エピローグ
王宮では全軍に近い戦力が待機していた。聞かされた規模に応じて人数を分散、三人が出したゲートをおそるおそるくぐり抜けたあと、ぞろぞろと運び出した敵組織の構成員を収容していく。
意識のない者、おとなしく従う者、がっくりとうなだれる者、狭い結界の中でもがく者──様々な様子を見せる相手を、変な表情をした騎士の者らが、抱えたり背に担いだり引っ張ったりしている。
「牢が足りない」
途中、リーダーが集まってぼやいていた。なにせ三百人規模である。こんな人数をいっぺんに連行した実績がない。収容力の限界が先にきてしまった。
それを、見守っていた三人に聞かれてしまったのが、彼らの運のなさだった。
そうだよね、と目線で合図をしたアリスらが、ミシェルも呼んで突貫工事を開始する。
「このあたり、建設予定とか特にありませんか?」
「あ、ありません、が」
「そうですか。……ミシェル」
「かしこまりました」
ずごごごご、と地中から建物が這い出てきた。でこぼこだし飾りっ気もなく、建物と言うにはあまりにお粗末な造りだったが、壁は分厚く、頑丈さだけは立派な建物が。なぜか内部も部屋分けされていた。
『助かりました』とひくついた代表者が合図を出し、次々と運び込んでいく。
ウェンティも両腕を縛られた状態で姿を現した。アリスの姿を見つけたウェンティは、頬を染めて瞳を濡らして涎を垂らして熱い眼差しを向けてきた。アリスは顔を背けて気づかないフリをした。
「どうしよう……また怒られる……どしてこなるの……」
テレサも現場に姿を出していた。書類すらすっ飛ばしてこれほどの人数を動かすのだから、責任者がいるのは当然である。
テレサはアリスやリチャードに礼を述べたあと、ずっとうつむいてぶつぶつとつぶやいていた。死人のような顔である。どちらが捕まる身なのかわからないくらいだ。アリスは知らないフリをした。
そうして全てを見届けたのは、夜を越して朝日が顔を覗かせた頃だった。
「行ってしまうのですね……」
教会に戻った四人を、ケヴィンとアンナが出迎えていた。簡単な状況の共有と、別れの挨拶を済ませていく。
ウィルやレオナルドはすでにいない。彼らは王宮へ戻っていった。
「ええ。みんな心配しちゃっていると思うし。ね、ミシェル」
「……そう、ですね」
「ミシェル?」
「いえ、なんでも」
「そう?」
目をそらすミシェルに小首をかしげたアリスだったが、続く会話に顔を向け直す。
「本当に、なんとお礼を言っていいか……みなさんには、お世話になりっぱなしで」
ケヴィンが申し訳無さそうに言った。
アンナも同じ気持ちである。侯爵家のご令嬢が動いてくれるなんて。しかも、聞けばその婚約者は、さらに上位の公爵だというではないか。
高位の者の手を煩わせるなど、元男爵令嬢のアンナからしたら身が縮む思いである。感謝よりも先に罪悪感が来てしまう。
しかし、目の前の二人は屈託のない笑顔で笑った。
「たいしたことはしていないゆえ、気にしないでくれ」
「はい。私たちがやりたいからやっただけなので、お気になさらず」
「ですが……」
「むしろ、いい訓練になったと言っておこう」
「ですね。ぼっろぼろの城とか、見応え抜群でしたし」
「アレフ! 貴様ぁっ!」
余計なことを言ったアレフを、リチャードが追いかけまわった。ゼンディルらを相手にした時より、放たれる光剣の数があきらかに多い。
どったばったとやり合う二人から目を離して、アンナがそっと問いかけた。
「その……本当に、アリス様は御使い様ではなく……」
「その話、まだ引っ張るの?」
「あ……! い、いえ……失礼しました」
眉を下げて苦笑いのようなものを浮かべるアリスに、彼女は慌てて謝罪した。
すでに説明は受けていたが、やっぱり簡単に納得はできない。子供らの場所を特定したり、襲撃者を撃退したり一網打尽にしたり。その暴れっぷりは、神の使いだと言われる方がまだしっくりとした。
(でも……そうですね)
