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「はい、あーん、ですよ」

「あーん」

「お上手ですね~」

「次、こっち! こっち!」

「ええい、うるさい! まだこのメインディッシュが終わってない──」

「バランスよく!」

「ぐっ!」


 お口に放り込まれたお肉をもぐもぐする私の目の前で、宮仕えの侍女が二人、言い争いをしていた。一人はフォークに温野菜をぶっ刺したまま、ぎゃあぎゃあとわめいている。

 腹ぺこアリスの胃袋を救うために、すぐにご飯が運ばれてきた。と言っても、ほぼ病人扱いの私。量も少ないし歯ごたえもなく、味付けもあっさり風味。養生食みたいなものだ。それらをひとつひとつ、呼ばれた侍女らが私に食事のお世話をしてくれていた。

 ご飯はともかく、こんな食事はしたことがない。テーブルマナーは小さい頃から指導されたし、いつの間にか一人で食べられるようになっていた。『あーん』なんてされたのは数えるくらいしかない。

 なのにこんなベッドに座ったまま、お姫様のような扱いを受けていいものなのかしら。悪いことをしているようでどきどきとする。


「どーぞー」


 次に出されてきた、甘く煮られたつやつやのグラッセにぱくりとかぶりつく。キャロットもこうしてくれれば喜んで食べるのに。


「おいしいですかぁ?」


 食べさせてくれた侍女がにこにこと──にへにへとだらしなく笑いかけてきた。


「ん……んく……おいし、です」

「わああぁ……」

「かわいいいぃ……」


 でれぇっとなった侍女は、次にどれにしようかとお皿をにらみはじめた。

 ……別にどれでも食べますけどね。


「……やっぱり男の子だけじゃダメかな」

「ですわね……」


 私たちの様子に、王様と王妃様が遠い目で天井を見上げていた。

 王女宮。ここは王女様のための宮殿、その一室だった。というか、王女様が生まれた場合に自室になる部屋だ。どうりで家具もベッドも立派だと思った。

 そんな部屋を使っていいのか、と知らされた時に聞いてみたものの、誰もが『むしろ使ってください』みたいなことを言っていた。理解できなかった私だけど、今こうしてお世話をしてくれている侍女を見たら、なんとなくわかる気がした。

 現王家──表舞台に出てくる王族──は女の子がいない。王子様が二人、どちらも男の子だ。占い師さん(よくわからない)とやらが言うには、近く王女様が生まれるらしいのだけど、今は王女宮の主は不在だった。手入れはされているも、使い道がない宮殿は主人を欲していた。

 そこに私の登場(不本意な理由だけど)。ちょうどいいと言わんばかりに、すやすやと眠る私はこの部屋に放り込まれたのだった。


「…………」


 隣では不機嫌そうなミシェルがじっとこっちを見ていた。ベッドに臥せった人へのお世話は、彼女は経験がない。だから渋々と、私のお世話を宮仕えの侍女に譲っていた。

 ……まぁ、私もミシェルに食べされてくれるほうが、よかったけどね。


 ひとしきり食べ終え、出されたデザートまでぺろり。淹れてくれたお茶をずびずび飲んでいく。


「どうだったかしら? お気に召してくれたらいいのだけれど」

「あ……ええと、たいへんにおいしゅう、ございました」

「ふふ。それはなによりでした」


 微笑んだ王妃様からミシェルへと目をそらす。彼女はぶんぶんと首を振った。

 今、この部屋には私、ミシェル、王様と王妃様、そして侍女しかいない。食事の準備をしている最中に、お父様もお母様も退出していた。

 ……国のトップを置いていずこかへ去る。一人娘を置いて。私に何を期待しているのだろうか?


