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第25話 最強の彼は悶々とする(4)

「げほっ……今のでもダメ、か」


 ゼンディルが脇腹を押さえて咳き込んだ。治癒を使うが、治りが遅い。どうも魔力を込めて蹴られたようだった。


「撤退したほうがよいのでは?」


 同じようにみぞおちを押さえたネーレだったが、手を振って早々に諦めていた。

 ただの徒手空拳に大魔力を込める。簡単そうに見えるが、あのわずかな時間でできる芸当ではなかった。つくづく思い知らされる。相手との力量の差を。今日は厄日だ、とゼンディルは思った。


「アホか。逃してくれるわけねーだろあれは」

「……まぁ、そうなのですが……貴方に言われると無性に腹が立ちますね」

「前から思っていたが、お前、俺を敬ってねーだろ」

「…………」

「なんか言えやこら」

「少なくとも、こういう場面では信頼してますよ」


 そう言って正面を向いたネーレの身体が、蒼色に輝いていく。

 最大顕現か。彼の意図を、ゼンディルは瞬時に察した。


「ま、それしかねーわな」


 サーベルを落としてから、自身も前を向く。身体の奥にいる『獅子』を叩き起こし、力を無理矢理に引き出していく。

 どくん、と心臓の音が大きく聞こえた。血液の流れを全身から感じる。目の前がチカチカと瞬き出して、視界が狭まっていく。


(俺のせい、か)


 ゼンディルは察していた。ここを攻め込まれた理由を。

 おそらく、これは報い。例の仕事に対する、代償。どうやってここを知ったかはわからなかったが、あまりにタイミングが過ぎる。他の拠点もどうなっているかわからなかった。ブラムから連絡が来なかった理由を理解する。


(にしても今日の今日で、しかもこれはねーだろ)


 心で毒づく。ちょっとした大金を得る代わりにやってきたのは、恐るべき力を持つ死神だった。しかも、尋常じゃない早さで。準備の時間すら与えられない。

 やっぱりあんなクソ野郎に力を貸すんじゃなかった。吐き捨てながら力を込めていく。


(だからって、逃げるわけにはいかねーよな)


 選択したのは自分である。己がまともの道から外れていようとも、責任まで放棄するわけにはいかない。のされた奴らに顔向けできなくなる。それに『信頼している』と告げてくれたネーレにも。なんだかんだ、最後まで付き合ってくれるのだ、こいつは。

 最低でも一矢報いる。覚悟を決めたゼンディルがつぶやいたのは、ネーレと同時だった。


『獅子雷公』

『大海嘯』


 二人の身体を、加護の名前を象った魔力が輝き包んだ。




「来るか」


 莫大な魔力の塊となった二人を見て、リチャードが身構えた。

 待つ必要はなかった。力を蓄えている無防備な所を攻め、叩きのめしても良かった。


「やはり、どうも他人のようには思えないのだが……」


 だが、リチャードにはそれができなかった。あの二人は、自分とアレフの関係のように思えたのだ。

 毒を含んだ言葉で嫌味は言ってくるし、痛い所をチクチクと責めてもくる。上から目線で偉そうに指摘もしてくるし、愛想なんて欠片もない。だけどもし、互いの立場が逆だったら──

 きっと自分とアレフも、あの二人のようにあれこれ言い合いながらも、なんやかんやで協力し合うのだろう。

 なら、それを邪魔するわけにもいかない。


「……帰ったら、たまには長期休暇を取らせるか」


 喜ぶというよりは、怪訝で落ち着かなさそうにする兄貴分の顔を思い浮かべ、リチャードは最高神に念じた。

 朱の最高神。この加護を得たのは、アリスやアレフとは違い、洗礼の時ではない。ある日、急に頭に舞い降りてきた。

 理由は今でも不明である。突然の高熱で寝込んだ当時、姉や親はだいぶ心配をしたようだった。目を覚ました時、いつも凄烈としていた姉が大泣きしていたのは、今となっては思い出し笑いのいいネタである。

 それが、アリスが洗礼を受けた日時と同じであると知ったのは、彼女と会ってからのことだった。


(きっと、運命だ、これは)


 根拠もなしに確信していたが、彼女には言っていない。小っ恥ずかしくて言い出せなかった。しつこく聞いてきたアレフに漏らした時、腹を抱えて大笑いされたのを思い出す。


(うむ、やはり休暇はいらないな)


 数瞬前の言葉を訂正しながら、リチャードは防御型プログラム──防衛ファンクションの準備にかかる。

 それは、二人が飛び込んでくるのと同じタイミングだった。一足飛びで、一瞬で距離を詰めてくる。

 リチャードが、自分を覆うように球形に結界を張った。ゼンディルとネーレ──いや、大獅子と大海蛇がぶつかり、激しい光を放つ。


「おせやあああぁっーレぇ!」

「はああぁぁぁあっ!」


 二人が叫び、決死の形相で突破を試みる。強固に見えた結界だったが、次第にヒビが入り、パキパキと音が鳴った。

 リチャードは、アレフほど上手に結界を構築できない。加護そのものでは上位ではあるが、特化した能力には敵わない。たまに兄弟喧嘩──のようなもの──もしてきたが、毎回のように決着はつかなかった。中断を申し入れるのは決まってリチャードである。とても真似できないような多重結界の中で、あぐらをかいて『へへっ』とむかつく笑いするアレフに、彼は何度も辟易としてきた。


 だが、攻撃してくるのなら別である。すでに準備は整っていた。

 満を持して、ファンクション──の一つである、他者の力を吸収し、変質する命令を実行する。


『EXEC WRLD_SPEL.ABSOP(src=>'external', rate=>'200', transform=>'y')』


 結界に、七色の煌めきが現れる。ゼンディルとネーレ、二人が放つ光よりさらに強い輝きが、辺りを眩く照らした。足元の水が巻き上げられ、湖の底が姿を現す。万采の光を舞い落ちる水が反射する様は、まるで咲き誇れる花のようだった。

 そして、ファンクションの効果が徐々に見えだす。

 二人が減光していく。リチャードを覆う結界が、突進する二人の力を奪うかのように、それぞれの光を吸収し始めた。


『trace :v_reflec』


 愕然とするゼンディルとネーレに向けて、次なる効果を発動する。吸収した力は増幅し、両方に向けて発せられた。

 完全に逆方向のベクトルに、しかも強化された力をぶつけられた二人は、突進力を相殺されただけではなく、反発するかのように吹き飛ばされた。象った魔力はかき消えて、ゼンディルは城に、ネーレは水面に叩きつけられた。


「ぐぁっ!」

「あぁっ!」


 何度もバウンドしたあと、うめき声を上げてがっくりと力なく横たわる。余力も意識も残っていなかった。

 光り輝く結界を解いたリチャードは、静かに水面に降り立った。


「悪いが、俺も負けるわけには──むぅっ!?」


 放たれた、増大した反射の力の余波が城へと向かい、暴れまわった。

 城壁塔を破壊し、跳ね橋に見えた入口付近は崩れ、砕かれた建材がバシャバシャと水面に落ちていった。


「待て待て待て!」


 急いで効果を中断するも、時すでに遅し。

 見るも無惨な姿になった湖城を見て、リチャードはがっくしと頽れた。

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