(9)
「はい、あーん、ですよ」
「あーん」
「お上手ですね~」
「次、こっち! こっち!」
「ええい、うるさい! まだこのメインディッシュが終わってない──」
「バランスよく!」
「ぐっ!」
お口に放り込まれたお肉をもぐもぐする私の目の前で、宮仕えの侍女が二人、言い争いをしていた。一人はフォークに温野菜をぶっ刺したまま、ぎゃあぎゃあとわめいている。
腹ぺこアリスの胃袋を救うために、すぐにご飯が運ばれてきた。と言っても、ほぼ病人扱いの私。量も少ないし歯ごたえもなく、味付けもあっさり風味。養生食みたいなものだ。それらをひとつひとつ、呼ばれた侍女らが私に食事のお世話をしてくれていた。
ご飯はともかく、こんな食事はしたことがない。テーブルマナーは小さい頃から指導されたし、いつの間にか一人で食べられるようになっていた。『あーん』なんてされたのは数えるくらいしかない。
なのにこんなベッドに座ったまま、お姫様のような扱いを受けていいものなのかしら。悪いことをしているようでどきどきとする。
「どーぞー」
次に出されてきた、甘く煮られたつやつやのグラッセにぱくりとかぶりつく。キャロットもこうしてくれれば喜んで食べるのに。
「おいしいですかぁ?」
食べさせてくれた侍女がにこにこと──にへにへとだらしなく笑いかけてきた。
「ん……んく……おいし、です」
「わああぁ……」
「かわいいいぃ……」
でれぇっとなった侍女は、次にどれにしようかとお皿をにらみはじめた。
……別にどれでも食べますけどね。
「……やっぱり男の子だけじゃダメかな」
「ですわね……」
私たちの様子に、王様と王妃様が遠い目で天井を見上げていた。
王女宮。ここは王女様のための宮殿、その一室だった。というか、王女様が生まれた場合に自室になる部屋だ。どうりで家具もベッドも立派だと思った。
そんな部屋を使っていいのか、と知らされた時に聞いてみたものの、誰もが『むしろ使ってください』みたいなことを言っていた。理解できなかった私だけど、今こうしてお世話をしてくれている侍女を見たら、なんとなくわかる気がした。
現王家──表舞台に出てくる王族──は女の子がいない。王子様が二人、どちらも男の子だ。占い師さん(よくわからない)とやらが言うには、近く王女様が生まれるらしいのだけど、今は王女宮の主は不在だった。手入れはされているも、使い道がない宮殿は主人を欲していた。
そこに私の登場(不本意な理由だけど)。ちょうどいいと言わんばかりに、すやすやと眠る私はこの部屋に放り込まれたのだった。
「…………」
隣では不機嫌そうなミシェルがじっとこっちを見ていた。ベッドに臥せった人へのお世話は、彼女は経験がない。だから渋々と、私のお世話を宮仕えの侍女に譲っていた。
……まぁ、私もミシェルに食べされてくれるほうが、よかったけどね。
ひとしきり食べ終え、出されたデザートまでぺろり。淹れてくれたお茶をずびずび飲んでいく。
「どうだったかしら? お気に召してくれたらいいのだけれど」
「あ……ええと、たいへんにおいしゅう、ございました」
「ふふ。それはなによりでした」
微笑んだ王妃様からミシェルへと目をそらす。彼女はぶんぶんと首を振った。
今、この部屋には私、ミシェル、王様と王妃様、そして侍女しかいない。食事の準備をしている最中に、お父様もお母様も退出していた。
……国のトップを置いていずこかへ去る。一人娘を置いて。私に何を期待しているのだろうか?
