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第16話 組織

 捕らえていた拘束のほとんどを解いてやる。少し無用心ではあったが、この場にいる四人なら誰でも即座に対処が可能である。それに男も暴れようとはしない。どっかりと座って、興味深そうにリチャードらを見ていた。


「それじゃ、いくつか尋ねるから答えてくれるかな」

「はいよ。……あー、すまん。丁寧な言葉遣いって苦手でさ」

「いいよそのままで」

「さっすが話がわかるね」


 ベリオと名乗った男はウィルの質問に素直に答えていく。

 組織の規模、構成員の数、主な活動地域や時間、拠点としている場所……その他もろもろ、知っていることをすべて吐き出させる。

 それでわかったことは、この男はたいして情報を持っていなかったということだった。


「うーん……拠点の場所も曖昧なのはちょっと……」


 ウィルがこめかみをつつく。


「悪かったな……というか言ったろ。俺は下っ端だから、あんまり知らされてねーんだよ」

「でも拠点くらいは知ってないと……不便じゃないかな?」

「んー……そりゃあ、よく使うところは知ってるよ。でも他はめったに通わねーしな。あんたらだって、所属してない事業所の場所なんて詳しくは知らんだろ?」

「……まぁ、そうだね」

「俺らもいっしょよ。ひとつは伝えた通りだけど、他の詳細は答えられねーな」

「嘘は……言っていないようだな」


 レオナルドの視線に、アリスとリチャードは首を振った。

 二人は探査魔法を全開にしていた。表層心理と身体の反応を読み解いているのである。

 人間は嘘を吐いているとき、どうしても身体と心のどちらか、もしくは両方に変化を起こす。心音・体温の上昇や瞳孔の開き、皮膚の電気的活動などの抹消反応に加え、脳波の周波数範囲にも顕著に現れる。人である以上、それらを抑えることはできない。


 そのうえで、彼は嘘をついている状態からはほど遠かった。


「なぁ、しょっぱいからやっぱ手加減はなし、とかはねーよな」

「ん。それについては心配しなくていいよ。協力的かどうか、が重要だから」

「そうかい。ま、ちょうどよかったかな。子供を狙うのはちょっとさすがにな、と思ってたんだよ」

「これも本音、か」


 この男、ベリオはどうやら豪快かつ一本気な性格らしい。悪く言えば単純。強い者を好み、弱者や後輩にはそこそこ面倒見がいいと思えた。今の組織に身を置いているのも、幹部とやらに負かされてからとのことだった。


「では聞き方を変えよう。彼はその幹部とやらかな?」


 ウィルがぐるぐる巻きのブラムを見た。

 その質問にベリオは一瞬目を丸くしたあと、『くっ』と喉を鳴らしてから口を開いた。


「『彼』、ね……そうだよ、その人は幹部の一人であってる。直属ではないけど、俺らの上司になるんかな」

「ふむ……他にもいるのか?」

「ああ、あと三人いるよ。でも見たことはねーな、名前もわかんね」

「能力とかも当然……」

「知らんよ。そこの……ブラム様のことだって、そんなに知ってるわけじゃねーしな」


 『すまないね』と言って、べリオはごろんと横になった。

 王子二人とアリス、リチャードが顔を見合わせる。


「どう、思う?」

「少なくとも嘘は言っておりません」


 リチャードが断定した。アリスもその言葉にうなずく。


「リック様に同意です。真実しか語っておりませんわ」

「うーん……」

「八方塞がりか」


 重い空気が立ち込める。遠くからは子供のはしゃぐ声が聞こえてきた。自然とそちらに目が向く。

 相変わらず子供らは魔導車に群がっていた。ミシェルとアレフも手助けをしているが──いや、どちらかというとミシェルは子供の味方をしている。『自分が魔力を注ぐから』なんてことを言っているようである。アリスは頭を下げた。


「乗せるのは構わないんだけどね」

「それより今後のことだな」

「はい……」


 話をもとに戻す。

 べリオが言っていた四人の幹部。その上にボスがいるらしい。

 幹部の一人であるブラムは強かった。完全に打ち負かしたが、それは相手がミシェルだったからだ。ある程度の力を持つ者でなければ対処は難しい。それにここは子供らの第二の故郷。王宮勢力との総力戦になるのも避けたかった。

