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(2)

 誕生日は盛大に祝ってくれた。両親やミシェルだけじゃなく、その日は侍女も勢揃い。料理人だって集まってくれている。いつもはあまり使っていない晩餐室も、その日は賑わいを見せた。


 おめかしをされてからお誕生日席にちょこんと座って、ケーキに立てられたろうそくの火にふぅっと息を吹いて消す。同時にみんなから拍手をされた。楽しみにしていた瞬間だ。いつも着ている子供向けのワンピースとは違って、ちょっと大人びたドレスも嬉しい。歩くのが大変だったけど。


 お母様が、大小さまざまな花のような光を降らせてくれた。色とりどりのそれはぱっと光ったかと思うと、手のひらにふわふわ落ちてきて消える。『すごいすごい!』と私がはしゃいだら、『貴女もすぐに使えるようになるわよ』と微笑んでくれた。


「五歳のお誕生日おめでとう、アリス」

「おめでとう。すぐに大きくなっちゃうわね」

「ありがと! ……存じます、お父様、お母様」


 喜怒哀楽が激しくなると、すぐに言葉遣いが戻ってしまう。わかっちゃいるけれど、感情より先に言葉が出るんだからどうしようもない。これからの成長に期待しよう。きっと大人な恋愛をするような、素敵な女性になれると思う。


 両親からは大きなぬいぐるみと、可愛らしいイヤリングをもらった。どうも対象年齢が違うように思える。ぬいぐるみはたぶんお父様からだろう。


「もうちょっとおませなものがいいと言ったのに」

「うっ……さ、さすがに子供すぎたかな?」

「ううん、嬉しい! ありがとう、お父様」

「そ、そうだよね! ほら! アリスもこう言っている」

「はぁ……」


 ぬいぐるみを抱きしめ、考える。

 たしかに大人ぶることが増えてきたかもしれない。お勉強や入浴時にも、だだをこねなくなった……はず。


 侍女からは新しいティーセットをもらった。これも嬉しい。次のお茶が楽しみになる。今日の料理は私の好物ばかりらしい。これは料理人からだった。


 プレゼントを受け取っていると、教育係の侍女に背中を押されたミシェルが、おずおずと、小さく綺麗にラッピングされた箱を差し出してきた。


「お、お嬢様。その、こちらは私から」

「ほんと!? ありがとうミシェル!」


 昨年はこんなサプライズはなかった。きっとお給金を貯めてくれていたんだろう。思わず抱きつきそうになったがぐっとこらえた。抱きつき癖がどうにも取れない。

 その代わり、彼女の両手を握る。


「開けてもいい?」

「は、はい。どうぞ」


 顔を赤くした彼女にいちおう聞いて、はやる気持ちを抑えてラッピングを解いていく。

 箱を開けると、綺麗な髪飾りが入ってた。青と紫を基調にした、花弁のような飾りが可愛い。そこから垂れる銀細工のビラも、揺れるたびにきらきら輝くようだった。


「綺麗! 本当にいいの?」

「はい、お嬢様。私から伝えたかったお気持ちを込めて、います……」

「ミシェル……えっと、じゃあ、つけて!」

「えっ!」


 そうして急遽、ミシェルからもらった髪飾りをつけてもらうことになった。

 私の髪はクセがない。さらりとしている、と言えば聞こえはいいんだけど、こういった髪飾りを自然に着けるのは苦労する。

 案の定四苦八苦しだしたため、そこからは侍女数人に囲まれ、わいわい言われながら飾られることになった。


「どうかしら?」

『大変に綺麗ですよお嬢様!』

「ほら、あなた。これよこれ」

「う、うん……勉強します……」

「私の時もお願いね?」

「は、はい!」


 なんだかお父様が脅されているけど、もらった髪飾りを着けた私は浮かれていて、あまり耳に入ってこなかった。

 ふと、贈ってくれたミシェルを見ると、何やら呆然とした感じで突っ立っていた。


「どう? ヘンじゃない?」

「…………は、い」

「ミシェル?」

「なんでも、ないです……」


 近寄って顔を覗くと目をそらされた。不思議に思って、また顔を覗いたらまたそらされる。むきになって、子供ながらにいろいろとフェイントも織り交ぜたけど、どれもかわされてしまった。

