第17話 兄弟
王宮へ連絡を取り、両親へ簡単な説明をしたあと、レオナルドは走る魔導車を眺めていた。
両親からは何も責められなかった。ただ一言、『無事でよかった』とだけ言われ、詳しい話は後日ということになり、レオナルドは気が抜けたように木の根元に腰を下ろしていた。
ブラムやベリオは教会の一室に放り込んだうえで、ミシェルが厳重に封じた。あとで王宮からいくらかの人数が派遣され、引き取って行く予定である。
『いまさら暴れやしねぇよ』
そう言ったベリオのことは信頼できそうだったが、ブラムはどうかわからない。彼女の記憶は──行ってきた犯罪の数々は、それこそ酌量の余地はなかった。良くて犯罪奴隷、最悪極刑だろう。だが、女性の身で犯罪奴隷がいいかどうかは、レオナルドにはわからなかった。
あまり考えたくはなかったが、自業自得と言えばそれまでである。己がやってきたことが返ってきただけだ。王国もそこまで甘くはない。
魔導車からは元気な声が聞こえてくる。もう夜だというのに、エネルギッシュな子供たちの底は知れない。
『次、俺! 俺!』
『オスカーお兄ちゃん、さっきも乗ったでしょ!』
『私まだ二回しか乗ってない!』
『順番は守りましょうね』
『あのぉ……ミシェルさん、もう魔導車の魔力が尽きかけで……』
『ではまた充填しますので』
『い、いえ……そういう問題ではなくですね』
『お願いおじさん!』
『動かしてるとこかっこいいよね!』
『ううう! なんだろうこれ! 嬉しいような悲しいような!』
運転士が泣きながら乗り込み、何度目かの運転をし始めた。
レオナルドが上を見る。そんなに高くはない。教会の屋根先と同じくらいだ。そこには光の玉が浮かび上がり、あたりを煌々と照らしていた。
『もう暗いから』という理由で断ろうとした際、ミシェルが『それなら』と言って出したものだ。これのおかげで、昼間とそう変わらないくらいの明るさが確保されていた。有難いことである。
(ボーナスをはずんでやらないとな……)
時間外であり突発業務。なおかつ彼は、自身の身を呈して子供たちを守ろうとした。その行為には報いてやらないといけない。
そこらをぶろぶろと走る姿を見て、レオナルドは自身の最後となるであろう公務を、ぼんやりと思い浮かべる。
そこにウィルが近づいてきた。
「こちらでやれることは全て終わりましたよ、兄上」
そう言って、レオナルドの隣に腰掛けた。
「そうか……あとはあいつら次第だな」
「ええ」
少し沈黙が降りる。風がさぁっと流れた。兄弟二人で、騒ぐ子供たちを眺める。
しばらくして、レオナルドが口を開いた。
「ウィル、俺は──」
「やめさせませんよ」
言いかけた彼を、ウィルは言わせなかった。きっぱりと。断言するかのように。
驚いたレオナルドが横を見る。ウィルは正面を向いたままだった。
「ウィ、ル」
「私からも両親へ進言します。幸い大きな被害もなく、兄上は誑かされた身。多少の謹慎くらいで許されるでしょう」
「バカな! 俺は!」
レオナルドが声を荒らげて立ち上がる。話し込んでいたケヴィンやアンナ、列を作って待機している子供たちがその声に目を向けた。
視線を受けたレオナルドは、もう一度腰を下ろした。
「……俺は、お前を殺そうとしたんだぞ」
「生きてますけどね。それに、兄上が仕向けたことではないでしょう」
「だが、俺のせいでここが襲われたのは事実だ」
「ではどうして、ここに来られたのですか? 危険だと知っておきながら」
「それは……」
「心配せずとも、デイモン一人に罪を負わせることくらいできますよ。王家は綺麗事だけではやっていけませんので」
それはその通りだ。光あるところには陰がある。民の満足度も高いフェレニア王国だったが、決して公言できないこともやってきている。そんなものは国として当たり前だった。
だが違う。自分が心配しているのは、そんなことではない。
「……俺では、お前ほどに上手くやれない」
