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第13話 家族

「リチャード様を殺す気でしょうか」

「そ、そんなつもりは、なかったの……」


 横たわったリチャードをアレフが介抱していた。リチャードは時折『う~む』とうめいており、『めろんが……めろんが来る……』などと意味不明な言葉を呟いている。

 その隣にはアリスが跪坐し、両手を股に挟んでこしゅこしゅ擦り合わせながら、申し訳無さそうにうつむいていた。


「おじちゃん、だいじょーぶ?」


 セリアがアリスの背中越しにのぞきこんだ。


「え、ええ。大丈夫よ?」

「いやぁ、どうでしょうね。かなり危ない技を食らったので」

「アレフ様!?」

「そーだよね。お姉ちゃんのおっぱい、危険だもん」

「セリア!?」


 腰にしがみつくセリアと、『くっ』と喉を鳴らすアレフを、アリスが交互に交互に見る。遠くでオスカーがぶんぶん頭を振って耳を塞いでいた。

 『むー』とうなったアリスが、セリアのほっぺをむにっとつかんだ。『あぶぅ』と声を出すセリアにかまわず、むにむにといじる。


「そ、そもそもミシェルが悪いの!」

「お嬢様!?」


 いきなりな悪者呼ばわりに、戦闘痕を癒やしていたミシェルが驚いて振り向いた。


「アレフ様といちゃいちゃべったりなんかして!」

「ぶっ」

「し、してませんよ!」

「してた! してたもん! ……ぺっちゃりしてたもん」

「ぺっちゃり!?」


 ぺっちゃり。言葉の意味はまったくわからないが、なぜか言いたい内容は伝わってくる。

 アレフも顎に手を当てて、思い出すように見上げた。


「あー、たしかにあれはいつもよりぺっちゃり──」

「貴方は黙っていてください!」


 ミシェルが鬼の形相で睨めつけた。


「うへぇ! こわっ! さっきはあんなに可愛かったのに!」

「黙れと言っているのが──」

「ほらぁ!」

「ああもう! 違いますから!」


 わーわーぎゃーぎゃーと教会前でいがみ合う。倒れたままのブラムが悲しい。

 ちなみにブラムはイモムシのように光る紐でぐるぐる巻きにされていた。アリスがリチャードの真似をした結果である。縛り方がわからなかったのでどうにも上手くいかず、最後は物量にモノを言わせた淑女の作品だった。


 と、教会正面のドアがぎぃっと開いた。

 司祭とシスターがおそるおそる覗いている。揺れも音もおさまり、聞こえてくるたわいもない会話を耳にしたウィルらが、様子を見るために開けたのだった。


「終わった、のでしょうか?」


 司祭が代表して問いかけた。


「どーせ私は子供だもん! ミシェルの方が年上だもん! 先に大人になるのも当然なんだもん!」

「い、言い方に悪意があります!」

「いや、その胸で子供はない──べはっ!」

「黙ってろと言ったでしょう!?」

「だからって平手はねーだろ!? 平手は!?」

「……いいもん、私だってやればできるんだもん。負けないんだもん」

「お嬢様!?」

「あー、こらこら! それ以上はマジでヤバイから! 本当にイッちまう!」

「りっくさまー」

「お嬢様、これ、本気……!」

「させるか!」

「けっかい、じゃま」

「うそぉ!? 強すぎだろ! おいこら起きろ! 死んじまうぞ!?」


 問いかけたが、誰も聞いちゃいなかった。入口付近にひゅる~っと風が吹いたような錯覚を抱く。


「終わった、のでしょうか!」


 へこたれずに、もう一度声を張り上げて問いかけた。

 リチャードに引っ付こうと、張られた結界を手のひらでばしこんばしこん叩き消し飛ばすアリスと、そのアリスにしがみついて腰を踏ん張るミシェル。なんとかして弟分の命を守ろうと連続して結界を張り続けるアレフも含めて、それぞれが同時に教会の方を向いた。