 『むうぅっ』とうなった私は、けっきょく抱きついた。驚いたミシェルはこちらを向いてしまったようである。『勝った!』と思って見上げると、彼女は泣き崩れていた。


「……ミシェル?」

「本当に、なんでもないのです……すみません」


 そうしてまたそらされたので、少しだけ抱きつく腕に力を入れる。


「ありがとう、ミシェル。嬉しい」

「は、はい……っ」

「ほら、二人とも。お誕生日の続きを始めましょう」


 しんみりした場を盛り上げるように、お母様が手をニ回叩いた。

 ミシェルにくっついたまま、お誕生日席まで戻る。


「それではアリスの五歳を記念して、乾杯」

『乾杯!』


 この時ばかりは侍女も同席して一緒に食事する。それでも給仕役と屋敷の管理は必要なため、全員じゃないけど。

 どうもあとから聞いたところによると、それはそれは壮大な争奪合戦が毎年繰り広げられていたらしい。知った時は驚いたけど、それだけ一緒に祝いたいという彼女らの気持ちは嬉しかった。


 隣に座ってくれたミシェルと目が合う。もう泣いてはいなかったけれど、その代わりとびきり優しい笑顔を見せてくれた。なので私も笑顔で返す。


「みなさんからお祝いくださって、よかったですねお嬢様」

「うん! ミシェルもありがとう、プレゼント嬉しい!」


 頭を小さく振ると、着けた髪飾りがしゃらしゃらと鳴った。


「いえ、似合ってくださってほっとしました……安物で申し訳ございません」

「ううん! 貴女の気持ちが嬉しいの!」

「お嬢様……ありがとうございます」

「アリス」

「いっしょになれてよかった! これからも、ずっといっしょにいてね」

「……っ。はい、はい! お嬢様!」

「アリス?」

「お嬢様……」

「ミシェル……」

「あーりーすー?」

「今は諦めなさい」

「そんなぁ……」



 そうしてお誕生日パーティは続いた。私の好きな料理ばかりで、うっかり食べすぎそうになる。

 口についたソースをミシェルが拭き取ってくれた。お子様向けのお酒も、ちょっとだけ飲ませてくれた。


「旦那様ー!」

「かっこいいとこ見てみたーい!」

「そうか! よぉし!」

「あなた」


 侍女から囃されたお父様が剣舞をやろうとして、お母様から捕縛をかけられた。ごろろん、と床にひっくり返って転がる。


「リエンナ……」

「さすがにハメ外しすぎよ」

「残念だけど、懐かしいなぁ……」


 なんのことだろう?



「お嬢様!」

「うっ」


 思わずうめいてしまった。料理人のジェフが、私の嫌いなキャロットオレンジのスープを出してきたからだ。

 色だけは綺麗なそれをどんよりと見つめる。スプーンですくうと、ぼてっ、ぼてっと濃度の高いこってりとした液体が、お皿に落ちていった。


「むーん……」

「今度こそは大丈夫! 大丈夫ですから!」

「あら、アリス。大人の女性は好き嫌いなんて言わないわよね?」


 お母様からいらない言葉が飛んでくる。ジェフが言うにはクリーム多め、私が好きな野菜も混ぜ込んでいるらしいけど……


「……い、いただきます、わです」


 イヤイヤながらも口にする。途端にあの酸っぱい、形容しがたい味が口いっぱいに広がっていった。言うとおり、甘めで幾分食べやすくはなっていたけれど、それでもやっぱりこの味は好きにはなれなかった。


「どうですか!?」


 きらきらした笑顔のジェフが見つめてくる。なんだか、目の下にクマみたいなものも見える。たぶんこれを見張っていたのか、あれこれ試行錯誤してくれていたのだろう、と思う。


「…………」

「……お嬢様」


 返答に迷っていると、ミシェルが背中に手を添えてくれた。ほんのちょっとだけ、前に押してくれる。

 それが私のお口をなめらかにしてくれた。


「……これなら、まぁ」


 なめらかである。誰がなんと言おうとなめらかなんだ。断じてお世辞ではなく。


「そうですか! ではこの方向で進めます!」

「えっ!?」

「それでは! 最後までいられないこと、お許しを!」


 あっ、と言う間もなく、ジェフはにこやかに去っていった。残されたのは、全然減っていない真っ橙色したスープのお皿。


「……ミシェル」

「きゅ、給仕の手が足りていないですね」


 棒読みしたミシェルはそっと離れていった。

 ……明日から出されたら、私はどうすればいいのかしら?