少しばかり沈黙が訪れる。さっきまで騒がしかった侍女らも、今は静かに佇んでいた。
気まずい。なにか話を振らないと。
「え、ええと──」
「ああ、そうそう。御子だったね」
「えっ!?」
私より先に王様が話を持ち出した。たしかに御子様のことは気がかりだったけど、まさか向こうから振られるとは思ってもみなかった。
固まってしまった私に、王様は柔らかく笑ってくれた。
「安心してくれ。重度の魔力切れ──と言うと不安になってしまうね。今はもう、普段の生活に戻ってくれているよ」
胸がすーっと楽になっていく。心のつかえが取れた気がした。
よかった。私なんかのために、重要な職を担う御子様に何かあったりしなくて、本当によかった。もし会えたなら、精一杯にお詫びをしようと思う。
私はぺこりと頭を下げた。ベッドの上だけど。
「申し訳ございません、でした」
「いやいや、むしろ逆だから」
「逆?」
「……『素晴らしく稀な経験、だい・だい・大満足よー』って言っていたね」
「……はぁ」
「いちおうは箝口令を敷いているけれど……まぁ、彼女は気にしていない様子だから、君も気にしないでね。……むしろ気にしないでくれると、こっちとしてもありがたくてだね……」
言いにくそうに王様が告げた。項垂れてしまっている。
うん……本人がいいなら、私もそれでいいや。いいのだろう。きっといいのだ。
「ふぅ」
「お、重いわ」
御子様のお話が終わったと同時に、両親が部屋に戻ってきた。
それを見た私は言葉を失った。どちらも分厚い本を両手に抱えて、顔が隠れるくらいうず高く山のように積んでいたからだ。
「いい子にしていたかしら?」
お母様が本の隙間からこっちを見て言った。
その姿はどうあれ、これで息苦しい場から脱出するとことができる。私は胸をなでおろした。
『よいしょっと』とお父様とお母様が、持っていた書物をテーブルに置いた。
「陛下」
「わかってる」
王様がちらっと侍女らを見た。目配せをされた二人は、お辞儀をしてから部屋を出ていく。
さらにお母様が魔法を唱えた。以前までなら、何をしているかわからなかったと思う。
でも、今は違う。私の目と頭はすぐに理解した。これは、声を届かなくし、なおかつ口の動きまでもをでたらめに見せる、防諜の類のものだ。
発動を確認したらしく、四人が話をし始めた。
「アリスが寝ているあいだに、いろいろと調べていたんだ」
「城中の書物を、片っ端から開いちゃってね」
「……本当に、禁書庫にまで出入りするんだから」
「悪かったよ、陛下」
「他の者には黙っておいてよ……」
「わかってる、悪かったって」
悪いと思っている気持ちが微塵も感じられない態度で、お父様がどんどんと本を開いてベッドに置いていく。古い本だ。表紙はほつれ、紙の端々も変色、あるいはほつれ始めていた。それを、お父様が説明しながらめくっていく。私も含め、みんなが手元をのぞきこんでいた。
そして最後、洗礼の儀式を絵にしたようなページで手が止まった。
小さな子供が笑顔で水晶玉に手を当てている。その隣には、御子様と思しき人物が多数。さらに、特別立派な服を来た真っ白な女性が真ん中にいた。今とは形式が違うのかな?
頭上には大きな太陽と月が描かれており、そこから光が降りてきている。そんなイラストだった。
……ん? すいしょうだま?
