(4)
景色はすぐに飽きた。だって同じような風景が続くから。
早々に見るのをやめ、四人でお話することにした。これまでのこと、お勉強のこと、この前の誕生日パーティのこと、侍女のお仕事のこと、これからのこと、洗礼のこと。
話している内にミシェルも緊張が薄れてきたようで、お母様から髪飾りの位置を少し手直しされてほんのりと嬉しそうにしていた。
羨ましくなったので、むむっと頭を向けると、私の方にも手を伸ばしてくれた。
三人で仲良くしていたのが不満だったのか、『僕も頑張ったのに……』とお父様が寂しそうに言った。仕方ないなぁとお膝の上に乗ってあげたら、すぐに笑顔になった。まったく、いつまでたっても子供なんだから。
そうしている内に王都に近づいてきたようだ。大きな門が見えてくる。遠くにはこれまた大きなお城のてっぺんが見えた。
門番らしき、軽鎧を着ている人にマイクが話しかける。さらにお父様が窓から話しかけていた。どうも通り抜けるのにチェックがあるらしいのよ。
少しどきどきしたけど、すんなり通してくれた。
この門は貴族外に繋がっていたらしく、窓からは真っ白な道と壁、そして大きなお屋敷が続く。
道はだいぶ広く、フラッグストーンが敷き詰められているように見える。かたかたと馬車が軽く揺れた。
少し登りになっているその道をゆっくりと進む。
外を眺めていたら、急に屋敷の数が減った。減ったと思ったら、次第に見かけなくなる。
そこからは王都の外がよく見えた。一面の緑。遠くには森や川、湖があった。ちらほらと屋敷のようなものも見える。私たちが通ってきたのはどのあたりかな?
「アリス」
お母様から言われ、慌てて窓から離れて席に座り直す。事前に教えられていた。
ミシェルももう一度姿勢を直している。今回は彼女も侍女としてではなく、洗礼を受ける招待客。同じような振る舞いをするよう言われていた。
馬車が止まった。外を見たくなる気持ちを我慢して、じっと待つ。
ほどなくしてドアが開けられた。そちらも見ない。視線は動かさない。じっと手元を静かに見つめる……我慢できずにチラ見しちゃう。
最初にお父様が降りた。続けてお母様。お父様にエスコートされて降りていった。
そして次はミシェル。乗る時よりはマシに見えたけど、がくがくした動きでお父様の手を取って降りていく。
最後は私。名前を呼ばれたので、先の二人に倣うように降りる。
段差があるので、気をつけないと転んでしまいそう。だけど視線を真下に向けるわけにはいかない。私は侯爵家の娘なのだから。
転ばずに降りると、目の前にはたいへんに大きな門があった。門番は四人もいる。今は開かれてはいるけれど、夜は閉じているらしい。これが閉じるととんでもない圧迫感があるだろうな、と思った。
お父様が何やら上品そうな服を着た人と話をしている。
その人は私を、次にミシェルを見て目を見開いていた。なんだかやな感じ。
『こちらへ』と案内されたので、進む両親の後をついていく。
さらにその後ろを、王宮関係の護衛らしき人が、付かず離れずの位置でついてきた。よく見ると一人は女性みたいだった。
門番の人が敬礼をしたので、軽くお辞儀をしておく。視線は合わせないが、なにやら『ひゅっ』というような声が聞こえた。なんなんださっきの人と言い。
王宮の中はびっくりするほど大きくて広かったけど、顔にも声にも出さない。
ちらっとミシェルを見てみると、感情のない、どこを見ているかわからないうつろな表情をしていた。うんうん、どうやら腹は決めたみたい。
そうして案内された、これまた広い広い部屋で『どうかこちらでお待ちください』と言われた。女性の護衛は中まで入ってきた。
ソファに腰を下ろして一息つく。案内してくれたやな感じの人が出ていったのを合図に、
『ふはぁ……』
張り詰めていた気を抜いて、背中を沈めた。隣のミシェルもだ。
「アリスもミシェルもよくやったわ。親として夫人として、鼻が高いわよ」
