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 その時、眩いまでの光が大聖堂はおろか、扉を飛び越え、さらに街を越えて王都全体を包み込む。同時に私の頭には、世界の知識と力が流れ込んできた。



「せんれい?」

「うん。アリスももうすぐ五歳だからね。誕生日を祝ったら、王都にある聖堂に行こう。そこで神さまから御力を賜るんだよ」

「私たちも同じように授かったのよ」

「僕は未だによくわからないけどねー」

「あ、そういえば習いました!」


 私、アリス・スチュアートはその日、両親と一緒に庭園でお茶をしていた。

 もうすぐ五歳の誕生日ということで、少し早めに『おめでとう』をもらってにこにこしていた時だ、洗礼の話をお父様からされたのは。


 この国では五歳になる年に洗礼を受け、神さまから力をもらう。

 与えられる力は様々だけど、共通しているのはこの儀礼を通過することで、魔法が使えるようになるということだった。


 十五で迎えるデビュタントが人間社会のお披露目なら、洗礼は神へのお披露目と言える。同時に子安神への礼拝も兼ねていた。

 授けとお産、育てを見守りくださってありがとうございました。ここまで無事に大きく育つことができたのも、御身のお力添えのおかげです。これからもどうか見守りくださいますよう。

 そういった諸々も含めて拝跪し、神に感謝を捧げる。その信仰の礼として、さらなる力を賜る。そういう仕組だった。


「聖堂に行く前に、少し王都を散歩しようか」

「あら、いいわね」

「ほんと!? ぱぱ──ありがとう、ぞ、存じます、お父様、お母様」


 危ない危ない。嬉しさのあまり、つい昔のように呼んでしまいそうになった。昔と言ってもひと月にもならないけれど。

 五歳ということは、もう私は大人のレディ。言葉遣いも丁寧に、淑女らしく振る舞うことが求められる。スチュアート侯爵家の名に恥じないような女性を目指さないと。先生も言っていたもの。『素敵ですよお嬢様。このまま立派なご令嬢になりましょうね』って。

 お茶を飲むのにも気をつける。自然な所作で、無駄な力を入れないように指の使い方に注意を払う。ソーサーへ置く時に少しかちゃっと鳴っちゃったけど──仕方ない、まだ成長途中なのだから。それでも、ほんの少し前に比べたら見違えたでしょう?


 そうして誇らしい気持ちで両親を見た。なのにお父様は呆然としている。なんだかカップを持つ手が震えているし、若干青ざめてもいる。

 ……なんか変なところあったかな?


「……淑女教育の進捗を遅らせようか」

「あなた……いいじゃない、元気に育っている証拠よ」

「だけど! だけどぉ!」


 お父様が泣きそうな顔をする。

 その様子と、『進捗を遅らせる』という言葉で意味もなく不安になった私は、できる限り静かに問いかけた。


「あの、変なところあった、ありましたか? お父様」

「うっ……」

「お父様?」

「あなた」

「ううぅっ…………ないよ、アリス……君はいつも満点だよ……」

「本当ですか!」

「わううぅっ」

「はぁ……どっちが子供なんだか……アリス、よくお勉強しているわね。私も嬉しいわ。お父様は放っておきましょう」

「はい、お母様。えっと、お父様は放っておきます?」

「ちょっとぉ」


 お父様も喜んでくれたみたいだし、お母様からお褒めの言葉をいただいた私は、すこぶる上機嫌である。

 まだ様子のおかしいお父様を放置して二人でにこやかにしていると、侍女が少し慣れない手付きでお代わりを淹れてくれた。


「よかったですね、お嬢様」

「ありがとう、ミシェル」


 お礼を言って、彼女──ミシェルを見る。

 一年半くらい前に、当家の侍女に正式に採用された女性だ。まだまだ若く、おぼつかない時はあるけれど、本人の才能かひたむきな努力なのか。こうして家族の給仕をできるくらいにまで成長していた。