「それでだ、アリス──」
「あっ!」
三度大声を出した私に、ミシェルも含めた五人が大慌てで詰め寄ってきた。
「どどど、どうした!?」
「ちょっと、ほんと隠すのはやめてちょうだいよ!?」
「お嬢様!」
「医師を呼ぼうか!?」
「お料理、足りなかったかしら!?」
みんながベッドに手をついて、顔を近づけてくる。私が倒れたことがよっぽど不安だったようだ。お父様にいたっては、おでこに手を当ててきたり脈を測りだそうとしたりもしている。ご飯も食べられたし、そこまで心配しなくてもいいのに。あと、王妃様。その気遣いはいりません。満腹です。
そんなことより──
「……水晶玉」
「水晶玉?」
「割れちゃって……お父様、弁償とかなりますか……?」
あの水晶玉は、きっと大事で高価な物に違いない。なにせ洗礼のメインを張っているのだから。加護を与える、という役割を考えても、お高い道具であることは幼い私にも容易に想像できた。ひょっとしたら唯一無二かもしれない。
それなのに、私が洗礼を受けたせいで真っ二つに割れてしまった。もし、そのことで責められたりしたら、なんとお詫びをしていいのやら。
シーツをぎゅっと握りしめる私を見た両親は、ずるずるずるっとベッドに崩れ落ちた。むにょーんと伸びてしまっている。
「はぁ……いい加減、大きい声を出すのもやめてちょうだい……」
「いちいち心臓に悪いよ……」
「……いや、あの水晶玉は国宝……最重要レベルの器物なんだけどね」
『どうでもいいことに騒ぐな』みたいな反応をする両親に、王様がずびしっとツッコミを入れた。
国宝。やっぱり、そうなんだ。あの水晶玉は、お国レベルでの宝物なんだ。弁償なんてできないかもしれない。スチュアート家が傾いちゃう。他でもない、私のせいで。
涙が内から内から溢れてくるけど、王妃様もベッドに身を乗り出して、握りしめた私の拳に優しく手を重ねてくれた。
「気にしなくてかまわないのですよ」
「……おう、ひさま」
「貴女は洗礼を受けただけ。落ち度があるなら、私たち王家になります」
「でも、来年が……」
「……お優しい子ですね」
「私に似たのよ」
「…………大丈夫ですよ。すでに教会関係者は動いています。来年には間に合うでしょう」
「え、ちょっと、もしかして無視された?」
つんつんとつつくお母様の手を邪魔くさそうに振り払う王妃様が、笑みを強くした。重ねてくれていた手を、今度は頬に当ててきて涙を拭ってくれた。
その優しい指使いに、じんわりと温かくなる。思わず頬ずりをしてしまった。
「ありがとう、存じます」
「……ずっと、いても、いいのよ」
「え?」
「てーれーさー?」
「じょ、冗談……冗談だから……」
お母様のドスの利いた声に、王妃様は慌ててさがっていった。ちょっと残念。
「アリス。魔法は、使えるかな」
復旧したお父様に言われた私は、さっきと同じように指先に光を生み出す。
王様が、王妃様も驚いたみたいだった。普通はこんなに簡単に扱えないらしい。基礎学習と、何度かの練習を経てやっと同等のことができると言っていた。
「もっと、強くできるかい?」
続けて言われる。指先に力を集中して、光をどんどんと強くしていく。眩しいくらいまで輝き出したところで──
ぱん、と弾けて消えた。これ以上は制御ができない。あくまで通常なら、だけど。
頭の中で、例のプログラムを実行したときの効果範囲、実行結果を予測。見積モードで動かし、範囲指定の座標や威力の調節などをやってみると──
「今はまだ、慣れません。でも、プロシージャを使えば……」
「ぷろしーじゃ?」
「この王宮くらいなら、簡単に壊せると思います」
「待て待て待て!」
王様が血相を変えて止めようとしてきた。やるわけないのに、失礼しちゃうなぁ。
「アリス。目を閉じて、集中してみてくれるかな」
お父様は動じることなく、顎に手をやっていた。
言われるままに目を閉じ、いろいろと念じてみる。すぐに内にある加護の輝きが見えた。
「なにが、見える?」
「……白金色の、頭いっぱいに広がる光のきらめき、です」
「うん、わかった。もういいよ」
目を開ける。何かを確信したようなお父様と、悲痛そうなお母様が見えた。
お母様はベッドに上がってきて、私を守るように抱きしめてきた。お父様は周りを見渡してから、口を開いた。
「結論から言おう。アリスには、宵の最高神様の力が宿っている」
お母様の抱く力が強くなった。