「ありがとう存じます、お母様」
「ありがとうございます……」
はしたなくも部屋をちらりと見てみると、王宮侍女……メイドさんって言うのかな? 部屋の隅でお茶の準備をしているようだった。そういえばお腹も空いている。
「そうだね。それに見た? あいつ、二人を見て息を呑んでいたよ」
「あいつ?」
聞き返すと、お母様が複雑そうな表情になった。
「さっき案内してくれた人ね。なんていうか、彼は……腐れ縁よ」
「くされえん?」
「学園のクラスメイトだったんだよ。いつもライバル視されていたなぁ……」
「あなたがからかうからじゃない」
「からかってなんかいないよ。好きな相手に素直になれないから、発破をかけて遊んでいただけで」
「それをからかっていると言うのよ……」
なんだか両親の昔からの知り合いらしかった。いやな感じと思ってしまったのは悪いことしたかも。『息を呑んだ』という意味と理由はわからなったけど、教えてくれなかった。
メイドさんがお茶とお菓子を用意してくれたので、空腹を味わっていた私はすぐに手を伸ばした。お行儀はよくないけれど、このままじゃお腹が鳴っちゃうかもしれない。それを感じ取ったのか、お母様も特に何も言わなかった。
他人が用意したお茶とお菓子を味わう機会が少ないミシェルは、居心地悪そうにカップを口に運んでいた。それと、どうもメイドさんを盗み見している。たぶん技術を拾おうとしているんだろうけど、若干、ワーカーホリックな感じが否めなかった。
ちびちび飲んでお菓子をもぐもぐしていると、ドアの前に立つ女性騎士と目が合った。慌てた感じでそらされたけど、まだちらちら見てくる。不思議に思って首を傾けたら、なぜかむせていた。本当にどいつもこいつも失礼な。
しばらく時間を過ごしていたら、ドアが開かれた。立派な服を来た人が四人、部屋に入ってくる。
二人は大人で、もう二人は私と同じくらいの子供だった。部屋にいた女性騎士が、へばりつくくらいに壁に寄っている。
「アリス。ミシェルも」
お母様が言うのと同時に、お父様が拝跪の姿勢を取った。続けてお母様も。
私たちも慌てて真似をする。
……え? こんな態度を取らないといけないって、もしかして──
「毎度のことだけど、普通でいいと言っているのに……」
頭上に男の人の声が通った。威厳があるような、ないような、どちらかというとなさそうなんだけど、優しい感じがする。
「そうもいかないよ、陛下」
お父様が言った。
陛下。やっぱり王様なんだ。
理解したと同時に、お父様の言葉遣いに不安になる。まだ拝跪の姿勢のままではあったけど、不敬もいいとこじゃないかしら。姿勢と言葉が合っていないのだけど。
「……顔を上げて楽にしてくれないか」
その言葉にお父様もお母様も顔を上げて姿勢を戻したので、やっぱり私たちは慌てて真似をする。
そしてもう一度四人の姿を見た。
まずは正面。王様っぽい格好をした、まぎれもない王様。顔は教科書に載っていたので知っている。絵と、写真機とやらで取ったやつ。
それはそれは凄く凄く険しい顔つきで、何を言っても『騒々しい、静かにせよ』みたいにお付き合い困難だと勝手に思っていたけど、実際に会ってみたらその表情は少年のように幼かった。五歳の私が言うのもなんだけど。
画家が悪いのか、写真機が悪いのか。どっちも変えたほうがいいんじゃないかな。
その横隣、お母様と同じくらいの年齢かな? もの凄い美人さんがいた。たぶん王様の奥さん──王妃様じゃないかな。真っ白なドレスがとても綺麗。
目が合ったらにっこりと笑いかけてくれた。うーん、とびきりスマイル。私も負けじと笑顔を返しておく。
そしてその後ろ、私と同じくらいの二人の子供。おそらく王子様だよね。
どちらも美形さんだけど、一人は不機嫌そうな感じで、もう一人は穏やかそうな感じでこちらを見ていた。
……ん? よく考えたら、私たち王家を呼びつけちゃったの? 普通はこっちから向かう──というより、謁見じゃなかったの?