すでに自身が感じていたコンプレックスは話した。それでもやはり言いにくいものは言いにくい。レオナルドは地面を見たまま小さく言った。
「優秀なお前が王になるのが、最善だろう」
振り切ったはずの王位に、またしても執着心が湧いてくる。すでに手のひらから零れたというのに。そんな自分が嫌になってくる。
渋っ面を作るレオナルドの横顔を、ウィルは少しのあいだ眺めて、
「はああぁぁぁぁ……」
「……なんだ、そのバカでかいため息は」
人がせっかく本音を話しているというのに、その反応はないだろう。レオナルドが思いっきり顔をしかめて、隣をにらむ。
「本当にわかってないのですね……」
「なにがだ」
その問いには答えず、ウィルは走る魔導車を見た。流線型で余計な装飾はなし。燃費も乗り心地も悪い。速さだけを求めた失敗作、それが周囲の評価だ。
だが──
「あの魔導車は、兄上が考えられた物でしたね」
「……なんだ、人の失敗談を掘り起こす気か」
「違いますよ……ひと目見た時、あれは金のなる木だと思いました」
「は? あれが?」
「ええ。まだ構想段階ですけどね──」
ウィルが考えていた計画を話し始める。小声だったため、魔導車の音と子供の声に遮られ内容は届かない。だがレオナルドは、驚いたり思案顔になったりする。
話し終わったのは、魔導車がちょうど何周かして戻ってきた時だった。
「……本気か?」
「ええ、本気ですよ。動員数や収支の見込みは出ています。運転士の育成も始めたところですね」
レオナルドには眉唾ものの話だったが、ウィルの顔は決意と確信に満ちている。
ならばそのとおりになるのだろう。またしても弟の優秀さを感じさせられた兄は、もやっとする思いを押し込めて称賛を口にする。
「やはりお前は凄すごいな……俺には思いもよらないことを考える」
「……はああぁぁぁぁ」
「だからなんだ、さっきからため息ばかり」
「……あれを考えられたのは兄上ですよ?」
呆れた顔でウィルが言った。
だからどうした、とレオナルドが思う。あれの発案者はたしかに自分だったが、己の凡庸な頭脳ではそこまでだ。早々に見切りをつけ、そのままでは失敗作で埋もれるところを、ウィルがすくい上げた。弟の言う通りなら、これでまた王国が潤うだろう。他国から金が舞い降り、もしかするとそこから新たな技術が発掘されるかもしれない。
やはり弟は優秀である。俺なんかより。
「俺は思いついただけだ」
「それそれ。それなんですよ」
「? なにがだ?」
「あのですね、兄上。貴方が感じているように、私も兄上に勝てないと思っているんです」
「……お前が、俺に? なんの冗談だ?」
昔から何一つ取っても勝てなかった。政策だってウィルが通したもののほうが多い。しかも、いくつかは自分の案の改善までされてきた。
そんな弟が自分に勝てないとか言っている。レオナルドは胡散臭そうにウィルを見た。
だが見られたウィルは首を振って、悔しそうな声を出した。
「正直、あれは私には思いつきませんでした。いかに低コスト、高パフォーマンスにできるかを考えていた時に、あれですよ」
「お前のほうが正道だろう? 俺は負けたくなくて考えただけだ」
「ええ、私の方向が間違っているとは言いません。ですが考えてもみてくださいよ。人がうんうんうなって部品の一つ一つを見直している時に、『なんだそんなもの』と全く逆の物を見せられた時の気持ちを」
「…………」
「あれを見た日は眠れなかったくらいなんですよ……」
なんとなく、わかる気がした。人は悩んでいる時、視野が狭くなりがちである。抱えている案件が重くなればなるほど、その傾向はより顕著になる。レオナルドだって、問題点が見つからずに頭を痛めている時、ウィルやフィフィがぽつりと言った言葉にはっとさせられたことがある。
そしてそれを、どうやらこいつも感じていたらしい。この完璧で、非の打ち所のない弟が。
「お前でもそんなことを思うんだな……」
「当然ですよ。私をなんだと思っているのですか」
「いや……すまん」
怒ったような態度のウィルに、レオナルドはうつむき加減に謝罪した。
