第11話 激突
時間は少し巻き戻る。
アリスが森に向かい、アレフが事情を理解したあと。
残ったミシェルは、アレフといっしょに皆を教会に押し込もうとしていた。
「ミシェルお姉ちゃん……」
アンナに背中を押されていた孤児の一人、サラが不安そうな顔で振り向く。
ミシェルは静かに近寄り、サラの頭に優しく手を乗せた。
「大丈夫ですよ。言うことを聞いて、大人しくしていてください」
「……私、お祈りするから! いっぱい、いーっぱいお祈りしてるから!」
「はい」
安心させるため柔らかく微笑んでから、手を離す。サラは何度も振り返りながら、教会の奥、側廊の方に入っていった。
「アレフ様」
「了解」
アレフが全員に結界を張る。緻密に、ミシェルが構築したもの以上に堅牢で、それでいて行動に妨げがないくらい、身体の表面を覆うような極薄の結界を。
それを少々悔しい気持ちで眺める。ミシェルにはここまでの制御は無理だった。同程度の防御力を得ようとすると、どうしても巨大で分厚いものになる。こと護りにおいて、彼の上をいく者はいない。
「申し訳ありません。よろしくお願いします」
「よ、よろしくお願いします……あの、本当に問題はないのでしょうか……」
ケヴィンとアンナが頭を下げた。アンナはまだ半信半疑の様子だ。たとえ四人が王国随一の実力者であることをウィルから聞かされても、教会の周りの焦げ跡が頭にちらついているようだった。
「はい。問題ありませんので、子供たちをお願いします」
「はい……」
「大丈夫ですよ。この人、えげつないですから。一度追いかけ回された時は本当にむちゃくちゃで肝を冷やし──」
「…………」
「はおっ!」
余計なことを言うアレフの足をミシェルが踏みつける。魔力を込めてぐりぐりと、的確に急所である甲利にダメージを与える。
「あの?」
「なんでもありません」
「な、なんでもありましぇん……」
すまし顔のミシェルと、ぷるぷる震えるアレフ。
足元の攻防に気づかないアンナは首をかしげたが、もう一度頭を下げて残っていた子供らといっしょに奥に入っていった。
「すまないね、よろしく頼むよ」
教会のドアに手をかけるケヴィンの背後から、ウィルが外の二人を見て声をかけた。
「はい」
「できれば生かしておいてほしい。背景を探りたい」
「承知いたしました」
教会のドアが閉じられる。外にはミシェルとアレフ、二人だけになった。
「足、いてーんだけど」
「あれは、貴方がお嬢様のことを下品な目で見たからでしょう」
ゴミを見るような目でミシェルが言った。
「でもさ。あんな美人でスタイルもよかったら、男ならしょうがねーよ」
「まぁ、そうですね。お美しくて素敵でお優しく、それでいてちょっと抜けているところも可愛くて、この世で一番なのは同意しますが」
「そこまでは言ってねえぞ」
「……まったく、こちらの気も知らずに」
顔を背けてぽつりと漏らす。
「ん?」
「なんでもありません……見られるのも気持ちいいものではありませんね」
「そーだな、二重にな」
二人が高台の方に目を向ける。
そこには一つの人影が立っていた。
「どういうことだ?」
高台から下、教会を見てそれは声を出した。男とも女とも取れないような低くこもった声からは、性別や年齢は推して知れない。
ならば外見は。
ひとことで言えば異様だった。赤黒い金属質の鎧を全身にまとい、肌の露出は一切ない。赤みがかってきた陽光に照らされた鎧はツヤがあり、凹みや傷は一つとしてなかった。
リチャードが相対した大剣の男とて、軽鎧は身につけていた。あちらは剣傷や補修跡が目立っていたが、むしろそのほうが自然である。この人物が着るような、どこぞに展示されていてもおかしくないくらいの美品は珍しい。それこそ褒賞や恩賞で賜われる、トルソーに飾り付けられて役目を終えるような、名工が拵えた逸品と比べても遜色なかった。
肩や肘などの先端部分は禍々しくとがっており、凶暴性が内に閉じ込められているようだった。
「しくじったのか?」
彼──便宜上、彼と呼ぶ──が用意したスクロールは、その発動を彼自身察知していた。ここに来たのはあくまで保険。燃やし残したものがあれば、証拠の隠滅とともに全てを焼却する。悪には悪の美学があるのだ。
そのために幹部の一人である彼は、この場所に赴いたのだが──
「あれを使ったくせに失敗するのか……」
使えないクズどもが。ため息と一緒に吐き捨てる。
本当ならば崩れ果てた教会と、炭化したヒトがお目にかかれたはずだった。それだけを楽しみにして、このくだらない仕事を引き受けたのだ。そうでなければ、誰がこんな役割を任されるか。
だが、彼が目にしたのはなにごともなく建つ教会と、怪我の一つも負っていない標的、それに鬱陶しいクソガキどもだった。あれらが物言わない焦げ屑になっていれば、さぞ気持ちよくなれただろうに。
「……知らんやつがいるな」
護衛か関係者か、侍女の姿をした女と執事のような男。その二人だけを残して、他は屋内に引きこもってしまった。
遠見で姿を確認するが、やはり侍女と執事としか言いようがない格好をしている。
その二人がなにやら言い合いを始めた。口の動きを見るに、重要な会話でもなんでもなかった。世間話をしているような雰囲気だ。
「…………」
少々、歪だった。失敗したといっても、教会の周りには『劫火』の爪痕が残されている。何がどうなって失敗したかは不明だったが、少なくとものんびり話をするような光景ではない。
だというのに慌てる素振りも見せず、まだくだらない話をしている。救援か何かをアテにでもしているのだろうか?