考えれば考えるほど、どんどん不安になってきた。女性騎士が腰にぶら下げている剣を思わず見てしまう。
「久しぶりだね陛下」
「本当だよ。やっと知らせが来たと思ったら、無茶苦茶言うんだから……」
「それについては感謝してるよ」
お父様が凄いのか、王様が情けないのかはよくわからなかったけれど、とにかく見た感じは仲が良さそう。
ミシェルを見てみると、口を大きく開けてぽかんとしていた。気持ち、わかるよ。
「で、そっちが?」
「うん、そうだよ。伝えたとおり、今日の洗礼を受ける二人」
王様がこっちを見た。どきっとするけど、顔には出さずに頑張って微笑んでおく。ミシェルがちょっと心配。
王様がばさっとマントをひるがえした。すごい。重そうなのに。
「よく来てくれた。余がフェレニア国王、ファイネスである」
「ぷっ」
お父様が吹き出した。もうなんだか不敬なんてどこへやら、という空気だ。
「……なにかな」
「だって、『余』って……『余』ってさ……しかも『である』とかって……」
「う、うるさいなジーク。これでも大変なんだよ僕は」
「知ってるよ」
『余』からいきなり『僕』になってた。こっちが素なのかもしれない。
ということは、教科書の険しい顔は、頑張って作ったものだったのか。うん、素のほうがいいのではないかしら。
お父様の横やりが入ったけど、私は精一杯のカーテシーを決めて挨拶をする。
「お初にお目にかかります陛下。スチュアート侯爵家が長女、アリス・スチュアートと申します」
「じ、侍女のミシェルです」
ミシェルが腰を曲げていた。九十度に。朝とかお帰りの挨拶でも、普通はここまで曲げない。
私たちの挨拶に、王様も王妃様も目を丸くしていた。な、なにかまずったかしら……。
「ジークからイヤというほど聞かされていたけど……」
「本当に可愛らしい子ですね。リエンナが自慢するのもわかるわ」
王妃様が口元に手を当てて、柔らかく微笑んでくれた。その笑顔を見て、しかも可愛らしいって褒めてもらえた私は、顔を熱くさせる。
「あ、ありがとう、存じます……」
「ふふ。私はテレージアよ。……持ち帰りたいですね」
「え?」
なんかおかしな言葉が聞こえた。もう一度王妃様の顔をまじまじと見たけど、変わらずにっこりとしている。聞き間違えかな?
「ちょっと席を抜けるわね」
「お母様?」
「私は──王妃殿下と話があるから」
お母様の顔を見た私は、それ以上聞くのをやめた。だって怒られる前と同じような顔をしていたから。
「うっ……り、リエンナ、今日はその、洗礼、ね? おめでとう、ね?」
「あら。ありがたく存じます」
「やめてちょうだい! その笑顔が怖いのよ貴女!」
「はーいはい。こっちこっち」
「私は悪くないから許してえええ!」
王妃様の腕を引っ張ったお母様が部屋を出ていった。王様の奥さんだというのに、あの態度。お父様と王様と同じように、お母様も王妃様と仲がいいようだった。お母様の悪そうな顔と、王妃様が頑張って踵を踏ん張っていたのが、少し謎だけど。
「僕もテレサも本当に泣かされるね……」
「まぁ、今回は王妃殿下には悪かったと思うよ」
「僕には思わないのか……あぁ、君たちも挨拶しなさい」
王様の言葉で、前に出てきた二人の王子様……うん、王子様だとは思うんだけど、顔を知らないからなんとも言えない。もしかすると、宰相さんとか縁戚の子かも知れないし……。
間違えたらいい笑いものになる。親の前でそんなこと、とてもできない。
「はじめまして。僕はウィルフィード。で、こっちが──」
「兄のレオナルドだ」
名前だけじゃなくて! もっとこう……あるでしょう!?