「おーじょおっさまっ!」

「なぁに?」

「はい!」

「……?」


 スープと格闘していると、侍女の一人が私の方へ手を差し出してきた。

 パーに開かれたそれと、侍女の顔を交互に見る。彼女はいい笑顔をしていた。


「んふふー」

「……えっと」


 よくわからないけど握ってみる。はい、握手。


「はあああぁ……」

「わっ!?」


 したらいきなり両手でがしっと掴まれた。


「お手々ちっちゃ……やわらか……なにこれ……」


 私の手を、にぎにぎふにふに何度も何度もつまんで挟んでくる。しまいにはすりすり頬ずりまでしてきた。なにこれって、私のほうこそ『なにこれ』なんだけど。


「ありがとーございましたぁっ!」

「う、うん……」


 たっぷり数十秒。満足したのか、彼女はスキップで部屋を出ていった。

 よくわからないけれど、ご機嫌ならそれでいいかも。考えた私はドアを見るのをやめて──


「ふひっ!?」


 ずらっと列を作って並んでいた侍女に変な声が出た。

 ちょっと、怖いかも。


「次、お願いします」


 やっぱり同じように手を出してきたので、代わりばんこに握手していく。


(なにこれ)


 ついさっきのセリフが、頭の中をぐるぐると渦巻いていく。

 私は無心で握手を続けて、


「…………」

「あ……」


 次に来た侍女を見て固まってしまった。

 この人は、ちょっとだけ苦手だった。愛想がなく、態度はいつもそっけない。お勉強中に居眠りすると、決まって告げ口をされていた。一度甘えてみたことはあるけれど、まったく聞いてくれなかった。嫌われているのかな、と何度か思ったこともあった。


「えっと……」


 繰り返し作業で出そうとしていた手が止まってしまう。こういったおふざけに混ざるような人ではなかった、と思う。

 迷っていると、相手は少し赤くなった顔で手を出してきた。


「私も、お願いします」


 声自体は冷たい感じだけど、恥ずかしそうに言う姿に、私はなんだか嬉しくなってしまった。


「うん!」

「お、お嬢様……!」


 両手でぎゅっぎゅ。そのまま頬ずり。声と同様に手も冷たかったけど、それでも嫌われてはいないことがわかって、心はぽかぽかと温かくなる。


「これからも、よろしくね」

「……はい、お嬢様」


 侍女は薄く笑った。笑顔なんて初めて見たかもしれない。

 手を話すと、相手は満足そうに離れて──数人に囲まれてぽかぽかと叩かれていた。仲良い感じでいいことだと思う。


「……お嬢様」

「ミシェル? どうしたの?」


 ミシェルがなぜか不機嫌そうに仁王立ちしていた。

 降参しそうになっていたスープ皿を、ずいっと寄せてくる。


「まだ、あまっていますね」

「……あの、ね」

「ダメです」

「……ミシェル」

「ダメです」


 取り付くしまもなく、スープをすくったスプーンをぐいぐいと口に持ってくる。

 なにか気に入らないことでもあったのか。わからない私は、けっきょく飲み干すはめになってしまった。完飲するまで離してくれなかった。




 残念ながらみんなお仕事があるため、時間が経つごとにぽつぽつと抜けていく。名残惜しいけどパーティもお終いだ。

 残ったのは両親と私、それとミシェルだった。最後までいた彼女も、明日のお仕事があるので戻ろうとしていたところを、お父様が止めた。


「二人に言っておくことがあるよ」


 佇まいと言葉を正してお父様が言った。芋虫のように転がっていた姿とは大違い。

 その声の響きに、私たち二人も慌てて姿勢を正した。

 な、なんだろう? なにかお小言かしら……


「洗礼、いっしょに受けられることになったから。ミシェルも当日は準備しておきなさい」

「本当!? お父様!」

「うん、どうだ、パパは凄いでしょ!」

「凄い! 凄いパパ!」

「だよね! もっと言って!」

「……結婚、早まったかしら」

「え!?」


 お小言どころか夢のような話だった。本当にいっしょに洗礼を受けられるなんて。ねだった甲斐があったというもの。

 えっと、当日はおめかしをして、いっしょに王都を見物して、聖堂もいっしょに行かないと! あ、ミシェルもドレスを着るのね。見たい! 凄く見たい!