彼が遠見で眺めていると、二人がこちらを向いた。
「……!」
目が、合った。しかも遠見越しの視線に合わせられたようだった。咄嗟に魔法を解除する。
気配は消していた。遠見の魔法も使い慣れたものである。野生の動物にだって無警戒なまま、一日中観察できるくらいには練度を高めている。
だが、相手は確実にこちらを察知していた。距離や方角はもちろん、居場所も完全にバレたはずだ。
「……おもしろい」
フルヘルムの下で口の端を歪めて笑う。
どうやらあの二人はなかなかの実力者と思えた。『劫火』を防いだのも奴らだろう。それなりにレベルの高い魔法だったが、なにも無敵というわけではない。一定の力を持つ者であれば、防ぐことは容易かった。
それは彼や他の幹部、そして彼らを束ねるボスのことであり、そしてそれらと同レベルの者が、目の前に存在する。
それでも彼に不安はない。むしろ気分は高揚していた。
彼は強者と戦うのが好きだった。いや、それを迎え撃って返り討ちにするのが好きだった。強者と勘違いしている奴の鼻っ面をへし折り、叩き潰し、一方的に蹂躙する。それが何よりの楽しみだった。
<炎熱王>の加護を持つ彼は、だいたいの相手には無双してしまう。周りからは恐れられ、媚びへつらわれ、向かってくる者などほとんどいない。相手になりそうな者は身内だけ。白熱した戦いなど夢物語だった。
しかし今、自分を楽しませてくれそうな者がいる。しかも二人も。
「あっさり死んでくれるなよ」
そう言って、彼は跳躍した。
高台から飛び上がった人物はミシェルとアレフ、二人の目の前に降り立った。ずぅん、という音と同時に砂埃が立ち上がる。
異常な身体能力だった。鎧の重さをものともしない、卓越した力と技術が感じ取れる。
着地の姿勢を取ったあと、何ごともないように立ち上がった。
「手出し無用で」
ミシェルが正面を向いたまま言った。
アレフがわしわしと頭をかく。
「それはいいけどさ……王子殿下の言葉、忘れてねーよな」
「もちろんです」
「だといーんだが」
アレフが一歩身を引いた。
ミシェルと鎧を着た人物が向かい合う。風が砂埃を運んでいった。
相手は教会をしげしげと眺めたあと、右足を引き、右手を体に添えて左手を横方向へ水平に差し出した。
「はじめましてだろう。私はブラム。そちらは?」
ボウ・アンド・スクレープ。声と見た目に合わない、優雅なポーズである。
ミシェルは何も言わない。じっとブラムを見据えていた。
「……名前くらいは教えてほしいものだが」
「どうして」
「ん?」
「どうして、子供たちを狙ったのですか」
アレフが額に手を当てた。その声質からミシェルの感情を読み取ったからだ。
つい先ほど釘を刺したのもつかの間、すでに彼女は噴火の一歩手前になっていた。
少しの間の後、ブラムが首をすくめて頭を振った。口にはしないが『やれやれ』とでも言いたげに。
ミシェルの眼光がどんどん鋭くなっていく。『うへぇ』とアレフが漏らしていた。
「別にあえて狙ったわけではない。ただ仕事だったからだ」
「そのくだらない仕事とは?」
「言うとでも?」
二人の周りに猛烈な魔力の渦が形成されていく。お互いの力がぶつかり合い、空気が弾け飛んで、大気が歪むように暴れまわった。
「くく。やはり私の目に狂いはなかった」
「なんのことでしょうか」
「……はっ」
ブラムが正面を向いたまま、教会に向けて腕を伸ばし、炎の魔法を撃つ。
ミシェルが愕然とする。力の大きさにではない。ただ、自分を無視して教会を狙ったことが信じられなかった。
結界は張ったままである。しかしすぐに腕を振るい、魔力をぶつけて対処する。『劫火』より低威力の魔法はあっけなく消し飛んだ。
「ふむ、なるほど……やはりあれを防いだのはお前たちか……」
何かを確かめたように、ブラムが納得する様子を見せる。
もはや我慢の限界だった。ミシェルの研ぎ澄まされた魔力の一筋が、ブラムの画面すぐ横を走り抜ける。
「──むっ!?」
身を捩ったブラムだったが、鎧の一部、フルヘルムの尖った部分が吹き飛ばされた。
手を当て、欠けていることを確認する。
「貴様──」
癇に障ったのか、自身の背後に特大の炎を顕現させる。
「あなたは、許さない」
が、それより先にブラムの足元に亀裂が走った。




