第18話 最強の執事
アレフは草むらの陰から、切り取られたような形をしている岩肌を眺めていた。
(あれか)
王国西部にある山岳地帯。鬱蒼とした森に囲まれ、近くからは川のせせらぎも聞こえてくる。
そこにあった巨大な山。その麓に、大きなほら穴があった。天井はだいぶ高く、幅も広い。大人なら三人ほど横に並んでも、なお余裕がありそうだった。
奥は真っ暗で、灯りとなりそうなものは見当たらなかったが、ここが拠点の一つだとアレフは確信した。なにせ入り口には四人も見張りが置かれていたのだから。
(洞窟ってなぁ……)
隠れ家としては大変にベタである。アレフだって、探検物の小説やなんかでは何度も目にしてきた。
だが、ひとたび大きな地震でも起きれば、崩落の発生が怖い。安全性は大丈夫か、といらぬ心配をしてしまう。自分や他の三人なんかは、それでも生き延びることは容易と思えたが……
地震。その単語と一人の顔を思い浮かべ、ぶるりと身震いする。
(あっちに残して正解だったか)
もし彼女がここに来ていたら。
『一族全員生き埋め』という、でかでかとした見出しが載った情報新聞が、後日発行されかねない。
(さーて、どうすっかな)
注意深く観察しながら、どのようにして掃除をするか少し迷う。
簡単なのは、山ごと結界で囲ってやる方法だ。それから放置。出ることも入ることも叶わず、少しずつ消耗させていき、頃合いになったら後は王宮勢力にバトンタッチ。これが最も確実かつ、無血の制圧手段だった。
(ただ、それだと時間がな)
『待機しておいて』とカッコよく言ってしまった手前、いまさら『やっぱり十日後で』とはいかない。自分だってさっさと解決して家に帰りたかった。
逆に皆殺しにするなら、結界を張ったあとに内部を燃やしてやればいい。一酸化炭素中毒でゆるりと死ねるだろう。
だけどそんなこと誰も望んではいない。自分もイヤだ。
(……やっぱこっちのが早いしラクか)
出発前の打ち合わせはどこへやら。
悩むのをやめたアレフは、入り口正面へ堂々と歩いていった。
「あーあ、暇だなぁ」
入り口にいた見張りの一人が言った。背伸びをして骨を鳴らしたあと、続けて腰をエクササイズのように回す。
「たるみすぎだ」
腕を組んだ大柄な男がぎろりとにらむ。
視線を受け、『へぇへぇ』と言ってから腰を回すのをやめ、壁にもたれかかった。
「でもさー。見張り番じゃないやつらは中で一杯やってんだぞ? なんで俺らがって思うだろーよ」
「単純なシフトだ。お前も先週は飲んだくれていただろう」
「そーだけどさ……こんなとこ誰もこねーって。お前らもそう思うだろ?」
首を動かし、他の二人に話を振る。
入り口の反対側に静かに立っていた男と、少し離れたところにいた一人がその声に目を向けた。
「自分は酒を飲まないので、なんとも」
「俺も」
「そんなこと聞いてんじゃねーっての!」
地面を踏み鳴らしてぎゃあぎゃあとわめく。いかに酒が大切か、仕事というものがどのようなものかを熱く語り始めた。
あとの二人は右から左へ聞き流すが、彼の話は止まらない。大柄な男が、頭痛をこらえるようにして頭を振った。
「そこまでにしておけ」
「でもよぉ……」
「……近々でかい仕事が始まるはずだ。それまで辛抱しろ」
「マジで!? いやった! なぁ、お前らも──」
「待て」
そこで一番前にいた一人が、得物に手をかけ声を出した。
他の三人も同様である。うるさく話していた男も注意深くにらんでいる。くだけた表情は消え、すでに戦士の顔になっていた。
四人が見たのは、こちらにだらだらと歩いてくる一人の男。
比較的若く、執事のような格好をしている。旅人にはとても見えない。
「そこで止まれ」
一人が声をかけた。だが相手は従わず、真っ直ぐに向かってきている。
「なんだ、迷ったのか?」
「道案内くらいはしてやるぞ。有り金全部でな」
ゲラゲラと笑うが、笑わなかった者は察していた。
相手の靴が、汚れていない。
この拠点はどこの街からも離れている。木々は多く、いくつもの崖が道中にある。馬車は通れず、通い慣れた彼らですら、服や靴を汚さずにたどり着くのは不可能だった。
しかし、見る限り服も靴にも泥や傷が一切付いていない。まるで、つい先ほどまでどこぞの屋敷にいたかのような装いだ。
「全員で仕掛ける」
「え、マジかよ」
「いつも言っている、油断大敵だ」
「はいよ」