 今対処しておかないと、また危険に晒されるかもしれない。アリスの脳裏に、あの路地裏の光景が蘇る。孤児の姿と血まみれのミシェルが被った。


 いまさら迷う必要はない。


「アリー」


 顔をあげたアリスにリチャードが声をかけた。彼女が何をするのか、彼は瞬時に悟った。


「どうした?」

「なにか策でもあるのか」


 雰囲気が変わったアリスに、ウィルとレオナルドも期待の目を向ける。

 彼女はブラムを見て言った。


「この人の記憶を探ります」




 ミシェルとアレフもやってきて、六人がブラムの周りに集まる。ベリオも横から覗いていた。


「記憶を探る……そんなことが可能なのか?」


 四人の力はもう知っていた。だがそれでもすぐに信じることができない。ウィルは疑わしげに顎に指を当てた。

 ベリオはもっとだ。『マジかよ……』と呟いて、隙間からこそこそと様子をうかがっている。

 準備に入っているアリスの代わりに、アレフが疑問に回答していく。


「ええ、探査の応用です。相手の潜在意識──記憶機能にまで、深く深く入り込むことで可能になります。……ですが」

「ですが?」


 アレフが肩をすくめた。


「正直、あまりやりたくないというのが本音ですね。記憶を覗くということは、相手の主観、立場になるということです。人間誰しも、綺麗な思い出だけではありませんから」

「なるほどね」

「お嬢様はその限りではありませんが」

「……そこでそれ?」


 騒ぐギャラリーを無視して、アリスが行動に移っていく。

 片腕に魔力を集め、神経を集中する。けっこう繊細な魔法だ。アリスとて、ながらで使うわけにはいかない。相手の大脳辺縁系にアクセスするのだから当然といえば当然だが。


 『ヘルムが邪魔ね』と思い、まずは引っぺがそうと腕を伸ばす。三人がごくりと息を飲んだ。


「では……」

「待て、アリー」


 寸前でリチャードが止めた。


「リック様?」

「言ったであろう……その、他の男に触れさせたくないとな……私がやろう」

「あ……は、はい……お願いしますわ」


 お互い赤くなってもじもじとする。汗マークがうっすらと見えたり、『てれってれっ』という擬音が聞こえたりしそうだった。

 ウィルとレオナルドは呆れた顔に、ミシェルとアレフは想定通りといった顔に変化する。ベリオはなぜかにやにやしていた。


 そんな視線は露知らず。二人がとろとろと立ち位置を変える。アリスがほっぺたを探すが、残念ながらセリアは遠くではしゃいでいた。



「では……」


 片腕に魔力を集め、神経を集中する。けっこう繊細な魔法だ。リチャードとて、ながらで使うわけにはいかない。相手の大脳辺縁系にアクセスするのだから当然といえば当然だが。

 『ヘルムが邪魔だな』と思い、まずは引っぺがそうと腕を伸ばす。二人がごくりと息を飲んだ。


 今度は邪魔されずに、ぺいっとヘルムを剥いだ。両手で持ち、幹部の一人であるブラムの素顔を確認する。アリスもリチャードの頭越しに上からのぞきこんだ。


 ブラムは、美形だった。ざっくばらんに切られているがツヤのある赤髪。意識を失っているため目は閉じられているものの、長いまつ毛は瞬きのたびに上下して、瞳を大きく魅力的に映すだろう。鼻筋はぴんとまっすぐ伸びており、唇は厚く煽情的だった。