いつからだろうか。弟を完璧だと思うようになったのは。そして、こうやって面と向かって話そうとしなくなったのは。たった一人の弟だと言うのに。自分だけが何も見えていなかったのかもしれない。
また少し、場に沈黙が落ちる。
しばらくしてウィルが言った。
「とにかく、私は兄上のような柔軟な発想力がありません。改善や誤り、運用方法を見つけるのは得意ですが、兄上のように突拍子もないことをするのは、超がつくほど苦手ですね」
「……褒めてないだろ」
「褒めてますよ。だから兄上の方が王に相応しいと、私は本気で思っています」
「魔導車はお前のオリジナルだろ」
「はああぁぁぁぁあああ~!」
「だからやめろ! そのクソでかいため息を!」
ウィルの首根っこを掴んでがくがくと揺さぶる。
傍目に見て、それは兄弟のスキンシップといえるものだった。
「あれも兄上が思いついたことを形にしただけですよ」
レオナルドの両手を払いつつ、ウィルが言った。
「俺が? いつ?」
「クローゼの誕生パーティの際に言ってたじゃないですか。『こういうのがあればもっと楽に集まれるのにな』って」
「……言ったか?」
「言ってない、と言いはるのなら、母上に確認してみてください」
レオナルドが首を捻るが、全く覚えがない。だが記憶力のいいウィルのことだ。それも本当なんだろう。
「そういうわけですので、王位は兄上です。それ以外は認めませんからね。私はサポートが似合っています」
「他の目や噂もあるだろう」
「そんなもの言わせときゃいいんですよ。それに」
「それに?」
「王太子なんかになったら、クローゼといっしょにいられる時間が減りますので。断固拒否します」
「あぁ……」
そうだった。こいつはそういうやつだった。魔導車が実現した時、一番に乗せていたのも妹だったことを、レオナルドが思い出す。『これで学園から帰りやすくなる』と漏らしていたことも。
「あとは……兄上とフィオナの関係が羨ましくもあるので。彼女のためにもよろしくお願いしますよ」
「ウィル……む、待て。よく考えたら、つまり俺のアイディアは全部お前に──」
「おぉっと! 王宮から連絡ですね! 失礼!」
「おい」
じとっとした声で呼び止めるが、ウィルは教会のほうにそそくさと行ってしまった。連絡など来ていなかったというのに。
だが不思議と悪い気分ではなかった。昨日までの自分なら、『盗っ人め』と怒り狂っていたかもしれない。
この一日でずいぶん変わったな──
ぼうっとして思いに耽っていると、入れ替わるようにケヴィンとアンナがレオナルドの前にやってきた。
「よろしいでしょうか」
「ん? どうした?」
「外に出ていた子は、無事に派遣先に泊まることができました」
「その……王家のお名前を使わせていただき、ありがとうございました」
二人が頭を下げた。
もう夜である。本来なら、外に出ている子供たちも全員戻ってきている時間だ。
だがこの状況。襲撃もされ、教会の一室は隔離部屋として利用中。子供たちを戻すのはリスクが高いということで、それぞれが従事している所に、今日は寄宿してもらう流れとなっていた。
そうは言っても、相手先の都合もある。いきなり『一日泊めてくれ』とお願いしても、断られる可能性のほうが高かった。事情を話すにしても、余計な不安を与えたくない。
そこでウィルやレオナルドの出番である。彼らは王家の名前を使うことを許可した。国からの勅命、という名目であれば、相手は断れない。断れるわけがない。
結果的に、子供は全員寝泊まりする場所が確保できたのだった。
「いや……いいさ、名前などいくらでも使ってくれ」
「助かります。それから……アンナ」
「は、はい……」
ケヴィンに背中を押されたアンナが、びくびくとした足取りで一歩前に出た。
レオナルドが怪訝に思っていると、彼女は深々と頭を下げた。
「三年前に施行された、孤児の受入先拡大に関する政策……殿下のおかげだと伺いました。大変、ありがとうございます」