四人が取り囲もうと動く──
「いでっ!」
勢いよく飛び出そうとした一人が頭を打つ。
「あ?」
「なんだこれ!」
「ば、ばかな……」
動けなかった。
狭い箱に閉じ込められたように、身体はほんの少ししか動かすことができなかった。
「はいはい、大人しくしててね」
見張りの四人を、それぞれ極小の結界で閉じ込めたアレフが、にこやかな笑顔で声をかけた。
「……!」
誰もが大口を開けているが、声は聞こえない。一人が呼笛を取り出して焦ったように吹くも、その音も鳴り響かなかった。
この結界はアレフにしか解除できない。たとえアリスやリチャードであろうとも、全力をもって壊す必要がある。守護神の加護は伊達ではない。
「やっぱこれだね」
あとはそのまま運び出し、牢にでもなんでも入れてしまえばいい。終わったら一斉に解除するだけ。なんとも省エネである。武装解除は面倒なので後続に任せる。外からは干渉可能だ。
驚愕と緊張にこわばる四人を尻目に、アレフが洞窟に入っていく。灯りはないが、この程度の暗さなら視力を強化することで対処可能である。
洞窟内部は緩やかな下り坂になっていた。それを奥へ奥へと進んでいく。
天井から垂れた雫が、ぴちょんと地面を叩く。気温は低く、湿気がもの凄い。夏は過ごしやすいかもしれないが、やはり住処としてはどうなのだろうか。
「うへぇ……虫もいるよ……」
手足がたくさん生えた長細い虫が、アレフの接近に気づいて岩陰に隠れた。視力を強化していることもあり、見なくていいものまで見えてしまう。
水滴が落ちてくることで、服を汚したくなかったアレフは自身に結界を張る。攻撃への対策とかは頭にない。ただただ不快なだけだった。
「はぁ……さっさと終わらせよ──っと」
声が洞窟内に反響する。気づかれた様子はない。別に気づかれてもいいのだが、騒がられるのも耳障りだ。できる限り口はつぐむ。
そのまましばらく進むと、奥の曲がり角から光が漏れていた。騒がしい声も聞こえてくる。どうやらあの先は部屋になっているらしい。
アレフはそっと角から中の様子を覗いた。
部屋はそれなりに広く、数十人が飲めや歌えやで盛り上がっていた。複数のテーブルでグループ分けされている。仲の良い者か──もしくは行動を共にする者で、自然と分かれるのかもしれない。
部屋の奥にはさらに通路があった。おそらく、ここは食事場兼会議室──のような何かだろう。
アレフは近くにいたグループの話し声に耳を立てる。
『おらぁもっと飲めこら!』
『せんぱぁい……もうカンベンしてくださいよ……』
『んだとコラ! てめぇ、先輩の酒が──あ? お前、なに持ってんだ』
『へっへっへ……じゃあぁ~~~ん!』
『おおぉ!? お前それ、どうやって手に入れたんだ!?』
『お前のようなヤツが買えるもんじゃないぞ!』
『また酒ですかあぁ……』
『へっへ……こないだ外に出た時、ちょいとね』
『あぁ、お前の帰りが遅かったときか』
『少し脅せば、ま、こんなもんよ』
『偉いぞ、よくやった。だから飲ませろ』
『のーまーせーろー』
『わぁってるって』
『で、そいつはどうしたんだ?』
『聞く? 聞いちゃう? 悲恋のカップルの話!』
『酒の肴にちょうどいいわ!』
そして下品に笑い出した。
(…………)
なんだかどうでもいい会話だった。ここで有用な情報が手に入ったら、王家との交渉事に使えると思っていたのだが……どうも望めそうもない。
(まぁそういうの、あいつは嫌がりそうだしな)
バカ正直で真面目な主──弟分には苦手な分野である。代わりに動いてやるのも、従者であり兄貴の役目だった。
(んじゃ行くか)
ここにいても仕方ない。アレフが部屋へ踏み出す。
彼一人が部屋に入ったところで、酔っ払った者どもは誰も気づかない。皆、楽しい話に夢中である。
ため息を一つ吐いたアレフが、腕を振るう。思い描いたとおりに力が発揮され、その場にいたものを全員閉じ込めてやった。
一気に静かになる。普通の人が聞いていたら、耳と頭がおかしくなってしまいそうだった。
アレフがてくてくと進んでいく。肉にかぶり付いている者、ジョッキを高く掲げあった二人、ボードゲームを囲んでいる数人のグループ……その誰もが、そのままの姿勢で固まっていた。傾けたボトルから酒が流れ、グラスから溢れ出す。寝ていた者以外全員が、素っ頓狂な表情から愕然とした顔に変わっていった。
