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第19話 最強の彼女は災難に遭う(1)

(あそこ……であってるわよね?)


 空中、手元に半透明の地図を表示する。目的地が光点で示されていた。

 自分の位置と重ね合わせ、間違いないと頷いてから、手をスライドさせて地図を消した。


(間違いはないのだけれど……)


 王国の東部にあった並木道に、アリスは転移していた。

 並木道である。河川に沿って舗装路が敷かれていた。ずいぶん長いこと放置されているのか、雑草は好き放題に伸びており、植えられた樹木も歪な形に成長してしまっている。


(ここって、オールンフォード伯爵様の領地よね?)


 あまりいい噂は聞かない、革新派に属する伯爵家の情報を記憶から掘り起こしながら、アリスはてくてくと並木道を進んでいく。

 灯りも何もなく、夜の闇が静かに降りている。月明かりが道を青白く照らしており、アリスの陰を長く伸ばしていた。


(なんだか出そうな雰囲気)


 ゾンビとかゴーストとか、亡者が出てくるにはお似合いのシーンだ。地面からぼこぼこ、空中をゆらゆら。ぴったりハマりそうである。

 別に苦手ではないアリスだったが、会って嬉しいものではない。さっさと向かおうと早歩きになって──


(あっ!)


 ぴたっと止まった。

 それからパーにした両手を重ねて、人差し指を顎に当てながら、ぶつぶつと小声で言い出す。


(女性としては……怖がったほうがいいのかしら……)


 そのままの姿勢で、ぐりんぐりんと腰を回す。銀髪が捻る身体を追いかけた。

 何かの本で読んだ。何か──『これでも読みなさい』と、友人のナナリーから無理やり手渡された大衆雑誌だ。

 それの特集は、こんな感じだった。


『男性に守ってあげたいと思わせる行為百選』


 そう、そんな感じで、本当に百通りものぶりっ子行動が、ずらっと紹介されていたのである。

 食事の仕方とか朝の挨拶とかから始まり、無知なふりをしたりわざとらしくボディタッチしたりなにもない所で『びたーん』とこけたり──とにかくいろいろな方法が載っていた。


『こんなの、できそうにない……』


 一通り読んだあと、泣きたい気持ちをこらえて雑誌を返した時の、友人のなんとも言えない表情が少し不可解だったが、そんなことをアリスは思い出していた。


(たしか……あれには……)


 そのうちの一つ。たしかそこには、このような記載があった。

 『おばけや幽霊を怖がる女性はか弱いイメージを与え、守ってあげたいという思いを、男性は非常に強く感じます。』

 それと、少女の挿絵。『きゃぁ、わたくしこわいですわぁ』なんてセリフと一緒に描かれていた。


 合わせていた手を離す。

 きょろきょろと周りを見渡した。

 それから両肘を曲げ、腕を胸の横に持っていく。

 準備は整った。


「きゃ、きゃーあぁ、わたくしー、こわいですわあー」


 素晴らしい、百点満点の棒読みで、彼女はくねくねぱたぱたと並木道を走っていった。




「あらぁ?」


 ソファに寝転がっていた人物が、窓の外に目を向けた。真っ赤な唇から、甘ったるい、間延びするような声を出す。

 妖艶な女性である。寝間着のようなドレスを着ているが、肩はむき出しになっていて、ふくよかなバストは半分以上が晒されていた。もう少しでもずり落ちたら丸見えになってしまうのでは、といった具合である。

 組んでいた足を色っぽく戻す。ダークブラウンのタイツに覆われた脚の付け根はハイレッグカットになっていて、男性であれば誰もが欲情をそそられるような姿をしていた。


 けだるそうに立ち上がり、頬に貼り付いたディープパープルの髪をかきあげる。女性らしい香水の匂いが部屋に広がった。

 とろとろと部屋の中央に向かい──姿見に映った自分に気づいて『あらま』と声を出してから、胸元の生地を上に引っ張る。寝ていた時の姿勢のせいか、片方が丸出しになっていた。


