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第8話 最強の彼女(2)

 グィンが痛む頭とぼんやりとする視界で、目の前の女を見た。

 美人で胸も大きく、穢したくなるくらいにはグィンの好みだったが、先ほどの仕業がこの女だと思うと油断はできない。力の入らない手で、黒い刃を持つ短剣を取り出した。


「へ、へへ……うつくしーじゃねーか。ナンパしたくなるくらいだぜ」

「そう。でも貴方のような人に言われても嬉しくもないし、ま、間に合ってるわ」


 後半、なぜか少し言い淀んだ感じに聞こえたが、女の目は冷酷な輝きを灯していた。


 グィンの背中に冷えた汗が流れる。裏手でもう一度魔法の矢を形成しようとしたが、やはりうんともすんとも言わない。

 魔力切れではない。この程度で尽きるような力は持ち合わせていない。であれば、発動を妨害されているということだ。


 そういう手段があることは知っていたし、これまでも目にしたことはあった。だが、いつかけられたのかがまったくわからない。これは相手が、遥か格上であることを示している。


 グィンがもう一度、女の姿を確認する。細身で、とても荒くれ事に身を置いているとは思えない。修道女の服を着ていることから、おそらくシスターか何かなのだろうが、それにしては能力が逸脱している。神とかいうくだらない物に心を寄せる者が、強者足り得るとは思えなかった。


 だが魔法はどうあれ、戦闘能力としてはどうか。

 グィンが短剣を逆手に構える。構成員の中では中の下の方に位置するグィンの戦闘能力だったが、こと短剣の扱いだけに関しては抜きん出ていた。


 肉弾戦に切り替えようとした彼の判断は間違っていない。魔法を行使する者は、たいていは取っ組み合いに弱かった。騎士や戦士など、分厚い肉壁に守られた後ろで力を練り、ここぞというところで特大の一撃を放つ。そうした大砲の役割を担う者がほとんどだ。それは彼の経験が証明していた。判断の早さもまた、プロとして鮮やかなものだった。


 そう、判断自体は間違ってはいない。間違ってしまったのは、相手があまりに規格外だったこと。ただそれだけだった。




 アリスは短剣をチラ見しただけで、全てを看破した。


「遅効性の毒ね。それと麻痺。性格を表しているわね」

「へ──」

「危ないから破壊させてもらうわ」


 ぱちんと指を鳴らす。それだけで短剣の刃はぼろぼろと崩れ去った。


 柄だけになったモノをグィンが呆然と見る。それなりにランクの高い魔道具だった。『お前にはお似合いだろ』と言われ、幹部から受け取った場面が頭に思い浮かぶ。

 言われた通り、じわじわと進行する毒に、筋肉を弛緩させる麻痺が込められていた。これで苦しんで死んでいく者らを、グィンは眺めるのが好きだった。

 だが二度とその効果を発揮することはない。刃こぼれもせず、長年付き合ってきた相棒は、腐れ落ちたようにクズとなって地面に散らばっていた。


「て、てめ……なにをしやがった……!」

「言ったでしょ、破壊させてもらう──って、そんなにくっつかないで……んもう」


 ぽふぽふと胸に顔を押し付けるセリアを、困り顔のアリスが宥める。先ほどグィンに向けていた冷酷な瞳とは打って変わって、優しく温かな眼差しだった。

 場違いとも言える光景をグィンが眺める。普段ならば『そこ代われ』と言っていたかもしれない。だが、混乱した頭はなかなか働こうとしなかった。


「ち、ちくしょうが」


 思考を無理やりに動かして、予備の短剣を抜く。ランクは下がるが、ないものねだりをしても仕方がない。あるもので対処するしかない。

 しかしそちらも同じように刃がなかった。塵となったものだけが鞘に埋まっている。さっき見せたものだけではない。全てを見切られていた。


 震えるグィンが首を動かし、アリスと目があう。射抜くような視線に、得体の知れない恐怖が彼の内に宿った。


「ば、化け物──」


 鞘と柄をぽろりと落としたグィンが振り返って、脱兎のごとく走り出す。あんなもの手に負えるわけがない。あれは幹部やボスが相手をするものだ。


「……失礼ね」


 だが、アリスはそれを許さない。少し頬を膨らませ、広範囲に結界を張った。これも尋常ではない速度だった。


「ぐぇっ!」


 壁にぶつかったグィンが弾かれて倒れる。結界は何も外部から守るだけではない。こうした使い道もある。


 グィンは慌てて立ち上がり、パントマイムのようにぺたぺたと壁を触ってから、次に渾身の力を込めて殴りつけるも、手を痛めただけでなんの効果も成さなかった。挙句の果てにはがんがんとドアを叩くようにしてなんとか抜け出そうとするが、やはり結界はびくともせず、彼の脱出を拒み続けた。


「く、くそがぁあぁぁぁああっ!」


 涎を飛ばして、腰にあったナイフを一本残さずアリスめがけて投擲する。『ひっ』と声を出してしがみついたセリアだったが、アリスは何もしない。ただ手をかざしただけだった。精密に狙いを付けられ飛翔するナイフは、その動作だけで彼女に届く前に全てぼとぼとと落ちた。


「くそ! くそ! くそっ!」


 今度は懐から鞭を取り出して振るう。先端は音速を超え、皮膚に対して痛烈な一撃を与える武器だ。通常、この攻撃から回避するためには避けるしかない。だがアリスは、『いろいろ出してくるなぁ』という少しずれた感想とともに、目で捉えることも難しいはずのそれを、ぺちぺちと素手で払い除けた。


「んだよそれはああぁぁ!」


 鞭を放り投げ、仕舞いには涙と鼻水まで流し、魔道具ですらない爆発物を投擲。ここら一帯を破壊するくらいの威力はあった。己の身も危うかったが、もうそんなこと気にもしていられない。とにかく現状を打開したかった。

 しかし投げられたそれは空中で静止。そのまま上昇していき、上空でぽかんと破裂。花火のようにきらきらと光が降り注いだ。

 グィンが口を開けて間の抜けた面をする。こんな色とりどりの炸薬は使っていない。こんな──情緒たっぷりな爆発の仕方は知らない。それに爆発力も明らかに弱くなっていた。


 消えゆく光を三人が見つめる。セリアなんかは『おおー』と声を出していた。


「は、は……う、うあ、ぐ、が……」

「あら?」


 グィンが最後にできたのは、心を手放すことだけだった。

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