 少しばかり沈黙が場に流れた。てん、てん、てん、とお互いの間に三点リーダーが浮かぶ。


 アリスが立ち上がり、両手を前で組んで淑女の姿を取った。

 ミシェルがさっとアリスの背後に移動した。

 アレフがこほんと咳払いをして、襟をぱしんと正した。


「はい、終わりましたわ」

「問題ありません」

「仔細なく」

「そ、そうですか」


 何事もなかったように振る舞う三人にたじろぐ司祭だったが、気を取り直して背後に声をかける。その後ろからウィルが出てきた。


「ふぅ、終わったようだね。助かったよ──」

「セリア! オスカー!」

「あたっ」

「で、殿下!」


 さらに後ろからアンナが飛び出してきた。ウィルを押しのけて二人に駆け寄っていく。


「アンナお姉ちゃん!」

「姉ちゃん」


 アンナの姿を見たセリアとオスカーも、同時に走り寄っていった。


「どうもすみません」


 ケヴィンがよろめいたウィルの肩を支えて謝罪した。


「いや……一番心配していたのは彼女だからね」


 『いいよいいよ』と言いながら体制を直す。ひっしと抱き合った二人を見て、跳ね飛ばされた王国の第二王子は満足そうに苦笑した。


「よかった……本当に……」

「アンナお姉ちゃん、ごめ──」


 涙を流して抱きしめたアンナだったが、言いかけたセリアの頬をぱしんとぶって、キッとにらみつける。


「あ……」


 セリアがじんじんとする頬に手を当て、呆然とアンナを見上げた。


「姉ちゃん、ごめん」

「オスカー! あなたも!」


 二人の後ろに立つようにしていたオスカーも、アンナの平手を食らった。だがそれでも何も言わず、黙って頭を下げ続けた。

 ミシェルが足を踏み出すが、アリスが腕を伸ばしてそれを止めた。向けられた視線にふるふると首を振る。


「あんな、おねえちゃ──」

「どうして! どうして言いつけを守らなかったのですか!」

「姉ちゃん」

「どれだけ! どれだけ……心配したか……」


 ぼたぼたと涙を零すアンナの声が小さくなっていく。

 セリアがアリスの方を向いた。彼女は微笑んで、小さく頷く。


 セリアも頷き、上着のポケットからぼろぼろになった花を一本取り出して、両手のひらに乗せた。


「あのね、これ……」

「……それ、は」

「ほんとはね、七枚あったんだよ……でも、一枚になっちゃった……」


 くたびれた花を見て、うつむき加減のセリアがぽつぽつと言う。

 花はしおれ、茎が真ん中から折れそうになっている。残っていた一枚も、ギリギリのところで花托に繋がっている。ほんの少しでも力を入れてしまうと、今すぐにはがれてしまいそうだった。


 そんな状態の花。だがそれを見たアンナは新たな涙を溢れさせ、震えながらセリアに近づいていった。


「あれは?」


 様子を見たアレフが、ひそひそとアリスに問いかけた。


「サフリスの花です」

「サフリス?」


 首を捻る。アレフも花には詳しくなかった。


「お祝いごとなど、贈呈品のアクセントによく使われますわ」

「珍しい花なのでしょうか?」

「いいえ。ごくごく身近で、野に入ればすぐにでも手に入る、と言ってもいいくらいです。ですが──」


 通常、サフリスの花弁は六枚である。薄ピンク色の花は多くの人に好まれ、採取のしやすさと可愛い見た目で親しまれてきた。

 だがセリアが言ったとおり、稀に七枚の花弁をつけるものが見つかる。そうなると単価も跳ね上がり、さらに一つの花言葉が追加され、繋がりの深い間柄での受け渡しに利用されていた。


「せり、あ……」

「こんなんなっちゃったけど……お誕生日おめでとう、アンナお姉ちゃん」

「セリア!」


 手のひらを差し出したセリアを、アンナが身体全部抱きしめる。

 愛しい姉の体温を感じたセリアも、あっという間に大粒の涙を瞳に浮かべて、背中に腕を回してしがみついた。


「ごめんなさい……ごめんなさい!」

「いえ、いいえ……! 私も、すみませんでした……!」

「う、うぁ……うあぁぁぁっ!」


 わんわんと泣くセリアと静かに涙を流すアンナ。オスカーも鼻をこすってすすり上げた。

 三人の姿に、周りがしんみりとして見つめる。


「なるほど、『家族愛』ですか」

「私も、小さい頃のお嬢様からいただきましたね」

「ふふ、そうね。今度また贈るわ」

「本当ですか!」

「ええ。大事な家族ですもの」

「お嬢様……」


 横ではアリスとミシェルが手を取り合っていた。

 のけものにされたアレフが『あのー、私には』とつぶやくが、耳に届いていない。指を絡めたりおでこをくっつけたり首筋にキスを落としたり。『くすぐったい』なんて言いながらも触りっこは止まらず、きゃっきゃっと盛り上がっている。


 話に交わることを早々に諦め、代わりと言ってはなんだが、アレフはその美しくも退廃的な絵面を楽しむことにした。腕を組んでふむふむと頷き、目に焼き付けようと──ミシェルが飛ばした小石に顎を撃ち抜かれていた。


「う、う~む……」


 リチャードが頭に手を当て、むくりと身を起こした。


「もの凄く痛ぇ……お、起きたか」

「アレフ? 俺は……なにやらふわむにゅとした感覚があったのだが……」

「あまり考えないこった」

「そうか……ふむ、どうやら終わったようだな。無事に渡せたか」


 抱き合うアンナとセリアを見たリチャードが、満足気な表情をする。それから横を振り向いて、


「ぐはっ!」

「お前は見るんじゃねえ! 刺激が強すぎる!」


 アリスとミシェルが、互いの頬やまぶたに何度も何度も唇を這わせ合っていた。たまにニアミスで、ちょんと触れては吐息が混ざった声を漏らし、じっと目と口を見てからまた小鳥のようについばみ合う。


「もう、私が最後にするの」

「イヤです、私で終わりです」

「あっ……ん、もう」

「ほら、またお返しがいります……」

「んっ……ね、ミシェル──」

「はーいはい! そこまで! それ以上は身がもちません!」


 正面から顔を近づけようとした二人に、アレフが『ぱんぱん!』と手を鳴らして割り込んだ。

 ぽやっとした潤いと熱っぽい目で振り向いた二人は、最後にもう一度頬ずりをしてから手を繋いで歩き出す。


「……お前はあれに勝たないといけないんだぞ」

「……貴様もな」


 頬を染めている二人を見て、どんよりした表情のリチャードとアレフがぼそぼそと話した。

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