表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
44/93

その1

 あるお昼過ぎのこと。


 スチュアート侯爵家令嬢、アリス・スチュアートは早めの昼食を終えてから、自室に閉じこもって本を読んでいた。

 これが文学や小説なら、さぞかし絵になったことだろう。窓辺に置かれた椅子に腰掛けて、優雅にページをめくる令嬢、しかも美少女。開かれた窓からはそよ風がささやき、彼女のくせがなくさらりとした髪がなびく。その揺れた髪を、視線の邪魔にならないように静かに耳にかける仕草──誰が見ても惚けるようなシーンだ。


 それが現実だったのなら。


 今の彼女はベッドに寝転がって、ふむふむとうなずきながら、枕元に置いた本にはしたなく目を通していた。読んでいる本も雑誌──貴族令嬢が嗜む娯楽本、『ダッチェス』という名のそれを、真剣な目つきでにらんでいる。

 厳格な家なら手にすることすら許されなかっただろうが、スチュアート侯爵家はそのへんゆるい。未婚女性向けにもかかわらず、『あとで読ませてね』と彼女の母であるリエンナも言っていた。


 そんな雑誌のメインターゲット層であるアリスはというと、あるページに書かれている主題、内容に釘付けになっていた。


「やっぱりそうなのね……ど、どうしましょう……」

「失礼いたします……ってお嬢様、なにをなさっているのですか。令嬢がはしたないですよ」

「ミシェルぅ……」


 お茶を運んできた専属侍女のミシェルに『へにょり』と泣きそうな顔を向けた。またなにか面倒なことになりそうである。


「なにを読まれているんですか?」


 ミシェルは茶と菓子をテーブルに起き、主が開いていた本に目を向けた。


 『殿方はお料理上手がお好き!? 貴女の手料理で彼の胃袋をつかみましょう!』


「…………」


 その主題に続けて、細かい文字で書かれている本文を見てみる。


 『とある調査結果では、殿方の実に八割が、料理を嗜む女性を好まれるという数字が出ています。』

 『高位の貴族になればなるほど、その傾向が強く出ています。』

 『料理人に全てを任せきっていませんか? それでは彼の心を射止めることはできないかも。』

 『たとえ下手でも、愛情を込めた手料理を愛しい相手に振る舞ってみませんか?』

 『初めてでも簡単な料理レシピをチェックしてみましょう!』

 『レシピは次のページ!』


「…………」


 とある調査結果って、いったいどこの誰がどうやって調べたんだ、とツッコみそうになる。街角アンケートでもしたのだろうか? 貴族街で? 高位貴族に、紙とペンを持ってか?


 うさん臭いその記事を見たミシェルが疑わしげな目になるが、アリスは必死な顔で泣きついてきた。


「ど、どうしましょうミシェル……料理なんて、私、やったこと──」

「落ち着いて、落ち着いてください、お嬢様」


 仕事着のエプロン部分を掴まれてがくんがくん揺さぶられながら、主の興奮をなだめる。


「令嬢なのですから、料理をしたことがないのは当然でしょう」

「でも! でも、だって、これ!」


 開いたままの本を指差さすアリスに、『どうどう』と言って肩に手を置いて鎮める。まだ気が気でなさそうな姿を見て、深いため息をついた。

 またヘンな知識を身に着けやがって。


「いいですか、お嬢様。貴族は料理の指示と、舌を鍛えていればいいのです。ご自分で調理したものを振る舞う機会なんて、めったにありません」

「……そう、だけど」

「それに、そんなどういった調査なのか、全数すらわからないような数字に信憑性はありませんよ」

「それも……そうかもしれないけど……」


 『でも、でも』とまだ納得していない様子だ。

 しかし、まぁ。


「たしかに料理ができないよりは、できたほうが喜ばれそうなことは、あるかもしれませんね。調理を知っていることで、より細かい指示もできるようになる可能性も、まぁ、ないとは言えないでしょう」

「ほらやっぱり! 料理ができないとダメなんだわ! フラれちゃうんだわ!」

「そうは言っていませんが」

「リック様……やだ、やだぁ……」


 聞いちゃいねえ。


 勝手な想像をしては、やだやだと零れんばかりの涙を大きな瞳に浮かべる彼女を見て、ミシェルはもう一度ため息をついた。

 だがそれでも、主の悲しみを慮るのも侍女の役目。気はまったく乗らないが助言をする。


「それでは料理人に、簡単なものを教示いただいてみては? いきなり本格的なものに挑戦するのではなく、まずはありふれたものがよいかと」

「それよ!」


 そう言ってがばっと飛び起き、アリスが部屋の外に飛び出していく。あまりの突拍子もない行動に反応ができない。

 え、今から? いきなり? なんの前触れもなく? もしかしてまずいこと言った?


「お、お嬢様」

「なにをしているの。さっさと行くわよ」

「待ってください、料理人にも準備というものが。それに今は夕食の仕込み中──というより私も行くのですか?」

「もちろん! ほら早く!」


 『料理が逃げちゃう』とドアの向こうからぱたぱた手招きをしてくる。

 逃げないよ。どんな料理だよ。手足でも生えてるのか。


 三度目のため息をついて、はやる主の後を重い足取りで追いかける。

 ほうら、やっぱり面倒なことになった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