表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
68/93

第20話 最強の彼女は災難に遭う(2)

「ちょうどお夕食の時間でよかったわぁ」


 ソファに座ったアリスの前に、ずらずらと料理が並んでいる。

 なかなか豪華なメニューだった。煮込まれた野鳥の肉をメインに、澄み切った滋養たっぷりの琥珀色スープ。東部は漁が盛んなこともあって、魚料理は見るからに新鮮である。色とりどりのサラダも盛り付け美しく、パンはふんわりふっくらとしていた。

 正餐のように順番には出されず、どどんと一気に運ばれてきたのはどうかと思ったが、それにさえ目をつむれば、客をもてなすには相応しい内容だった。


「…………」

「あらぁ、食べないの? 毒なんて入ってないわよぉ」


 テーブルに並べられた料理には目を向けず、アリスは正面向かいに座った女性を見た。


 若そうである。実年齢は定かではないが、おそらくミシェルと同じか、もう少し上。化粧が濃い気もしたが、むしろよく似合っていた。


 服装は丸出し。

 丸出しとしか言いようがなかった。

 肩も胸も股も出ていた。見ている方が恥ずかしくなるくらいだ。タイツを履いているようだが、際どいカットのせいで逆にセクシーに見えてくる。一生こんな格好はしない……アリスはそう思った。


 名前はすでに知っている。案内人の女性が呼んでいた。

 ウェンティ。敵組織の幹部名と一致する。ここの場所と、うかがえる立場の高さからして、間違いないだろう。


 アリスがパンを千切るウェンティを見ていると、視線に気づいた彼女はパンを置いて、代わりにスプーンを手に取り──お口に出し入れし始めた。


(な、なにをしているの……?)


 目を丸くするアリスだったが、ウェンティはじゅるじゅると音を出してすすり上げ、ゆっくり引き抜いたり、先端をちろちろと舐めたりする。


「んっ……ふぅ……」

「……っ」


 とろんとした目で見つめられ、アリスの顔が少しずつ熱くなっていく。見ていられなくなり、テーブルの端に視線を移した。


「ん……じゅるぅっ……」

「ゃっ……」


 ひときわ高く聞こえた水音に、アリスが頬を染めて縮こまった。顔はうつむき、視線はすでに手元にまで移動している。


「んふ」


 初心な反応は、かえってウェンティを燃え上がらせたようだ。よく聞こえるように、わざと音を大きく出して口から引き抜いた。彼女の唇とスプーンが、銀色の雫の橋で繋がる。とっぷりと濡れたところから垂れた涎が、手首まで汚していく。


 それを、『ほらほらぁ』と目の前に持っていって見せつける。非常に楽しそうである。アリスは顔を背けてかたく目をつむり、『やめてくださいませ!』と懇願した。


(なんなのこの人!)


 最悪な精神攻撃である。直接こられるより、遥かにたちが悪い。武器を持って向かってくる相手なら、アリスはどうとでも対処できたが、こういう相手との相性は悲惨だった。

 目をそらし続けるアリスを、ウェンティが満足そうに見つめる。散々にからかってから、スプーンをナプキンで拭いて、手元にかちゃりと置いた。


「ほら、食べてちょうだいな」

「……頂戴しますわ」


 まともな姿勢に戻った相手を警戒しながら、アリスもスプーンを手にする。


「真似してもいいのよぉ? ほら、こうよ、こう。お口を大きく開けて──」

「絶対しませんからけっこうです!」

「残念」


 言い放ってから、スープに口をつけた。作法通りに、音を立てずに口に運んでいく。悔しいが、味は良い。

 そんなアリスの様子を、頬付をついたウェンティがにこにことして見ていた。


「上品ねぇ。お嬢ちゃん、どうしてそんなえっちな──げふんげふん……いやらしい格好をしているのかしら?」

(言い直してないから! あと、貴女なんかに言われたくないから!)