 鏡を覗いて髪や目元などをチェックし、問題ないことを確認すると、小指で唇をゆっくりとなぞった。それからぺろりと舌を出して、小指を咥える。

 たっぷりと涎を絡めてからちゅぽん、と引き抜き、満足そうに笑みを作った。


 濡れたままの小指で空中をタッチ。外の映像が現れる。

 そこには、なよなよと小走りする少女の姿が映し出されていた。


「あらまぁ」


 紅く染まった頬に手を当てる。

 綺麗な銀の髪、若く瑞々しい肌、ぷりんとした形の良いヒップ──どれも彼女の好みにドンピシャだった。


「いい……いいわぁ」


 修道服もよい。シンプルイズベストである。胸の大きさも申し分ない。

 どうしてこんな辺鄙なところにいるのか、なんて些細なことはどうでもよかった。可愛らしい子が可愛らしく近づいてくる。それだけで十分だった。

 彼女は今、どのような方法で快楽を与えてやるか、それしか考えていなかった。頭の中──薄暗い部屋にあるベッドの上では、名前も知らない少女と絡み合い、あの手この手で声を出させて本音を言わせ、なおも決して手を緩めず、幾通りもの手段にはじめての経験を味わう少女の、はしたなく乱れる未成熟な姿を楽しんでいた。


 その少女が足を止めた。何やら腕をだらりと下げて、うつむいてしまっている。その素敵な仕草に、女性の身体がどんどんと熱くなっていく。


「……可愛いぃ」


 映像に頬を擦り付け、濡れそぼった舌を『れろぉっ』と少女に這わせた。


「ん、ふぅ……お迎え、してあげないとぉ」


 ずっと眺めていたかったが、宴の準備も必要である。名残惜しく映像を消し、彼女──<ネストラル>幹部であるウェンティは、恍惚としたまま見張りの者らに伝達を唱えた。

 伝え終わると、うきうきした様子で歓迎の用意を始めた。




 数十秒走ってから、もの凄い自己嫌悪がアリスを襲った。


(な、なにをしているの私……)


 遊びに行くのではない。これから敵地に潜入するのだ。

 だというのに、声を上げて情けない走り方をしてしまった。いくら彼の気を引くためとはいえ、これではあまりにおバカである。そもそも、リチャードは本当にこんな女性が好みなのか? はなはだ疑問だった。


(こ、ここからは真面目にやりましょ)


 教会前で簡単に打ち合わせもした。リチャードやアレフは、そのとおりに行動しているはずである。自分だけがこんなでは、胸を張って帰ることができない。そう決意を新たにして──


「ひぅっ!」


 とてつもない悪寒が走った。ぞわぁっと、全身に鳥肌が立つ。

 見られていることはわかっていた。だからこちからも逆探査をかけていたのだが……それが裏目に出たようだ。

 このぬるっとした感触。息遣いまでもが感じられそうな、むわっとした肌触り。おそらく、向こうは自分のことを──


「や、やぁだぁ!」


 思い浮かんでしまった光景に、全力で探査妨害を発動した。

 魔力が広範囲に広がる。もう覗かれてはいなさそうだったが、ここからは常時発動しておく。そうでもしないと気が気でなかった。


「ううぅ、なんでこっちを選んじゃったのぉ……」


 身を守るように、両腕で身体を抱く。東を選んだ自分が恨めしい。適当に選んでしまったことを、心底後悔する。

 西にしておけばよかった──

 頭の中がそのセリフでいっぱいになりながら、彼女は顔を上げた。


 屋敷。

 貴族の屋敷と思しき建物が、目の前にそびえ立っていた。

 閉じた正門に、植え込みと噴水。並木道と同じで行き届いてはいないが、最低限の手入れはされている。廃墟の一歩手前というのが、最も形容する言葉だった。

 それだけなら、生計や家系が途絶えて住む人がいなくなり、放置された家とでも思えたかもしれない。

 だが、窓からは灯りが見え、エントランスに続く表玄関の前には、護衛と思しき女性も二人立っていた。現在も利用されているのは明らかだった。


(……ここまで堂々と使われているって)