「当日はどうかお楽しみください。お屋敷でお帰りを待っています」

「え、ミシェルは行かないの……?」

「え?」

「いっしょに洗礼、受けるんじゃないの……?」

「お、お嬢様……」


 ミシェルは私が出会って、両親が拾ってくれた孤児だった。いろいろあったけど、今はこうやってお家と私の世話をしてくれている。

 名付け親は私なので、ことさら愛着が強かった。昔──今もだけど、べったりくっつく時もある。年齢に見合った柔らかい感触と、猫のような手触りをする髪が好きだった。

 誕生日も祝ってきたし、いっしょに洗礼を受けてくれるものだと、私は勝手に思い込んでいた。


 私が残念な顔をしたせいか、ミシェルが困ったかのように両親を見る。両親も同じように困っているみたいだった。


「……アリス。ミシェルは年齢的に洗礼はもう過ぎているんだ。詳しい年齢はわからないけれど、さすがにね」

「そうね……適齢を越えて受けた例はないし……残念だけど我慢しましょうね。王都までなら一緒に行くくらいならできるわよ」

「そんな……」


 泣きそうになってミシェルを見ると、彼女は安心させるように微笑んだ。


「ありがとうございます、お嬢様。ですが、私は大丈夫ですから。どうかご両親様とご一緒に洗礼を」


 そう言った彼女は、洗礼を受けられないことに特に落胆しているような感じはなかった。当たり前のように自分の境遇を受け入れている。

 それはそうだと思う。死ぬ一歩手前で助かったんだから、それ以上望むようなことはないかもしれない。


 でも、私は。そういう彼女が諦めてしまっているのが嫌で嫌で。


「やだ!」


 子供に戻ってしまったのだった。


「ミシェルといっしょじゃなきゃやだ!」

「お、お嬢様……」

「アリス。聞き分けのない子は嫌いよ」

「っ! …………それでもやだ! いっしょじゃなきゃ受けない!」


 『嫌い』という言葉に反応してびくっとしてしまったけど、譲れない私はうつむいて涙を流す。お父様もミシェルもおろおろしているし、お母様は呆れ顔だ。

 ぽたぽたと、私の手の甲に涙が落ちる。


「あなた」

「り、リエンナ……?」

「…………」

「んんっ……アリス。気持ちはわかるけど、リエンナの言うことを聞きなさい。わがまま言っても通らないこともあるんだよ」

「……っ」


 優しく問いただすようにお父様が言ってくれたけど、私はそれでも下を向いたまま、膝の上で手をぐっと握りしめて黙り込んだ。悲しさと悔しさで胸がいっぱいになる。

 それを見かねたのか、お父様が隣にまで寄ってきて、私を抱きかかえてくれた。


「ほら。王都ではいろいろ見て回ろう? 誕生日のプレゼントだって、もう一度買ってあげるから。ミシェルだって一緒にお買い物に付き合ってくれるよ。だから──」

「……ミシェルもいっしょがいいの……パパ、ダメ?」


 優しいその仕草に、思わずぎゅっと抱きつく。涙で震えていたため小声になってしまった結果、パパの耳元で囁くような形になってしまった。


「あ、アリス……」

「……パパ?」


 パパの様子がおかしい。手が震えている。なんだか抱く仕草も危うくなっているみたいだった。

 泣き顔でパパを見ると、驚いたような喜んでいるような、おかしな顔になっている。よくわからないけれど、怒ったとかうんざりしたとかはなさそうだ。

 これは今が甘えるタイミングなのかもしれない。


「あのねパパ……私ね、ミシェルのことが大好きなの」

「う、うん。それはわかっているよ。アリスはよくミシェルにくっついてるもんね」

「うん……ミシェルは洗礼、受けてないのよね?」

「そ、そうだね」

「だからね、いっしょに洗礼受けたいの……ダメ?」

「だ、ダメなものはダメで、ダメなんだ。その、ダメでダメなんだよ」

「パパぁ……」


 ダメダメとしか言わなくなったパパへのお願いのため、もう一度強く抱きしめた。甘えている気持ちもあったので、その声は少し間延びした感じになってしまった。


「ぱ」

「ぱ?」

「パパのことは?」

「え?」

「パパのことは、好き?」


 そんなことを急に聞かれたので涙が引っ込んだ。なんで今聞いてくるんだろうか。洗礼を一緒に受けたいというお願いはどうなのか。それにそんなこと聞かれずとも。


「うん、ミシェルも好き。ママも好き。でもパパも──大好き」

「おおぅうっ」


 頬にちゅっとキスをしてあげた。大好きなパパのそこは、少しひんやりとしていて気持ち良い。なのでもう一度ちゅっとする。

 それと、再度のお願いも忘れずに言っておく。なんだかいつも甘えさせてくれた時と同じ匂いがしたから。


「パパ、ダメ?」


 とうとう抱き方が怪しくなってきたため、もぞもぞと腕のなかで姿勢を変えて抱き直す。ぐりっと顔を押し付けたあと、上目でパパの顔を見た。


「へ」

「へ?」

「陛下に、お願いしてみるよ」

「ほんと!?」

「あぁ! このパパに任せておいて!」

「やったぁ! パパ大好き!」

「パパもアリスのことが大好きだよ!」

「パパぁ!」

「アリスぅ!」


 やった。甘えたのがよかったのか、お願いが通ったみたい。自然と笑顔になって、また強く抱きしめた。

 それからミシェルの顔を見る。きっと喜んでくれているだろう、と。


 そのミシェルは、まだなんだか困ったような、ううん、違う。これは呆れたような顔だ。ママも同じ。

 あれ? せっかく洗礼を一緒に受けてくれることになりそうなのに、なにが不満なんだろう。主の気持ちをわかってよね。


「いいのでしょうか……」

「んっとにこのダメ父は……」


 『パパ!』『アリス!』と、私たちは抱き合ってくるくると回った。

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