アンナが目の前のアリスを見る。横で暴れるリチャードに、ちらちらと視線を向けるアリスを。何か楽しみなことでもあるのか、綺麗な唇を曲げて『にへっ』と小さく笑っていた。
まさに『恋する少女』という言葉がぴったりである。あの時見せた威厳や神聖さは、すでに感じられない。こちらが本来の姿なのだろう、とアンナは思った。
「あの──」
最後の挨拶をしようと、アンナが近づいたその時。
教会の方から騒がしい声がした。
「こら! お前らダメ、ダメだって!」
『お姉ちゃん!』
「どわっ!」
必死に食い止めるオスカーを跳ね飛ばして、セリアとサラが駆け寄ってきた。
もう起きてしまったらしい。昨日あれだけ夜更かししたというのに、元気いっぱいに走ってくる。その勢いのまま、体当たりするようにセリアがアリスに、サラはミシェルへと抱きついた。
「行っちゃうの……?」
「やだぁ……」
二人が見上げる。目の端に涙を溜め、うるうると見つめてから、また顔を埋めた。
顔を見合わせたアリスとミシェルが苦笑し、二人の頭に優しく手を置いた。
「また来るから」
「ほんと?」
「ええ。ね、ミシェル」
「はい。お嬢様が小さい頃のおもちゃとか、持ってきましょう」
「……えっとね、その、あの、ね」
「もちろん、まだ使われているぬいぐるみとかは残しますので」
「なんで知ってるの!?」
私生活をバラされたアリスが真っ赤になる。ミシェルは『隠していたつもりだったのですか……』と驚愕していた。セリアとサラがケラケラと笑う。
その隣では、リチャードがオスカーの肩に手を乗せていた。
「これからも兄貴分として、な」
「……俺も、強くなれるかな」
「なにを言うか。すでにお前の心は強い。そこらにいる者どもよりよっぽどな。だが……そうだな、時間があれば稽古をつけてやろう」
「い、いいのか!?」
「うむ。皆を守ってやるといい」
「ありがとう、おじさん!」
「ぶふっ」
「……まずはそこからだな」
リチャードが額に皺を寄せ、吹き出したアレフをぎろっとにらんだ。
いつまでも見ていたかったが、そういうわけにもいかない。アンナが二人の少女の背中に手を当てた。
「さぁ、お見送りしましょう」
しばらくうつむいてふるふる震えていたが、二人は大人しく離れてくれた。オスカーも下がったのを見届けてから、アンナはアリスのそばに近寄って、小声で囁いた。
「えっと……お互い、頑張りましょうね」
「……えっ!?」
「たまに相談に乗っていただけると、助かります」
「う、うん、私もっ!」
二人が手を取り合い、ぴょんぴょんとその場を跳ねる。リチャードやケヴィンは不思議そうな顔をしていた。
「では、戻りますよ」
アレフがゲートを出す。黒とも紫ともつかない、濃色の穴が空中に現れた。
四人が足を進める。
「本当に、ありがとうございました……!」
「お姉ちゃん! またねー!」
「絶対、ぜったいまた来てね!」
最後にもう一度アンナが頭を下げた。セリアとサラはぶんぶんと腕を振る。
ゲートに入る直前で、四人は振り返った。
「ふふ、ごきげんよう」
「失礼いたします」
「うむ。息災を」
「それでは」
一人、また一人とゲートに入っていく。
最後にアレフが入ってから少ししたあと、ゲートは閉じられるように消えた。静かな朝のそよ風だけが残る。
「素晴らしい方々でしたね、アンナ」
「……はい」
その通りだった。アンナが教会の周りを見る。炎の焦げ跡なんて、まったく残っていなかった。それどころか、以前よりも緑が多く見えるくらいだ。
生命を救ってもらっただけに留まらず、生活の場まで癒やしてくれていた。さらに、近いうちに寄付をしに来てくれるとまで言う。神の使いなんかではない、とアリスらは言っていたが、やっていることはそれに近かった。
(私も、頑張らないと)
甘えてばかりではいられない。次に会った時に安心してもらうためにも、日々をしっかりと生きていく必要がある。
アンナが皆を見回して、声を出した。
