(10)
王様と王妃様は愕然としていた。顔を見合わせ、何かを言おうにも言葉が出てこない様子だ。
私も、それは感じていた。見えた輝きは、『あぁ、最高神様だ』と自然と理解できていた。
最高神様ってことは、加護としては一番の大当たりじゃないかしら? この力を使えば、いろいろとお家やお国に貢献できる気がする。
だけど、なぜかお祝いのようなムードはない。お父様は難しい顔をしているし、お母様はしきりに私の頭や額を撫でてくるし、王家の二人も鎮痛そうな表情をしていた。
「アリス」
お父様が私を見た。
「はい、お父様」
「聞く、かい? きっと辛い気持ちになると思う」
「あなた」
「イヤなら別の場所に移るよ。僕たちだけで話をする。……どうかな?」
私の目をじっと見てくる。お母様も、『無理しないで』と言ってくれる。
両親の気持ちが嬉しい。いつだって、私のことを最優先に考えてくれる。
辛い気持ちになる、というのは怖かった。お祝いどころか、これから話されるのはたぶん、このままだと私がどんな目に遭うか、といったところだと思う。最高神という特別な加護を得た私が、いったいどういう扱いをされるのか。なんとなく理解できてきた。だからみんな、痛々しい顔をしていたのだろう。
でも、これは私自身のこと。聞かないといけない。今後のためにも、ちゃんと話を聞いておかないといけない。それに──
「いいえ、お父様。私もスチュアート家に身を置く者です。受け止めてみせますわ」
「アリス……」
「……わかった」
私の言葉に二人は誇らしいような、それでいて諦観のような表情をした。
無理をしているのはわかっている。私はまだ五歳、子供も子供なのだから。洗礼を受けた他の子が、笑顔で聖堂を去っていたのを思い出してしまった。
「最後の記録は数百年前だ」
お父様が本をめくっていく。文章ばかりだし、文字も今とは異なる言語でほとんど読めなかったけど、お父様はすらすらと解説していた。普段は私に甘い、どこにでもいる典型的な父親だけど、こういう時のお父様は筆頭侯爵としての片鱗を垣間見せる。頭も良く、多数の言語を扱えるのだ。
そのお父様が言うには、私の言動のすべてが記述と一致しているらしい。公的な文書では、はるか昔に同じ加護を得た人物に関する書記があった。公開禁止として厳重に封印されていたみたいだった。
そこに書かれていたのは──
「他国の侵略に、引っ張り回されていた。……家族を人質に取られていたようだね。時に英雄として奉られ、時に恐れられ。利益を求め、甘い汁をすする者らの言いなりになって日々を過ごし──」
「テレサはそんなことしないわよ!」
「リエンナ……」
我慢できず、といった感じで叫んだお母様を見て、王妃様は胸元に手を当てた。
「うん、僕もそう思うよ。でも、政治は一枚岩じゃない」
「……それは、そうだね」
王様と王妃様、国のトップである二人は善良だ。それはもう充分にわかっていた。私みたいな子供相手でもないがしろにすることなく、こうしていろいろと気にかけてくれている。
でも、為政は……国の中枢はそうじゃない。いろんな物の考え方をする人がいる。この二人のように民を重んじる人もいれば、国の拡充を第一と考える人もいる。それだけならまだマシだ。目先の利益しか考えない人もいれば、自分の力を誇示することに執着する人だっている。そういう人たちが集まって、国の運営は成されていた。
その中に、もしも他国を侵略することに躊躇しない人がいたら。そしてその人が、私という存在を見つけたとしたら。
たぶん、個人の力としては、いずれ私のほうが上になる。だけど社会ってのは、そう簡単なものじゃない。神様はともかく──人間はそうもいかない。
立場を利用されたら? 政治的な手腕で詰め寄られたら? ふとした会話で言質を取られたら?
「政治の道具。正義の象徴。戦力の要。殺戮人形……そんな世界に、放り込まれる可能性だってある」
覚悟はしていたつもりだった。自分のことだからと、受け止められる気でいた。でも、お父様の言葉に、私の頭はがつんと殴られたような衝撃を覚えた。
続いて心が締め付けられていく。ついさっきまで──正確には一週間前まで、洗礼を楽しみにしていたはずなのに。すでに遠い過去のように感じた。
「させないわよ」
震える私を、お母様がさらに強く抱きしめてきた。
怖い声に怖い顔。こんなお母様は、今まで見たことがない。だけど手付きは優しく、私の視線に気づいたのか、こっちに向けた時はいつものお母様の笑顔だった。
前髪をかきあげて撫でてくれる。続いて頬にキスをしてくれた。私もお返しをする。お母様の頬は、温かかった。
私たちの様子を微笑ましそうに見たお父様は、一度目を閉じて、そして決意に満ちた表情で顔を上げた。
「陛下──いや、ファイネス。ただの友として、お願いがある」
「ジーク……」
「アリスに……娘に、普通の生活を送らせてやりたい。誰にも、この場にいる者以外に知られたくないんだ。せめて、彼女が成人するまでは」
お父様が、王様の顔を真正面から見つめる。それは数秒だったか、数十秒、あるいはもっと長かったかもしれない。
王様が細い息を吐いた。
「ふぅ……乗りかかった船だしね……言われるまでもない。個人的にだが、全面的に協力することを約束するよ」
「すまない、感謝する」
お父様が腰を折った。王様に向かって頭を下げる。