 つまり彼は──彼女は、ブラムはどこからどう見ても女性だった。それも、けっこう美人な。


「…………」


 リチャードが固まる。どう動けばいいのかがわからない。ヘルムを持ったまま、そろりそろりとアリスのほうを見た。

 視界に映った愛しい婚約者は、『ふぇっ』と泣きそうな顔を作っていた。


「リック、様……」

「違うぞ!?」


 リチャードがヘルムをぺちゃっと押したたんだ。歪んだ物体を放り投げてから、両手をばたばたさせてアリスに近づいていく。

 近付かれたアリスはつつっと距離を取った。後ろにいたミシェルの背後に周り込み、そぉっと顔半分を出してのぞきこむ。

 絶望するリチャードを放置し、ミシェルが傍らのアリスに囁いた。


「お嬢様。男性という者は、いつだって女性の身体を求めてやまない生き物でございます。一度くらいは大目に見てあげましょう」

「ミシェル殿!?」

「ううん、わかっているの……そういうところも殿方の甲斐性なんだって……私が頑張らないといけないんだって」

「アリー!?」

「王女殿下の言葉通り、けだものですからね。考え直すなら今のうちですよ」

「アレフ! 貴様ぁっ!」


 ぶちギレたリチャードが、アレフに向かって魔法を放った。力強い魔力の奔流が迸る。


「うおっ!」


 のけ反ったアレフはぎりぎりで回避。続けて襲いかかってきた破壊的な光線を、なんとかいなす。


「なにすんだよ! っぶねーな!」

「うるさい! 今日という今日は──」

「──というわけですので、営みのお稽古は重要なのです。今度にでも私とやってみませんか?」

「そ、そうなの? ……うん、やってみる──」

「二人とも! 誤解だと言っておろう!?」

「あ、それぜひ見たい──ほあっ!?」

『貴様は黙っていろ!/貴方は黙っていなさい!』


 アレフに向けられる魔力が二人分になった。どがーんぴがーんと派手な光と音がその場に轟き、切った張ったの大乱闘が繰り広げられる。


 四人のどたばたを、うんざり顔のウィルとレオナルドが眺めていた。ベリオは腹を抱えて転げまわっている。子どもたちはわいのわいのと手を叩いてはしゃいでいた。


 『いい加減にしろ』とウィルが大声で叫ぶまで、その調子は続いた。




(うっそだろ……)


 ベリオは震える身体でそれを見つめていた。

 けっきょく、女のほうがやることにしたらしい。己の上司の頭に手をかざして、記憶なるものを読み取っているみたいだった。


 自分は魔法があまり使えない。別に使えなくても困りはしないし、スクロールで代用することだってできる。それに、そんなものより鍛えた肉体を用いるほうが好みに合っていた。

 魔法ばかり使っている軟弱野郎。幹部など、一部の者は例外としても、それがベリオがこれまで抱いてきた常識である。記憶を探るなど眉唾物だった。


 だが、女が放つ気を感じて、考えを改めざるをえなかった。


 目を閉じ、集中している姿から目を離せない。輝き揺らめいている銀髪に、心を鷲掴みにされるようだった。

 自分を打ちのめした男も、強烈な威圧を放っていた。あれを思い出すと、体の芯から震えるような、底冷えする恐怖が蘇ってくる。まさに心胆寒からしめる力を感じさせた。

 だがそれとはだいぶ毛色が異なる。あの時とは状況も、使っている力も別なのだろうが、目の前の女には別の意味で震えさせられていた。


 神気。

 そう、神気と呼ぶのが一番近い。神を見たことはないが、もしいたとしたらきっとこのようなオーラを纏っているのだろう。べリオにはそう思えた。そして、おそらく同等のレベルに至る人物が、あと三人もいる。


(あーあ、こりゃ組織も終わりかね。さっさと取っ捕まって正解だったかもな)


 ベリオはそばにあった木にもたれかかって、これから遭うであろう仲間たちの不幸に、形だけだが冥福を祈った。




 アリスがかざしていた手を下ろした。揺れていた髪の動きが静まってから立ち上がる。


「終わりました……ひぇっ!?」


 振り向いて、ぎょっとなった。アンナや司祭、シスターらが手を組んで膝を突いていたからだ。子供らまでもが真似をしている。それは祈りのポーズに近かった。

 うるうるとした瞳の視線に気圧され、てこてこてこっと逃げ出してミシェルの袖を引っ張る。


「ね、ねぇ……あれ、どうしちゃったの?」

「……一緒に集中してくれていたのでしょう」

「そ、そう……? それならいいのだけれど……」


 釈然としなかったが、深く突っ込んでいる場合でもない。

 地図を広げて待っていたウィルたちに、周りをちらちらと気にしつつも、アリスは得た情報の共有を始めた。

 まずはリチャードらにやったように、直接情報の手渡しを。次に地図上にマークを描いて、視覚的に意思疎通を図っていく。




 ブラムから得られた情報は複数あった。大きく分類すると三つ。


 まずは組織の規模だが、これがなかなかに大きかった。構成員はざっと三百人。中級規模の商会レベルである。だが幸い、今は活動を控えている時期らしい。今回が特例なのだろう、ほとんどの者は拠点にいるみたいだった。


 次に幹部と、それらを束ねるボスの能力。ブラムは火だった。お約束とでも言うべきか、それとも悪のポリシーなのか。他の者は水と風、それに地を得意とするという情報があった。残念ながらボスは不明。幹部も知らないようである。


 ただ、名前は判明した。幹部がそれぞれ≪ネーレ≫に≪ウェンティ≫に≪グランド≫、それとボスである≪ゼンディル≫。なかなかに個性豊かな名前が揃っている。本名だろうか?