 心で突っ込みながら、わなわなと身体を震わせる。もう一度ウェンティの姿を確認するが、やはりどう見ても、彼女の姿のほうがいかがわしかった。


「……別に、深い理由はありませんわ」

「そんなわけないでしょぉ? 言葉も作法も、シスターって感じじゃないもの。どうしてこんなところにいたのかしら?」

「想像におまかせします」

「そう、なら勝手に想像するわね。私に抱かれにきたのよね、そうよねぇ」

「へぇっ!?」


 突拍子もない言葉に、スプーンをつるっと落とす。がちゃんびちゃっ、と派手な音を立ててお皿に落ちた。跳ねたスープが胸元まで飛び散る。


「あ、あぁっ……」


 めったにしない粗相に、慌てたアリスが椅子を引いて拭こうとするが──


「ストップよ!」


 ウェンティが血相を変えて叫んだ。片手をテーブルにつけ立ち上がり、もう片方の手のひらをアリスに向ける。

 固まるアリスにかまわず、ダッシュでテーブルを回り込む。ぎゅん、ぎゅんと音が聞こえてきそうなくらい、直角的で素早い動きだった。

 そして、アリスの隣りに座った。


「な、なに……?」

「ほぅら、拭いてあげるからぁ」


 そう言ってナプキンを掲げる。


「け、けっこうです……自分で拭けますから」

「ダメよ、ダメダメ。自分じゃ見えないものよぉ? ね?」

「は、はぁ……」

「ね? ね? ねぇ?」


 ぐいぐい来る彼女に、アリスは諦めて腕を下ろした。


「……では、お願いしますわ」

「おっしゃああぁあっ!」

「ひぇっ!?」


 ぐわっとガッツポーズをしたウェンティに身をのけぞったアリスだったが、拭いてくれる手付きは意外と言うか、それなりに優しかった。じっくりと、ねっとりとふきふきしてもらう。


(……なにやってるんだろ、私)


 一体ここに何しに来たのか。身を任せながらも、アリスは天井をぽやっと見上げた。


「ほら、やっぱり垂れてる。持ち上げるわねぇ」

「ん……」

「おっきい。自分で触ったりしてるの?」

「そんなことしていません!」


 胸を下から持ち上げ、隠れていた場所をちょいちょいと拭いていく。ウェンティが手を離すと、『たぷん』と元の形に戻った。

 あらかた拭けたはずなのだが、ウェンティは『ここも』『あらここも』と声に出し、ふにふにもにゅもにゅと揉んでいく。


「はあぁ、やわらか……これ、好きだわぁ」

「あの、ちょっと、強い──」

「お姉ちゃん」

「は?」

「お姉ちゃんって呼んで?」

「……イヤです」

「んもぉ」


 最後に左右から寄せあげて、名残惜しそうに手を離した。


「はぁい、終わりっ」

「……ありがとう存じます」


 ほんの少し手付きが怪しかったが、拭いてくれたことは事実である。アリスは素直にお礼を言った。


「いいのよぉ。 ……それで」


 ウェンティの雰囲気が、がらりと変わる。相変わらず微笑を浮かべているが、先ほどまでとは笑いの質が異なっていた。

 アリスも表情を固くして、真正面から彼女の目を見据えた。


「もう一度聞くわねぇ。どうして、こんなところにいたのかしら?」

「……うすうす気づいているのではないでしょうか」


 和やかムードとはうって変わり、ばちばちと視線と言葉が交わされる。二人の魔力が部屋に充満していく。


「んー、やっぱり私に抱かれに──」

「違います!」


 アリスがぱしぱしと自分の太ももを叩いた。どうにも緊張感が続かない。そろそろアホな会話も終わらせたかった。


「冗談よぉ」


 『固いわねぇ』と笑ったウェンティを、薄目になったアリスがじとぉっとにらむ。


「あら、その顔も素敵ねぇ。そうねぇ……やっぱりブラムちゃんのことかしら?」


 ウェンティが顎に指を当て、にまりと笑った。

 襲撃者の名前が、彼女の口から出た。これでようやく本題を話せる。アリスは小さく息を吐いた。


「申し訳ありませんが、ここを潰しに来ましたわ」

「あらぁ、私はなにもしていないわよ? あのお仕事も反対したくらいなんだから」

「……本当ですか?」

「本当よぉ? 子供には優しいのよ、私」


 腰に手を当てたウェンティが心外そうに言う。

 アリスの決心がわずかに鈍らされる。たしかに、先ほどの手付きは優しかった。少し触りすぎな感も否めなかったが、あの毒武器の使い手や孤児院を襲った者よりは、まだまともな人物かもしれない。力ずくで攻め落とすつもりのアリスだったが……なるべくなら、大人しく捕まってほしい。予定を変更、話をして言い聞かせることにした。