 やったやったとはしゃいでいる私とは対象的に、ミシェルは目を見開いて驚いていた。『どうしたの?』と聞いても上の空だ。


「本当に、いいのでしょうか……」

「パパが言うからいいの!」

「お、お嬢様」


 むぅ、まだ気持ちに遠慮があるみたい。せっかく一緒に受けられるというのに何が不満なのか。私のことが嫌いなのか。

 むすっとした私を、ミシェルは慌てたように宥めてきた。ふんだ。


「いやー、今回は大変だったよ」

「本当にねじ込んじゃうんだから……呆れを通り越して尊敬するわ」

「王妃殿下があと押ししてくれたのが大きかったね」

「テレサが!? あの子なに考えてんの!?」

「そうやって見ると親子だよね」

「なっ──ジーク!」


 パパがぷっと吹き出して、口を押さえて笑った。

 珍しい、パパがママをからかっている。しかもママは顔を赤くして、パパの名前を叫んだ。こんな光景は滅多に無い。この屋敷では、ママが絶対的な権力者だから。


「まぁまぁ。王妃殿下の言うことも──もっとも僕が言い出したんだけど」


 どうやら、民の才能を発掘して育ててやるのも、王族たる義務と説いたらしい。適齢期を越えて受けるのは珍しいことはたしかだけど、そんな年齢だけの制限で、国を支えていく子供の未来を閉ざしていいのか、と。

 もちろん、誰でもいつでもウェルカム、とはいかない。洗礼の儀式だって、司祭や神官、シスターといった、神に仕える者たちの責務である。その彼らの仕事を圧迫してはならない。一年に一回なのだから、準備もそれなりにかかる。『来たよお願い』『はいどうぞこちらです』とはいかないのだ。

 それでも、悲運なことに全ての機縁を奪われ、何にでもなれたはずの将来を潰された哀憐の子。そんな子が侯爵家に仕え、今も懸命に生きようとしてくれている。なればこそ、ここで本来与えられるはずだった機会を用意してみては。そういう話だった。


「それだけ聞くともの凄い美談なんだけど……実際はただ親ばかを拗らせただけ、というのがね……」

「そ、そんなことないよ。娘の純粋な想いに心打たれたんだ」

「はいはい」

「リエンナ……それに、スタンピードの被害者と言えば説き伏せやすかった」

「あぁ、そうね、なるほどね。テレサ──王妃殿下もいつも嘆いてたもの」

「そう。だからミシェル。気負わず受けるようにしてね」


 そう言われたのに、まだなおミシェルは挙動不審になっている。

 本当にいいの? こんな私なんかが?

 そんな心の声が透けて見えるようだった。

 彼女の想いと、自分を優先してくれない悲しみで、私はまた泣きそうになってきた。


「ミシェルは私といっしょに受けたくない……?」

「お、お嬢様……! そうではなく……」

「じゃあどういうこと……?」

「おじょう、さま……」


 そう言って彼女はうつむいてしまった。これまでの自分とこれからの自分。望む気持ちと望んではいけないという気持ち。そうした葛藤が渦巻いているようだった。


「あなた」


 泣きそうな私と、同じように泣きそうになっているミシェルを見たママが、『責任取れ』みたいに顎をくいくいした。

 一つ咳払いをしたパパが、ゆっくりした口調で話し始めた。


「……ミシェル、考え方を変えてはどうかな」

「考え方、ですか……?」

「洗礼を受け、授かった力を、この家やアリスのために使ってはどうかな?」

「あ……」

「もちろん、なにを授かるかはわからないけどね。でも、少なくとも魔法は使えるようにはなる。その力を使って、これまで以上に仕えてくれると、嬉しい」

「そ、それは……」

「あと、洗礼は遠くからしか見守れないからね。アリスのために近くにいてやってほしいんだ」

「けっきょく親ばかなのね……」


 拾ってくれた恩、命を助けてくれた礼。それらに一生を捧げることを、芯から願っている彼女のこと。

 その言葉は心に染みたみたいだった。仕える家の娘が──まぁ私なんだけど。その私が初めての儀式を一人で受けるというのも、思うところがあるみたいだった。


「ミシェル。私、ミシェルとずっといっしょがいい」

「お嬢様……」

「ね、だからね、いっしょに受けたいの……ダメ?」

「……わかりました。旦那様、奥様、私なんかのためにありがとうございます。そしてお嬢様。当日は是非ごいっしょさせてくださいませ」

「ほんと!?」

「はい、お嬢様」

「やったぁ! 大好き、ミシェル」

「私も、大好きです……」

「ミシェル……」

「お嬢様……」


 両手を組んで見つめる。彼女が顔を近づけてきたので、私も近づけた。吐息がかかる距離だ。瞳に私が映り込んでいる。

 はぁ、と熱い息差しを吸い込む。甘い香りがした。


「うん、なんだかいき過ぎな気もしなくもないけど……仲良いことは悪いことではないね……」

「そうね、いき過ぎな気もしなくもないけれど……」

「僕らもやろうか?」

「ななななに言っているの!」


 洗礼はひと月後。楽しみ。

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