 少しばかり沈黙が訪れる。さっきまで騒がしかった侍女らも、今は静かに佇んでいた。

 気まずい。なにか話を振らないと。


「え、ええと──」

「ああ、そうそう。御子だったね」

「えっ!?」


 私より先に王様が話を持ち出した。たしかに御子様のことは気がかりだったけど、まさか向こうから振られるとは思ってもみなかった。

 固まってしまった私に、王様は柔らかく笑ってくれた。


「安心してくれ。重度の魔力切れ──と言うと不安になってしまうね。今はもう、普段の生活に戻ってくれているよ」


 胸がすーっと楽になっていく。心のつかえが取れた気がした。

 よかった。私なんかのために、重要な職を担う御子様に何かあったりしなくて、本当によかった。もし会えたなら、精一杯にお詫びをしようと思う。

 私はぺこりと頭を下げた。ベッドの上だけど。


「申し訳ございません、でした」

「いやいや、むしろ逆だから」

「逆?」

「……『素晴らしく稀な経験、だい・だい・大満足よー』って言っていたね」

「……はぁ」

「いちおうは箝口令を敷いているけれど……まぁ、彼女は気にしていない様子だから、君も気にしないでね。……むしろ気にしないでくれると、こっちとしてもありがたくてだね……」


 言いにくそうに王様が告げた。項垂れてしまっている。

 うん……本人がいいなら、私もそれでいいや。いいのだろう。きっといいのだ。


「ふぅ」

「お、重いわ」


 御子様のお話が終わったと同時に、両親が部屋に戻ってきた。

 それを見た私は言葉を失った。どちらも分厚い本を両手に抱えて、顔が隠れるくらいうず高く山のように積んでいたからだ。


「いい子にしていたかしら?」


 お母様が本の隙間からこっちを見て言った。

 その姿はどうあれ、これで息苦しい場から脱出するとことができる。私は胸をなでおろした。

 『よいしょっと』とお父様とお母様が、持っていた書物をテーブルに置いた。


「陛下」

「わかってる」


 王様がちらっと侍女らを見た。目配せをされた二人は、お辞儀をしてから部屋を出ていく。

 さらにお母様が魔法を唱えた。以前までなら、何をしているかわからなかったと思う。

 でも、今は違う。私の目と頭はすぐに理解した。これは、声を届かなくし、なおかつ口の動きまでもをでたらめに見せる、防諜の類のものだ。


 発動を確認したらしく、四人が話をし始めた。


「アリスが寝ているあいだに、いろいろと調べていたんだ」

「城中の書物を、片っ端から開いちゃってね」

「……本当に、禁書庫にまで出入りするんだから」

「悪かったよ、陛下」

「他の者には黙っておいてよ……」

「わかってる、悪かったって」


 悪いと思っている気持ちが微塵も感じられない態度で、お父様がどんどんと本を開いてベッドに置いていく。古い本だ。表紙はほつれ、紙の端々も変色、あるいはほつれ始めていた。それを、お父様が説明しながらめくっていく。私も含め、みんなが手元をのぞきこんでいた。

 そして最後、洗礼の儀式を絵にしたようなページで手が止まった。


 小さな子供が笑顔で水晶玉に手を当てている。その隣には、御子様と思しき人物が多数。さらに、特別立派な服を来た真っ白な女性が真ん中にいた。今とは形式が違うのかな?

 頭上には大きな太陽と月が描かれており、そこから光が降りてきている。そんなイラストだった。


 ……ん? すいしょうだま?


「それでだ、アリス──」

「あっ!」


 三度大声を出した私に、ミシェルも含めた五人が大慌てで詰め寄ってきた。


「どどど、どうした!?」

「ちょっと、ほんと隠すのはやめてちょうだいよ!?」

「お嬢様!」

「医師を呼ぼうか!?」

「お料理、足りなかったかしら!?」


 みんながベッドに手をついて、顔を近づけてくる。私が倒れたことがよっぽど不安だったようだ。お父様にいたっては、おでこに手を当ててきたり脈を測りだそうとしたりもしている。ご飯も食べられたし、そこまで心配しなくてもいいのに。あと、王妃様。その気遣いはいりません。満腹です。