それらに構うことなく、一人が掴んでいた酒瓶を手に取り、ラベルを眺めた。
「あぁ、アルヴァの三十五年ものだったか」
末端価格で平民給料三ヶ月分。かなりいい酒である。アレフとて、めったに口にできない代物だ。
「……もらっていくわけには、いかねーよな」
マホガニー色の奥に揺れる液体をじぃっと見つめる。周りの者なんかより、アレフの視線は一つの瓶に注がれていた。瓶を持ったままゆらゆらと身体を動かして、心の何かと格闘する。
数秒後、ことりとテーブルの上に置き直して、奥にある通路に向かった。
その間も、何度も振り返っては恨めしそうに瓶を見続けていた。
それからは同じことの繰り返しだった。炊事場、寝室、便所など(便所は入りたくなかったので部屋ごと閉じた)、いくつかの部屋を経由して進んでいく。
道中で会った者も残らず閉じ込めていった。途中、枝分かれしているところもあったが、そういった場合は選択した道以外をまず封鎖してから、往復した。とにかく騒ぎを最小限に。これが重要だった。
そうしてたどり着いた部屋は、だだっ広かった。最初と同じか、もう少し広い。天井もこれまでよりいくらか高く見える。
ここが最後の部屋のようだ。横や奥に通路が見当たらない。そして部屋には、三人の男が向かい合って座っていた。
「……? なんだおめぇは」
テーブルの向こうに座っていた男が、アレフに気づいて顔を上げた。
非常に大柄である。リチャードよりもさらに一回り大きい。隣に並ぶと、アレフくらいの身長でも大人と子供に見えそうだった。
他の二人も同時に顔を向けた。慌てて剣や杖を手に取って立ち上がり、
「な、なんだ貴様は!?」
「他の者はなにを──」
「はいはい、そういうのいいんで」
これまでと同じようにアレフが結界を張る。
「むぅっ!」
「お?」
二人は閉じ込めることに成功したが、でかい男は飛び退いて効果範囲から逃れた。座っていた姿勢から即座に戦闘態勢を取れるとは。アレフが感心する。
これまでの者とは動きが違う。おそらくこの男が幹部だろう。
「ちぃっ!」
続けて二度、三度と結界を作るが、どれも避けられてしまった。テーブルや椅子が派手な音を立てて倒れる。
じりじりとにらみ合う。男が壁にかかっていた特大のハルバードを手に取った。
「何者かは知らねえが、一人とはいい度胸じゃねえか。<ネストラル>幹部であるこのグ──」
「…………」
面倒くさい。
アレフは相手の言葉を最後まで聞かず、結界を部屋半分ほどから壁のように張る。
張られた結界は、そのままじわじわと縮小を始めた。
「……!? ……! ッ!」
相手が声なく叫び、きょろきょろと見てからハルバードを結界に向かって振るった。切れ味良さそうであり、人間なら数人まとめて真っ二つになれそうだったが──何も起きず、さらに縮まっていく。
次に地面を隆起させ、伸びた岩石を前方めがけて放つも、無惨に砕け散る。なかなかの威力だったが、そのくらいでは止まらない。そうするならミシェルくらいの力が必要だ。
相手が何度も岩石をぶつける。その度に砕け散り、跳ね返った岩が身体に当たっていた。見るからに痛そうだった。
とうとう背後の壁にまで追い詰められた相手は、ブラムと同じように最後の手段に出たようだ。魔力が跳ね上がった。
身体を岩石が覆う。大きかった体躯はさらに膨れて、巨人のようになっていた。
そのまま突進、ボンバータックルを決める。が、弾かれ倒れた。起き上がって再度助走をつけ──同じ結果になる。それでも諦めない男は、何度も何度も体当たりをかましていた。
正直なところ、アレフは応援したくなっていた。『頑張れ』の『が』の字が、喉のすぐそこまでせり上がってくる。
もはや涙目になっていた男は、駄々っ子のように両腕をぐるぐると回してパンチをし始め──
カエルのような姿で壁に貼り付けになっていた。
「んー、終わったかな」
アレフがテーブルの上にあった書類を手にする。ぱらぱらと読みながら、最後に洞窟内を全探査。抜けがないかを確認する。大丈夫なようだ。
これで仕事はおしまい。あとはゲートを王宮と繋げるだけ──
「あ、しまった」
『あちゃっ』という顔を作る。それから頭をがしがしとかいた。
「幹部の名前、聞くの忘れたわ」
王国に根付く闇組織、<ネストラル>。
その拠点の一つ、西にある隠れ家は、こうして静かに膜を閉じた。