その言葉に面食らう。あいつめ、とウィルが消えていった方向に目を向けた。
三年前の政策。たしかにレオナルドが草案を作ったものだった。それまで受け入れ先といえば、大半が重労働だったり賃金の安い家事手伝いだったり、はたまたそのまま孤児院に所属するなど、体制は整っているものの、選択肢はあまり用意されていなかった。
そこで新たに考えられたのが、幅広い職業を用意、斡旋するというものだった。例えば体格や運動能力に優れている者は、騎士団に迎え入れる。礼儀作法が身についていれば、貴族侍女としての道を用意する。給金も一般となんら変わらない。施行当初は戸惑う声も多かったが、理解を示してくれる者が多数であり、また準備期間も余裕をもって導入したため大した騒ぎも起きず、今では当たり前のことになっていた。
もちろん課題はあった。孤児への風当たりが一番に上がってくる。だからこそ、同時に保護制度も適用されたのだが──デイモンがいい例だった。まだまだ解決しないといけないことは多い。
「……ただのポイント稼ぎの一つだ。それにあれは弟が引き継いだ。俺では施行まではいけなかった」
嘘ではなかった。王位に近づくために考えたことであり、別に『孤児のために』という思いは一切なかった。しかも自分の草案は穴だらけだった。ウィルから指摘されるまで、自分では気づくことすらできなかった。
そのままなし崩し的に弟に引き継がれ、けっきょく、レオナルドの立ち位置は変わることはなかった。
「それでも……殿下がいなければ、なにも変わらなかったかもしれません」
「殿下の考えはどうあれ、助かっている者が多いのも事実です。ですので、一言伝えておきたく」
「そうか……気遣い、感謝する」
「それと……」
「む、まだなにかあるのか」
「い、いえ……もし殿下がよろしければですが……その、またぜひお越しくださればと……」
アンナが言った言葉に、レオナルドが瞠目する。
「……許す、と言うのか」
「しょ、正直に申し上げますと、まだ思うところはあります……」
「だったら、なぜだ?」
「……恨んでもなにもなりませんし……子供たちの方が大事ですので」
アンナが子供らを見つめる。その表情は慈しみに溢れ、まるで女神のようにレオナルドには見えた。
「殿下も……ご自身を責められるくらいなら、どうか王国の未来をお考えくださいますよう」
「…………」
「し、失礼なことを言って、申し訳ありませんでしたっ」
丁寧にお辞儀をしてから、アンナは足早に去っていった。
残された二人が彼女の後ろ姿を見つめる。
「……罵られたほうが、まだ気が軽くなる」
「はは、そうですね。彼女はどこまでも真っ直ぐな女性です」
「強いな……」
「おや、たしか殿下の婚約者様も──おっと失礼しました」
じろっとにらんだレオナルドの視線から逃げるように、ケヴィンもその場を離れていった。
一人になったレオナルドが、自分の手のひらを見つめる。
昨日までとなんら変わらない。だが、こぼれ落ちたはずのそれは確かに今、その重さをまた感じていた。
「簡単に言ってくれるな……」
手を後ろの地面につけ、もたれるようにしてから自嘲的な笑みを作る。
そこで彼を呼ぶ声が聞こえた。
「殿下! 代わってくださいよぉ!」
「もっかい! もっかい!」
「で、でんかぁ~!」
運転士の情けない声が聞こえてくる。
レオナルドは魔導車の運転が得意だった。ほとんど自分では動かさなかったが、わりとすぐにコツを掴んで乗りこなすことができていた。
それも、ウィルにはなかった彼の一面である。
「ったく……第一王子に運転させる気か、あいつは……」
ボーナスの件はお預けだな、と呟いて立ち上がる。
ふと、空を見上げると、満点の星空が広がっていた。広場の光量がなければ、もっと輝いて見えていただろう。しばしそれを眺める。
「フィフィと来るのも、悪くないかもな」
「なにやってんですか殿下ぁ!」
「うるさい、今行く」
こっちをきらきらして見つめる子供たちのところに、レオナルドは軽やかな足取りで向かった。