「アリス。彼らが王子殿下だよ」
私の心の声を聞き取ってくれたのか、くすっと笑ったお父様が横から助け舟を出してくれた。さすがお父様、もう大好き。
「はじめまして、レオナルド王子殿下、ウィルフォード王子殿下。アリス・スチュアートと申しますわ」
「侍女の──」
「さっき聞いた」
二人の内、ぶすっとしたほうのレオナルド王子がそっぽを向いて言った。
その言葉にむっとなった私は、同じようにそっぽを向いて、つんとした態度を取ってやる。扇の一つでも欲しい気持ちだった。こういう時に使うんだ、と習ったことを実感した。
「挨拶くらいまともにしてほしいですわ」
「なっ……!」
レオナルド王子──もういいや。レオナルドが驚いた感じでこっちに顔を向けた。次第に真赤になっていく。ざまぁみろ、ですわ。
「お、お嬢様……」
「なぁに? ミシェル」
「い、いえ……」
王妃様の笑顔を思い出して、にっこりとミシェルを見る。彼女はすごすごと引き下がった。
売られた喧嘩は買う。舐められたままでいられるなんてダメ。だって私は侯爵家娘なんだから。
「兄がごめんね。可愛い女の子には素直になれないみたいなんだ」
「ウィル!」
ウィルフィードが代わりに謝罪してくれた。こっちも敬称はやめにする。
兄ということは、レオナルドが第一王子だよね。弟のほうがよっぽど大人じゃないかしら。
「ほら、兄上」
「ぐっ…………悪かった。たしかに挨拶は重要だな」
と思ったら、レオナルドもあっさりと謝罪した。素直じゃないけど、懐は広いらしい。普段からそうすればいいのに。
なんとなく可愛くなったので、笑顔で謝罪を受け入れる。
「いいえ。こちらも申し訳なかったですわ」
「むっ……か、感謝する」
どうしてか、またしてもそっぽを向いてしまった。顔もまだ赤くなっている。ええい、怒りんぼさんめ。
「まだ、なにか?」
「ん!? 違う。別に、違う」
違うと言われてもわかんないのだけど。
「なにが違うの……?」
「ん!?」
「くくっ……」
「ウィル!」
意味不明な私を放置して、お兄さんが弟さんをどたばたと追いかけ回した。
わけがわからないので、とりあえずソファに座り直した私は、目の前のお菓子に手を伸ばす。もぐもぐしながらミシェルを見ると、なんだか胸を──私より断然大きい胸を──張っていた。いやみかしら。
「……その、ジーク」
「そんなことをしたら乗っ取るつもりだよ」
「い、いやいや嘘だから。しないから冗談はやめて。…………ねぇ、冗談だよね?」
お父様と王様がよくわからないことを言っていた。『そんなこと』ってなんだろう? 『乗っ取る』というのはなんとなくわかったので、怖くなったけど。
『子供たちだけで』と言われて、そのあと三十分くらい、三人で話した。お互いにもう少し自己紹介をすると、レオナルドは私の三つ上、ウィルフィードは二つ上だった。
レオナルドは八歳になったら入学する学園について、ちょっとだけ話してくれた。『ちゃんと予習していろ』と上から目線で言ってくる。ありがたいですがお節介です。
ウィルフィードはだいぶ大人びていて、政策なんかに興味があるみたい。もう少しレディ向けの話をしてほしいんだけどな。
あ、ミシェルはなんかメイドさんに話を聞いていた。とことんお仕事の鬼になってしまった。居心地悪かっただけかもしれないけれど。
「時間も危なくなるし、そろそろ向かうよ」
私たちとは離れたソファで王様と話していたお父様が、こちらに寄ってきた。
残念だけど、洗礼に遅刻なんてできないから仕方ない。
「悪かったね。このあとの洗礼には、僕もテレサも同席するから」
「了解。じゃあ、二人とも行こうか」
「はい、お父様。それでは、ごきげんよう」
「失礼いたします」
「うん、またね」
「楽しんでこい」
いっしょに部屋を出て、隣部屋にお母様を迎えに行く。
部屋を出てきたお母様はいい顔をしていた。つやつやとしている。王妃様はげっそりとしていた。お母様、なにをした?
用を足したくなったので、メイドさんにラバトリーに連れて行ってもらう。両親と離れて心細かった私は、目の前にあった手を握ってしまった。相手はこっちを見て驚いたような顔をしたあと、べろんと表情を崩した。ちょっと怖かった。
メイドさんはドレスの世話なんかもしてくれた。『女の子……王女……』とかなんとか言っていた。息遣いがなんだか荒い。やっぱりちょっと怖かった。
最後に、少しだけ王宮の庭園に案内してくれた。家にも立派なものはあったけれど、さすがに王宮、広さのレベルが違った。
お母様はカナールを真剣に見つめていた。真似をしようとでも思っているんだろうか。家にカナールっておかしくない?
いろいろな花の香りを楽しむ。
一輪掴んで匂いを嗅いでいると、さっきのメイドさんがずっとこっちを見ていた。
目が合うと、鼻と口元を手で抑えて膝から崩れ落ちていた。だいぶ怖かった。
そのまま王宮を出て、王都にある大聖堂に向かう。
いよいよ洗礼。緊張してきた。




