(7)
「……見たかったけど、仕方ないですね」
代わりの御子様はぶつくさ残念そうに姿を現した。さっきの人よりは年齢が高めに見えるけど、共通するのはやっぱり美人であること。
……御子様って、綺麗じゃないとなれないのかな?
「では、そこの少女よ」
「…………」
「……こら、そこの」
「……お嬢様」
「え! あ、はい!」
危ない。まったく聞いていなかった。慌てて返事をして祭壇に近寄る。ぎりぎりセーフ!
「……はぁ」
大司教様がため息をお吐きになさった。
……ぎりぎりセーフ、だったよね?
「ぷふっ」
「……なにか」
吹き出した御子様を、大司教様がじろりとにらんだ。
「いいえー」
にらまれても、御子様はまったく動じなかった。にこりと微笑んで、大人で綺麗な笑顔を向ける。
綺麗は綺麗なのだけれど……さっきの御子様よりも、いくぶん意地悪そうな笑顔だった。
「……まったく。さっさと始めなさい」
「はぁい。お嬢ちゃん」
『こっちこっち』と御子様が手招きをする。
後ろを振り返る。ミシェルが、お父様とお母様もうなずいてくれた。私もうなずき返して、祭壇を一歩一歩上がる。ここでドレスを踏んづけてころんだりでもしてしまったら。そうなれば台無し。慎重に、一歩ずつ確かめるように進む。
それにしても、あんな事が起きたあとだと少しだけプレッシャーが……まぁ、洗礼は人それぞれだって言うから、気にしてもしょうがないのだけれど。
祭壇からは聖堂内が一望できた。こんなに広かったんだ、と思うと同時に、こんなに大きかったんだ、と思えるくらい、目の前にあるのは大きな大きな水晶玉。光はすでに七色に戻っていた。複雑な光が入り混じって、絶えず動き続けている。この近さだと目がしばしばしてくるくらい。
「ふふ。では、祈りをね」
「は、はい!」
ぎゅっと目を閉じて、私は神様に祈る。
えっとえっと、まずはお父様とお母様のことでしょ。いつも優しくて、私のことを第一に考えてくれたお父様。今回だって、お父様のおかげで特例扱いなのだから、それに感謝を捧げるのは当然。お母様も優しく……優しく? うん……厳しくて怒られたりするけれど、この間のお誕生日会のように、優しい時もある。それに厳しいのも私を想ってのことだから、やっぱりそれは優しいことにほかならない。今日の洗礼で力を賜ったら、ちゃんと親に、お家に恩返しをしよう。
次にミシェル。あの路地裏での出会いは、もうずっと昔のようにも思える。生まれた時からいっしょにいた、と勘違いしてしまうくらい、彼女はずっと私に付き添ってくれた。その彼女は特別な洗礼を受けた。もしかすると、これを機に私のもとを去ってしまうかもしれない。彼女はもう、どこにでも行ける。立派な翼を得たのだから、本来の家族を探すとか、きっとやりたかったことに進んでいくかもしれない。それは、寂しい。別れの時に自分がどうなってしまうか、私にはわからないけれど、もしそうならちゃんと応援してあげたい。笑顔で送って……あ、もう泣きそうになってくるから、たぶん無理だろうけど。
あとは家を支えてくれている使用人。毎日お世話してくれて、お母様からかばってくれたりもしてもらった。ドジをして汚れてしまったドレスとかを、見つかる前に黙って処理をしてくれて。口裏を合わせてごまかしたりもした。そのあとは決まって、『今回だけですよ』って言ってくるの。その『今回』が何度あったか、思い出せないくらい。立場は違うけど、みんなが素敵な家族だった。
最後に王様と王妃様にも感謝する。お父様から無理を言われたのに、私たちのために願いを聞いてくださった。普通なら断られるであろう、図々しいわがままを。邪険にもせず、洗礼を見守ってくれている。
これまで出会った人たち、全員に感謝をする。私がこうして洗礼を受けられているのは、そういう人たちがいたから。私はその人たちのおかげで生きている。まだ五年にしかならないけれど、この五年間は誰よりも幸福で、光にあふれていたと思う。だから、感謝しかなかった。
今は御子様も祈りを捧げてくれているはず。他の子やミシェルと同じように、きっと私の頭上にはきらきらとした柔らかな光が──
「ぐぅっ!? ああっ……!」
「えっ……?」
変な声に目を開けたら、御子様がぐらりとふらついていた。そのままばたんと倒れてしまう。……なに、どうしちゃったの!?
ぽかんとした大司教様が、血相を変えて御子様に近寄ろうと──
ぱりぃん!
また変な音が聞こえた。なんか、割れるような音が。
目を向けると、水晶玉が真っ二つに割れていた。『割らないでね』と言っていたお母様の言葉を思い出すのと同時に、そこからもの凄い光が放たれた。さっきのミシェルのときの比ではないくらい、聖堂全体が一瞬で白金色に満たされる。
そして、私の頭に洪水のように知識が流れ込んできた。
朱の最高神。宵の最高神。星神、炎神、海洋神、嵐神、豊穣神、癒神、守護神、天空神、時空神、叡智神、暗黒神、死神の十二柱。そのほか、配下に属する神々に精霊の情報、世界の成り立ち、魔力の仕組みが次々とインプットされていく。
次にミドルウェアのインストールが始まった。世界と私をつなぐ、中間層を担う特別なソフトウェアが。
メインシステム。世界パッケージ。攻撃プロシージャ。防衛ファンクション。回復ユーティリティ。魔力アクセスアドバイザ。魔力コンシュームアドバイザ。魔力トレースツール。自動ディクショナリインデクシング。自動パーティションプルーニング。高頻度自動オプティマイザ──
「うゔぅあ゙ああ゙あぁぁあっ!」
「お嬢様!?」
「アリス!」
とんでもない痛みに頭を振り乱す。私の口から獣のような叫び声が出た。かち割れそうだった。
身体が滅茶苦茶に熱い。ばらばらになる、なった、なってる。なに、これ……助けて……死ぬ……死んじゃぅ!
「いだいいい゙ぃ! じぬ……! じぬ! やだあぁ゙ああ゙ああああ!」
視界がチカチカする。眼が破裂しそう。心臓の鼓動がうるさい。脳みそがかき混ぜられている。口から何かが出てきそうだった。
「お、お嬢様……様!」
「緊急事態……を……も……」
「搬送……王宮が……か……急げ……く!」
「アリ……した、なにが……!」
ばたばたと駆け足のような音と、みんなの声が遠ざかっていく。なぜか床が近づいてきた。
そのあと、目の前が真っ暗になった。