 転移した時から感じていた、一つの可能性。その疑念が深まっていくと同時に、彼女は深い悲しみを感じる。張本人がデイモンだと知った時と、同じ胸中。それを再度味わわされていた。


(はぁ……どうして……)


 悲しげに肩を落とす。

 貴族派に王党派。保守派と革新派、それに穏健派と、誰もが何かしらの派閥に属している。それはスチュアート家も例外ではなかった。今は王党派が大多数を占めていたが、それでも対等な立場である。

 どの派閥にも言い分があり、時には対立し、そして時には利害の一致から協力したりと、いい意味でも悪い意味でも、それぞれが切磋琢磨してきた。そうしたあれこれが、この国を成長させ、強国たらしめてきたのだ。それはアリスも納得するところである。

 だが、明らかな犯罪集団に、恥も外聞もなく加担する。そのことが彼女にはとても信じられなかった。


(お父様、お母様……)


 こんな時、父や母ならどうしただろうか。

 アリスは優秀ではあったが、しょせんは齢十八の小娘である。圧倒的に経験が足りない。

 落ち込む彼女に、見張りの女性二人がゆっくりと近づいてきた。


『こんばんわ』


 二人が同時に言った。


「あ、はい。どうもこんばんわ」


 アリスも軽く頭を下げた。敵地のど真ん中でやるような行動ではなかったが、穏便に済ませられるならそのほうがいい。向こうの出方がわかるまでは、大人しくしておく。


「どうぞこちらへ」

「我が主がお待ちです」


 言葉は親しげだったが、口調からは敵意をびしびしと感じる。

 にらみつけてくる目と、棘たっぷりの声色。どうやら、待っているのは主とやらだけらしい。二人はさっさと振り返って、返事も待たずに歩き出してしまった。


「ありがとう存じます」


 答えたアリスが、二人の後をついていく。実家よりだいぶ狭い庭を、目線だけできょろきょろと見ながら進んでいく。

 こっそりと敷地内を探査する。この程度の広さなら、探査と隠蔽を同時に使うことも容易い。

 アリスの頭に情報が流れてきた。


(……へ?)


 彼女が違和感を覚える。前を歩く二人と屋敷外観を見比べて、首をかしげた。

 こういった組織は、だいたいが男で構成されているものだが──


(どういうこと?)


 疑問符をぽんぽんと頭の上に浮かべるアリスだったが、考え込む時間はなかった。

 狭い庭ではすぐに玄関までたどり着いてしまい、手付きだけは恭しかった女性らが、ドアをぎぎぃっと開く。


『どうぞ』


 腰を曲げ、手のひらを差し出して入来を促す。


「お邪魔しますわ」


 素直に従い、アリスは屋敷内へ足を踏み入れた。




 中は薄暗く、最低限の灯りしか点けられていないようだった。

 歩く度に床はぎしぎしと鳴り、少々埃っぽい。いつでも掃除や調整に気を配られているスチュアート家とは、大違いである。

 それでも敷かれている絨毯はそれなりに上質な物と思えた。踊り場や廊下には、ちらほらと調度品も目につく。元からあったものか、どこからか仕入れたものかはわからなかったが、やはりここは、貴族が使っていた屋敷に違いない。


(この人も……)


 外にいた二人から入れ替わり案内している、前を歩く女性を見たアリスが、先ほどの違和感を再度抱く。


 女性。

 女性である。

 さっきの二人も、目の前にいる人物も、女性である。

 それどころか、探査した結果で得られた人物の情報は、全て女性だった。


(ここって女の人しかいないの?)