 そんなことより──


「……水晶玉」

「水晶玉?」

「割れちゃって……お父様、弁償とかなりますか……?」


 あの水晶玉は、きっと大事で高価な物に違いない。なにせ洗礼のメインを張っているのだから。加護を与える、という役割を考えても、お高い道具であることは幼い私にも容易に想像できた。ひょっとしたら唯一無二かもしれない。

 それなのに、私が洗礼を受けたせいで真っ二つに割れてしまった。もし、そのことで責められたりしたら、なんとお詫びをしていいのやら。

 シーツをぎゅっと握りしめる私を見た両親は、ずるずるずるっとベッドに崩れ落ちた。むにょーんと伸びてしまっている。


「はぁ……いい加減、大きい声を出すのもやめてちょうだい……」

「いちいち心臓に悪いよ……」

「……いや、あの水晶玉は国宝……最重要レベルの器物なんだけどね」


 『どうでもいいことに騒ぐな』みたいな反応をする両親に、王様がずびしっとツッコミを入れた。

 国宝。やっぱり、そうなんだ。あの水晶玉は、お国レベルでの宝物なんだ。弁償なんてできないかもしれない。スチュアート家が傾いちゃう。他でもない、私のせいで。

 涙が内から内から溢れてくるけど、王妃様もベッドに身を乗り出して、握りしめた私の拳に優しく手を重ねてくれた。


「気にしなくてかまわないのですよ」

「……おう、ひさま」

「貴女は洗礼を受けただけ。落ち度があるなら、私たち王家になります」

「でも、来年が……」

「……お優しい子ですね」

「私に似たのよ」

「…………大丈夫ですよ。すでに教会関係者は動いています。来年には間に合うでしょう」

「え、ちょっと、もしかして無視された?」


 つんつんとつつくお母様の手を邪魔くさそうに振り払う王妃様が、笑みを強くした。重ねてくれていた手を、今度は頬に当ててきて涙を拭ってくれた。

 その優しい指使いに、じんわりと温かくなる。思わず頬ずりをしてしまった。


「ありがとう、存じます」

「……ずっと、いても、いいのよ」

「え?」

「てーれーさー?」

「じょ、冗談……冗談だから……」


 お母様のドスの利いた声に、王妃様は慌ててさがっていった。ちょっと残念。


「アリス。魔法は、使えるかな」


 復旧したお父様に言われた私は、さっきと同じように指先に光を生み出す。

 王様が、王妃様も驚いたみたいだった。普通はこんなに簡単に扱えないらしい。基礎学習と、何度かの練習を経てやっと同等のことができると言っていた。


「もっと、強くできるかい?」


 続けて言われる。指先に力を集中して、光をどんどんと強くしていく。眩しいくらいまで輝き出したところで──

 ぱん、と弾けて消えた。これ以上は制御ができない。あくまで通常なら、だけど。

 頭の中で、例のプログラムを実行したときの効果範囲、実行結果を予測。見積モードで動かし、範囲指定の座標や威力の調節などをやってみると──


「今はまだ、慣れません。でも、プロシージャを使えば……」

「ぷろしーじゃ?」

「この王宮くらいなら、簡単に壊せると思います」

「待て待て待て!」


 王様が血相を変えて止めようとしてきた。やるわけないのに、失礼しちゃうなぁ。


「アリス。目を閉じて、集中してみてくれるかな」


 お父様は動じることなく、顎に手をやっていた。

 言われるままに目を閉じ、いろいろと念じてみる。すぐに内にある加護の輝きが見えた。


「なにが、見える?」

「……白金色の、頭いっぱいに広がる光のきらめき、です」

「うん、わかった。もういいよ」


 目を開ける。何かを確信したようなお父様と、悲痛そうなお母様が見えた。

 お母様はベッドに上がってきて、私を守るように抱きしめてきた。お父様は周りを見渡してから、口を開いた。


「結論から言おう。アリスには、宵の最高神様の力が宿っている」


 お母様の抱く力が強くなった。

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