(6)
身廊で男の人が足を止めたので、私たちも歩みを止めた。
さっきは気付かなかったけど、天井がもの凄く高い。ガラス張りになっているところから太陽が見えていて、まるで光が降り注いでいるようだった。
「さ、どうぞ」
促されたのでもう少し先へ進む。
祭壇のほうを見ると、王様と王妃様が手を振って笑いかけてくれていた。思わず私も手を振ってしまいそうになったけど、小さくお辞儀だけしておく。
「連絡のあったお二人ですね、こちらへ」
御子様が優しく微笑んでくれた。
近くで見たら凄い綺麗。紫の瞳に吸い込まれそうになる。
ぼーっとしていると、大司教様が不機嫌そうに私たちを、続けて王様を見た。
「これきりにしてもらいたいですな、陛下」
「わかっている。だが、今回は大切な友人の頼みでもあるんだ。よろしく頼む」
「まったく……では御子よ」
「はい」
王様がかばってくれたけど、どうやら大司教様は乗り気じゃなかったようだ。通例と異なるのだから当然かもしれない。
でも、なにも私たちの前で言わなくてもいいじゃない。せっかくおめかしもして、さぁこれからって時にさ。
むすっとした私に、御子様がこっそり内緒話をするような感じで囁いてくれた。
「気にしなくてかまいませんよ。私もけっこう楽しみでしたから」
「本当ですか?」
「はい。このたびはおめでとうございます」
ぺかーっと、後ろから光があたっているような笑顔。眩しすぎてしばしばする。
これが神様に仕える人が放つ雰囲気なんだ。そう思わずにはいられなかった。なんだろう、御子様の周りだけ空気が違うというか……
「んんっ」
「あ、失礼しました。ではまずは──」
「ミシェルから!」
「お、お嬢様」
後ろに回ってミシェルの腰を両手で押してあげた。つんのめるように彼女が一歩前に出る。
それにしても大司教様はまったく神聖な感じがしない。今の咳払いも気に食わない。御子様を見習えってんだ。
「ふふ。ではどうぞ」
「は、はい」
笑みを強くした御子様がミシェルを導いた。緊張したような足取りで祭壇に上がっていく。
御子様が両手を組んで、ミシェルが祈るように目を閉じた。
なにを考えているんだろ。自分のことかな。将来のことかな。家のことかな。私のことかな。私のことだったら、嬉しいな。
「……んっ、あ、あれ?」
「どうした?」
「あ、いえ、魔力が……あれ?」
大司教様と御子様がなにか言ってる。もしかして、お父様が言っていた魔力不足ってやつ?
不安になったけど、ちゃんと他の子と同じように、きらきらした光が降り注いだ。ほっ。
「では、水晶玉に……」
「大丈夫か?」
「は、はい……」
さっきまでにこやかだった御子様が、なんだか疲れたような顔をしていた。なにがあったんだろ。
ミシェルが水晶玉に手を触れて……あれ? 今はミシェルが言っていたように、水晶玉が緑色になってる──
「わっ!?」
「ひょえっ!」
いきなりぴかっと強く光ったので、ミシェルが慌てたように手を離した。私も、その場の全員がとっさに身構える。
水晶玉から緑色の光が溢れる。大聖堂全体が、その色いっぱいに満たされていった。水晶玉は変わらず強く光っているけれど、なぜだか眩しくはない。なにこれ? さっきまでこんなことなかったよね……?
二階部分を見ると、両親が立ち上がってこちらを見ていた。驚いたような顔で固まっている。
「こ、これは……」
「嘘……」
大司教様と御子様も、呆然として突っ立っていた。みんなが柔らかな緑の光を見つめている。
「大司教、これは?」
「……にわかには信じられませんが、おそらくは──」
「豊穣神様……」
「なんだと? 説明を」
御子様の言葉に王様が詰め寄るけれど、大司教様は口を開いては閉じている。必死に言葉を選んでいるようだった。
「……この世界を司る神々のことは、ご存知ですな?」
「神は知っている。最高神を頂点に、従神である様々な神が柱に……だろう?」
「そうですな」
大司教様が説明を始める。御子様も横から補足していた。
神様のことは私も知っていたのでおさらい的に聞いていたけど、そのあとの話には驚いた。なんと、さっきの光は十二柱におわせられる、豊穣を司る神が顕現された証である、なんて言い出すんだもの。
びっくり仰天、ミシェルには豊穣神様の加護が与えられた。最高神様のすぐ下に存在する、高位も高位な神様の力が彼女に宿った。
こんなことはめったにないらしい。さっきまで見ていたように、普通は名前付きの加護なんて与えられない。力の一部を賜わるだけだ。神様以外でもユニークな加護はあるみたいだし、たしかお母様がそうだったはずだけど、それも稀なことだった。
つまり、ミシェルは稀代の加護を得た。きっといつか、並外れた力を扱えるようになる。今日洗礼を受けた子らより、いや、ひょっとしたらこの場にいる人も含めて、誰よりも。
ま、ミシェルなら当然なんだけどね。ふふん、どうだまいったか。
「神の気まぐれ、か……」
「それと、数年前にも守護神様が降りておられます」
「あぁ、そうだったな。あの時は男だったか。先代陛下の頃だったな」
「そうか、父の時に……」
ない胸を張る私には目もくれず、お偉い人たちは難しい顔で考え込んでしまっている。『おめでとう』くらい言えばいいのに。
代わりに私が思い切り祝ってあげることにする。はしたないけどスカートを持ち上げてお靴をチェック。よそ行きだから派手な動きはできないし、靴底を痛めてしまうかもしれないけれど、今くらいはいいよね。
「すごい! おめでとう、ミシェル!」
「お嬢様……」
「? どうしたの?」
ぴょんぴょんと飛び跳ねた私に、ミシェルは活気のない顔を向けた。眉にしわを寄せ、時たま額に手を当てている。
……どうしちゃったのかしら? 嬉しくないのかな?
