてくれている。

 でも、為政は……国の中枢はそうじゃない。いろんな物の考え方をする人がいる。この二人のように民を重んじる人もいれば、国の拡充を第一と考える人もいる。それだけならまだマシだ。目先の利益しか考えない人もいれば、自分の力を誇示することに執着する人だっている。そういう人たちが集まって、国の運営は成されていた。

 その中に、もしも他国を侵略することに躊躇しない人がいたら。そしてその人が、私という存在を見つけたとしたら。

 

 たぶん、個人の力としては、いずれ私のほうが上になる。だけど社会ってのは、そう簡単なものじゃない。神様はともかく──人間はそうもいかない。

 立場を利用されたら? 政治的な手腕で詰め寄られたら? ふとした会話で言質を取られたら?

 

「政治の道具。正義の象徴。戦力の要。殺戮人形……そんな世界に、放り込まれる可能性だってある」

 

 覚悟はしていたつもりだった。自分のことだからと、受け止められる気でいた。でも、お父様の言葉に、私の頭はがつんと殴られたような衝撃を覚えた。

 続いて心が締め付けられていく。ついさっきまで──正確には一週間前まで、洗礼を楽しみにしていたはずなのに。すでに遠い過去のように感じた。

 

「させないわよ」

 

 震える私を、お母様がさらに強く抱きしめてきた。

 怖い声に怖い顔。こんなお母様は、今まで見たことがない。だけど手付きは優しく、私の視線に気づいたのか、こっちに向けた時はいつものお母様の笑顔だった。

 前髪をかきあげて撫でてくれる。続いて頬にキスをしてくれた。私もお返しをする。お母様の頬は、温かかった。

 

 私たちの様子を微笑ましそうに見たお父様は、一度目を閉じて、そして決意に満ちた表情で顔を上げた。

 

「陛下──いや、ファイネス。ただの友として、お願いがある」

「ジーク……」

「アリスに……娘に、普通の生活を送らせてやりたい。誰にも、この場にいる者以外に知られたくないんだ。せめて、彼女が成人するまでは」

 

 お父様が、王様の顔を真正面から見つめる。それは数秒だったか、数十秒、あるいはもっと長かったかもしれない。

 王様が細い息を吐いた。

 

「ふぅ……乗りかかった船だしね……言われるまでもない。個人的にだが、全面的に協力することを約束するよ」

「すまない、感謝する」

 

 お父様が腰を折った。王様に向かって頭を下げる。

 それに目を丸くした王様は、しばらくしてから意地の悪い顔になった。

 

「うん、悪い気はしないね。そんなジークを見るのは二度目だったかな? たしか前は──」

「……ちょっと」

「ははは。言わない、言わないよ」

「ったく、こいつ」

「ははっ」

 

 二人が肩を抱き合う。どすどすと、お互いの胸板を握りこぶしで叩き合っていた。

 ……なんか、いいな、そういうの。

 

「テレサ……」

「ふふ。安心して、リエンナ。私も貴女とは親友でいたいもの」

「ん……ありがと」

「うん」

 

 お母様は赤い顔でお礼を言った。王妃様も嬉しそうにしている。

 四人は本当に、お友達のようだった。王家と侯爵なのだから、直接的な付き合いはあると思う。でも、それだけじゃ語れない何かを感じさせるには、十分な光景だった。

 ……私も、こんなお友達がいつかできるかな。

 

 ひとしきり分かち合ってから、王様が口を開いた。

 

「で、具体的にはどうするんだ? ……まぁ、なんとなく想像はつくけれど」

「まず、洗礼の記録をすべて抹消したい。それに懐柔、できれば記憶操作。関わった人たちすべて、あの出来事はなかったということにする」

「……そんなところだろうね」

「こうなると、特例だったことが幸いした。関係者だけに絞れるからね。不特定多数に見られてたら、さすがにどうしようもなかったよ。お手柄だよ、アリス」

「ふえっ!?」

 

 急に話を振られたものだからびっくりした。あわあわして、とりあえず『えっへん』と胸を張ったら、お母様から『調子に乗らないの』と怒られてしまった。

 

