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第24話 最強の彼は悶々とする(3)

 どうやら、自分たちを残して城内の戦力はすでに沈黙しているらしい。城壁に繋がる通用口から見えた惨状に、ゼンディルがため息を吐いた。

 わからなくもなかった。見張りが報告したすぐあとに、とてつもないプレッシャーを感じた。気を張っていないと、すぐにでも意識が混濁してしまいそうなくらいの、圧倒的な存在感。自分たちですら息が詰まったくらいだ。並の者が耐えられるわけがなかった。

 けっきょく見張りも崩れ落ち、彼は今、報告のあった場所へネーレとともに向かっていたところだった。


「何者ですか」


 横にいたネーレが、目の前の男に向かって問いかけた。

 ネーレは優秀な人物だった。知識豊富で頭も切れる。記憶力も良、組織の参謀役として動いてもらっていた。

 それでいて戦闘力も高い。『大海蛇』の加護を持つネーレは、この湖に囲まれた場所では無類の強さを誇る。ゼンディルも強さには自信があったが、ここで相手をすると勝算は薄かった。


 そのネーレが、片眼鏡を持ち上げ鋭く相手をにらむ。一般人ならこれだけで卒倒するだろう。息をするのも忘れ、文字通り、蛇に睨まれた蛙のように声も出せなくなるはずだ。

 しかし、侵入してきた男は声色も変えず、堂々と言った。


「ふむ。すまないが、ここを潰させてもらう。大人しくしてほしいのだが」


 言ってから腕を組んで、仁王立ちをする。見張りが告げた通り、本当に一人の様子だ。

 一瞬、相手の頭を疑ってしまったゼンディルだが、すぐに思い直す。先ほどのプレッシャーと転がっている部下の姿が、彼に現実を告げてくる。


 こいつは、できるのだ。願望でもなんでもなく、本当にその通りに。今言ったことを、造作もなく。

 戦場を過ごしてきたゼンディルだからこそ、如実に感じ取っていた。相手の見えない底を。己の経験を総動員しても、まったく見通せない。まるで真っ暗闇の底なし沼のようだった。


「なめんな。できるわけねーだろうが、そんなこと」


 感情を殺してサーベルを抜く。自身の加護を形どった、獅子の装飾が施された一級品。いくつもの生命を奪ってきた、頼りになる相棒を構える。力を流し込むことで、ばちばちと稲妻のようなものをまとい始めた。


 『雷獅子』。彼に宿った、加護の名前である。

 これのおかげで、ゼンディルは生き延びてきた。『雷獅子』という名の通り、雷の速さで獅子のように駆け回る彼には、誰も追いつけない。目で追うこともできず、気づいた時にはばらばらにされる。その力を纏ったサーベルもまた、恐るべき切れ味を誇ってきた。


 ゼンディルが低く構える。ネーレも槍を取り出し、戦闘姿勢を取った。


「むぅ、やはりか……では、相手をするとしよう」


 まったく動じず、相手が腕を振るった。何も持っていないようだったが、ぼやりと光った剣みたいな物が、どこからか現れ男の手にあった。

 実体のない光剣。握られている柄部分まで、光を帯びている。振るわれるたび、ブゥン、という音が聞こえてきた。


「こりゃ、年貢の納め時かねぇ」

「納めるならゼンディル様だけで、どうぞ」


 ネーレが普段と変わらない調子で言った。


「おま、こういう時は『協力して突破するぞ!』とか言うもんだぞ、ネーレ」

「貴方と協力、ですか……」

「なんですげえ嫌そうなんだ」

「直情的で邪魔なんですよねぇ」

「……てめぇはあとでとっちめる」

「それも突破できたら、ですが」

「……だな」


 ふざけ合い、再び構えを取ったゼンディルらを、相手はしかめっ面で見ていた。


「むぅ……なんだか、他人を見ているとは思えんな」

「そうかい。あんたも苦労してるんだな」

「うむ」

「はぁ……苦労しているのはこちら……ですがね!」


 ネーレが魔法を発動した。濁流が溢れ、廊下部分が一気に水で満たされる。

 うねりを伴った水流は、意思があるかのように動き、眼前の男に叩きつけられた。水圧に任せ、外にまで押しやる。

 それを追いかけるように、ゼンディルは足元を踏み込んだ。




「むぅっ」


 猛烈な水流は剣で受け止めたが、その勢いままにリチャードの身体が浮き上がる。

 城上空まで押し上げられたあと、水流は急激に角度を変えて、垂直に叩きつけようとしてきた。背後は湖。この速度では硬い地面と変わりない。激突する寸前で水平に逃れる。水柱が上り、無数の水しぶきが飛んできた。