 階段を上がり、すれ違って挨拶してきた人物も、やはり女性。


 屋敷内には三十人ほどの生体反応があった。その全員が女性である。

 スチュアート家だって、女性比率は高い。侍女が多いのが要因だ。しかしそうは言っても、たとえばアレフのような執事を始め、男性主人を支える近侍など、男の使用人だって普通に存在する。デビュタントを迎えたあとは、男性には男性、女性には女性が仕えるのが一般的だった。


 なのに、ここには女性しか存在しない。かなり特異なことだった。貴族としても、犯罪組織としても。


(なんか、やだぁ……)


 さっきの悪寒が蘇ってくる。来て早々に帰りたくなったアリスだったが、彼女の希望は打ち砕かれる。

 一つの部屋に着いたところで、案内人の女性が振り返った。


「こちらです」

「…………」


 どうしよう、もの凄く入りたくない。なんだか、ドアの隙間から黒い何かが『ずむおぉぉん……』と染み出しているような、そんな錯覚を抱く。例えるなら、蠱毒への入り口。もしくは、期限間近の書類を未提出のまま抱える、父の部屋のようだった。


 女性がドアをノックした。


「ウェンティ様。お連れしました」

『はいってぇー』


 中から甘い声がした。かったるく、鼻にかかったような──悪く言えば、人の神経を逆撫でしてくる声。


(学園の現代文教師も、こんな感じだったかしら)


 独身で、シニアに足を一歩踏み入れていた教師の顔を思い出す。男性には甘いが女性には大変に厳しいと、逆の意味で評判だった。パートナーがいなかったアリスはまだマシだったが、散々な目に合わされた令嬢も少なくなかった。


 現実逃避という思い出も、女性がドアを開いた音でかき消されてしまう。


「どうぞ」

「…………」


 開かれた途端に香ってきた、きつい香水の匂いも相まって、どうしても躊躇してしまう。

 アリスは香水が好きではなかった。人工的で、べしゃっとした匂い。使ってきたのは、せいぜいが軽く香り付けされたアロマ・キャンドルくらいである。そもそも、彼女はそんなもの使う必要もなかった。


 生まれ持った(ナチュラル・)自然な(ボーン・)香気(フレグラント)

 本人は自覚していない、彼女の特徴の一つである。まぁ、今回は匂いが強いだけではなかったのだが──


「お待ちですので、どうぞ」

「……はい」


 二度言われては、『はい』と頷くしかない。


「お、お邪魔します……」


 諦めたアリスは、開かれた部屋にこわごわと踏み出す。ドアが閉まった音が、後ろから聞こえて──


「んまぁー! んまあぁあー!」

「わっ!?」

「ようこそねぇー!」


 なんだか派手な人物に、熱烈な歓迎を受けた。両手を合わせて、一目散にこちらに向かってくる。

 戸惑うアリスの手が取られた。にぎにぎと握られ、ぶんぶんと上下に振られる。


「あ、あの──」

「いらっしゃぁい、私のお屋敷へようこそぉ。 ……はぁむっ」


 アリスの人差し指と中指、二本が同時に咥えられた。真っ赤な唇から見えた、ぬらっとした舌が指に沿って這わせられる。


「ひぃっ!?」


 アリスは思いっきり手を引いて振り払い、ドアの近くまでそそそっと後ずさった。

 相手がぺろっと唇を舐める。


「あらぁ、私としたことが……ごめんなさいね、味見しちゃったぁ」

(味見!?)

「美味しいので安心していいからねーぇ」


 さっぱり意味がわからない。安心もできない。

 てろっと光った自分の指を見たアリスが、洗浄の魔法を唱えた。念入りに、幾重にも重ねて重点的に。

 それからチャネルを繋いで、リチャードを呼び出した。


(り、リックさまぁ)

『──む? なんだ、アリー。問題でも起きたか?』

(問題です。大問題です。 ……代わっていただけませんか)


 数秒の沈黙。


『……っと。あぁ、すまない。こちらも忙しくてな。終わったらそちらに向かおう』

(……そうですか。では、けっこうです)

『アリー!? なにがあったのだ!? ……アリー? アリ──』


 ぷつん。

 アリスはチャネルを閉じた。

 彼も頑張っている。甘えてはいられない。彼女は正面、相手の方を向いた。


「料理を準備させてるからぁ、食べてちょうだいね」


 ぱん、と手のひらを打った女性が、にっこりと言う。

 アリスは黙って頷いた。

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