「溢れた光はどうする? 王都じゃ『神が降りられた』とかでもちきりだよ」

 

 そんなことになっていたんだ。光って、あの白金色の強烈な光だよね。聖堂の外にまで広がっていたのかな。

 

「そこは素直に『神が降りた』でいいよ。アリスにさえ繋がらなければ、それでいい」

「……おい。そこを説明するのは、誰がやるのさ」

 

 きっぱりと言い切ったお父様に、王様はじとっとした目を向けた。

 

「よろしく」

「おい」

「アリスが学園に入る、三年間が勝負だ。僕らは隠蔽と工作を、アリスは家でお勉強だね。自衛の力を身につける必要がある」

「はい、お父様」

「ごめんね……本当なら、いろいろと子供同士のお茶会とか、社交をさせてあげたいんだけどね……」

「いいえ、お父様」

 

 みんな私のために動いてくれている。なら、わがままは言えない。それに、正直言うと家から出るのはちょっと不安。知らない子どもたちとうまく付き合えるか、少し心配。家にいられるのなら、それでいいかも。

 

「リエンナは空いた時間を見つけて、アリスへの指導だね」

「わかったわ。びしびし厳しくいくから」

 

 やっぱり家にいるのも怖いかも。にっこり見てきたお母様から目をそらす。さっきとは笑顔の質が違っていた。お母様の指導だけじゃ、身体と心がもたないかも。

 

「あの、お父様」

「ん? なんだい、アリス」

「その……剣の使い方も、教えてもらえますか?」

 

 お父様なら、きっと優しく教えてくれそう。お母様の厳しい教えの合間の休息、心の清涼剤は必要なのだ。

 

「あ、アリス……」

 

 そういう打算だったけど、どうも感激されてしまったみたいだった。

 ……う。ちょっと、罪悪感。でも、魔法も剣も使えたほうが、身を守る手段にはなるから。そういう、あれだから。決して、お母様が怖いからとかではないから。

 

「私も、なにかお力添えを」

 

 これまで黙っていたミシェルが、横から一歩身を乗り出して会話に混ざった。やつれた顔だけど、目だけは強い光を放っている。

 

「そうだね。ミシェルにも神の力が宿っているはずだ」

「協力、してくれるかしら?」

「はい、もちろんです」

 

 ミシェルはお父様に頭を下げたあと、こっちを見た。私にも丁寧にお辞儀をしてくる。

 ……それで、いいのかな。ミシェルだって、同じような加護を得たのだから、もっと自分のためになることを、やったほうがいいんじゃないかな。

 

「ミシェル……」

「はい、お嬢様」

「やりたいこと、やらなくていいの?」

 

 私の言葉に、ミシェルはきょとんした顔を作って、そして微笑んだ。

 

「お嬢様の成長を近くで見守るのが、私のやりたいことです」

 

 静かに、だけど断固たる口調だった。

 私もそれ以上言わず、腕を伸ばす。もう一度、ミシェルと抱きしめあった。

 これからもいっしょ。ずっと、ずっといっしょ。

 

「よし。そうとなれば行動あるのみだね。明日から忙しくなるよ、陛下」

「明日から!?」

「善は急げってね」

「ま、待ってくれ。公務が、明日には重要な会議で出張が──」

「代理は見つけておいたから」

「早いな! その早さを、もっとこう、別のところでだね」

「では各自、そういうことでよろしく頼む」

「人の話を聞け!」

 

 わーぎゃーわめく王様と、呆れたような諦めたようなため息をつく王妃様。

 やる気に満ち溢れた様子のお父様に、『さて、なにから教えようかしら……』とつぶやく怖いお母様。

 そして優しく抱きしめてくれるミシェル。

 

 みんなに守られながら、私の、これまでとは違う生活が始まる。

 不安だらけだったけど、きっとうまくいくと思う。だってみんな、お互いのことが大好きだから。私も、精一杯に感謝を込めて応えないといけない。みんなのためにも、自分のためにも。


 輝かしくも平凡で、それでいて幸せな未来に向かって、私たちは行動を開始した。

 そうして三年間、私は公の場から姿を消した。



幕間 洗礼を受ける日 [了]

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