「それでも、見過ごせません。大人しく投降して──」

「だってもったいないじゃない?」

「へ?」

「可愛い女の子がいたら、ちゃんとさらってこいって話よね。あ、男の子はいらないから、好きにしていいとは言ったけどぉ」

「ほらぁ! やっぱりダメ!」


 何もまともじゃなかった。どこの何が優しいのか、どの口が言うのか。アリスにはさっぱり理解ができなかった。


「なによぉ。別に取って食いやしないわよ。ちっちゃなお胸とか、未成熟な身体をいじくり回して戸惑いと気持ちよさを教えてあげるだけ──」

「ダメったらダメ! というか、それ以上言わないで!」


 前言撤回。特A級の危険人物である。ここが女性だらけだった理由が、やっとわかってきた。これまでの者なんかよりも、よっぽど危険な思想を持っている。

 本当に、セリアのような幼い少女でも構わないのだろうか。何も知らない、いたいけな子供ばかり狙ってきたのだろうか。まさか、この屋敷にいた女性は、全員──


「うふ」


 疑問に答えるように、ウェンティが暗く笑った。アリスの警戒心が限界を超える。


「……貴女を拘束します。お覚悟を」

「んー……ねぇ、ここにずっといない? そのおっぱいも、もっと感じさせてあげるから」

「言います!? 普通、ここでそんなこと言いますか!?」


 アリスがばしばしとテーブルを叩く。なんだか疲れてきた。このタイミングでなんてことを言ってくるのか。

 ウェンティは口元に手を当てて『うふふ』と笑った。


「生活なら心配しなくていいわよ? お貴族様が、いろいろと気にかけてくれるのよねぇ」

「……オールンフォード伯爵様でしょうか」

「あら、ご存知なのね。頭がいいところも素敵だわぁ」


 アリスの予想は正しかった。やはり支援者がいたということだ。

 気づかれないように録音作業を進める。証拠として提出し、あとは王家や有力貴族──両親に任せたい。不穏分子は全て排除する必要があった。王国は多少乱れるだろうが、危険な存在を野放しにしてはおけない。

 それにしてもぺらぺらと喋ってくれる。どうでもいいのか、それとも自信があるのか。いずれにせよ、返す気はないのだろう。


「それも含めて、捕まっていただきます」

「……本当にダメ? これだけ言っても?」

「んっ……ダメ、です」


 きっぱりと言うアリスだったが、悲しそうに眉を下げる姿にほんの少し心を痛める。どこまでいってもお人好しで、人にキツく当たることができない性格をしていた。

 自分が来た理由は告げた。あとは向こう次第だ。




 ウェンティは細いため息を吐いた。素直に来てくれれば、手荒いことをする必要もないのに。


「そう、残念だわ……でもね、ここには私のお友達がいっぱいよぉ? それに」


 手を伸ばし、アリスの頬に手を這わせる。つつっと撫で、顎を持ち上げた。

 アリスは振り払わない。大人しく顔を上げ、正面を見ている。


「そろそろ、お薬が効いてくるころじゃない?」


 親指で綺麗な唇をなぞりながら、料理に目を向ける。

 この料理には毒薬が盛られていた。と言っても、別に生命活動をどうとか、そういう類のものではない。身体の動きも制限されない。少々、理性を危うくするだけのものだ。


 つまるところ、媚薬。それがたっぷりと入っていた。性感を上げ、感情を昂ぶらせる。たとえ幼子であろうとも、しっかりと女の喜びを味わうことができる特注品である。しかも無味無臭。成人女性が口にすれば、抗うことなど不可能だった。

 ついでに、漂う香水にもその効果が含まれていた。アリスが例えたとおり、女性にとってのこの部屋は、まさに『蠱毒』そのものである。


 この穢れなき身体が、精神が、どれだけの痴態を見せるのか。すがりついて求めてくる姿を、ウェンティは楽しみで仕方なかったのだが──

 伸ばされていた腕に、アリスは両手を添えてそっと下ろした。


「薬なら中和しましたわ」


 静かに言った言葉に、ウェンティの目が大きく見開かれる。


「……まさか」

「それと、他のお方には眠っていただいておりますので」

「……!」


 続けてドアの方、閉じられた向こう側に顔を向けた。

 そういえば、給仕の娘が来ない。料理が運ばれてから、だいぶ時間が過ぎている。しかも静かすぎた。普段なら、そろそろ今日の相手を決めるために喧嘩を始める頃なのだが。


「あなた……」


 震える声でアリスの顔を見下ろした。ここで初めて、彼女の瞳に敵意が宿る。


「もう一度言います。大人しく投降してくださいませ」

「そんなこと……できるわけないわよねぇ!」


 暴風が部屋を舞った。けたたましい音を鳴らし、料理も家具もひとまとめにして、屋敷の一室が破壊される。

 窓が割れ、カーテンが千切れて吹っ飛んでいく。そこから二つの影が飛び出した。屋敷の上空まで駆け上がり、互いに距離を取って停止する。


「やはりダメ、ですか」

「当たり前よねぇ」


 二人がにらみ合い、戦闘態勢に入った。普段は抑えている力を解放する。

 天候が変わっていく。静かな月夜だった空は雲に覆われ、風が吹き荒れ始めた。雨はまだ降っていないが、ゴロゴロと雷も鳴り響いている。今の二人の様子を体現しているかのようだった。


「そういえば、自己紹介がまだだったわね。私はウェンティ。<ネストラル>ってところの幹部をやってるわぁ」

「……アリスです」

「やだ、可愛いお名前。アリスちゃん、絶対、ぜえぇーったいに、お持ち帰りしてあげるから!」

「お断りしますわ!」


 二人の熾烈なドッグファイトが始まった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