それに目を丸くした王様は、しばらくしてから意地の悪い顔になった。
「うん、悪い気はしないね。そんなジークを見るのは二度目だったかな? たしか前は──」
「……ちょっと」
「ははは。言わない、言わないよ」
「ったく、こいつ」
「ははっ」
二人が肩を抱き合う。どすどすと、お互いの胸板を握りこぶしで叩き合っていた。
……なんか、いいな、そういうの。
「テレサ……」
「ふふ。安心して、リエンナ。私も貴女とは親友でいたいもの」
「ん……ありがと」
「うん」
お母様は赤い顔でお礼を言った。王妃様も嬉しそうにしている。
四人は本当に、お友達のようだった。王家と侯爵なのだから、直接的な付き合いはあると思う。でも、それだけじゃ語れない何かを感じさせるには、十分な光景だった。
……私も、こんなお友達がいつかできるかな。
ひとしきり分かち合ってから、王様が口を開いた。
「で、具体的にはどうするんだ? ……まぁ、なんとなく想像はつくけれど」
「まず、洗礼の記録をすべて抹消したい。それに懐柔、できれば記憶操作。関わった人たちすべて、あの出来事はなかったということにする」
「……そんなところだろうね」
「こうなると、特例だったことが幸いした。関係者だけに絞れるからね。不特定多数に見られてたら、さすがにどうしようもなかったよ。お手柄だよ、アリス」
「ふえっ!?」
急に話を振られたものだからびっくりした。あわあわして、とりあえず『えっへん』と胸を張ったら、お母様から『調子に乗らないの』と怒られてしまった。
「溢れた光はどうする? 王都じゃ『神が降りられた』とかでもちきりだよ」
そんなことになっていたんだ。光って、あの白金色の強烈な光だよね。聖堂の外にまで広がっていたのかな。
「そこは素直に『神が降りた』でいいよ。アリスにさえ繋がらなければ、それでいい」
「……おい。そこを説明するのは、誰がやるのさ」
きっぱりと言い切ったお父様に、王様はじとっとした目を向けた。
「よろしく」
「おい」
「アリスが学園に入る、三年間が勝負だ。僕らは隠蔽と工作を、アリスは家でお勉強だね。自衛の力を身につける必要がある」
「はい、お父様」
「ごめんね……本当なら、いろいろと子供同士のお茶会とか、社交をさせてあげたいんだけどね……」
「いいえ、お父様」
みんな私のために動いてくれている。なら、わがままは言えない。それに、正直言うと家から出るのはちょっと不安。知らない子どもたちとうまく付き合えるか、少し心配。家にいられるのなら、それでいいかも。
「リエンナは空いた時間を見つけて、アリスへの指導だね」
「わかったわ。びしびし厳しくいくから」
やっぱり家にいるのも怖いかも。にっこり見てきたお母様から目をそらす。さっきとは笑顔の質が違っていた。お母様の指導だけじゃ、身体と心がもたないかも。
「あの、お父様」
「ん? なんだい、アリス」
「その……剣の使い方も、教えてもらえますか?」
お父様なら、きっと優しく教えてくれそう。お母様の厳しい教えの合間の休息、心の清涼剤は必要なのだ。
「あ、アリス……」
そういう打算だったけど、どうも感激されてしまったみたいだった。
……う。ちょっと、罪悪感。でも、魔法も剣も使えたほうが、身を守る手段にはなるから。そういう、あれだから。決して、お母様が怖いからとかではないから。
「私も、なにかお力添えを」
これまで黙っていたミシェルが、横から一歩身を乗り出して会話に混ざった。やつれた顔だけど、目だけは強い光を放っている。
「そうだね。ミシェルにも神の力が宿っているはずだ」
「協力、してくれるかしら?」
「はい、もちろんです」
ミシェルはお父様に頭を下げたあと、こっちを見た。私にも丁寧にお辞儀をしてくる。
……それで、いいのかな。ミシェルだって、同じような加護を得たのだから、もっと自分のためになることを、やったほうがいいんじゃないかな。
「ミシェル……」
「はい、お嬢様」
「やりたいこと、やらなくていいの?」
私の言葉に、ミシェルはきょとんした顔を作って、そして微笑んだ。
「お嬢様の成長を近くで見守るのが、私のやりたいことです」
静かに、だけど断固たる口調だった。
私もそれ以上言わず、腕を伸ばす。もう一度、ミシェルと抱きしめあった。
これからもいっしょ。ずっと、ずっといっしょ。
「よし。そうとなれば行動あるのみだね。明日から忙しくなるよ、陛下」
「明日から!?」
「善は急げってね」
「ま、待ってくれ。公務が、明日には重要な会議で出張が──」
「代理は見つけておいたから」
「早いな! その早さを、もっとこう、別のところでだね」
「では各自、そういうことでよろしく頼む」
「人の話を聞け!」
わーぎゃーわめく王様と、呆れたような諦めたようなため息をつく王妃様。
やる気に満ち溢れた様子のお父様に、『さて、なにから教えようかしら……』とつぶやく怖いお母様。
そして優しく抱きしめてくれるミシェル。
みんなに守られながら、私の、これまでとは違う生活が始まる。
不安だらけだったけど、きっとうまくいくと思う。だってみんな、お互いのことが大好きだから。私も、精一杯に感謝を込めて応えないといけない。みんなのためにも、自分のためにも。
輝かしくも平凡で、それでいて幸せな未来に向かって、私たちは行動を開始した。
そうして三年間、私は公の場から姿を消した。
幕間 洗礼を受ける日 [了]