「さぁ、みなさん。またいつもの日が始まりますよ」
「えー」
「今日くらいはいいと思うのにー」
「ダメだ。セリアは俺と朝食の準備、サラはアンナ姉ちゃんと一緒にお祈りだ」
『ちぇー』
アンナが何か言うまでもなく、ぶつくさする二人をオスカーが連れていった。後ろ姿がたくましく見える。この一日で、彼もずいぶんと成長したらしい。
嬉しい反面、少し寂しい気持ちになりながら、アンナもケヴィンと一緒に教会に入る。最奥には女神像が見えた。
毎日やってきた祈りを、彼女は今日も捧げる。
(女神様……どうか、子供らをお守りくださいますよう──)
そうして、彼女らはいつもどおりの朝を迎えた。人数が少ないことを除けば、普段となにも変わらない一日の始まり。
それは明日も、明後日も。ずっとずっと先まで、続いていった。
ゲートを通った四人が、スチュアート侯爵家の中庭にたどり着く。ここを経由して、リチャードたちには帰ってもらうことになっていた。
「んー、いろいろとありましたね」
アレフが大きく背伸びをして言った。
本当にいろいろあった。ただの付き添いのつもりだったのに、まさか日をまたいでの用事になるなんて。なんだか身体が汗臭い気もする。こんな状態で、彼と長くいるわけにもいかない。早くお風呂に入ってゆっくりしたい、とアリスは思った。
「さ、帰ったらてきぱき進めてもらいますよ」
「むぅ……明日からで、いいのではないか?」
叱られる子供のような口調でリチャードが言った。
たしかに一睡もしていない。徹夜である。四人とも、疲労を無視する魔法をすでに用いていたのだが、それはそれ、これはこれである。入浴と睡眠にはどうあがいても勝てないのだ。アリスもベッドが恋しくなっていた。
アレフも思うところがあったのか、腕を頭の後ろに回して手を組み、従者言葉をやめた。
「……ま、今回はそれでいっか。事由が事由だし」
「いいのか?」
「ん。親父さんには、こっちから説明しておくから」
「すまん、助かる」
「いいって。ただ、王宮には行かないとなー」
「……やはり、そうなるか」
「絶対、呼ばれるだろうな。無視するわけにもいかねーよ」
口頭で断ったとは言え、さすがに事が大きくなりすぎた。子供を助けただけなら辞退もできただろうが、王子らの進退にも関わってしまったのだから、突っぱねるのも難しい。もしかすると、家族全員が呼ばれるかもしれない。
これからのことを考えると気が重くなるアリスだったが、幸いなことに両親はお出かけ中である。ぎりぎり間に合ってもいる。帰ってくるまでにあれこれ考えればいい。テレサと相談するのも良さそうだ。
そう思ってミシェルを見ると、さっきと同じように目を逸らされた。なんだろうか?
「んじゃ、帰るか」
アレフがゲートを出そうとする。
アリスは慌てた様子でリチャードに駆け寄った。
「あ、あの、リック様」
「む? なんだ、アリー」
「お渡ししたいものが、あり、ありまして」
しどろもどろになって言う。
それからミシェルに目配せをした。にへにへとにやけて、『さぁ、例のものを出しなさい』と目線で合図をする。
合図を受けたミシェルは、呆れたような、残念そうな顔で言った。
「お嬢様……あれは、後日届く予定かと……」
「えっ……あぁっ!?」
そうだった。ケーキも買って量が多くなってしまい、配送を頼んでいたのだった。早くて数日はかかる。きっちり配送日まで指定してしまっていた。
次に会えた時に渡すつもりだった。で、今目の前にいる。だから渡そうとしていたのだが……そもそもがイレギュラーな出会いだったことを、彼女は理解していなかった。
もはやサプライズにもならない。アリスの目に一気に涙が溢れてくる。スカート部分を握りしめて、声を震わせた。
「えっと……えっと、その……」
「む、むむ……聞かなかった、私はなにも聞かなかったぞ」
いたたまれなくなったのか、リチャードが空を見上げて汗を流した。