「おらぁっ!」


 そこにゼンディルが飛び込んできた。水面に立ったリチャード目掛けて、サーベルが振るわれる。

 光剣で受け止め、刃が鍔迫り合った。光と雷が干渉し、強く明滅する。


「へっ!」

「む?」


 受け止められながらも、空中でゼンディルが口の端を吊り上げた。訝しんだリチャードだったが、


「解放ぉっ!」


 ゼンディルが吼えた。同時に、サーベルに込められていた魔法が解放される。人間一人なら消し炭にするくらいの威力はあった。

 リチャードの身体が稲妻に包まれた。全身に雷撃が疾走る。

 水は電気を良く通す。口では仲悪そうなゼンディルらだったが、その実、戦闘面では抜群の相性を見せていた。この二人で倒してきた敵は、一桁や二桁ではない。言い争いをしつつも、このように自然とコンビネーションを組んできた。


「ふむ」


 だが、リチャードは平然と立つ。苦しむ素振りも見せない。今も激しい電流が身体を通り抜けていくが、まったく意に介さなかった。


「ちったぁ痛がれや!」


 効果がないと察したゼンディルが大ぶりに振って、その反動で跳躍、城壁の方に降り立つ。

 リチャードが見上げる。ゼンディルが、またもサーベルに雷をまとわせていた。ネーレも傍らに立ち、槍を水色に発光させている。


「こちらの番だな」


 つぶやいたリチャードの姿が消えた。


「っ──がっ!」


 ゼンディルの左脇腹に、真横に現れたリチャードの太い足がめり込んでいた。


「なっ──」


 ネーレは反応できない。吹き飛んだゼンディルが、壁に叩きつけられる。それを目で追ってしまった。

 間髪入れず、リチャードが小さな光のナイフをネーレ目掛けて飛ばした。ナイフは途中で分裂し、数多の光の飛礫となった。


「くっ!」


 槍を回転させ、シールドみたいに防ぐ。その行動が隙きを生んだ。最後を防いだ時には、リチャードはすでに目と鼻の先にまで迫っていた。

 拳がネーレの鳩尾にねじ込まれる。細身の身体がくの字に曲がり、足が地面を離れた。

 リチャードはそのまま回し蹴り。ネーレも同じように吹っ飛び、数メートル先の地面に叩きつけられた。


 少しばかり、静かになる。

 数秒ほどしてから、壁の方から稲光が奔った。爆発音と同時に、ゼンディルが飛び出してくる。


「おらああぁっ! 『天雷双牙』ぁっ!」


 いつの間にか、両手にサーベルが握られていた。姿勢を低くして、地面を滑るように向かってくる。

 一の剣が、真上から振り下ろされた。リチャードはバックステップで回避。開いた距離を詰めるように踏み込まれ、ニの剣が真下から迫ってくる。食らうような剣の動きは、まさに『双牙』だった。

 二撃目は剣で受け止めたリチャードだったが、最初にかわした剣が三度振るわれる。全てをかわし、いなしていくも、あらゆる方向から放たれる剣戟に、徐々に押されていく。


「っわせろネーレぇ!」


 叫んだゼンディルが、両腕を渾身の力で振り払った。リチャードが城壁の外にまで押しやられる。

 すでに立ち上がっていたネーレが、両手のひらを掲げた。湖の方から二つの水流が浮かび上がる。ネーレが手のひらを前方に向けると、リチャードに向かって左右から同時に襲いかかった。

 水流の先端は細く、鋭くなっていた。回転も加わっている。硬い岩盤だろうと削り、大穴を穿ちそうだった。

 ゼンディルがそこに雷撃を放つ。迸る二つのサーベルを同時に振り下ろし、二対のカマイタチのような衝撃波が飛び出した。


『天雷双爪』

『双頭の水蛇』


 二人が言葉にして、力を込める。衝撃波はより大きく、水流はより太くなった。

 前方からは轟く雷鳴が、左右からは逆巻く濁流がリチャードに押し寄せる。彼に逃げ場はなかった。転移をするにも時間が足りない。


「……『千刃』」


 リチャードが構えた光剣から、幾千もの見えざる刃が放たれた。自身を覆うように、近寄るものを無数に切り刻む。

 衝撃波は粉微塵になり霧散した。水流は細かく切り刻まれ、ただの水の塊となって水面に落ちていった。

 あとに残ったのは、静かに構えを解く無傷のリチャードだけだった。

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