 最後に、もっとも重要である拠点の場所。ひとつはすでにベリオから伝えられたとおりだったが、別にもう二つ存在した。




「東……それに北と西か。トップは北にいるようだね」


 描かれた軌跡を指でなぞりながら、ウィルが声に出していく。


「けっこう遠いな……三か所に戦力を分散させる必要を考えると、時間がかかるし被害も大きくなるぞ」


 レオナルドも険しい顔で地図をにらんでいた。


 王宮から一番近いのは北である。それに辺境伯の領土も近い。与えている公的兵力に加え、さらに私兵も重ねれば制圧はしやすいと思えた。

 だが一か所を集中して攻めるのは愚策だ。こういった組織の厄介なところは、頭を潰しても手足が生き残ることにある。もちろん、得た情報通りに束ねる者は存在する。トップが必要なのはどこの組織でも同じである。しかし、自組織が危うくなれば、奴らはすぐにでも頭を切り離すだろう。縦の繋がりが薄いぶん、柔軟に動きやすい。王を守ることを第一に考える王宮勢力とは、まったくもって逆と言える。


 つまり、北を攻めれば東と西は即撤収。鳴りを潜め、再び力を蓄える。東を攻めれば──そういうことである。同時に攻めるのが最も効果的だった。


 しかし、それには入念な準備と大規模な戦力が必要である。情報の封鎖、人の移動、兵糧の用意──気が遠くなるようだった。

 しかも幹部の一人が消えたとなれば、嗅ぎつけるのも時間の問題と思われた。ちんたらしている余裕はない。やはり孤児院の関係者らには、ひとまず別の場所へ移動してもらうくらいが関の山である。


 それが普通の状況なら。

 二人の様子とは異なり、リチャードとアリスは事もなにげに言った。


「北には私が行きましょう」

「私は東にしますわ」

「ではアレフは西を頼む」

「了解しました」

「この場は私にお任せを」

「ええ、お願いねミシェル」


 ウィルとレオナルドを置いて、どんどんと話が決まっていく。普段なら『勝手に決めるな』と憤慨しているところだ。

 しかしそうだった。今この場には彼女らが、頼りになる者らがいる。ならばそれを全力でサポートするのが最善だろう。


「頼めるかな」

「はい。ウィルフィード様には、制圧に必要な戦力を準備いただきたく」

「わかったよ。悪いね」

「いえ。あらかた片付きましたらゲートを出しますので、王宮前で待機を」

「ゲート……とはなんだ?」

「あとで説明します、兄上」




 今後の段取りを済ませていく。位置や相手の主戦力の再度の確認、潜入方法や万が一の連絡手段など、得た情報と地図を照らし合わせて簡単な作戦会議は終わった。


 アレフが代表して、出発前の号令を出そうとした。


「それでは……ええと、組織名が──」

「どうでもいいよ」

「ああ、どうでもいいな」

「どうでもいいですわ」

「うむ、どうでもいい」


 全員の意見が一致し、ウィルとレオナルドは王宮に連絡を取るため伝達の準備を、アリスとリチャードはその場から姿を消してさっさと出発してしまう。


 残されたアレフは肩を落とした。


「なんだか俺が悪いみたいな空気なんだけど……」

「いいから早く行ってください。……まぁ、お気をつけてと言っておきます」


 ミシェルが少し顔をそらして、小さな声で檄を飛ばす。

 素直ではない彼女を、アレフは抱き寄せた。


「必ず、無事に帰ってくるから」


 まるで戦場へ向かう恋人のようなセリフを言って、ほどよい大きさの感触を楽しむ。ミルクのような香りが漂ってきた。驚いて見上げてくる表情が可愛い。

 お尻の方に回した手をわさわさと動かす。綺麗なSラインが心地よかった。胸はそれほどでもないが、彼女の魅力はこっちに──


 万力のような力で手の甲を抓られた。


「いでぇ!」

「いいから早く行ってください!」


 赤い顔でミシェルが叫んだ。

 その顔を見られただけでもよしとする。アレフは『にひっ』と笑って転移した。


 一人になったミシェルは、『ふんす』と鼻息荒く子供たちの方に向かう。魔導車へ思う存分魔力を注ぎ、慌てふためく運転士を説得して子供らを乗せ始めた。




 今夜、一つの組織が姿を消す。

 消える組織の名前は<ネストラル>。

 たしかにどうでもいいことだった。

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