その心遣いが逆に辛い。屋敷に逃げ込みたくなったアリスだったが、ちゃんとした別れもしないうちに、そんなことできるわけもなく。何か話題を変えようと、『んー、んー』とうなってから、
「あ、ミシェルが買ったアレフ様への贈り物は、なんだったかしら──」
「おおおおじょおおさまぁああ?」
「ひっ──もがっ」
どす黒い笑顔になったミシェルはアリスの肩を掴み、手で口を塞いだ。おおよそ、従者が主にするような真似ではなかった。
アリスはそのままくるっと回転され、口を塞がれたまま、お腹に回してきたミシェルの腕に抱き寄せられた。
「ふへ、はんおひはふほ?」
「……ちょっと、この状態で喋られると、けっこうまずいです」
「ふほ?」
口を動かすたびにミシェルがくすぐったそうに身を捩るため、喋るのをやめて前を見る。
アレフがにやにやしてこっちを見ていた。
「へぇー。なんだろうなー、楽しみだなー」
「……やっぱりなしにします」
「おぉい!?」
ぷいっとそっぽを向いたミシェルに、アレフが愕然とした。わぁぎゃぁと詰め寄ってくるが、ミシェルはつんとした態度を取り続けている。
そろそろ離してくれないかしら、と思いつつも、アリスは大人しく抱かれて二人の様子を交互に見る。リチャードはまだ空を見上げて、『贈り物……楽しみだ』とつぶやいていた。
「では戻る。アリーも達者でな」
「はい、リック様。……お泊り、楽しみにしています」
「う、うむ……」
じゃれ合うこと数分。いい加減に終わりの時間である。
向かい合ったアリスとリチャードが、別れを惜しんでいた。
「日取りの調整は俺たちだな」
「はい。……私も、それなりに楽しみにしていますので」
「……おう」
その隣では、アレフとミシェルがざっくりとした日程を決めていく。ちょっとした秘密の会話も挟みながら、また連絡を取り合おうということになり、手を挙げたアレフが離れていった。
「では、また」
「アリス様もお疲れ様でした」
アレフがゲートを出し、二人は何やら会話をしながら、その場から姿を消した。
またすぐに会える。そう思いながらも、アリスの胸中には寂しい気持ちが渦巻いていた。
「戻りましょうか」
「……そうね」
しばらく眺めていたアリスだったが、ミシェルの言葉に頷き、表玄関へと向かう。
「お風呂、ベッド。お風呂、ベッド」
長い一日だった。彼と別れるのは切ないが、ゆっくりできるのは歓迎である。口ずさみながら、彼女は後をついていく。ミシェルは無言でドアを開こうとして──
表玄関は勝手に開かれた。
「お帰り、アリス」
「お母様!?」
母であるリエンナが、にこにこ顔で出迎えてくれた。早朝だというのに、左右には侍女も勢ぞろい。誰もが汗を浮かべ、沈痛な面持ちで佇んでいる。
なぜ母が。
アリスが、ミシェルの方にぎ、ぎ、ぎと首を動かした。
「……お嬢様が不在の間に、伝達が、来まして」
ミシェルがあさっての方向を見て、指をこねこねしながら言いにくそうに告げた。様子がおかしかったのはこれか、と彼女は理解する。
全て、バレている。別に自分が悪いわけでもなかったが、王宮で見たテレサの死にそうな顔が、うっすらと頭に浮かんでしまう。
アリスは両手を合わせてご機嫌取りのポーズを作った。
「あの、お母様……まずはお風呂に入りたいな、なんて……」
「あら、そう? なら久々に母娘で入りましょうか」
「え、あの、えっと──」
「その格好とか、いろいろと聞きたいことがあるのよ」
顔も見ずにアリスの手を取って、ずんずんとホールの方に向かう。
「お母様! 待って、待ってください!」
「ミシェル」
「は、はい、奥様」
「ミシェル!?」
一緒に教会を救ったはずのミシェルが、入浴準備のためにぴゃーっと屋敷の奥に姿を消していった。『うらぎりものぉ』と叫ぶアリスの声も届かない。
「さぁ、聞かせてもらうわよ」
「あの、あのね、お母様」
「王宮に行く日も決めないとね」
「お母様ぁ!」
ずるずると引きずられたアリスを憐れむかのように、大きなドアはばたんと閉じられた。