「おそらく、通常よりも多くの力と知識を授かった反動だろう」
「落ち着くまでは安静にしてくださいね」
私の疑問には大司教様と御子様が答えてくれた。
なるほど、と納得する。普通とは違うのだから、そういうこともあるかもしれない。あまり大声を出すのはよくないので、私はぐっと我慢した。お祝いはまた今度ということで。
「それにしても、この短期間で二柱もの神が降りられるとは……」
「偶然、か。それとも……」
「それでもお目にかかれて喜ぶべき、なのでしょうね」
みんなはまだ小難しいことを言っている。どうでもいいでしょうに、そんなこと。
ミシェルと目があった。彼女は精一杯の笑顔を浮かべてくれる。首元の汗が天井からの光に反射して輝いた。
無理をしていることは明らかだった。でも、それも私を安心させようとしてくれているのだと思う。だから私も笑顔で迎えてあげることにする。
「君、いいかな?」
「へっ!」
こっちに戻ってくる前に、王様がミシェルを呼び止めた。
彼女は素っ頓狂な声を上げて、がくがくと振り返ってる。ちょっと面白い。
「あなた……」
「ん……あ、あー……」
王妃様が目配せをして、二人して二階のほうを見る。
私も同じように目を向けると、『余計なことを言うとどうなるかわかってるだろうな』みたいな顔をしたお父様とお母様がいた。なんだか背後にどす黒い炎が上がっているよう。
「あんなににらまなくてもいいじゃないか……ごほん。その力、彼ら侯爵家に、そして国のために活用してもらいたい」
「お願いしますね」
「は、はい……!」
王様と王妃様、お国のトップに立つ二人から言葉を投げられたミシェルが、ぺこぺこぺこぺこ何度も頭を下げた。首が外れないか不安になるくらいだ。
これ以上ないくらいにお辞儀をしてから、祭壇を下りてくる。
「ミシェル」
我慢していた私はすぐに彼女に抱きついた。神様に邪魔をされないか少し不安だったけど、なんともなかった。
「お嬢様……すみません、汚れてしまいます」
ミシェルは受け止めてくれたけど、やんわり身体を離してきた。汗の匂いや、私のドレスにつくのを恐れたのだと思う。別に、いいのに。
そういえば彼女は体調がよくなかった。だから寂しいけど大人しく離れて、声も頑張って小さくする。
「おめでとう、ミシェル」
「ありがとうございます」
「こんどお祝いしなきゃ」
「……はい、お嬢様も含めて、なら」
「もう」
ほんとに『もう』だ。特別に特別を重ねたくせに、こんな時でも私のことしか考えないのだから。
でも、嬉しい。ペチコートのポケットからハンカチを取り出して、彼女の汗を拭ってやった。
「おじょう、さま」
「じっとして」
「……はい」
「首も」
「あ、それ、くすぐった……」
「逃げちゃだめ」
「ですが──あは、ふふはっ……」
「ね、ほら、脇も……」
「そ、それは自分で」
「だめ、私がやるの」
「うぉほん!」
背伸びをしてミシェルの腕を持ち上げようとしていると、横から大きな咳払いがした。
二人で顔を向ける。大司教様が口元に手を当て、何回も『おほんおほん』と言っていた。
……そうだった、私がまだなんだった。怒られるのも仕方ないよね。にしても、のどは大丈夫かしら?
「え、ええと、あの、その、あれで……そ、そうです、今ので魔力があれなんです。た、待機している人を呼んできます、ね!」
御子様が裾を上げてダッシュで側廊に消えていった。なぜか、顔が真っ赤だった。
王様と王妃様を見る。どっちもぽかんとしていた。今度はお父様とお母様。どっちもため息のようなものを吐いているのが見えた。
「……んん?」
「気にしないで、いいですよ」
「そう?」
ミシェルの言うとおり、私は気にせず新たな御子様を待つことにした。




